今回は人間椅子の和嶋慎治氏のギターに注目した内容だ。
人間椅子は20枚以上のアルバムを発表している。その歴史の中で、和嶋氏のギターの音色も変遷を遂げている。
今回は和嶋氏のギターの音色の中でも、ピックアップと呼ばれるギターのパーツの切り替えが、アルバムごとに変化している点に着目し、その変遷を調べてまとめてみた。
そしてこの音色の変化から、人間椅子の音楽性の変化についても考察してみた。
なおできるだけギターを弾いたことのない人でも読めるよう、最初に解説を加えた。しかしマニアック極まりない記事なので、その点は十分ご理解いただきたい。
ギターのピックアップに関する基本知識
本題に入る上でどうしても必要なギターのピックアップについて、ごく簡単に解説した。細かい説明は省いて、大枠がわかるように書いている。
詳しい方は読み飛ばしていただければと思う。
ピックアップとは?
ピックアップとは、ギターの弦の振動を電気信号に変える部分のことだ。ギターの音色を決める大事なパーツと理解していただければと思う。
↓ 実際の写真で見ると、この黒い部分のことだ。

そして写真では、下の方に1セット、上の方に同じものが1セットあるのがわかる。下にあるものをリアピックアップ、上にあるものをフロントピックアップと呼ぶ。
音色を変える、「リア」ピックアップと「フロント」ピックアップ
この2つのピックアップの違いは何かと言うと、音色の違いだ。
弦のどの位置で音を拾うかで、音色が変わる仕組みである。それぞれの音は以下の特徴がある。
- リアピックアップ:硬い音・ソリッドな音になる。
- フロントピックアップ:太い音・優しい音になる。
↓ そしてこのピックアップを切り替える際に、下の写真の右下ようなスイッチを用いる。

一般的には、リアピックアップは、ハードロックやヘビーメタルで用いられることが多い。そしてフロントピックアップは、ジャズやブルースなどで用いられることが多い。
音楽ジャンルによって、音色を使い分けるのが一般的だ、と考えていただければと思う。
和嶋氏のピックアップの使い分け
では和嶋氏のピックアップの使い分けの特徴にはどうだろうか。
まず音作りの基本を少し解説すると、人間椅子などハードロックの場合、ギターの音をそのまま出したのでは迫力がない。そのため「歪み」という音を汚くする効果をかける。
和嶋氏は歪みをアンプの調節でかけている。
↓ これが和嶋氏のギターアンプで、エレキギターはこれに繋がないと音が出ない。
出典:BEEAST 浪漫派宣言
これに「エフェクター」をいくつも使って、必要な時に足元でスイッチをオンオフして使っている。たとえば「陰獣」の冒頭は「ワウペダル」というエフェクターを用いている。
以上を基本としながら、和嶋氏は曲によって、先ほどのピックアップを使い分けている。
まずは論より証拠で、リア・フロントピックアップをそれぞれ使って演奏された曲の音を聴いてみよう。
・リアピックアップを使って演奏されている曲の例:「針の山」
・フロントピックアップを使って演奏されている曲の例:「死神の饗宴」
違いはお分かりいただけただろうか?
よく聴いていただくと、リアピックアップは固くて、抜けの良い音がする。一方でフロントピックアップは丸みがあり、ヘビーな音色になっている。
また「死神の饗宴」では、中間のギターソロ時に、フロントからリアにピックアップを切り替えている。フロントでバッキングを弾く際には、ソロでリアに切り替えるのが和嶋氏のルールのようだ。
なお和嶋氏は、時々リアとフロントを混ぜた中間の音、「センター」を用いることもある。
先ほどジャンルによって、音色を使い分けるのが一般的と書いた。一方、和嶋氏は楽曲ごとにピックアップを使い分け、音色を変えているようだ。
人間椅子のアルバムを順に聴いていくと、それだけではなく作品ごとにもどちらのピックアップをメインに使うのか、ということに変遷が見られることが分かった。
人間椅子のアルバムにおけるリア・フロントピックアップ使用の変遷
↑ フロントピックアップを使用時の和嶋氏
いよいよ本題のピックアップ使用の変遷についてだ。
ここではまず、アルバムごとの変遷を表にまとめてみた。その上で、細かく作品ごとの変遷を解説していくこととした。
アルバム順でみるピックアップ使用の変遷まとめ表
アルバム順のピックアップ使用の変遷まとめ表(および表の見方)は、以下の通りである。
- 「no.」:アルバムが何作目なのか
- 「タイトル」:アルバムタイトル
- 「全曲数」:アルバムに収録された曲数
- 「リア曲数」:バッキングのメインがリアピックアップの曲数
- 「フロント曲数」:バッキングのメインがフロントピックアップの曲数
- 「センター曲数」:リアとフロントを混ぜた中間の音を使っている曲数
no. | タイトル | 全曲数 | リア曲数 | フロント曲数 | センター曲数 |
---|---|---|---|---|---|
0th | 人間椅子 | 7 | 7 | ||
1st | 人間失格 | 11 | 10 | 1? | |
2nd | 桜の森の満開の下 | 10 | 9 | 1? | |
3rd | 黄金の夜明け | 11 | 10 ※1 | ||
4th | 羅生門 | 9 | 9 | ||
5th | 踊る一寸法師 | 10 | 9 ※2 | ||
6th | 無限の住人 | 10 | 9 ※3 | ||
7th | 頽廃芸術展 | 12 | 12 | ||
8th | 二十世紀葬送曲 | 10 | 10 | ||
9th | 怪人二十面相 | 12 | 1 | 11 | |
10th | 見知らぬ世界 | 13 | 7 | 6 | |
11th | 修羅囃子 | 11 | 6 ※4 | 2 | 2 |
12th | 三悪道中膝栗毛 | 11 | 3 | 7 | 1 |
13th | 瘋痴狂 | 12 | 4 | 7 | 1 |
14th | 真夏の夜の夢 | 12 | 6 | 5 | 1 |
15th | 未来浪漫派 | 13 | 12 | 1 | |
16th | 此岸礼讃 | 13 | 6 | 4 | 3 |
17th | 萬燈籠 | 13 | 13 | ||
18th | 無頼豊饒 | 13 | 12 ※5 | ||
19th | 怪談 そして死とエロス | 12 | 10 | 2 | |
20th | 異次元からの咆哮 | 12 | 12 | ||
21st | 新青年 | 14 | 13 | 1? | |
22nd | 苦楽 | 13 | 12 | 1? |
※1:「素晴らしき日曜日」を除く
※2:「羽根物人生」を除く
※3:「もっこの子守唄」を除く
※4:「恐山」を除く
※5:「リジイア」を除く
なおすべて筆者の独自の調査によるため、誤っている箇所があるかもしれない。
そして表のタイトルの色分けの通り、アルバムごとのピックアップの使用状況から、以下の時期に分類してみた。
- リアピックアップ期:『人間椅子』~『羅生門』
- フロントピックアップ期:『踊る一寸法師』~『二十世紀葬送曲』
- 使い分け期:『怪人二十面相』~『此岸礼讃』
- 第2リアピックアップ期:『萬燈籠』~『新青年』(『怪談』はやや例外)
各期におけるアルバムごとの音色の解説
表にまとめた内容から、各アルバムについて詳しく見ていこう。
リアピックアップ期
インディーズ盤の『人間椅子』、メルダックに所属した『人間失格』~『羅生門』まではすべてリアで演奏されている。
0th『人間椅子』~2nd『桜の森の満開の下』までは、割と音色は似ている。比較的オーソドックスで、そこまで歪みが強くない印象だ。
なお「アルンハイムの泉」「甲状腺上のマリア」はリアではなくセンターではないかと思われる。
少し音色が変わるのが3th『黄金の夜明け』である。歪みのかかり方が強くなり、より凶悪なサウンドになっている。
4th『羅生門』では前作ほどのエグい歪みではなくなった。その分、ガリッとしたような硬質な歪みへと移行している。
フロントピックアップ期
ベース鈴木氏の進言によって、バッキングギターのピックアップをフロントに変えた時期である。
過去のライブ動画を見る限り、リアピックアップで弾いていた時期の曲もすべてフロントで弾くことにこだわっていたのがこの時期だ。
5th『踊る一寸法師』は『羅生門』のセッティングとそこまで変わらない印象だが、フロントになったことで、よりヘビーなサウンドになっている。
6th『無限の住人』では、より硬質な音作りになった上にフロントピックアップを使用しているため、ズブズブと地を這うような不気味さがある。ただあまりギターが聞こえないミックスなのが残念だ。
7th『頽廃芸術展』は、やや曲ごとにギターの音色に違いがみられる印象だ。ミックスやマスタリングの影響もあろうが、フロントならではの柔らかい音像である。
8th『二十世紀葬送曲』は前作の音像を引き継ぎつつも、より硬質でヘビーな印象だ。
使い分け期
この時期はピックアップの使い方にバリエーションがあり、作品ごとに特徴がある。
9th『怪人二十面相』では、リアピックアップが解禁となった。
と言っても、リアピックアップの使用が確認されるのは「怪人二十面相」のメインリフとBメロ部のみである。この曲の中間部ではフロントが用いられている。
基本はフロントを使用しているアルバムと言えよう。
10th『見知らぬ世界』になると、リアの使用がぐっと増える。
全編フロントが使われるのは「死神の饗宴」「そして素晴らしき時間旅行」「エデンの少女」「悪魔大いに笑う」「魅惑のお嬢様」「見知らぬ世界」の6曲となり、リアを使用する曲の方が多い。
フロントを使用する曲は、ローチューニングのヘビーな曲中心のようだ。
なお「侵略者」では、サビのパワーコード部分はフロント、Aメロの単音リフはリア、など曲中で使い分けられるパターンも見られる。
11th『修羅囃子』でも、全編フロントは「東洋の魔女」「相剋の家」のみとなっている。「月に彷徨う」では、サビのパワーコード部分のみフロント使用となっており、「侵略者」と同様のパターンだ。
また「愛の言葉を数えよう」「最後の晩餐」ではセンターが用いられているようだ。
12th『三悪道中膝栗毛』は、ややフロント使用率がまた上がっている。リアが使われるのは「洗礼」「意趣返し」「道程」のみであり、全体にヘビーさを印象付ける楽曲が多い。
なお「新生」はセンターをメインに使用している。
13th『瘋痴狂』もフロントがメインの傾向は続いている。リアが使われるのは、「ロックンロール特急」「青い衝動」「無慈悲なる青春」「孤立無援の思想」ぐらいである。
なお「二十一世紀の瘋痴狂」はセンター使用曲だ。
14th『真夏の夜の夢』になると、リアの方が少し多くなる。フロントが使われるのが、「空飛ぶ円盤」「閻魔帳」「牡丹燈籠」「膿物語」「どっとはらい」である。
なお「白日夢」はセンターを用いたアルペジオを用いていると思われる。
15th『未来浪漫派』では、一気にリア中心に変化している。フロントが用いられるのは「月下に捧ぐ舞踏曲」のみとなり、全体的に晴れやかなサウンドとなっている。
16th『此岸礼讃』は、前作から一転、フロント曲数が増えている。フロントは「沸騰する宇宙」「あゝ東海よ今いずこ」「地底への逃亡」「今昔聖」の4曲だ。
そして落ち着いた「春の匂いは涅槃の薫り」「胡蝶蘭」、ブルース色の強い「愚者の楽園」はセンターを使っていると思われる。
第2リアピックアップ期
そしてこれ以降は、曲による使い分けはせずに、初期と同様にリアを中心に使うスタイルに戻った。
17th『萬燈籠』・18th『無頼豊饒』のいずれもリアのみが使用されている。ヘビーな曲もあるものの、これまでと違い、ピックアップの使い分けはなされていない。
ただ19th『怪談 そして死とエロス』は、フロントの使用が見られる。「黄泉がえりの街」「泥の雨」のみはフロントであり、ともにヘビーな楽曲である。
20th『異次元からの咆哮』、21st『新青年』では再びリアのみの使用に戻っている。なお「月のアペニン山」のみは、アルペジオでセンター(あるいはフロント)を用いている。
22nd『苦楽』もほぼリアが用いられているが、「悪魔の処方箋」のAメロ部分のリフについてはフロントが用いられているように聞こえる。
ピックアップの使い分け変遷から見える、人間椅子の音楽性の変化
最後に、ピックアップの使い分けによる4つの時期を軸に、人間椅子の音楽性の変化について考察してみたい。
和嶋氏のギターのことなので、和嶋氏の人間椅子における音楽の変遷、加えて心理的な変遷とも言えるかもしれない。
リアピックアップ期
デビューして、メジャーのレコード会社に在籍した期間と重なっている。人間椅子の世界観を形成していった重要な時期でもあろう。
この時期のアルバムを聴くと、既にこの時期から音楽性や歌詞においては、今と変わらない方向性・クオリティができつつあると思った。
しかし音作りにおいては、そこまで目が向けられていない時期だったのではないかと推測する。
つまり吟味してリアピックアップを選択したと言うよりも、”ハードロックと言えばリアを使う”から使っていたのではないかと思う。
そして、もし違うサウンドを模索しようとしたとしても、レコード会社の意向が強かっただろうから、却下されたのではないかと想像する。
いずれにしても、この時期は、あまり意図せずリアピックアップを使っていた時期ではないかと考えた。
フロントピックアップ期
メジャーレーベルから離れ、いくつかのレーベルを転々とし、メルダックに戻った時期までである。
インディーズの時期は、メジャーに比べれば制約がない中で、人間椅子の音楽性を広げた時期だと思われる。
実際『踊る一寸法師』は、これまでにないテーマを題材にした曲も多く、作品に自由な空気が漂っている。
そんな雰囲気の中で、音作りにも独自性を求めていった時期ではないかと推測する。
ハードロックでは、”バッキングはリア、ソロはリアかフロントを使う”、というのが一般的だ。
しかし人間椅子の、ヘビーで陰鬱としたハードロックを作り上げる中で、フロントピックアップをバッキングに使うと言うアイデアが出たのではないかと思う。
そして実際に「踊る一寸法師」や「黒猫」、「ダンウィッチの怪」など、ローチューニングのヘビーな楽曲は、それまでにない独自のサウンドで、人間椅子オリジナルの楽曲が出来上がった。
この時期もバンドは決して順風満帆とは言えないが、音楽的には幅を広げていく充実した時期だったのではないかと思われる。
使い分け期
この時期が長いが、長く続く低迷期と重なる時期である。
売り上げには結びつかないものの、2.フロントピックアップ期には人間椅子のオリジナリティは確立されたと言っても過言ではない。
音楽的な充実の一方で、和嶋氏は私生活においては色々な出来事があった時期でもある。(和嶋氏の自伝「屈折くん」参照)
人間椅子というバンドで、どんな音楽をやっていくのか、悩んでいた時期だったのではないか。
『見知らぬ世界』では、和嶋氏はこれまでにない明るい曲調を取り入れた。そういった楽曲に、ヘビーなフロントピックアップの音は似合わないのは当然である。
またこの時期の和嶋氏はブルースバンドの活動も多く、もともと好きなブルース・ロックンロールにも興味が向いていたのだろう。
レッドツェッペリンのジミー・ペイジ氏がピックアップのセンター寄りの音を使うため、それに影響を受けて、「愛の言葉を数えよう」などロックンロール調の曲も作られたと思われる。
さらにはドラマーが後藤マスヒロ氏からナカジマノブ氏に交代になり、これまでにない明るいサウンドのドラマーが入ったことも、バンド全体のサウンドに影響を与えたものと想像する。
アルバムごとに見ても、フロント寄りになったり、リアが増えたりと、できた曲にサウンドを合わせていくような流れだったのだろう。
やはり模索と言うか、どんな方向で行くのか、何となく音楽的にも落ち着かない時期だったのではないか。
第2リアピックアップ期
ちょうどこの時期は、2013年のオズフェストジャパン出演を果たした後からとなる。人間椅子にとって、和嶋氏いわく”第2のデビュー”とも言う時期だ。
ここでもう一度、初期と同じく、リアのみを使うようになっている。しかしこれは、初期とは異なり、選択した上でのリアピックアップだと推測される。
和嶋氏がインタビュー等で語っていたように、『萬燈籠』を作る際には、”マイナーキーの曲、そしてハードロックの楽曲のみを収録する”という方向を明確にしていた。
メンバーそれぞれの興味はあろうとも、人間椅子として目指すべき方向性をはっきりと決めている点が重要である。
その結果、シンプルなハードロックを鳴らすのであれば、やはりリアピックアップが王道ということになったのではなかろうか。
これまでの経験を活かし、3人の息の合った演奏を持ってすれば、もはや人間椅子オリジナルのサウンドとなる域に達しているのだ。
かくして、サウンドにも1つ筋が通った人間椅子は、今や「無情のスキャット」で世界に名を馳せるバンドとなった。
まとめ
以上が和嶋氏のギターのピックアップの使い分け変遷と、音楽性の変化の考察である。
ピックアップの切り替えとは、たかが音色の変化に過ぎないが、これだけの長い年月を通してみると、和嶋慎治というギタリストの変化も見えてくる。
さらには人間椅子というバンドの変遷までも、垣間見えるから面白い。
人間椅子は、長い低迷期を経て、着実に動員を増やしながら、今の段階まで到達している。この長い物語を、様々な角度から検証していくことで、新たな人間椅子の一面を見ることができるのではないか。
今後も、和嶋氏のギタープレイや音色、そして人間椅子は進化していくのだろう。次にどんなページが開かれていくのか、楽しみでならない。

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