今回はエレファントカシマシの問題作にして、ファンの間では人気の高いアルバム『生活』を取り上げた。
以前書いたアルバムレビュー『明日に向かって走れ – 月夜の歌』が入門編ならば、『生活』は間違いなく上級編である。
どのあたりが上級編なのかは、この後にじっくり書くとして、初めてエレファントカシマシを聴く人にはまずおすすめしない。
逆に、このアルバムが気に入れば、もう立派なエレカシマニアの仲間入りとも言えるほど、重要なアルバムとも言える。
そんなエレカシを語る上で欠かせないアルバム『生活』について紹介していこう。
『生活』発売前のエレファントカシマシの状況
『生活』が発売となったのは1990年。エレカシが1988年にデビューして3年目の頃だ。
この時期はエピックソニーというレーベルに所属していたため、ファンの間では”エピック期“と呼ばれる。当時のエレカシは物凄く尖っていたと言われている。
本意ではなかった演出もあるようだが、客電つけっぱなしのコンサートや、ライブハウスに椅子を置いて着席して鑑賞するスタイルだったなど、異彩を放つバンドだった。
アルバムに目を向けると、デビュー盤『THE ELEPHANT KASHIMASHI』こそ、シンプルなロックンロールを基調としているが、2nd『THE ELEPHANT KASHIMASHI II』では内省的でヘビーな曲が増える。
続く3rd『浮世の夢』では、タイトル通りに奇天烈な「珍奇男」や、もはや演歌の「上野の山」など、独特過ぎる音楽性を見せる。
この作品からボーカル宮本浩次氏が、始めたばかりのギターを弾いており、バンドのアンサンブルを良くも悪くも、めちゃくちゃにしている。
このような独特な音楽性に向かった背景の1つには、バブル経済だった当時の浮かれたムードへのアンチテーゼがあったらしい。
『浮世の夢』の楽曲で歌われる登場人物は、まるで世捨人のようである。華美な世俗を離れ、物思いと散歩に耽る男の姿が描かれている。
エピック期のエレカシはおよそ当時の日本で流行っていた音楽とは無縁の音楽だ。
小綺麗にパッケージ化された音楽とは対極の、剥き出しの思いと音楽表現の際どいバランスによって成り立つ、荒削り故の輝きに満ちた音楽だ。
『生活』は、そんな背景と世界観を引き継ぎながら作られている。
『生活』について
no. | タイトル | 作詞 | 作曲 | 時間 |
---|---|---|---|---|
1. | 男は行く | 宮本浩次 | 宮本浩次 | 6:58 |
2. | 凡人 -散歩き- | 宮本浩次 | 宮本浩次 | 5:56 |
3. | too fine life | 宮本浩次 | 石森敏行・宮本浩次 | 4:31 |
4. | 偶成 | 宮本浩次 | 宮本浩次 | 7:16 |
5. | 遁生 | 宮本浩次 | 宮本浩次 | 12:05 |
6. | 月の夜 | 宮本浩次 | 宮本浩次 | 3:05 |
7. | 晩秋の一夜 | 宮本浩次 | 宮本浩次 | 10:08 |
合計時間 | 50:00 |
エレファントカシマシ4作目のアルバム。
曲数はフルアルバムにして、7曲と少ない。 しかし10分超えが2曲あり、まるでプログレッシブロックのような構成のアルバムである。
作詞・作曲は3曲目の「too fine life」のみ宮本・石森の共作であるが、他は宮本氏によるもの。
サウンド面でも特異な作品だ。 宮本氏の歌とギターが異様に強調され、他のメンバーの音は限りなく小さく下げられている。
エレカシはどの曲もライブで演奏されるが、『生活』の楽曲はよく演奏される。特に毎年恒例の日比谷野外音楽堂でのライブでは、頻繁に演奏されている。
各楽曲の紹介
男は行く
1曲目から雷が落ちるような衝撃である。
これまでのエレカシにないほど、ハードロック然としたリフで始まり、宮本氏の絶叫が響き渡る。
ずっしりとヘビーな曲調で、ライブでは鬼気迫るパフォーマンスに引き込まれる。
バンドサウンドがふさわしい楽曲でありながら、耳に入ってくるのは宮本氏の歌とギターばかり。
とんでもないミックスがなされていることが、1曲目からわかる。
しかし曲全体の中で緩急がつけられており、破天荒に見えても、7分の中で非常に構築されている楽曲だ。
宮本氏は好きなバンドとしてレッドツェッペリンを挙げており、エレカシ流のハードロックに仕上がっている。
歌詞は、男の怒りに満ちた独白のような内容である。
豚に真珠だ 貴様らに 聞かせる歌などなくなった
いまだに語り継がれる伝説的な一節である。
凡人 -散歩き-
1曲目からの流れを引き継ぐ形で、この曲もハードロック調である。
「男は行く」に比べると、ノリの良い曲ではあるが、楽しんで聴ける曲とも言い難い。宮本氏の絶叫は続き、かなり暑苦しさが伝わってくるような曲だ。
歌詞は前作『浮世の夢』と比べると、より文語的な表現になっている。
「男は行く」が自己意識の肥大のような歌詞とすれば、この曲は世間の中にいる、現実の自分への虚しさを歌っている、とでも解釈しようか。
”男よ勝て”と力んでいた男も、社会に出てみれば”あわれな凡人”と気づき、自分に対して言いようのない虚しい感情を向けているようだ。
too fine life
この曲のみギター石森敏行氏との合作である。
ヘビーな楽曲が続く中で、少しホッとするような陽気な楽曲である。この曲のみ、前作までのエレカシの楽曲の流れに近く、むしろ今までよりポップな気もする。
歌詞についても、他の曲に比べればかなり前向きに見える。しかしこのアルバムの中に入ると、かえって虚しさが引き立つようでもある。
この曲が演奏されるときの宮本・石森両氏は何だか楽しそうで、見ていて微笑ましい。
偶成
雰囲気は一転、ディープなところに入っていく。
”偶成”とは、偶然に心に浮かんで出来上がること、という意味だ。宮本氏の歌とギターによる弾き語りから始まり、独白のような楽曲である。
冒頭に歌われるように、何か足りないが何が足りないのかわからない。そんなことを思い悩みながら、平穏な時間だけが過ぎていく。
もっと素晴らしいものがあるのではないか、といった宮本氏の心情が表れているのだろうか。
”何が足りぬやら”からの盛り上がりは、このアルバムの聴きどころの1つと言っても良い。この辺りのコード進行の妙には舌を巻く。
ドブの夕陽を見るために
この一節もまた、エレカシファンには心に残るフレーズだ。
遁世
そしていよいよこのアルバムの最も奥深くに到達する。救いようのない暗さとは、まさにこの曲のことだ。
この曲に至るまで、あれこれ内省したことは、すべて”悪あがき”だと言わんばかりに、
これから先は死ぬるまで 表へ出ないでくらす人
なのだ。
思い悩むことすら諦め、外界との関わりも絶ってしまった男の歌である。
しかし、この曲は誰かと会話しているようだ。恋人との関係ということも、この曲のテーマらしい。
どん底に落ちれば、あとは上るだけである。聴き終わると何かすっきりしたような気持ちになるから不思議だ。
宮本氏の歌とエレキギターによる弾き語り、そしてバンド演奏も加わって12分にわたる大作である。この曲も宮本氏のコードワークが冴え渡り、実は細かく展開していく楽曲構成は実に見事だ。
月の夜
前曲を引き継ぎ、静かなトーンで始まるものの、その佇まいは大きく異なっている。
暗黒の一夜にひびかしむ はかなき光で
”凛々しい”という言葉さえ浮かんでくるような、張り詰めたような緊張感が伝わってくる。
宮本氏の弾き語りによりスタートするが、中間部でバンド演奏が入ってくる展開。そして弾き語りに戻っていく箇所ではいつも鳥肌が立つ。
あまりに美しく、そしてかっこいい。
相変わらず宮本氏は絶叫するかのように歌っているが、この曲の美しさは、宮本氏の絶叫が引き立てているとも思える。
宮本氏のコードワークの妙はこの曲で最高潮を迎える。そしてプログレッシブロックを思わせるような編曲も素晴らしい。
晩秋の一夜
圧倒的なパワーで駆け抜けた『生活』の最後を締めくくるのは、意外にも穏やかな曲だ。
曲の中で歌われるのは、やはり部屋に引きこもっている男である。ただここに登場するのは、等身大の宮本浩次のようにも思えてくる。
この当時、実家暮らしだった宮本氏は、歌詞のように自室に火鉢を置き、一酸化炭素中毒になりかけた、というエピソードを語っていた。
物思いに耽りながら、創作活動に向かう宮本氏が浮かんでくるような、私的なものも感じる1曲である。
歌詞のある部分は5分ほどで終わり、残り半分の5分はずっとスキャットが続く。スキャットと言いつつ絶叫なのだが、どことなく物悲しく聞こえてくる。
『生活』アルバムレビュー
『生活』というアルバムの個々の楽曲を含め、詳しく見てきた。
さて、この作品は至るところで、問題作にして名盤という評価を受けてきた。 この評価の意味するところが何であるのか、掘り下げて考えてみたい。
ここではエレカシを評価するための3つのポイントについて紹介し、それに基づきアルバム『生活』を評価していく。
エレカシを評価する3つのポイント
エレカシの作品を評価する際に重要なポイントは、僕は3つあると考えている。
- 音楽的に優れているか
- バンドが良い音を出しているか
- 宮本氏の調子が良いかどうか
この3つのそれぞれが高いかどうか、そして3つがバランス良くまとまっているかどうか、である。
「1.音楽的に優れているかどうか」については、エレカシの楽曲で音楽的につまらないものは基本的にないと思っている。宮本氏はかなりの作曲オタクと言うか、時間があると曲を作っている人だと聞く。
もちろんボーカリストとしての評価が高いと思うが、作曲者としてもかなり優れた人物だと思う。器用なタイプではないが、ハードロックにポップス、オルタナと結構エレカシの音楽性は多様だ。
そんな作曲家としての宮本氏の魅力が詰まった作品になっているか、という点が1つ目のポイントだ。
「2.バンドが良い音を出しているか」とは、他のバンドメンバーとの間で息の合った演奏ができているか、ということだ。
エレカシはどうしても宮本氏のワンマンバンドに見られがちだが、4人で音を出してこそのエレファントカシマシだ。
そして宮本氏のイメージするものを、4人でどこまで音楽としてアウトプットできているか、ということも意味している。
宮本氏の頭の中にある音をうまくアウトプットできないがゆえに、苦しんできたバンドでもある。
バンドとしてのエレファントカシマシの一体感、そしてアウトプットされた音のクオリティと言うのも評価の大事なポイントだ。
最後の「3.宮本氏の調子が良いかどうか」と言うのは、言葉にすると少し可笑しいのだが、実はこの中でも一番大事かもしれない。
7thアルバム『東京の空』のブックレットで渋谷陽一氏が書いている通り、エレカシの表現したいところは「これじゃないだろう」という感覚である。
ネガティブに捉えれば怒りであるし、ポジティブに捉えれば「もっと行ける」という高揚感みたいなものだろう。
宮本氏が自身のアルバム制作過程において、そういった心の煌めきみたいなものを感じていたかどうか、ということが、実はアルバムの評価に大きく出てしまうバンドだと思う。
そう言った個人的な思いを感じさせないで、作品を世に出せるアーティストの方が器用でいいのかもしれない。
しかしダイレクトにその時の心理状態が出てしまうエレカシだからこそ、皆が惹かれてしまうとも言える。
前置きが非常に長くなってしまったが、以上3つの観点から『生活』を評価してみたい。
『生活』のアルバムとしての評価
3つ挙げたポイントの順に評価していこう。
「1.音楽的に優れているかどうか」に関して、『生活』は非常に充実したアルバムと言えよう。
個々の楽曲が感じさせる音楽的バックグラウンドは広く深い。特にこの作品は、ハードロックやプログレッシブロックを感じさせる。
既に述べたように、レッドツェッペリンの影響は大きいと思われる。初期の荒々しい部分と、中期のアコースティックな方向性の両者を取り入れている。
また長尺の楽曲にはプログレの要素も多少感じられる。「偶成」、「遁世」といった楽曲も淡々としているようで、楽曲の中で展開があり、飽きさせない作りになっているのだ。
そして宮本氏のギターのコードワークが実に冴え渡っている。随所に巧みな転調があり、高度なことをサラッと取り入れているのだ。
「今宵の月のように」や「悲しみの果て」などの、シンプルなポップスを求める人には向かないが、骨太なロックが好きな人には、おすすめできる作品である。
「2.バンドが良い音を出しているか」については、エピック期のアルバムは成功しているものは少ない。
宮本氏以外のメンバーが、宮本氏の出したい音がどんどんわからなくなっている過程を見ているようだ。
この『生活』も、初めて聴く人にとっては驚きの音になってしまっている。客観的に聴けば、荒削りで酷い音だ、と言われても致し方ない。
音だけをとれば、次の『エレファントカシマシ5』や『奴隷天国』の方が良いのだ。しかしこの『生活』が、後の2作よりも評価される所以が、次の項目にある。
「3.宮本氏の調子が良いかどうか」であるが、僕はとても良い状態で作られたのではないかと思う。
「晩秋の一夜」の中でも触れたが、宮本氏は自ら火鉢を自室に置き、世俗と距離を置いたような生活をしていたようだ。
そのような生活を送った細かいいきさつまでは分からないが、宮本氏なりに新しい表現を求めての実験だったと推測される。
『浮世の夢』では、華美な世間へのアンチテーゼを、ストレートに歌うスタイルをとった。
一方で『生活』では自らが世捨て人のような生活をし、それを客観的に分析している。そのような実験を経て、描きたい世界観を緻密に構築していった作品だと考えられないだろうか。
自らやっていることに自信を持ち、集中して制作されたからこそ、極めて音楽性の高い作品が完成したものと思える。
宮本氏の青春の1ページ的なアルバムと見えなくもない。しかしそれを私的なものとしてではなく、音楽の表現として昇華させることに成功したアルバムであるために、高い評価を得ているのだと思う。
まとめ
エレカシの問題作にして、名作の『生活』について、深く掘り下げてレビューを行った。
この記事を書くにあたり、改めて最初から通して聴いてみた。あまりの熱量、そして純粋な音楽に感動した。
エレカシの音楽は、真っすぐであるために、時に厳しく、僕たちを奮い立たせてくれる。アルバム『生活』は、決して安易な応援歌ではない。
しかしこの作品の奥深くに入り込む時、とても純粋で大切にしたい気持ちを思い起こさせてくれる。
ぜひ1人でじっくりと、このアルバムを味わってみてほしい。そしてこの作品の奥深い世界にどっぷりと浸かってみてほしい。
聴き終わった後、きっと力づけられたような不思議な感動に包まれることだろう。まだ『生活』を聴いたことがない人に、届いてくれることを願う。
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