ヘヴィな音楽を演奏する際に用いられるのが、「ダウンチューニング」である。通常のギター演奏よりも、重厚感やダークでけだるい雰囲気を表現するためにダウンチューニングは用いられる。
ダウンチューニングを用いることの機材面・サウンド面での変化についてまとめた記事は既に多数ある。しかしダウンチューニングの曲が増えることによる音楽的変化についてはどうだろうか。
実はバンドの歴史の中でダウンチューニング曲が増えたバンドを見ると、その音楽性も変化が起きていることが分かる。
今回の記事では、国内ヘヴィメタルのジャンルでダウンチューニングを用いており、さらにダウンチューニングが増え始めているバンドとして、陰陽座・人間椅子を取り上げた。
この2つのバンドの音楽性の変化を分析しながら、ダウンチューニングを多用する功罪を明らかにできればと思う。
ダウンチューニングの概要
はじめにダウンチューニングとは何なのか、ごく簡単にまとめておきたいと思う。既にギターやベースを弾く人向けの解説は記事に書いている人がいるので、そちらに譲ることにしたい。
ここでは機材的な点に注目するのではなく、サウンドや音楽性への影響について書いている。
ダウンチューニングとは?
ダウンチューニングとは、ギターやベースで通常行われるチューニングから音を下げて、低い音が出るチューニングにすることを指す。
ギターの場合、通常のチューニングは6弦から順に、E・A・D・G・B・Eのキーとなる。(ギターの場合Eなどコードで音階を示し、Cはドの音、Dはレの音となる)
たとえば「全弦1音下げ」チューニングにすると、D・G・C・F・A・Dのように、全ての弦で1音ずつ音が低くすることになる。
他には低音が鳴る6弦のみ1音下げる「ドロップチューニング」もあり、それぞれ演奏する曲のタイプに応じて、チューニングのやり方も様々にある。
メリット・デメリットや使用される場面
ダウンチューニングの目的は、低音弦をより低く鳴らすことで、ヘヴィさを増すことにある。半音・1音下げに比べると、1音半・2音下げは、かなりヘヴィかつダークな雰囲気の音像になる。
またダウンチューニングをするということは、弦を緩めることで低音になる。そのため弦のテンション感が下がり、よりルーズな音・テンポ感になる。
これが独特のけだるい雰囲気を醸し出し、ダークかつ怪しげな雰囲気の音になるのだ。(太い弦を張ることで、ダルダルになることを防ぐのだが、それでもノーマルよりルーズな音像になる)
この点はメリットでもあり、デメリットでもある。つまりダウンチューニングにすると、よりタイトな音楽を演奏することには向かなくなる。
当然ながら16ビートのカッティングなどにダウンチューニングは全く不要であるし、ロックンロールなど軽快なジャンルを演奏するなどの場合にもあまり相応しくない。
そのため使いやすいのは、歪んだギターで低音弦のリフを弾くような、ヘヴィメタルなどラウドなロックに限られる。重厚でルーズなリズム感の楽曲に幅が狭められるという点はデメリットでもある。
ダウンチューニングの増加がもたらす音楽性の変化について – 陰陽座・人間椅子を事例に
ダウンチューニングはヘヴィメタルのジャンルなどで多用されるが、デビュー時からダウンチューニングのバンドもあれば、ダウンチューニングを途中から使い始めるバンドもいる。
どのチューニングを使うか、と言うこともそのバンドの音楽性と密接にかかわっていると思われる。
ここではダウンチューニングを途中から使い始めたこと、あるいはその割合が増えたことで、音楽性に変化が見られたバンドとして、陰陽座・人間椅子を事例に取り上げる。
陰陽座・人間椅子ともに、全弦ダウンチューニングをハードロック・ヘヴィメタルのジャンルに持ち込んで演奏している。
そもそもこうしたダウンチューニングの使い方のルーツをたどると、1970年代を中心に活躍したBlack Sabbathを外すことができない。
1971年の3rdアルバム『Master of Reality』において、全弦1音半下げることを行った。前作『Paranoid』に比べ、よりけだるく怪しげな雰囲気のヘヴィなアルバムが完成した。
陰陽座・人間椅子いずれも、Black Sabbathには多大な影響を受けているだろう。彼らの音楽性はダウンチューニングの増加によってどのように変化したのか見てみよう。
陰陽座
”妖怪ヘヴィメタルバンド”を自称する陰陽座は、1999年に結成し、現在に至るまで活動を続けている。
陰陽座は1st『鬼哭転生』(1999)から9th『金剛九尾』(2009)までは、一切ダウンチューニングを使わず、ノーマルチューニングのみを使って楽曲を作り続けてきた。
それが10th『鬼子母神』(2011)より全弦1音下げチューニングを導入し、11th『風神界逅』を最後に、その後はほぼ全曲でダウンチューニングが用いられることとなる。
また13th『迦陵頻伽』から1音半下げチューニングや、7弦ギターの導入と、さらに低音を駆使したサウンドに変化している。
陰陽座に関しては、ダウンチューニングの導入でかなり音楽性が変化した事例と言える。
それまではギター2名・ベース・ドラムというシンプルなバンドサウンドによるハードロックバンドと言う印象だった。
代表曲である「甲賀忍法帖」(2005)でも、キーボードが加わってはいるものの、ヘヴィながらもストレートでメロディが際立つサウンドに仕上がっている。
ダウンチューニングを導入するとともに、サウンドはより重厚かつ豊かなものへと変貌している。
たとえば「甲賀忍法帖」と似た路線の「桜花忍法帖」(2018)では、よりキーボードやプログラミングなどのバンド以外の音と生楽器の音と、総合的に組み立てられたサウンドになっている。
「甲賀忍法帖」の頃のサウンドには、広義のロックンロール的な軽快さがあったが、「桜花忍法帖」の時期になると、もっと湿潤で彩りのあるサウンドになっているのが分かる。
ノーマルチューニングでは、ギターサウンドそのものがウワモノとして主役になるが、ダウンチューニングになると、その役割は重厚さを醸し出すベース部分に転じている。
その代わりに、キーボードがウワモノとしてメロディアスな部分を担うようになり、バンドサウンドだけにこだわらない、より音の広がり・深さを意識したサウンドになっている。
あえてジャンルで言えば、初期はハードロック・歌謡曲といった要素が強かったのが、近年はオルタナティブ寄りの現代的ヘヴィメタルに近づいた印象がある。
※陰陽座のおすすめアルバム記事はこちら
人間椅子
人間椅子は1987年に結成され、ドラマーの交代を何度か経て、現在まで活動を続けている。
Black Sabbathに多大な影響を受けている人間椅子は、2nd『桜の森の満開の下』(1991)より、全弦1音半下げのダウンチューニングを導入している。
アルバムを通じて2曲程度ダウンチューニングの楽曲が挿入されることが通常で、多い時には4曲ほど収録されることもあった。たとえば12th『三悪道中膝栗毛』(2004)は11曲中4曲である。
曲数を見ても分かる通り、ヘヴィなサウンドの人間椅子であるが、ダウンチューニングの楽曲はメインではなく、あくまでノーマルチューニングのハードロックをベースにしたサウンドである。
16th『此岸礼讃』(2011)の頃までは、ダークかつヘヴィな楽曲はアルバムの半分以下にとどめ、ロックンロール調の曲やスペースロック、スピードメタルなど様々な音楽性が混在していた。
17th『萬燈籠』(2013)以降は、よりヘヴィで攻撃的な路線になったことで、徐々にダウンチューニングの曲が増加傾向にあった。
そして21st『新青年』(2019)ではダウンチューニングが6曲、22nd『苦楽』(2021)では7曲、23rd『色即是空』(2023)では6曲と、アルバムの半分近くを占めるようになっている。
人間椅子の場合、音楽的な方向性に大きな転換はないものの、2019年に「無情のスキャット」のMVがバズったこともあり、よりヘヴィなサウンドが求められていると言う認識になったのだろう。
ダウンチューニングは”人間椅子らしさ”として、ファンもメンバーも認識するようになり、増加したのではなかろうか。
そしてかつては音楽性の幅広さという意味においてハードロック的な音楽性だった人間椅子は、自身のヘヴィなサウンドに立ち返った結果、攻撃的かつ重厚な意味でヘヴィメタル的音楽性に移行した。
結果的にダウンチューニングの楽曲が増加することになったのではないか、と考えられる。
※人間椅子のおすすめアルバム記事はこちら
まとめ
今回はダウンチューニングに注目し、ハードロック・ヘヴィメタルの領域で使われる頻度の違いが、音楽性にどのように影響するのか、陰陽座・人間椅子を事例に考察してみた。
2つの事例から見えてきたのは、ダウンチューニングの増加は何らかの音楽的変化をもたらす可能性が高い、ということである。
ノーマルチューニングは、そのタイトなテンション感から軽快で跳ねる感じ、いわゆるロックンロール的な要素を残した形で、ハードロックサウンドを作り上げている。
一方でけだるい雰囲気を作り出すダウンチューニングは、より湿潤なサウンド、あるいは攻撃的でヘヴィなサウンドを作り出して、ヘヴィメタルのジャンルに相応しいものとなっている。
陰陽座の場合は、キーボードがウワモノを担って、ダウンチューニングのギターは後ろからヘヴィな音像を作り上げるのに貢献することとなった。
人間椅子はより極悪で攻撃的なサウンドを求めて、ダウンチューニングが従来よりも増えることとなっていた。
ダウンチューニングの響きはより現代的・オルタナティブな雰囲気を筆者は感じ、一方でノーマルにはブルースから流れる古典的なロックンロールの雰囲気を感じる。
ロックバンドの初期衝動はノーマルチューニングにあるような気もしており、ダウンが増え過ぎるのはいかがなものか、と思っているのが正直なところである。
適材適所で原初的なロックサウンド・ヘヴィメタルサウンドを使い分ける意味でも、チューニングは使い分けてほしいところである。
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