【アルバムレビュー】人間椅子 – 見知らぬ世界 (2001) 転換期、現在の人間椅子へとつながる道

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アルバムレビュー
画像出典:Amazon

活動30年以上を誇るハードロックバンド人間椅子。今年の9月21日で、2001年に発売された10thアルバム『見知らぬ世界』から20周年の年となる

今年は青森県を舞台にした映画『いとみち』で、本作収録の「エデンの少女」が挿入歌として使用されるなど、『見知らぬ世界』に再び光の当たる年でもあった。

加えて、筆者が初めて人間椅子のライブを観に行ったのが、この『見知らぬ世界』発売時のツアーだった。

ぜひとも20周年のこのタイミングに、アルバムレビューを行いたいと思っていた。

この記事では、アルバム全曲レビューに加え、後の人間椅子にとってこのアルバムの持つ意味合いや、作品の位置づけについて考察を加えた。

一般にはギター和嶋慎治の作る楽曲が大いに変化したアルバムとして知られる。発売当時には賛否両論が起きた作品だった。

しかし今の人間椅子、そしてギター和嶋慎治の表現スタイルを考えると、非常に重要な位置づけのアルバムだと思う。当時の評価、今だからこそできる評価についても触れてみたい。

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アルバム『見知らぬ世界』発売までの道のり

最初にアルバム発売までの道のりを簡単に振り返りたいと思う。アルバム発売5年前の1996年からの流れを押さえておこう。

そして発売当時には公表されていなかったが、和嶋氏の私生活で大きな変化があった時期だった。和嶋氏の変化を理解する上で重要であるため、この点についても触れている。

ドラマー後藤マスヒロの加入からメジャー復帰へ

アルバム発売5年前の1996年に話は遡る。6thアルバム『無限の住人』をリリースした後、ドラマーの土屋巌が人間椅子を脱退する。

リリースツアーから人間椅子に加入したのは後藤マスヒロだった。1993年の4thアルバム『羅生門』の時にサポートで参加したが、今回は正式加入であった。

人間椅子としては単発のメジャー契約で何とかリリースをつなぐ不安定な時期だったが、1999年に古巣であったメルダックに復帰。

8thアルバムにして復帰第1作目の『二十世紀葬送曲』は、人間椅子らしいダークなサウンドが前面に出た作品である。

それでいて、ここ数作の自由な雰囲気も感じさせ、華々しい復帰作となった。デビュー10周年で、記念ツアーを行い、東京は2Daysで選曲を大きく変えたライブを行った。

また人間椅子オフィシャルサイトが開設されたのも1999年である。

2000年には江戸川乱歩の小説をタイトルに冠したコンセプトアルバム『怪人二十面相』をリリース。キャッチーでありながらヘビーな快作となった。

ラジオ番組「青森ロック大臣」の開始を記念し、田舎館村文化会館で入場無料のライブを敢行。後に2002年のVHS作品『見知らぬ世界』(2006年DVD化)にて、その模様が収録される。

バンドとして大きく飛躍した時期とは言えないが、90年代後半の不安定な時期に比べると、安定してリリース・ライブを行っていたように思われる。

また演奏のコンビネーションはさらに強固になり、『怪人二十面相』~『見知らぬ世界』頃がピークを迎えているように思う。

後藤マスヒロ期の人間椅子についてまとめた記事はこちら

『屈折くん』で告白された和嶋氏の結婚と離婚

アルバム『見知らぬ世界』発売前後にはギターの和嶋慎治の私生活に大きな変化があった。当時は一切明かされることなく、2017年に発刊された和嶋氏の自伝『屈折くん』で明かされた。

当時の和嶋氏は、1999年より結婚生活を送っていた。それまでは家族の事情で青森で過ごしていた和嶋氏だったが、結婚を機に関東へ戻っている。

それに合わせてメジャーでのバンド活動もできるようになった。しかし稼ぎは当時の奥さんに頼りながら、バンド活動を続けていると言う状態だった。

またエフェクター作りの趣味にも熱が入っていた時期だった。バンドの予定がないときには、せっせと趣味のエフェクターづくりに没頭していたという。

穏やかで幸せな結婚生活だったというが、一方で音楽を表現する者としてこれで良いのか、と感じるようになってしまったようだ。

2年間の結婚生活の後、離婚を決めた。そしてかつて住んでいた高円寺に再び戻ってきたのだった。

改めて一人になって表現に向かった和嶋氏は、心機一転、爽やかな気持ちだったという。

自身のわがままで離婚を認めてくれた元妻への感謝の気持ちが、強く曲に表れたのがアルバム『見知らぬ世界』の楽曲である。

こうした変化があったことは当時知らなかったので、和嶋氏の曲調の変化に戸惑いの声が少なからずあった。

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アルバム『見知らぬ世界』の概要と全曲レビュー

  • 発売日:2001年9月21日、2016年11月2日(UHQCD再発)
  • 発売元:トライエム、徳間ジャパンコミュニケーションズ(UHQCD再発)
  • メンバー:和嶋慎治 – ギター・ボーカル、鈴木研一 – ベース・ボーカル、後藤マスヒロ – ドラムス・ボーカル
no. タイトル作詞作曲時間
1死神の饗宴和嶋慎治鈴木研一4:49
2涅槃桜和嶋慎治和嶋慎治6:56
3侵略者(インベーダー)和嶋慎治鈴木研一5:48
4さよならの向こう側和嶋慎治和嶋慎治5:38
5人喰い戦車鈴木研一鈴木研一4:43
6そして素晴しき時間旅行和嶋慎治後藤升宏6:55
7甘い言葉 悪い仲間和嶋慎治和嶋慎治5:58
8自然児和嶋慎治鈴木研一7:02
9エデンの少女和嶋慎治和嶋慎治5:14
10魅惑のお嬢様鈴木研一鈴木研一5:56
11悪魔大いに笑う和嶋慎治和嶋慎治4:37
12棺桶ロック鈴木研一鈴木研一3:34
13見知らぬ世界和嶋慎治和嶋慎治5:40
合計時間72:56
  • アルバムタイトルは、竹久夢二の詩集『桜さく島』の副題「見知らぬ世界」から。
  • これまでの作品の中で最多曲数、最長収録時間となっている。
  • ブックレット内のメンバーは、和嶋氏はウンモ星人、鈴木氏は山伏、後藤氏は軍人の格好をしている。
  • 帯惹句は「人間椅子が誘(いざな)う新たなる世界」

本作は前作『怪人二十面相』のようなコンセプトアルバムではないが、緩やかな主題のようなものは存在する。

つまり、人間と言う存在を掘り下げた作品と言えるだろう。人間椅子は、怪談や人間ではない者などについて、小説の世界観を借りて作品を作ることが多かった。

しかし本作は”文芸ロック”的な楽曲はほとんどなく、現実の人間を様々な方向から描いた楽曲で占められている。

和嶋氏の楽曲においてそれが顕著であるが、結婚・離婚を経て、元妻への感謝の気持ちが表れた前向きな楽曲が多くなっている。

和嶋氏のヘビーな楽曲は「見知らぬ世界」のみであり、ハードな要素は限りなく少なくなっている

鈴木氏は変わらずマイペースに楽曲を作っており、人間椅子らしいハード・ヘビーな要素を担っている。鈴木氏の楽曲も、広く見れば人間について、生死について書かれたものが多くなっている印象だ。

なお『見知らぬ世界』のトリビア(小ネタ)を集めた記事はこちら

死神の饗宴

歌詞は死神の視点から、人間の生と死を描いた内容である。仏教的な色合いも感じるが、テーマは普遍的であり、”死ぬまで生きること”である。

このように前向きに生を描いた歌詞は、和嶋氏にとって大きな転換となっている。つまり自身のメッセージを歌詞に明確に込めて書くことに成功した歌詞となっているのだ。

作曲は鈴木氏だが、この時期の鈴木氏の楽曲はとにかく絶好調である。人間椅子のハードロックらしい部分は鈴木氏の楽曲によって支えられていた。

鈴木氏いわく、「Black SabbathBudgieが融合した曲」である。ヘビーなリフで押しつつ、中間部でアップテンポになる展開は、デビュー曲でもある「陰獣」を思い出させる。

和嶋氏のギターソロもとにかく素晴らしい。速いだけのフレーズではなく、緩急をつけながら、見事にペンタトニックのフレーズを構築している。

やはり本人としても自信作と思われ、2013年に大抜擢となったOZZ FEST JAPAN 2013のステージでも2曲目に演奏されている。

今なお色あせない人間椅子の代表曲の1つだ。

涅槃桜

和嶋氏らしいポップさとともに、プログレ要素を感じさせる楽曲である。そして複雑なリフや展開の多さ、そして難解なアルペジオと、ギターの聴きどころが満載である。

ハードさはないが、このアルバムの中では従来の人間椅子らしい楽曲とも言える。

”桜”という具体的なモチーフを扱いつつ、その儚さや不気味さをメロディやリフで見事に表現している。

ちなみに涅槃桜とは、品種をミョウショウジザクラ(明正寺桜)という。釈迦の入滅した2月(旧暦:現在の3月)15日に近いことから涅槃桜と呼ばれる。

やはりこの曲でも仏教的な要素は感じられ、「無量劫」などの仏教用語が用いられている

ただし近年の和嶋氏のように、こういうメッセージを伝えたい、という意図はあまり感じられない。春の宵、そして桜にまつわる物語のような歌詞となっている。

侵略者(インベーダー)

鈴木氏お得意の”宇宙シリーズ”の楽曲である。ただし今回は浮遊感のあるサウンドではなく、メタル色が強いアップテンポな楽曲となっている。

メインリフはBudgieを感じさせるものであるが、サビのパワーコードや中間部の展開が人間椅子らしい展開の妙であろう。

歌詞は宇宙人そのものではなく、宇宙人に侵略されている人類の視点からである。パニック映画(あるいは特撮映画)的な内容が、コミカルに表現されている。

統合失調症患者が語る妄想の内容から着想を得たものだと言う。そのため人間が考える宇宙人による侵略の恐怖を表現した歌詞となっているのだ。

なお中間部で使用されるテルミン風のサウンドは、本物のテルミンではなく、ギターのつまみを回しながらコントロールするエフェクターであった。

またアウトロ部分はまるでKing Crimsonの「21st Century Schizoid Man」のようである。随所にハードロック・プログレへのリスペクトが感じられるところが人間椅子らしい。

さよならの向こう側

発売当時は最も賛否両論があった、本作でも最もポップで爽やかな楽曲である。あまりにこれまでの人間椅子と異なるために、レコード会社からは外してほしいと言われたそうだ。

ハードさはなく、そしてストレートなポップスである。この曲こそ、和嶋氏が元妻に送った感謝の気持ちを表した楽曲なのだろう。

当時のファンクラブの会報には、普遍的な言葉に見えても、実体験にもとづくものとそうでないものでは説得力が異なるはずだ、と言う旨の発言があった。

当時はまったく意味が分からなかったのだが、和嶋氏自身が心の底から感じた思いそのものであったことは、今になって事情を知って理解できた。

そして驚くほどにダイレクトな歌詞だ。どうしても和嶋氏自身が前に進むために必要な楽曲だったのだと思った。

筆者は当時より好きな楽曲であり、なぜか和嶋氏の変化もすんなり受け入れられた。今思えば、この時よりも後の『未来浪漫派』辺りからの変化の方が最初は受け入れられなかったような気がする。

人喰い戦車

「さよならの向こう側」の爽やかなポップスから、一気にメタルの「人喰い戦車」へと流れ込む。しかしメロディアスな曲が続く流れは、不思議と心地よく続けて聴くことができる。

鈴木氏が敬愛するNWOBHMのバンドTANKへの思いが、そのまま結実したような楽曲である。

鈴木氏が自身のコラム「ナザレス通信」にてTANKについて言及した記事

【人間椅子連載】ナザレス通信Vol.14「カマキリ」 | BARKS
秋になりました。この季節よく目にするのは、僕の大好きなカマキリ達が道で車に轢かれて干物のようになってしまった哀れな姿です...

実にストレートにカッコいい曲だと思った。筆者自身、人間椅子の楽曲の中で泣きのハードロックNo.1に挙げたいほど好きな曲だ。

あまりライブ等では演奏されることはないが、大いに盛り上がる楽曲ではないかと思う。筆者が『見知らぬ世界』が好きな理由として、こういったメロディアスな楽曲が多い点にある。

特に歌のメロディが際立つ曲が多いのが本作であり、ハードであってもキャッチーさが前面に出ている。アルバムとしても、中間でこうした歌モノが入ってくる流れは聴きやすい。

そしてこの曲も和嶋氏のギターソロが光る。ワウの中止めと言われる個性的なサウンドで、泣きのソロを印象付けている。

そして素晴しき時間旅行

この時期は後藤氏も作曲に参加しており、後藤氏の歴代の楽曲の中で最もヘビーであり、ダウンチューニング曲である。

アルバムとしても大きく流れが変わるタイミングで、ここまでは比較的ストレートな楽曲が並んでいた。ここから少しプログレッシブな曲が続いていく。

後藤氏の楽曲は変拍子が用いられ、かなり難解になっている。中間部でギターリフと、ドラムのキメが異なるリズムで絡み合うあたりは、さすがのアレンジ力に舌を巻く。

和嶋・鈴木両氏にはないタイプの楽曲であり、また後藤氏がボーカルをとるため、ギターも少々難解なフレーズを弾くことができると言う利点もある。

また本作は和嶋氏の楽曲にヘビーなものが少ない分、バランスが取られているのだろうか。人間椅子としても、3人の楽曲のコンビネーションも見事だ

甘い言葉 悪い仲間

ヘビーではないものの、ハードロックやサイケを感じさせる楽曲である。

和嶋氏が昔のバンド仲間を思い出しながら歌詞を作ったと言う。女性関係も華やかで、それでもうまく世の中を渡っている人物を描いている。

メインリフはGrand Funk Railroadの「I’m Your Captain (Closer to Home)」のイントロを思わせる。70年代ハードロックのエッセンスを随所から感じられる。

和嶋氏としては当時熱中していたエフェクター作りの成果を披露する場でもあった。中間部のファズを用いたソロは、自身で作った新作であろう。

当時の和嶋氏はブルースのカバーを行うなど、ハードロックともやや異なるジャンルに傾倒していた。和嶋氏の音楽的な変遷を知る上でも、当時の雰囲気を味わえる1曲かもしれない。

自然児

続く鈴木氏の楽曲も、ヘビーと言うよりもプログレッシブな雰囲気が漂う。ついKing Crimsonの「Red」にリフが似てしまったと言う。

この時期の鈴木氏は前作の「屋根裏のねぷた祭り」もそうだが、Aメロで静かになるという展開の曲が多い。「自然児」でも不気味さを印象付けるのに効果的だ。

そして中間部の展開が非常にカッコいい。あえてヘビーなリフを用いずに、ヘビーさ・ダークさを表現している。

自然児の意味は、「世俗の因習などにけがされていない純真無垢な者」だそうだ。やはりこのアルバムでは、人間のあり方について書いた歌詞が多いことに気づく。

ありのままで生きる難しさを歌っており、今の和嶋氏の歌詞にも少しずつ向かっているようにも思える。和嶋氏自身のメッセージが増えてきたのが、この『見知らぬ世界』なのだ。

エデンの少女

「さよならの向こう側」と並んで、当時は問題作とされたのがこの曲である。

イントロのリフこそ人間椅子らしいが、爽やかで歌謡曲のようなストレートなメロディである。当時としては違和感のあった人も多かったかもしれないが、筆者はこの曲もとても気に入っていた。

歌われているモチーフは、図書館で見かけたという統合失調症と思われる少女の様子である。少し不気味とも思える一方で、人間として純粋な何かを感じ取ったものを歌詞にしている。

それゆえストレートな応援歌のようにも受け取ることができる。

まさかの展開として、2020年に青森県を舞台にした映画「いとみち」の挿入歌に選ばれた。20年越しにこの曲に光が当たったことは大変喜ばしい。

当ブログでも「エデンの少女」紹介記事、そして映画鑑賞後の感想の2つを記事にしている。

「エデンの少女」の紹介記事

映画鑑賞後の「いとみち」の感想、「エデンの少女」との関連を考察した記事

魅惑のお嬢様

アルバムも後半戦、鈴木氏の安定感のあるBlack Sabbath調の楽曲である。そして鈴木氏の作詞と言うことで、鈴木氏の好みが爆発している内容となっている。

当時の鈴木氏と言うと、とにかく松嶋菜々子が好きだという発言が多かった。その気持ちをそのまま曲にしてしまったという内容で、鈴木氏の理想の女性像が詰め込まれた歌詞となっている。

後半の展開はBlack Sabbathの「Sabbath Bloody Sabbath」を彷彿とさせるさせるものである。

歌詞の内容はともかく、こういった70年代ハードロックを意識した楽曲は昔も今も変わらない。鈴木氏の安定感を印象付けるような楽曲である。

この曲でも和嶋氏のギターソロは冴えている。アウトロ部分でのソロは泣きの要素も入れ込まれた素晴らしい出来だと思う。

悪魔大いに笑う

タイトルからダークな曲調かと思うと、驚くほど軽い曲である。メインのリフは、誰が聴いてもT.REXの「Get It On」を意識したものだとわかる。

前向きな曲とは違うが、この曲も軽いサウンドに賛否両論があった。しかし歌詞の内容は味わい深いものがある。

人間の中にある悪の心、悪魔のささやきについて歌ったものである。この曲も、実は現在の和嶋氏の歌詞に通じるものを感じる。

そして重いことをあえて軽いサウンドで歌う、というのも和嶋氏の得意技である。かえって不気味さが際立つ効果があるが、この曲に関しては牧歌的なイメージが強い

広く見ればハードロックの範疇には入る楽曲で、個人的にはヘビー一辺倒よりも、こういった楽曲がある方が好きかもしれない。

棺桶ロック

鈴木氏お得意のスラッシュ調の楽曲である。タイトルはElvis Presleyによる「監獄ロック」(Jailhouse Rock)をもじったもの。

これまでの作品では速いテンポのまま突き進むスラッシュ曲だったが、少し変化球の楽曲である。Aメロ部分ではラップ(お経とも言える)の要素を取り入れたという。

あまりこれまでの人間椅子にはないタイプのリズムの楽曲で新しい。そして歌詞は自分が死んで棺桶に入れられるところを俯瞰して歌ったものである。

コミカルでありつつ、恐怖感を性急なリズムで表現されていてカッコいい。中間部のテンポチェンジも効果的であり、後藤氏のドラムだからこそできるパワフルかつタイトなビートが凄まじい。

1曲目の「死神の饗宴」の人間サイドからの楽曲と考えてみると面白いかもしれない。やはり人間の生死にまつわる内容が本作の1つのテーマと考えても良いだろう。

見知らぬ世界

アルバムのラストを飾るのは、和嶋氏が本作で作った唯一のヘビーな楽曲であり、アルバムタイトル曲である。

富士の樹海で撮影されたMVがあり、アルバムジャケットの衣装でバンドメンバーが演奏するシーンや、ドラマで構成された内容となっている。

タイトル曲となるだけあり、非常にクオリティの高い1曲となっている。当時としては、ラストを飾る曲としてはシンプル過ぎるのではないか、という批判もあったように思う。

しかし、和嶋氏の新たな決意を感じさせる内容の曲であり、むしろ潔いアレンジがカッコいいように思う。どっしりと構えたヘビーなビートながら、前のめりに進んでいく心地よさもある。

中間部の展開からのギターソロの流れが聴きどころの1つであろう。広がりのあるアルペジオから、一気にワウの中止めを用いたソロは、実に攻撃的なかっこ良さを感じる。

そして和嶋氏が音楽を続けていく上での決意や、その時感じた不思議な感覚がそのまま曲となり歌詞となっている。

ヘビーながら溌剌としている。近年の「無情のスキャット」などではよく見られる音楽性の、原型となった楽曲とみることもできるかもしれない。

「無情のスキャット」において、「見知らぬ世界」と似た要素を感じる点に言及した記事

アルバム『見知らぬ世界』の位置づけと評価

ここまで全曲のレビューを行ってきた。最後にアルバム全体を通じた評価を行いたい。

発売当時は、和嶋氏の心境の変化の理由もわからず、前向きで明るい作風には賛否両論があった。しかし発売から20年経って人間椅子をめぐる状況も大きく変化した。

現在の人間椅子の作風と比較しながら、改めてアルバム『見知らぬ世界』がいかに重要な作品だったのか考察してみようと思う。

アルバム『見知らぬ世界』の持つ意味合いを3つの観点から述べる。

和嶋氏の転換期、新たな表現の模索の始まり

まずは、和嶋氏が自分なりの表現を求め始めた、転換期の作品と言えるだろう。

歌詞については、和嶋氏自身の思いを込めて歌詞を書くようになったと言う変化がある。私的な心境の変化が大きかったことに由来するが、それによって歌詞にも変化が見られた。

これまでの和嶋氏の歌詞と言えば、文学作品の世界観を借り、あくまでその世界観の中で物語を作るような歌詞であった。

あまり思いやメッセージが込められることはなく、気持ち悪いもの・背徳的なものなど、不気味な世界観が表現されることを目的としていた。

それゆえに、作詞においては自身が表現したいことがないため、うまく進まないことも多かったと言う。

しかし本作ではストレートな言葉で、歌詞が表現されている。これは当時のファンとしては、やはり戸惑いの声もあり、賛否両論だったのだ。

そして和嶋氏自身も、まだストレートに表現することには抵抗感もあったのか、次回作以降それを貫いたかというとそうでもない

また作曲においても、『見知らぬ世界』ではこれまでと異なる明るい楽曲が目立った。この路線はしばらく引き継ぎつつも、模索の時期へと入っていく。

たとえば落語を取り入れた「品川心中」、本格的なプログレに挑んだ「幻色の孤島」、ロックポエム「世界に花束を」など、これまでにない表現方法を試している。

作詞そして作曲においても、和嶋氏の転換期であることがわかる。

最初は結婚、離婚と言うプライベートな事情ではあったが、その後にも影響を与え、表現方法が変わり始めたターニングポイントだったと言えよう。

バンドとしての迷走、さらなる低迷期の始まり

和嶋氏の表現の模索とともに、人間椅子としてはさらなる低迷期に入ってしまった

次作2003年の11th『修羅囃子』をもって、ドラマーの後藤マスヒロ氏が脱退。2004年の12th『三悪道中膝栗毛』からナカジマノブ氏が加入することになる。

人間椅子として新たなサウンドを構築しなければならず、バンドとしても”新生”人間椅子を作り上げなければならなかった。そして売り上げやライブ動員では苦しい時代が続くことになる。

そうしたタイミングが重なってしまい、後に和嶋氏はさらに表現や生き方で迷うことになってしまったのかもしれない。

もちろん本作からはその後の低迷までは読み解けはしない。しかし不思議な世界観のアーティスト写真や和嶋氏の作風の変化は、確かに迷走していると言わざるを得ない状況だった。

和嶋氏の変化、そしてバンド全体の迷走はこの後の苦しい時代の始まりを予感させてもいたかもしれない。

しかしこの時期もファンであった筆者としては、なかなか人間椅子が注目されない時代に悔しい思いを感じていた。人間椅子はこの時期も素晴らしい作品、パフォーマンスを見せていたからだ。

まず後藤氏を含む3人の演奏のコンビネーションは、『見知らぬ世界』の頃が頂点だったように思う。最もヘビーかつタイトな演奏は圧巻だった

そして鈴木氏の楽曲はこの時期が絶好調で、ヘビーな曲からスラッシュ曲まで自由自在に作り上げていた。それはこのアルバムでも十分に堪能できる。

そう言った演奏の良さ・楽曲の良さがあっても、なかなか人間椅子が売れる機運が高まらない時期であった。しかし後にはこの低迷期も出口が見つかるのである。

和嶋氏の表現を探す旅の始まり、現在の人間椅子につながる入り口

本作『見知らぬ世界』は、和嶋氏の転換期であること、そして人間椅子としてはやや迷走している時期だと述べてきた。

そんな迷走は結果的にどうなって行ったのか。和嶋氏はバンドだけでなく人生についても悩む日々が続き、酒浸りになっていた時期もあったと言う。

そんな混迷から抜け出し始めたのは、2007年の14th『真夏の夜の夢』から2009年の15th『未来浪漫派』の辺りだったように思う。

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和嶋氏のWebコラムにも書かれていたように、表現する上での軸のようなものを獲得した時期だったと言う。その軸とは”美しく生きる”ということであり、「深淵」などの曲に色濃く反映された。

この時期から、和嶋氏は自分自身の言葉で、今までより平易な言葉を用いて歌詞を書くようになった。そして音楽スタイルも徐々にハードロックへと回帰していく。

2013年のOZZ FEST JAPAN 2013出演後は、さらに人間椅子と言うバンドの音楽性を自ら再確認し、ハードロックをより中心に据えた楽曲が増えていった。

人間椅子のバンドとしての方向性がブレなくなったのは、やはり和嶋氏の変化が大きいだろう。そしてこの時の変化の最初をたどると、『見知らぬ世界』にたどり着くのではないかと筆者は思う。

これまで述べてきたように、『見知らぬ世界』で初めて和嶋氏は自らの言葉を多く用いて歌詞を書いたのだった。そして自分がその時表現したいものを音にしたのである。

まだその方向性に確信が持てずに、やや迷走するのだが、それが後にしっかりと結実することとなる。

当時のアルバム『見知らぬ世界』の評価としては、それまでの作品と比較すれば、あまりの変化に賛否両論であった。しかし現在まで繋がる人間椅子の歴史を見ると、ターニングポイントだったとわかる。

それは和嶋氏の表現の核を探すための旅の始まり、とでも言おうか。その旅立ちの曲であり、新たなステージへ踏み出す曲が「見知らぬ世界」だったのか、と思うととても感慨深い。

これまでとの比較より、その先との比較により、『見知らぬ世界』の聞こえ方は大きく変わってくるだろう。

まとめ

今回はアルバム発売から20年の節目に、『見知らぬ世界』のレビューを行ってきた。

そして、全曲レビューとともに、後の人間椅子の歴史をたどりながら、『見知らぬ世界』の位置づけを考察した。

作品としては、和嶋氏の明るい曲調・歌詞に賛否両論の声があった。そして和嶋氏の変化は、バンド全体としてもやや迷走していく結果となった。

さらにドラマーの交代も重なり、バンドとしても苦しい状況が続くこととなった。しかしその苦しい時代に和嶋氏が手にした表現の軸は、後に大輪の花を咲かせることになる。

現在の人間椅子を知っていれば、「無情のスキャット」の”バズり”や初めての海外公演と、人間椅子は大きく活躍の舞台を広げている

その1つの要因として、和嶋氏の表現の核が固まり、バンド全体のまとまりが強くなったことが挙げられるだろう。

そうした和嶋氏の変化の発端となったアルバムと考えることができるのではないかと思う。

作品単体としてみると、ポップな楽曲も多いながら、バリエーション豊かでよく練られた楽曲が多い。そして鈴木氏の安定感も抜群で、作品としてのクオリティは高い。

「エデンの少女」の再注目もあったように、今聴いても色あせない名盤である。ぜひ20周年のこの年に、『見知らぬ世界』を聴いてみるのをおすすめしたい。

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