ここ最近の人間椅子は快進撃を続けている。2010年代に入った頃から、ずっと右肩上がりに勢いを保っていて、驚くばかりだ。
当ブログでも人間椅子の再ブレイク、海外進出について以下の2本の記事にまとめている。
さて、直近の大きなターニングポイントの1つは「無情のスキャット」のMV公開であった。
YouTubeの再生回数は540万回を超え、海外からのコメントが多数を占めている。(2020年5月11日時点)
このブログを読んでくれている方の中にも、もしかしたら「無情のスキャット」が人間椅子を聴くきっかけになったという人がいるかもしれない。
一方で昔から人間椅子の楽曲を聴いている人は、こんな疑問も浮かぶのではなかろうか。
「どうして『無情のスキャット』がこんなに受けたんだろう?」と。もちろんそう思った人の多くが、「無情のスキャット」を一定評価した上での疑問だろう。
過去の楽曲にも同じようにヘビーでカッコいいものがたくさんあり、良い意味でそこまで注目される要因は何なのかと考えてしまうのも無理ないことだ。
僕自身も最初に聴いた印象では、過去にもありそうなタイプの曲だなと思ってしまった。しかし聴き込むほどに、なるほど魅力に溢れた楽曲であると気づいた。
そこで、今回は「無情のスキャット」の楽曲の魅力を、いくつかの角度から掘り下げてみようと言う内容である。
「無情のスキャット」の基本情報
改めて人間椅子「無情のスキャット」の楽曲・MVについて、基本情報を確認しておこう。
まずは、何度か聴いている人も、改めてじっくり曲・映像を味わってみていただきたい。
「無情のスキャット」(8:40)
・作詞・作曲:和嶋慎治
2019年5月14日にYouTubeで公開され、21枚目のアルバム『新青年』に収録された。
作曲した和嶋氏は「ルサンチマン的感情が昇華していく様を描いた」と述べている。
MV撮影地は茨城県水戸市の「七ツ洞公園」で、公園以外にも海岸での朝日のシーンなど、ドローンも用いて撮影されている。
「無情のスキャット」の魅力とは?
ここから「無情のスキャット」の魅力を、深く考えてみようと思う。
できる限りいろいろな観点から分析を試みたが、あえてMVの要因については触れずに、楽曲のみで分析している。
バズった背景には、明らかにMVの要因があるが、それを除いたとしても魅力的であることを検証する記事だと思って読んでいただきたい。
”土着的”+メタルのメインリフ
無情のスキャットを一聴して印象に残るものの1つは、Aメロ部分のヘビーなリフだ。
このリフは口ずさめるようなフレーズではなく、パワーコードを中心とした音の塊のようなリフである。
まず、このリフに魅力の1つが隠されているように思う。
実は、人間椅子の過去の楽曲の中で、これほど音階移動が少ないリフはあまり多くない。一般に音階の少ないリフが多用されるのは、ヘビーメタルである。
音階が少ない分、音の移動に耳の注意が行かないので、自然とリズムに耳が行く。すると自然と身体の方が動き出し、メタルの場合、”ヘッドバンキング”という行為に至る。
しかし無情のスキャットのメインリフ=ヘッドバンキングが起こりやすいと、安易には言えない。
ヘッドバンキングは速い曲であるか、むしろもっと遅いテンポの曲の方が起こりやすい。試しに頭を振ってみると、どうもしっくりこない。
無情のスキャットのテンポの場合、ちょうど体全体が動き出すようなテンポなのだと思う。BPMにして170ほどのようで、頭だけではなく上半身全体が動き出すようなイメージだ。
そしてこの地を這うようなリズムも印象的である。
類似のリズムを持つ曲としては、たとえば「見知らぬ世界(2001年)」や「どだればち(1995年)」などがある。
「見知らぬ世界」
「どだればち」
地を這うようなリズムにBPM:170前後のテンポが加わると、どこか土着的な響きになる。この土着的なリズムこそは、人間椅子の得意とするものであり、独特のグルーブを出してきたものだ。
人間椅子が得意とするリズムで、過去にないほど音階移動の少ないヘビーなリフを乗せたのが、無情のスキャットなのである。
これは海外の人からすれば、土着的なリズムで思わず体が動き出し(リアクション動画を作っている人も、身体が動き出す人が多かった)、それでいてリフはメタル的なのだ。
これはもう評価されないわけがないのである。
隙のない楽曲の展開
続いて、楽曲全体の構成やアレンジに関してだ。
メインリフこそメタル的だが、Bメロや「シャバダバ」など、それ以外の部分に耳を傾けると、全体的にはオールドスクールなハードロックを思わせる。
やはりBlack Sabbathの影響を色濃く受けた楽曲の展開になっている。人間椅子の楽曲は、こういったオールドスクールなハードロックを思わせるものが圧倒的に多い。
Aメロのリフにしても、Black Sabbathにインスパイアされたものらしく、『Black Sabbath Vol.4』に収録の「Supernaut」で、弦をスライドさせながら弾く方法を取り入れているようだ。
そして過去の人間椅子の楽曲にも登場する、”おいしい”展開がふんだんに用いられており、そこからさらに、レベルアップしている曲なのだ。
まずは冒頭のアルペジオによる、実に1分11秒にわたるイントロだ。このドラマチックなイントロがあることで、Aメロ部分のヘビーなリフが活きてくる。
なお、これまでの和嶋氏の楽曲にも、歌に入るまでが長い楽曲はあった。
たとえば代表的な曲で言えば、「人面瘡(1991年)」「深淵(2009年)」がある。
「人面瘡」
「深淵」
これらの楽曲と無情のスキャットの違いは、イントロ部がギターのみか否か、ということである。「人面瘡」や「深淵」は、難解なアルペジオを静かに聴いてから、一気にハードな展開に移行する。
一方で「無情のスキャット」は冒頭からベースとドラムが少しずつ参加し、銅鑼も入っている豪華なイントロだ。
1分を超えるイントロの長さで、銅鑼を鳴らすことも含めて壮大に始まっていく楽曲は、実は今までの人間椅子では見られなかった。
この部分は、人間椅子のプログレ的なアプローチを垣間見つつも、難解になり過ぎないように、勇壮で哀愁も感じさせるドラマチックな導入部分となるよう、配慮されているように思う。
難解になり過ぎないこと、そして飽きさせないアレンジを施していること。これらはどこまで意図したかわからないが、勝負曲として念入りに作られたものだと思った。
また楽曲全体の展開に目を向けると、人間椅子のお得意とする展開を踏襲している。ざっくりと書くと以下のような展開となっている。
イントロ →(Aメロ → Bメロ → サビ)×2 → Cメロ(空に数多星が~)→ ギターソロ → Aメロ →Bメロ → サビ → Dメロ(私の命に光を~)→ ギターソロ → アウトロ
この展開に近い楽曲としては、「なまはげ(2014年)」「恐怖の大王(2016年)」がある。
いずれも上記のDメロ、そして最後の「ギターソロ」がない展開だ。
「なまはげ」
「恐怖の大王」
「なまはげ」以前の楽曲にはなかったラストの「アウトロ」まで展開する部分は、この曲でも取り入れられている。
また最後のギターソロでは、ソロを多重録音する手法も、過去の曲でもよく見られている。典型は「黒猫」である。
ちなみに「黒猫」は上記から、Dメロとアウトロをとったものだ。(Bメロとサビは一体になっているとも言えるが)
これら過去の楽曲の”おいしい”展開をすべて盛り込んで発展させたのが無情のスキャットだとも言える。
8分20秒にも及ぶ長い楽曲で勝負するにあたり、飽きさせない展開が仕掛けられている。特にDメロまで組み込まれている辺りが、練られて作っている印象だ。
メロディについて
次は歌のメロディに注目したい。
無情のスキャットはAメロのヘビーなリフの第一印象が強いものの、Bメロ、サビの部分は耳なじみやすいメロディが展開していく。
またCメロも味わい深いメロディであり、じっくりと耳を傾けたくなる。
他の曲にも言えることではあるが、人間椅子の楽曲は歌メロがとても良い。なお無情のスキャットというだけに、”スキャット”が取り入れられている。
スキャットとは、ジャズなどで意味のない言葉をメロディに合わせて歌うことであり、この曲の場合は、”シャバダバ”の部分がそうだ。
過去の人間椅子の楽曲でも、同様にサビでスキャットが用いられるものがあった。
「命売ります」である。
このタイプの楽曲は言葉を知らずとも、一緒に歌えるという点が強みだ。
やはり海外からの注目が向けられる中、日本語独特の響きが評価されているとは言え、やっぱり海外の人もライブで一緒に歌える部分がほしいところだ。
そこで、この”シャバダバ”はヒットだった。先日海外公演においても、和嶋氏が曲紹介で「シャバダバディア~」と歌うと歓声が上がった。
日本語が分からずとも、このスキャットが人間椅子と海外をつないでくれた。
そしてスキャットしている箇所は、Cメロの部分でも使われている。このスキャットは、日本の歌謡曲の、由紀さおり氏「夜明けのスキャット」を思い起こさせるではないか。
和嶋氏はどちらかと言えばメタル一辺倒の趣味ではなく、ブルースや歌謡曲と言った、よりルーツミュージックを好む傾向にある。
無情のスキャットは、これだけの長い楽曲の中に、メタル要素もあれば、こういった歌謡曲的な側面も交えている。
音楽ジャンルを自在に行き交う楽曲に仕上げられていることも、音楽的な評価を高めることにつながったのではないかと思う。
仏教の真髄を歌った歌詞
最後に歌詞である。この曲の歌詞がまた見事だった。
既に当ブログの以下の記事で、無情のスキャットの歌詞について述べている。
要点だけ述べれば、この曲の歌詞が仏教の最も重要な教えを説いている歌詞だと解釈できるのだ。
1番と2番では「天使」や「女神」に、自分だけを救っておくれ、と主人公は訴えている。それがCメロ部分で、あらゆる生き物が救われることを願っている、「仏」の存在に気づくのだ。
そして3番で、”侘しく 寂しく しくじりばかりの”私を自覚する。自分の愚かさを自覚した主人公は、仏に救いを求めるのである。
そして仏に救いを求めた主人公は、最後に私も他のすべての者も救われることが、真の願いだと気づく。
この「生きとし生けるものが救われること」こそ仏教の目的であった。
つまり、無情のスキャットは仏教で言うところの、悟りを開く歌であると言えるのではなかろうか。
過去の和嶋氏の歌詞の中でも、ここまで仏教の要点を歌い切ったものはなかった。あまりに凄い歌詞であり、ミラクルを引き寄せてもおかしくないのではないだろうか。
まとめ
無情のスキャットの魅力を徹底的に掘り下げてみた。
リフ、展開、メロディ、歌詞。
そのどれをとっても、過去の人間椅子をしっかり受け継ぎながら、それを超える楽曲と言えるのではなかろうか。
ここまで掘り下げてみると、やはり無情のスキャットが勝負曲だったことがわかる。
8分を超える大作で、必要な要素をすべて盛り込みながら、それでいて受け手がしっかり受け止められる楽曲を作るというのは、並々ならぬ労力だったと思う。
この曲で人間椅子の楽曲のハードルはまた上がった。しかし今の人間椅子であれば、それを超えていけるパワーがあるように思う。
人間椅子の次なる展開にまだまだ目が離せない。
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コメント
わかりやすい解説に納得しました。
昔から名前は知ってたのですが、敷居が高くて聴けてませんでした。
あと、私が聴き始めたのは海外のYouTubeなどの方の反応をみてからでした(笑)
海外の人の反応は、まず、和嶋氏の出で立ちに
目を大きくして、グランパがメタルやってる!や
サムライマスターみたい(笑)など見た目に惹かれてましたね
もちろん鈴木さんの表情などにツボる人など、、
あとは昔からのコアなメタルファンには、初見でブラック・サバスも見抜かれてたり、ライブの感想などもトップレベルと評価されていました。
ベビーばかりじゃなくグランパも逆輸入で売れて欲しいですねー(^^)
>>Kooさん
コメントありがとうございます!
昔の方が難解なことをやっているバンドでしたが、今は見せ方も含めてシンプルになってきました。
まさに海外の人が見ただけでも食いつくような魅力に溢れています。
でも昔からやっていることは変わらないので、実力は確かです。
海外からも火がつくと本当にこの先楽しみですね!
>>むらきさん
返信まで頂けて光栄です(^^)
貼っていただいた動画から更にいろいろ観ていると
イカ天?の頃の映像で、鈴木氏が「二、三十年先までやりたい」て言ってるのをみて感動しました
天翔る(海外公演)日も来ましたし(^^)
私も、むらきさんの記事を読んでライブまで観てみたくなりました
>>Kooさん
本当に有言実行で、30年続くバンドになっていることは凄いと思います。
しかも30年を超えた今、ブレイクしていることも驚きです。
ライブが行われるようになった際には、ぜひ見てみてください!