【ジャパハリネット】解散~再結成から現在までの歩みを振り返る – 再結成後の活動年表&シングル・アルバム全紹介

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愛媛県で結成されたロックバンド、ジャパハリネットをご存じだろうか。ストレートなパンクロックと心に刺さる歌詞で、2000年代に人気を博したが、2007年10月14日に解散した

”活動休止”ではなく、”解散”の知らせに多くのファンが悲しみに暮れた。しかし何と8年後の2015年10月14日に再結成を果たした

突然の再結成の報は、喜びとともに、”まさか”という驚きも大きかったように覚えている。

その活動は、解散前のようなメジャーでのハイペースなものではなく、それぞれの仕事も続けながら、マイペースに行っていくと言うものだった。

それでも今日に至るまで、新作リリースやライブを重ねてきた。

現在は新型コロナウイルス感染症の影響で、バンドでの活動を実質的には休止している。そして「JHN-AC」として、ユニット活動を開始したところであった。

バンドとしての活動ができない状況は残念ではある。だが、今このタイミングはジャパハリネットの再結成後の歩みを振り返る良い機会ではないか、と筆者は考えた。

この記事はジャパハリネットの再結成後の歴史をまとめたものである。当時のSNSや、公開された映像も交えつつ、その道のりを振り返りたい。

記事の前半では、ジャパハリネットの再結成後の歩みを振り返る。記事の後半では、再結成後の活動年表とリリースされた全作品の紹介も掲載している。

再結成後の活動を追い切れなかった人も、熱心に追いかけてきた人も、ジャパハリネットの歴史をじっくりと振り返ることができる内容になっていると思う。

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ジャパハリネットの解散~再結成、その後の歩み

さっそくジャパハリネットのこれまでの歩みを振り返りたいと思う。

前半はジャパハリネットの紹介と、ごく簡単に解散までのいきさつを紹介する。後半では、再結成後の歩みを、作品やライブの紹介で振り返りたい。

ジャパハリネットについて

ジャパハリネットは1999年に愛媛県の松山大学の音楽サークルにて結成された。メンバーは結成時から変わらず、以下の4人である。

  • 城戸けんじろ(ボーカル)
  • 鹿島公行(ベース)
  • 中田衛樹(ギター)
  • りょういち(ドラム)

インディーズ時代から四国地方で人気を博し、「四国地方最強のロックバンド」とも言われていた。インディーズではシングル2枚、アルバム1枚をリリースする。

シングル『哀愁交差点』でメジャーデビュー。同シングルはオリコン最高10位を獲得。

2ndアルバム『現実逃走記』もオリコン10位を獲得し、2004年には日本ゴールドディスク大賞で『ニューアーティストオブ・ザ・イヤー』を受賞した。

拠点を松山市に置きながら、年間100本ほどのライブを行っていた。白色の服で参加する、”白服Day”と言ったライブも行われていた。

2005年にリリースされた3rdアルバム『東京ウォール』はプロデュースに土屋昌巳を迎えた意欲作で、これまでのサウンドから変化も見られた。

2006年には原点回帰の作風となった『回帰線』をリリース。

2007年6月13日にホームページで解散を発表、8月には4thアルバム『夢色ロジック』をリリースする。

ラストツアー「ジャパハリネット TOUR2007 念ずれば花開く “百花繚乱”」を行い、2007年10月14日の愛媛県県民文化会館サブホールでのライブをもって解散した。

解散宣言はファンにとっては唐突なものに思えたが、解散の理由はいくつかあったようで、当時の音楽雑誌でリーダーの鹿島氏によって語られていた。

その中には、音楽に対する考え方の違いや、拠点をどこに置くのか、などいくつかの要因が合わさったものだったようである。当時の筆者のブログに、その内容の一部が書かれている。

当時の筆者のブログ

なお解散後は、メンバーそれぞれの道を進んだ。鹿島氏・りょういち氏の2人はニッポ・リヒトで活動。2008年にりょういち氏は脱退し、現在はFM愛媛のパーソナリティを務める

2012年にニッポ・リヒトが解散後、鹿島氏はアニメーション制作会社ufotableにて活動した。

城戸氏は上京してソロ活動を行い、フジヤマルーキーのボーカルとしても活動した。フジヤマルーキーが2015年に活動休止となると、再びソロ活動を行っていた。

中田氏は音楽業界から離れ、松山市内の病院で理学療法士として勤務している

再結成を匂わせる動きがいくつかあった。2011年に一夜限りの再結成ライブ「蘇る金鼠共THE FIRST」@松山SALONKITTYを開催している。

当時それぞれのメンバーが所属していたスーベニア、フジヤマルーキー、ニッポ・リヒトの対バンに中田氏が加わって、ジャパハリネットが一夜限りで再結成した。チケットは10分で完売したと言う。

そして2015年5月から鹿島氏が楽曲制作を再開。後にジャパハリネットの楽曲となった「希行性の残羽」は、ジャパハリの曲調そのものだったことから、期待が高まっていた。

【ジャパハリネット】解散前までの5枚の全アルバムレビュー – ”ジャパハリらしさ”とは何か?

再結成後の歩み

ここからは1年ごとに、再結成後の主な活動を紹介する。主にワンマンライブやリリース、自主企画などを中心に紹介する。

さらに詳しく活動について知りたい人は、次ページの活動年表をご覧いただきたい。

2015年 – 再結成と「ジャパハリネット大文化祭!再結成だよ!全員集合!」

そして2015年10月14日、解散の日からちょうど8年後に、突如再結成の告知が行われた。

※再結成のツイート

そして再結成の告知の直後には、活動の方針に関するツイートも公開された。

中田氏は理学療法士、りょういち氏はラジオパーソナリティなど、それぞれの仕事は続けながら活動を行うとのことだった。

またメンバーから10月25日には、再結成のコメント動画が公開されている。

再結成後初めてのライブは、2015年12月20日に松山WstudioREDにてイベント「ジャパハリネット大文化祭!再結成だよ!全員集合!」であった。

ライブ以外にも様々な企画が行われた。ジャパハリの演奏で歌える「うたうま選手権」やオープニングアクトができる「コピバン&弾き語り選手権」。

さらに展示ブースやオリジナルフード&ドリンク、そしてライブを各自SNSで配信するなど、様々な面白い試みが行われた。

Long Tail Children Vol.1 「ジャパハリ大文化祭 再結成だよ!全員集合」に向けたメンバーコメントも公開された。

当日のライブの様子

JHNフード&ドリンク

JHNミュージアムの様子

再結成最初のライブは、ジャパハリネットの新旧定番曲をまとめたベスト的な内容だった。また本編終盤の「贈りもの」~「物憂げ世情」までは撮影OKとなって、動画が残っている。

2016年 – 再結成後初のシングル、全国ツアー

2016年は、再結成後初めてのツアー、そして音源発表と活動が前に進んだ1年だった。まず3月24日にオフィシャルホームページが開設された。

5月28日には、Long Tail Children vol.2 『再結成だヨ!全員集合 again』@松山WstudioREDを開催した。今回もライブだけではない、企画が盛りだくさんのイベントとなっていた。

企画内容その1:パブリックビューイングについて

企画内容その2:フード・VR動画撮影など

360度パノラマVR動画が撮影され、YouTubeには「希行性の残羽」の映像が公開されている。

なおパブリックビューイング会場では、ライブ終演後に過去のライブ映像を2時間放映された。以下の動画で、映像の一部が公開されている。

拠点とする松山を中心に、ファンが集まって楽しめる空間づくりを意識したライブイベントとなっていたようだ。

2016年は一気にイベントへの参加が増え、四国地方を中心にライブイベントに出演した。

SATANIC CARNIVAL’16や 「MONSTER baSH 2016」などの音楽フェスだけでなく、映画祭「ORANGE FILM FESTIVAL」や「軽フェスえひめ2016」など様々なイベントに出演した。

そして9月30日には、待望のシングル『プライマルエイジ』を会場限定で発売開始。

そして再結成後初めてのツアー『再結成だヨ!全員集合 全国編』が全7公演行われた。神戸公演が追加され、11月には全公演ソールドアウトとなった。

ライブの写真や動画は、活動年表の方にまとめている。ちなみに筆者は再結成後に初めて参加できたのが、渋谷チェルシーホテル公演であった。

12月18日のツアーファイナルは、パブリックビューイングも行われ、様々な特典もついた。

2017年 – 2本の全国ツアーとシングルリリース

2017年もライブ活動が中心となり、この年は2本の全国ツアーを行っている。1月~7月にかけて、対バンツアー「対バンライブだヨ!全員集合!!」が行われた。

比較的近い年代のバンドであるTHE BACK HORNTHEイナズマ戦隊から、名古屋ではSEAMOとの対バンというレアな組み合わせもあった。

「友達が少ない」とMCで語っているものの、対バンツアー後も、THE BACK HORNやLONGMAN、THEイナズマ戦隊などのライブにゲスト出演することもあった。

2017年の後半には、10thシングル『PEOPLE×PEOPLE』を11月1日にリリース。再結成後としては初めてとなるMVも制作されている。

その発売を記念し、全国5か所の『NO PEOPLE! NO FUTURE! TOUR2017』を行った。

2018年 – フルアルバムリリースと発売ツアー

2018年もライブ活動は活発であり、再結成後初めてのアルバムリリースがあった。1月~3月にはライブ活動がなかったが、4月よりフェスや松山を中心にイベントに出演している。

この頃からだったようだと思われるが、次第にボーカルの城戸氏の喉の不調が続くようになる。

これについては、11月にテレビ放送された『「豪雨とロック」 〜ジャパハリネット、愛媛に生きる〜』でも言及されている。

そして7月に四国地方を襲った豪雨のため、物資を届ける活動をしている様子も、同番組では伝えられた。

2018年の後半には、「シンガとロング」TOURの開催が決定された。

そしてツアー最中の11月7日に、再結成後としては初のフルアルバム、『RE:JAPAHARINET』が発売された。

2019年 – 結成20周年と記念ライブ

2019年はジャパハリネット結成20周年の年であり、20周年を記念した企画も行われた。

2019年は前年から続く「シンガとロング」TOURの続きからスタートした。

ツアーファイナルの松山公演では、スペシャルガチャも行われた。

そして20周年を記念したライブが、東京と愛媛の2か所で行われた。

まず東京は6月21日にTSUTAYA O-EASTにて「20祭だよ!全員集合 in TOKYO」が行われた。hawaiian6SHANKMONOEYESの3組とともに行われ、チケットはソールドアウトとなった。

またクラウドファンディング「ジャパハリネット 20周年Memorial yearプロジェクト」が始動、ジャパハリネット仕様ラッピングカーを走らせる企画だった。

参加した人には、ファン感謝祭ライブ御招待やメンバーからおもてなしが受けられる。

そして7月20日には愛媛県松山市総合コミュニティーセンターにて「20祭だよ!全員集合 in EHIME」が行われた。

2019年の後半は、ライブ活動が中心であった。クラウドファンディング参加者向けのライブが松山で開催され、大盛況のうちに終了した。

2020年 – ベストアルバムリリース、自粛期間の配信番組

2020年は、ベストアルバム発売とそれに伴うツアーを行う予定であった。しかし新型コロナウイルス感染症の影響で、ツアーは延期が続いた。

20周年を記念し、Tシャツとともに再結成後初めてのライブと、20周年記念の愛媛公演のライブDVDが通販で発売された。

3月25日にはベストアルバム『RE:BEST』が発売となった。同日、「無観客だよ!全員集合!」と言うタイトルで、無観客生配信ライブが行われた。

当ブログで、「無観客だよ!全員集合!」について書いた記事はこちら

2021年4月には、ツアーの中止及び払い戻しが告知された。

新型コロナウイルス感染症の状況が読めない状況が続き、ライブの再開は難しかった。そこでYouTubeで生配信番組「自粛だよ!全員集合!vol.1~3」が7~9月に行われた。

メンバーがオンライン上でトークし、過去のライブ映像を公開するなどしていた。その後も、2020年はライブを行うことはできなかった。

2021年 – アコースティックユニット「JHN-AC」結成

2021年もライブの出来ない状況は続いていたが、年の前半には「自粛だよ!全員集合!vol.4、5」が配信された。

12月に城戸・鹿島によるアコースティックユニット「JHN-AC」が結成され、ライブ活動を再開している。

12月2日に、「JHN-AC」結成記念『デリバリーだよ!全員集合!vol.1』@ Oto-Niwaが配信され、アーカイブが公開されている。

12月~翌2022年にかけて、愛媛TOURが計画されている。

次ページ:ジャパハリネット再結成後の活動年表と作品全紹介

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