日本のハードロックバンド人間椅子は、ノーマルチューニングの曲とダウンチューニング(1音半下げ)の曲が存在することで知られている。
ライブにおいては、ダウンチューニングの楽曲は中盤に固められて、「ダウンチューニングコーナー」として披露されることが伝統的であった。
これがなぜ中盤に固められているのか、楽器に詳しくない人には理解できないところかもしれない。今回はダウンチューニング曲を固める理由について、ギターを弾かない人向けに解説を書いた。
また時に思わぬタイミングでダウンチューニング曲が登場するパターンも存在する。そんなダウンチューニング曲がライブ中盤以外で登場するパターンについても取り上げる。
人間椅子がダウンチューニング曲を中盤に固めている理由とは?
まずはダウンチューニング曲に関する基礎知識編である。できるだけギターを弾かない人向けに、なぜダウンチューニング曲が存在し、それをライブで固めて披露するのか、解説しようと思う。
人間椅子の楽曲には、ダウンチューニングの楽曲が存在する。ダウンチューニングとは、よりヘヴィさを増すためなどの理由で、各弦の音を低く設定することである。
※ダウンチューニングの概要やその影響についてはこちらに詳しく書いた。
人間椅子の場合、敬愛するBlack Sabbathが1971年の名盤3rd『Master of Reality』以降、全弦1音半下げのダウンチューニングを用いていることに影響されて、1音半下げを採用している。
たとえばダウンチューニングの曲と言えば、「無情のスキャット」「なまはげ」「死神の饗宴」「相剋の家」など、禍々しくヘヴィな楽曲で効果的に用いられる。
一方のノーマルチューニングは、「宇宙からの色」「りんごの泪」「ダイナマイト」「品川心中」など、アッパーな曲やハードロック・ロックンロール要素の強い曲に多く、こちらが基本ではある。
ノーマルチューニング・ダウンチューニングのギターは、それぞれ異なるチューニングに設定されているので、一瞬で切り替える、ということはできない。
ライブ演奏の場合は、1.MC中にチューニングして切り替える、2.ギターごと持ち替える、という2つの方法で切り替える。
しかし1.はかなり時間がかかるのと、何度も弦を緩めたり、戻したりすると、弦に負担がかかって切れやすくなる原因となる。(アマチュアはこの方法を取ることもある)
そのため多くのプロミュージシャンは、ギターを複数本持って、チューニングごとに持ち替える、という方法を取るのだ。
人間椅子の場合、ライブの中盤で5、6曲ほど披露した後に、ダウンチューニング用の楽器に持ち替えて、4、5曲程度続けてダウンチューニング曲を披露するのが定番になっている。
2024年11月のライブでも、6曲までノーマルチューニング、その後に5曲連続でダウンチューニングを曲を披露している。
なぜこのようにダウンチューニング曲を固めるか、であるが、理由はスムーズなライブの進行にあるのだろう、と思う。
ギターやベースを持ち替える場合、どうしても一呼吸おいてからしか、次の曲に入れないので、ライブの流れはどうしても途切れてしまう。
またライブの人員体制や機材のこだわりなども理由にあるように思う。
と言うのは、大規模な会場でコンサートを行うミュージシャンの場合、ローディが曲ごとに急いでミュージシャンにギターを持ち替えさせている場面を見たことがあるかもしれない。
これは裏で次に使う楽器のチューニングをローディが済ませており、またギターからの信号をデジタルで切り替えて、瞬時にギターの持ち替えとサウンドの切り替えを行っているのである。
しかし人間椅子の場合は、切り替える際には、ギターとアンプをつなぐシールド(有線のケーブル)を差し替えて、自らでチューニングも行っている。
おそらくこれはできるだけアンプとギターとの間を直接つなぎたいこだわりがあるのが1つだろう。
また会場によってはローディの数にも限りがあるので、曲ごとに細かく持ち替えをするという段取りが困難なのだろう。
(おそらく)上記のような理由で、人間椅子はダウンチューニングコーナーで固めて、前後にMCを挟みながら、持ち替えやチューニングを行う方針になったようだ。
ライブ中盤以外にダウンチューニング曲が登場するパターン
人間椅子のライブでは、たいていダウンチューニングコーナーがまとまっているのだが、もう少し細かく分けて披露される場合もある。
ライブ中盤以外に披露されるタイミングについて、3つに分けて紹介しておこう。
ライブの始まり
やや意表を突かれるのが、ライブの始まりでダウンチューニング曲が配置されるパターンである。
人間椅子のライブでは、冒頭にはレギュラーチューニングのノリの良い曲から始まることが多い。あえてそのパターンを外すこともある。
特に多いのは、新作のリリースツアーであり、推し曲がダウンチューニング曲の場合は、ダウンチューニングから始まる場合が多い。
過去の例では2011年リリースの『此岸礼讃』のツアーでは、「沸騰する宇宙」「あゝ東海よ今いずこ」というダウンチューニング曲から幕を開けている。
最近では2023年『色即是空』のリリースツアーでも、「さらば世界」「悪魔一族」でスタートしていた。
近年の楽曲の場合、ダウンチューニング曲が必ずしも暗くて盛り上がらないタイプの曲とは限らず、かなりアッパーで序盤から盛り上がれる曲が増えてきたと言う事情もある。
ダウンチューニングコーナーが複数回ある
中盤だけでなく、複数回ダウンチューニングコーナーがあると言うパターンもよくある。
先ほどの「ライブの始まり」がダウンチューニング曲である場合、ほぼ自動的に複数回のダウンチューニングコーナーが発生することとなる。
先ほどの『色即是空』リリースツアーでは、冒頭2曲がダウンチューニングであり、中盤には「杜子春」「蛞蝓体操」「死出の旅路の物語」「死神の饗宴」「今昔聖」の5曲がダウンチューニングであった。
ダウンチューニング曲が多い場合は、「杜子春」「蛞蝓体操」などヘヴィな色合いが強い曲だけでなく「死出の旅路の物語」「今昔聖」など重いながらもノリの良い曲を入れ込んでいる。
また最近は行われていない、ファンクラブ限定ライブ「人間椅子倶楽部の集い」では、ライブ自体が変則的な構成だったりするので、ダウンチューニングの位置づけも普段と違うことがある。
たとえば「第五回 人間椅子倶楽部の集い 2008」では、3・4曲目で「東京ボンデージ」「サバス・スラッシュ・サバス」が披露された後、抽選会後に再びダウンチューニングのコーナーがあった。
さらに過去のライブを遡ると、2000年『怪人二十面相』のリリースツアーでは、本編ラストに「大団円」が配置されているのも特殊なパターンであった。
アンコール
大いに盛り上がった本編が終了後、アンコールにダウンチューニング曲が配置されると言うパターンも珍しくはない。
近年はアンコールラストを、どっしりした「どっとはらい」「なまはげ」「無情のスキャット」などで締める、というパターンが定番化している。
この流れが定番化した経緯を推測も含め書くと、かつては「ダイナマイト」「地獄風景」など、とにかく速い曲で盛り上がって終わるのが人間椅子の定番であった。
ただ「どっとはらい」という、ちょうど”おしまい”を意味する楽曲ができたので、ラストに配置してみたところ、意外に盛り上がって良かったのではないか。
そしてスラッシュメタル系統の曲で終わると、お客さんのテンションが高過ぎて、全くアンコールが終わっても帰らない、という事態がよく起きていた。
近年はライブハウスも予定外アンコールを認めない流れになってきたところで、「なまはげ」「無情のスキャット」など、どっしりした曲をやることで”蛍の光”的な位置づけにちょうど良かったのだろう。
他のアーティストも、ラストにバラードを配置してコンサートの終わりを意識させる流れが増えてきており、人間椅子もその流れにあるように思える。
ただ人間椅子の場合、それ以前にも「陰獣」「相剋の家」でアンコールが終わるパターンもあったので、昔からあったとも言える。
さらに「第十一回 人間椅子倶楽部の集い 2015」では、アンコールの最初に「阿片窟の男」「肥満天使」を披露し、ここが初のダウンチューニングコーナーと言う特殊な例もあった。
まとめ
今回の記事では、人間椅子のライブにおいてダウンチューニングコーナーが中盤に固まっている事情について書いた。
楽器を弾かない人にとってはそれほど重要なことではないかもしれないが、やはりダウンチューニングの響きは独特であり、ヘヴィでダークな雰囲気を作り出すものである。
どうしても転換の事情で真ん中にまとめられることが多いが、”ヘヴィな曲祭り”がやって来ることが、人間椅子のライブの1つの定番になって受け入れられている節がある。
それがあるから、前後のノーマルチューニングによるロックな盛り上がりが楽しめる、というものである。
アルバムの中でも重要な位置を占めるダウンチューニング曲、ぜひ注目して聴いていただきたい。
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