これまで11回の記事を書いており、国内外のベテランミュージシャンを多く取り上げてきた。
今回取り上げるのは、初心者向けに1枚に絞ることが最も難しいバンドである。今年でデビュー35周年を迎える、日本のロックバンド、エレファントカシマシだ。
エレファントカシマシと言うと「今宵の月のように」「俺たちの明日」など、男臭くて力強く、私たちを勇気づけてくれるようなロックバンド、と思っている人もいるかもしれない。
しかしそれはエレカシのごく1側面に過ぎない。その音楽的変遷は実に多彩であり、しかも順風満帆ではない苦悩の歴史も多分に含まれている。
そんなエレカシに対しては「心して聴くべし」と言う意見もあろうが、できれば多くの人にも知ってほしいところである。
今回はエレファントカシマシを初めて聴く人が、どのアルバムから入り、どう聴き進んでいくと良いのか、について考えてみる、と言う内容だ。
そしてさらに聴き込みたい、と言う人にも向けて、後半では全アルバムのレビューも行った。初心者から中級者、さらにはエレカシマニアまで楽しめる内容になっている。
※前回:【初心者向け】”はじめてのアルバム” – 第11回:Venom 最強のB級メタルバンドの歴史的名盤は?
エレファントカシマシについて
最初にエレファントカシマシがどんなバンドなのか、その歴史をコンパクトに紹介しよう。
エレファントカシマシは中学の同級生であった宮本浩次(ボーカル・ギター)、石森敏行(ギター)、冨永義之(ドラムス)らを中心に結成された。
冨永氏の高校の同級生であった高緑成治(ベース)が加わり、現在の編成になる。
「CBS/SONY SDオーディション」に入賞し、1988年にシングル『デーデ』・アルバム『THE ELEPHANT KASHIMASHI』でエピックソニーからデビュー。
デビュー時はRCサクセションなどのロックンロールに影響を受けた音楽スタイルに、宮本氏の破天荒なパフォーマンスが、衝撃的なデビューだったと言われている。
しかし早くも2作目『THE ELEPHANT KASHIMASHI II』から内省的で重苦しい雰囲気が漂い始める。初期のエレカシは常に攻撃性を抱えつつ、そのアウトプットに苦悩を続けていった。
当時のライブは着席スタイルであり、宮本氏がファンに毒づくなど緊張感のあるものだったそうだ。エレカシは知る人ぞ知るマニアックなバンドであった。
1994年、7th『東京の空』をもってエピック・ソニーから契約を打ち切られる。地道に曲作りやライブ活動を続け、1996年にポニーキャニオンよりシングル『悲しみの果て』で再デビューとなる。
エピックソニー時代とは大きく方向性を変え、ポップな楽曲を次々と世に出していくこととなる。そして1997年に初のドラマの主題歌である「今宵の月のように」が80万枚を超えるヒット。
同年のアルバム『明日に向かって走れ-月夜の歌-』は50万枚を売上げて、自身最高のオリコンチャート2位を獲得。
宮本氏を中心にテレビへの露出も増え、宮本氏の独特なキャラクターが多くの人に知られることとなり、エレカシの黄金期であった。
しかし1999年に東芝EMIに移籍(レーベルごと移籍)すると、1999年には打ち込みを多用し、これまでとは大きく異なる攻撃的な『ガストロンジャー』をリリース。
かと思えば、2002年には小林武史をプロデューサーに迎えた『ライフ』で、再びポップな作風へ。やや迷いの中にあったエレカシだが、再びシンプルなバンドサウンドに回帰する。
宮本氏がメディア露出を控えたこともあり、東芝EMI時代のエレカシは渋く、成熟したロックサウンドを求めていたように思われた。
2007年にユニバーサルミュージックに移籍すると、『俺たちの明日』をリリース。再びポップで明るい作風が戻り、プロモーション活動やメディア露出が急増する。
2009年リリースのアルバム『昇れる太陽』は、1997年の『明日に向かって走れ-月夜の歌-』に次ぐ3位を獲得した。エレカシ第2の黄金期とも言われる時代である。
2012年に宮本氏が急性感音難聴と診断され、約1年間のライブ活動休止となった。2013年に日比谷野外音楽堂でのコンサートでライブ活動に復帰。
2014年に25周年記念のさいたまスーパーアリーナ公演、2017年に47都道府県ツアーを行うなど精力的に活動を展開していた。
同年に初めて紅白歌合戦に出場し、「今宵の月のように」を披露している。
2019年に所属事務所をアミューズに移籍後、宮本氏のソロ活動が展開される。それに伴いエレカシの活動は非常に限定的となり、いくつかのライブやテレビ出演のみとなった。
2023年、デビュー35周年を記念し、久しぶりのシングル『Yes. I do』のリリース、初のアリーナツアーが行われる。
エレファントカシマシの音楽性を一言で表すのは非常に難しい。ポップな時代もあれば、非常に攻撃的なロックやフォーク・演歌すら感じる時代もあり、特定の音楽的指向のあるバンドではない。
作詞・作曲を行う宮本浩次氏の思い描く音楽を、ただバンドで作り上げていった結果、多彩な楽曲が作られてきただけである。
しかしどこまで行っても、宮本氏の頭の中で鳴っている音が100%再現されたことはないのかもしれない。その渇望感や欲求不満のようなものが、エレカシの原動力でもあり、パワーでもある気がする。
筆者はその魅力を、下記の記事で「ずっと”未完成”の最強バンド」と評した。完璧に構築された音でないからこそ、もっと次があるのではないかと先が気になって仕方ないバンドなのである。
はじめてのベストアルバム
初めて聴くのにおすすめするアルバム記事シリーズでは、最初にベストアルバムについて触れている。
エレファントカシマシのベストアルバムは、これまで8枚リリースされている。(2023年3月現在)古い順に以下の通りである。
- エレファントカシマシ ベスト(1997)
- sweet memory〜エレカシ青春セレクション〜(2000)
- エレファントカシマシ SINGLES1988-2001(2002)
- エレカシ 自選作品集 EPIC 創世記(2009)
- エレカシ 自選作品集 PONY CANYON 浪漫記(2009)
- エレカシ 自選作品集 EMI 胎動記(2009)
- THE BEST 2007-2012 俺たちの明日(2012)
- All Time Best Album THE FIGHTING MAN(2017)
筆者としては、深くそのバンドを聴くのであれば、あまりベスト盤をおすすめしていない。
ただ敢えて挙げれば、満遍なく楽曲を網羅している『All Time Best Album THE FIGHTING MAN』がおすすめだ。
”オールタイムベスト”という名前の通り、エレカシの代表曲やターニングポイントとなった曲など、概ね重要な楽曲が網羅されている。
あまり難解な楽曲やコアな楽曲は収録されておらず、導入編としては入りやすい作品になっている。
その他のベスト盤についても簡単に紹介しておこう。
1.はエピックソニー時代の楽曲を集めているが、やや選曲はマニアックである。2.は”青春”をテーマに、ポニーキャニオン・EMIの楽曲をセレクトした企画アルバム。
3.は2001年までのシングルA面の楽曲を全て収録したもの。4.~6.はエピックからEMIまでを1枚ずつのアルバムとして選曲したもの。
7.はユニバーサルミュージック時代のベストアルバム。
いずれも最初に聴くよりは、アルバム未収録の楽曲を集めるために手に入れる、と言う人が多いのかもしれない。
※エレファントカシマシのアルバム未収録曲全紹介 – シングルのカップリングからレアな未発表曲まで
はじめてのオリジナルアルバム
ここからが本題、初めて聴くのにおすすめのオリジナルアルバムの紹介である。最初に書いたように、エレカシで1枚だけ選び出すのは非常に難しい。
ただその中で厳選して、最初に聴くのにおすすめのアルバムを紹介する。その後にどのようにアルバムを聴き進めていくのが良いのか、についても詳しく書いている。
最初におすすめの名盤2枚
エレカシの音楽性は実に多様であるため、エレカシの音楽性を代表するアルバム、と言うのは難しい。
そのため、いわゆる”名盤”と言われ、かつセールス的にも人気を博したアルバムから入るのがやはり良いように思える。
最初は、1997年の『明日に向かって走れ-月夜の歌-』、あるいは2008年の『STARTING OVER』のいずれかをおすすめしたい。
まず『明日に向かって走れ-月夜の歌-』は、大ヒット曲「今宵の月のように」が収録されたアルバムであり、50万枚を売り上げたヒット作である。
何と言ってもおすすめポイントは、名曲の宝庫である点である。決して「今宵の月のように」だけのアルバムではなく、全く捨て曲がない、全曲シングルカットできるクオリティの出来である。
中でも「風に吹かれて」は、エレカシらしい男臭い哀愁を感じさせる超名曲だ。
名実ともに1つの頂点を迎えていた時期のアルバムであり、その勢いと充実度を感じることができるだろう。
もう1枚どうしても外せなかったのが、『STARTING OVER』である。こちらはエレカシ第2の黄金期の始まりを告げる、起死回生の1枚となっている。
大人になった男たちの友情を歌った「俺たちの明日」が収録されたアルバムであり、東芝EMI期の渋いロックの路線もまだ引き継いでいると思われる楽曲も見られる。
しかし「笑顔の未来へ」「リッスントゥザミュージック」など、瑞々しい感性で作られた楽曲が、エレカシの快進撃を感じさせる。
アルバムトータル感の良さとともに、エレカシが蘇ったポジティブなパワーに溢れた作品であり、その勢いを感じてほしい名作である。
やはり上記2作のように、分かりやすく名曲揃いでポップなアルバムから入るのがおすすめである。
エレカシのおすすめの聴き進め方
ここからはさらにエレカシを聴き進めていきたい人に向けて書きたいと思う。エレカシを聴く上で重要になるのが、レーベルの移籍であることは、ファンの方はご存じだろう。
エレカシは何度かレーベルの移籍をしており、不思議なことに移籍すると音楽性が変化する、というのが特徴である。
そして1つのレーベルごとに作品を分けると、近しい作品が集まるので、レーベルの名前を付けて”〇〇期”と呼んだりする。
現在(2023年3月時点)まで、エレカシは4つの時期に分けることができる。その4つと特徴は以下の通りである。
- エピックソニー期:粗削りで攻撃的なエレカシの初期。1発録りで収録された音源と、絶叫する宮本氏のボーカルが、なかなか初心者には関門になる時期である。
- ポニーキャニオン期:エレカシ第1の黄金期。ポップな作風に転向し、ヒットを飛ばしており、最も分かりやすく聞きやすい時期である。
- 東芝EMI期:新たな方向性を模索し、音楽性が作品ごとに次々変わっていく時期。後期に行くほど、渋い大人のロックを感じさせる楽曲が増える。
- ユニバーサルミュージック期:第2の黄金期であり、再びポップな作風に回帰した時期。ただ各時代のエッセンスが散りばめられ、ロック的な要素も強く感じられる。
エレカシを聴き進める上では、各時期をどの順番で聴くのか、ということを考えると良いだろう。
筆者のおすすめとしては、まずポニーキャニオン期あるいはユニバーサルミュージック期のいずれかから聴き始めるのが良いだろう。
おすすめのアルバムでも挙げた『明日に向かって走れ-月夜の歌-』『STARTING OVER』から始まり、各期に含まれるアルバムを聴き進めていくと良いだろう。
次に聴くのは、エピックソニー期が良いのではないか、と考える。なぜなら、エレカシが好きになるかどうか、最も関門となるアルバムが並んでおり、早々に触れておく必要があると思うからだ。
一般的な意味でポップな音楽=洗練されて聴きやすい音楽とは全く異なる、めちゃくちゃなサウンドの時期である。聴き慣れない人にはなかなかハードルが高く感じられるかもしれない。
しかし最も宮本氏のソングライティングセンスが冴え渡っていた時期とも感じるだろう。底なし沼のように奥が深く、並々ならぬ人気を誇る時期でもある。
なお、エピックソニー期で最初におすすめするのは『東京の空』である。
エレカシの全作品の中でも最高傑作と言う人もいるほど、エレカシらしさと楽曲のクオリティの高さ、テンションの高さが奇跡的に同居しているアルバムである。
聴きやすい作品でもある本作から遡り、エレカシ初期の歴史を聴いてみていただきたい。
そして最後に東芝EMI期である。この時期はバンド自体が模索を続けている時期であり、次々と音楽性に変化がみられる時期である。
ポップ寄りなものもあれば、初期に回帰したような荒々しいロックサウンドもあり、自分に合ったものから聴いてみると良いだろう。
ポップ寄りのアルバムは『ライフ』、ロック寄りのアルバムは『DEAD OR ALIVE』が筆者としてはおすすめである。
このように時期を分けての聴き方をおすすめしたが、もちろん気に入ったアルバムを時期に関係なく聴くのも良いだろう。
「なぜかエピックソニー期のこの作品だけ好きになった」ということもあるだろうし、ある日突然それほど好きではなかった作品が好きになることもある。
次ページではエレカシの全オリジナルアルバムのレビューを書いているので、自分に合いそうなものを選んで聴いてみても良いだろう。
次ページ:エレファントカシマシの全アルバムレビュー
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