【アルバムレビュー】人間椅子 – 苦楽(2021)かつてないほど”現代”と向き合った超充実作

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2021年8月4日に発売となった人間椅子の22枚目のアルバム『苦楽』。約2年2か月ぶりの新作に、ファンからも待望のアルバムとして嬉しい声が聞こえてくる。

発売からまだ日が浅いタイミングではあるが、あえて今この時に雑感を書き留めておこうと思う。

この記事では、各楽曲の雑感を述べた後に、アルバム全体を通じての印象を書いていきたい。世の中が大きく変化した中で、人間椅子の作品にもどのような変化があったのか、についても考察する。

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アルバム『苦楽』の概要とコンセプト

  • タイトル:『苦楽』
  • 発売日:2021年8月4日(水)
  • 発売元:徳間ジャパンコミュニケーションズ
no. タイトル作詞作曲時間
1杜子春和嶋慎治和嶋慎治7:48
2神々の行進和嶋慎治鈴木研一5:00
3悪魔の処方箋和嶋慎治和嶋慎治5:29
4暗黒王和嶋慎治鈴木研一6:10
5人間ロボット和嶋慎治和嶋慎治4:37
6宇宙海賊和嶋慎治鈴木研一5:54
7疾れGT和嶋慎治和嶋慎治5:55
8世紀末ジンタ和嶋慎治鈴木研一4:05
9悩みをつき抜けて歓喜に到れ和嶋慎治和嶋慎治6:48
10恍惚の蟷螂鈴木研一鈴木研一2:24
11至上の唇和嶋慎治鈴木研一3:55
12肉体の亡霊和嶋慎治鈴木研一5:39
13夜明け前和嶋慎治和嶋慎治7:27
合計時間71:11

アルバム発売前に、ギター・ボーカルの和嶋慎治によるコメントが発表されていた。

上記の文章から、いくつか気になるポイントを抜き出し、本作のコンセプトをおさらいしたい。

まずは第1段落から、ここでは我々が直面している今この瞬間について書かれている。”無邪気に個性を出すこと”や”突出した行動をとること”は”半ば悪”とされると述べられていた。

和嶋氏はよくロックとは精神の自由さと述べていた。しかし今の社会情勢は、それとは真逆の方向に行っており、”ディストピア”のようであると憂いている。

なぜこんな社会になったのか、その理由を第2段落で述べている。それは”我々は豊か、快適という名前の楽な道を選んで”きたからだ、という。

仏教の考え方では自業自得と言って、今自分に降りかかっている結果には必ず自分たちに原因があると説くことにつながるであろうか。

そして真の豊かさについて、”苦しみがあってこその人生”であるとし、私たちは”苦労を片隅に追いやった(あるいはそのように仕向けられた)結果”であるとした。

第3段落では、いよいよアルバムのコンセプトについてだ。重要なのは、”苦と楽は表裏一体”という言葉であろう。

具体的には、”人生における苦しみと悲しみ”であり、理想から離れた”最悪の未来図”などといった内容を歌っているとのこと。

つまりは、第2段落までに語ってきた人間の本来在るべき姿と、そうはならなかった現状について様々な角度から歌おうということだろう。

そして”現代の視点から普遍的な事柄を歌う”という文言がとても大切だ。つまり架空の世界の話ではなく、今の状況に根差した内容を歌おう、と言う内容であると言うことだ。

ただし”特定の事象をあげつらわない”ように、政治的なメッセージにならないように注意しているとのこと。それだけ現代を正面から描こうと言う覚悟の表れでもある注意書きにも読めた。

今まで描いてきたものと大きな方向性は変わっていない。しかしいつも以上に、現代とリンクした作品であるように思われた。

それでは、どんな楽曲が収録されているのか、見ていきたい。

なお、『苦楽』の特典やツアー、メディア情報などをまとめた記事はこちら

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各楽曲の雑感

ここではアルバムの全曲について、感じたことを思うままに書いてみた。また元ネタや描こうとしているものについても、あれこれ書いてみようと思う。

杜子春

先行配信された、アルバムのリードトラックである。そしてタイトルは中国の小説を芥川龍之介が童話にした「杜子春」からとっている。

まずは人間椅子にしては斬新過ぎるイントロに驚いた。まるでオルタナティブロックかと思うようなコードストロークから始まるが、徐々にいつも通りのヘビーなリフへと展開していく。

最初に聴いた時から良い曲だと思った。先行配信で聴いたが、思いのほかアルバムで聴いても印象は変わらない曲である。

それだけしっかりと芯の通った曲なのかもしれない。”「無情のスキャット」のような曲を…”というプレッシャーは大きかったと思うが、見事に違ったアプローチで名曲が完成したのではなかろうか。

まず和嶋氏の良いメロディラインが詰め込まれている。ヘビーなのに泣けるメロディは、和嶋氏らしさを感じさせるものだ。

また人間とは何かに迫った「杜子春」を題材にすることで、現代ともしっかりリンクしている。

”病が止まぬのです”や”お顔拝めずお許しください”などのフレーズは、歌詞の世界観を超えて、私たちの日常に直結してくるので不思議な感覚だ。

小説の世界観を借りる手法はいつも通りだが、現実とのリンクの切れ味は、今までになく鋭いものであると感じた。

ラストは行進曲のような明るい展開になり、Uriah Heepなどを思わせるもの。展開の多いプログレ風味も、改めて人間椅子の良さを思い起こさせてくれる。

1曲目にして地味な印象もあるが、人間椅子らしさが詰まった名曲であると感じた。

神々の行進

1曲目のアウトロから流れるように2曲目へと繋がっていく。どこか勇壮な響きのタイトルと曲調は、もともとバトルをイメージした楽曲だったとのこと。

歌詞は現世は神々の夢だと歌った「時間からの影」を思い出させるもので、この曲では神々の様子を歌ったもの。光と闇など表裏一体の戦いが繰り広げられている様子を描いている。

一聴してわかる通り、鈴木氏のBlack Sabbath愛に溢れた1曲である。イメージとしては、初期よりも1972年の『Vol. 4』の頃のような展開やメロディを思わせる。

2017年の20th『異次元からの咆哮』辺りから、2曲目には鈴木氏のサバス調の楽曲が配置されるのが定番化している。今回もその流れを踏襲していると言えるだろう。

また「えいえいおう」という日本語らしい響きの掛け声が印象的である。アルバムを通じて、日本らしい掛け声が随所に散りばめられている点も興味深い。

さらに印象的なのはアウトロの展開であろう。Iron Maidenや初期Europeのようなクサい展開であり、ギターのハモりも期待を裏切らず素晴らしい。

ラストのギターソロはあっさりしたものであるが、勘所を押さえたアルバム随一の出来栄えである。

やはり鈴木氏の変わらぬサバス調の楽曲があることが、安心感につながっている。

悪魔の処方箋

1~2曲目とダウンチューニングが続き、さらにダウンチューニング曲が続く。サウンドはヘビーながら、スピーディーに進んでいくビートが印象的な曲だ。

和嶋氏の近年の楽曲は”毒がある”と言っても、闇に堕ちていくような暗さはなくなった。闇と光は表裏一体であり、闇に足を取られないように、光を目指すような曲が多い。

この曲もそんな趣の曲ではあるが、いつもより毒気が強めの歌詞である。悪魔が本当にいるとすれば、どんなやり口なのか、という手口を並べるような歌詞だ。

もともと「悪魔の計画」というタイトルだったと言い、オカルトや陰謀論の話題を知っていると、生々しい歌詞であることがよりわかるだろう。

今までにありそうでないタイプの楽曲だと思った。なぜだろうと思うと、近年の人間椅子らしいサウンドながら、どこか昔の人間椅子を彷彿とさせる、わかりやすい歌メロがあるからのような気がした。

他の曲にも言えるが、和嶋氏の楽曲は全体的にライブで盛り上がるよりも、じっくり聴けるタイプの曲が増えたように思う。

なおもともとはBudgieをイメージした曲を作ろうとしたらしい。確かにメインリフは、どことなくBudgie臭がするような気もする。

しかしBメロや展開を多くすることで、B級感はない楽曲に仕上がっている。

暗黒王

4曲目までダウンチューニングで固めたアルバムも珍しい、と思うが、この曲もどっしりヘビーに進む曲だ。

鈴木氏作曲の2曲目には、ヘビーかつ恐ろしい雰囲気の楽曲が配置される傾向が続いている。「月夜の鬼踊り」「巌窟王」と続いて、「暗黒王」もその流れに乗っているように感じた。

Black Sabbathとも異なる、もはや人間椅子(あるいは鈴木研一)というジャンルの楽曲ではないか、と思う。そんな”お家芸”とも言えるような曲調である。

鈴木氏のメロディには、ハッとさせられるものが入っていたりするが、今回もサビの「暗い 暗い」の部分は耳を引くメロディである。

あまり高低差の大きくないメロディが続く中、唐突に劇的なメロディが差し込まれるのが、とてもかっこいい。

和嶋氏のギターソロも、あまり弾き過ぎないコンパクトなソロである。それがよりエクストリームな雰囲気を増長しているようにも感じられた。

歌詞は悪の限りを尽くす王の物語のような内容だ。あってはならない悪による支配をテーマにした歌詞であり、苦楽で言えば”苦”を極めたような歌詞であろう。

人間ロボット

アルバムの流れを変える重要な楽曲である。タイトルを見た時から、非常に気になっていた曲だが、本作の中でも出色の出来の楽曲だと思う。

最近少なかったが、和嶋氏が得意とするコミカルな曲調で恐ろしい内容を歌うタイプの曲だ。歌詞の世界観は異なるものの、7th『頽廃芸術展』の「九相図のスキャット」などを思い出す。

歌詞は人間がロボットに改造されるSF的な内容。人間ゆえの苦しみから解かれると謳われているが、果たしてその末路は?と先が気になるが、結末は聴く側の想像に委ねられている。

実際のところ、「ムーンショット目標」などで人間とAIの融合など、華々しく書かれているものの、いったいどんな未来が待っているのか、陰謀論界隈では話題になるところだ。

そんな不気味さのある歌詞だが、楽曲は歌謡曲的な要素も散りばめられ、どことなく哀愁の漂う曲調となっている。

楽曲の構成にも工夫がなされている。Aメロ部分が1番は2回、2番は1回、展開後の3番ではAメロがなくなっている。

Aメロ部分の歌詞は、ロボットになるメリットや夢の部分である。それが徐々になくなっていく展開は、不安な気持ちを高めていく効果に一役買っている。

聴くほどに発見のある、実によく作り込まれた楽曲である。

宇宙海賊

アッパーで陽気な曲なのかと想像していたら、まさかのヘビーな曲であった。そしてこのところ続いている”宇宙シリーズ”であり、ダウンチューニングの宇宙シリーズは初めてである。

最初に聴いた時は、実はそこまで印象に残らなかったが、聴き込むととてもカッコいい。

冒頭からエフェクトのかかったギターでトリッキーに始まるが、いきなり不気味でヘビーなリフへと流れ込む点が新しい。

メインリフはシンプルで、展開もどちらかと言えば多くはない方の曲。それでも細かな展開が耳に残るものだ。

特に好きな部分は、不気味なアルペジオから鈴木氏の笑い声が入ってくるところ。これぞ鈴木氏らしさが爆発しているような、不気味な展開が素晴らしい。

アウトロにも同じフレーズが登場し、ヘビーでそして唐突な終わり方も人間椅子らしい。

曲調としては、2004年の12th『三悪道中膝栗毛』の「洗礼」など、鈴木氏がアルバム1曲目を担当していた頃の雰囲気に似ている。

鈴木氏が不調の時期もあったが、近年の好調ぶりを感じさせる楽曲だ。

疾れGT

タイトルからして、和嶋氏の趣味と曲調も少しコミカルな曲であることが予想された。当たった部分と、ある意味裏切られた部分がある。

予想通りだったのは、随所にパロディと思われるネタがあって面白い点だ。

冒頭から「ブンブンブブブン」とバイクをふかすようなリズムからスタート。2003年の11th『修羅囃子』収録の「愛の言葉を数えよう」でもあったこのリズム、何と呼ぶのだろうか。

そしてメインリフはRiotの1979年の名盤2nd『Narita』の「Road Racin’」にそっくりである。やはりバイクつながりで、疾走感のあるリフは意識せずとも似てしまうものか。

そしてバイクと言えば、「ゴッドファーザー 愛のテーマ」であるが、1番の後にそれらしきハーモニクスでのフレーズが挿入されている。ライブでは本家を入れ込むのかどうかが気になる。

しかし裏切られたのは、ネタ要素があっても素直にカッコいい曲であること。シンプルにハードロックとして、とても良い曲だと感じた。

Aメロ、Bメロ、サビという歌謡曲的な展開も、日本人にはなじみやすい。アルバム的にも、この辺りで箸休め的な軽い楽曲が来るのもベストタイミングである。

世紀末ジンタ

鈴木氏が自身の連載「ハードロック喫茶ナザレス通信」で書いていた通り、レア曲入り候補の楽曲であるとのこと。

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ここにも書かれている通り、跳ねるリズムのリフは珍しく新鮮である。そしてメインリフから、フックの部分にかけてのみ聴くと、確かにレア曲入り確定のようにも思える。

しかしこの曲の良さは中間部の展開、そしてエンディングにあると思う。

中間部は唐突に差し込まれ、プログレッシブな展開である。そして不気味な和音のリフとメロディであり、跳ねるリズムから急にダークな展開が面白い。

そして哀愁漂うメロディのアウトロ部分も、大正琴の音色とともに、効果的である。全体的に”唐突な感じ”がこの曲のクオリティを高めている。

またキーもAだったりEだったりを行ったり来たりする点も、良い意味でB級感がある

このタイプの楽曲も人間椅子のアルバムには欠かせないピースであるように思う。それにしても、「ジンタッタ」は頭に渦を巻いてしまう。

悩みをつき抜けて歓喜に到れ

タイトルからして和嶋氏の楽曲であることは間違いないと思った。ベートーヴェンの言葉であり、和嶋氏が紙に書いて壁に貼っているというエピソードもあるぐらいだ。

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2011年の16th『此岸礼讃』の「光へワッショイ」辺りからの、光に向かっていく明るい曲調かと思っていたが、思いのほかハードロックだった。

サウンド的には前作『新青年』の「あなたの知らない世界」などにも通じるが、よりメロディアスな印象を持った。

冒頭のリフはなかなか耳に残る良いリフであり、本アルバムのリフの中でも印象深い。

Aメロはどこかで聴いたような気がしたが、「ロッキーのテーマ」であった。確かにこのメロディは勇壮で力強い。

そして人間椅子の歌の中には意図せず、かわいくなってしまうことがある。今回も「上見て歩こう オーイエー」は、どう聞いてもかわいい。

中間部はプログレッシブな展開もあり、こういった前向きソングも、どんどんクオリティが上がっていると感じた。

歌詞は本作のコンセプトそのもの、”苦と楽は表裏一体”と言う内容である。苦しさがあるからこそ、幸せがあるという、2009年の15th『未来浪漫派』収録の「深淵」にも通じる内容だ。

そして、7分近くあるものの飽きさせない展開。こうした後半の曲で中だるみさせない本作は、アルバム全体の充実度も感じさせる。

恍惚の蟷螂

ラストに向かって、弾けるコーナーがここから始まる。鈴木氏による作詞・作曲の楽曲であり、今回は”地獄シリーズ”はなく、”昆虫シリーズ”の幕開けのようだ。

以前よりカマキリが好きだと語っていた鈴木氏であるが、そんなカマキリ好きが高じて作られたと思われる。

【人間椅子連載】ナザレス通信Vol.14「カマキリ」 | BARKS
秋になりました。この季節よく目にするのは、僕の大好きなカマキリ達が道で車に轢かれて干物のようになってしまった哀れな姿です...

この曲を聴く上で必須の知識として、カマキリは交尾の最中にメスがオスを食べてしまう、というものがある。歌詞はその様子をコミカルに描写したものとなっている。

自然の摂理としてそうなっているのだろうが、考えてみると何だか背徳的な感じがする。そんな怪しさも含めて、鈴木氏らしさが爆発したような歌詞となっている。

個人的には久しぶりの”下ネタソング”と呼んでも良いのではないかと思っている。

楽曲はスラッシュメタル風味であり、これも人間椅子にとってはかかせない。いつも以上にポップなメロディが印象的であり、この曲をアルバムの中のベストに挙げる人もいるのが頷ける。

至上の唇

前曲のアッパーな流れを引き継ぎつつ、連続で鈴木氏作曲、そしてナカジマ氏ボーカル曲である。発売前は、和嶋氏のしっとりしたバラードを想像していた人も多かったのではなかろうか。

このパターンは2004年の『三悪道中膝栗毛』収録の「道程」以来である。一方で歌詞の方向性としては、2009年の『未来浪漫派』収録の「赤と黒」を彷彿させる。

人間椅子にしてはストレートなラブソングで、やはりナカジマ氏しか歌えない。ちょっとコミカルでいて、前に転がっていくようなビートは否が応にも陽気な気持ちにさせてくれる。

そしてメンバー全員で作り上げたこの曲は、どこかバンドの一体感のようなものを感じさせる

鈴木氏としてはMotorheadをイメージしたような曲を作ったそうだ。和嶋氏の歌詞が乗っかることで、激しさは中和されて、ポップな雰囲気に仕上がっている。

さらにナカジマ氏が歌うことで、陽気さが増した。2004年にナカジマ氏が加入した時と同じクレジット、しかも当時と同じスタジオでこの曲が録音されたことが感慨深い

肉体の亡霊

アルバムも終盤の2曲は、再びヘビーな楽曲に戻っていく。先攻は鈴木氏による楽曲であるが、これが実によくできた名曲だと思う。

歌詞はゾンビに関する楽曲だが、2016年の19th『怪談 そして死とエロス』収録の「黄泉がえりの街」を思い起こさせる。

イントロから人間椅子ファンなら歓喜のダークさである。そしてゆったりシャッフルするようなビートは、ハードロックでは王道中の王道だ。

ここでもBlack Sabbathへのリスペクトが感じられるが、言いようもないダークな雰囲気は、鈴木氏独自の個性とも言える。

中間部は和嶋氏との掛け合いのボーカルとなっている。不気味なフレーズから、ファズの効いたギターソロも怪しげで素晴らしい。

筆者が特に好きなのはエンディングのテンポアップする部分だ。いったんサビが終わるとギターだけになるが、ここだけ聴くとテンポアップしたのか気づかない。

ドラムが入ることで一気に疾走していく印象である。こうしたテンポチェンジもハードロックの醍醐味であろう。

鈴木氏のハードロックへのこだわりが存分に詰め込まれた名曲だと思う。

夜明け前

アルバムラストを飾るのは和嶋氏の大作。島崎藤村の小説『夜明け前』からタイトルを借りている。

やはりアルバム最後と言うことで、希望を感じられるような歌詞となっている。そしてラストにして、また現実と非常にリンクする内容となって、1曲目「杜子春」とも繋がっていく。

フレーズで言うと、まずイントロのアルペジオがとても美しい。何かが始めるようであり、何かが燃え滾るようなパワーを感じる。

Aメロの部分は和嶋氏も語っている通り、Led Zeppelinの「Black Dog」のオマージュである。

楽曲全体はミドルテンポでヘビーに進んでいく。このテンポ感は人間椅子の得意とするところで、前作の「無情のスキャット」と共通するところが、テンポであろう。

展開を経てドラムが動き回る中、速弾きではないロングトーン中心のギターソロが素晴らしい。本作の中でも屈指の泣きのギターソロである。

ベタな泣きのソロと言う感じでもなく、叫びのソロとでも名付けようか。嘆きでもあり、怒りでもあり、はたまた希望の狼煙でもあるように感じた。

プログレッシブに聞こえて、展開は思いのほかシンプル。この辺りは、2001年の10th『見知らぬ世界』の「見知らぬ世界」を少し思い出した。

「杜子春」とリードトラックを迷ったようだが、アグレッシブさではこちら、泣きの要素では「杜子春」であろう。

アルバム全体の雑感

全曲の感想を述べたところで、アルバム全体の印象や雑感を述べていきたい。

感触としては、非常に好きになりそうなアルバムだ。筆者は2016年の19th『怪談 そして死とエロス』を名盤に挙げるが、それ以来最も充実した作品かもしれない。

ただし、そう言い切るにはまだ十分に聴き切れていないのも確かである。アルバムを曲順に聴くため、特に後半はまだ楽曲の全体が理解できていないものもある。

しかし「後半が追い切れない」というのは充実した作品の証拠でもある。前半に名曲が多数あると、後半までなかなか意識が進んでいかないのだ。

他の感想としては、少し昔の人間椅子を思い出したような感覚になった。なぜそのように感じたのか、これについては後に少し考察してみたい。

また本作の特徴として、鈴木氏による作曲が和嶋氏より多い、というものがある。筆者のツイートでも、それが久しぶりである旨を書いている。

かつては鈴木色が強いアルバムもあり、近年は和嶋色が強かった。しかし本作は本当に互角と言うか、両者の”良い曲バトル”が繰り広げられている印象である。

しかも先のツイートに書いた通り、バトルしながらも、両者の個性が混ざり合い、1つになっているような感覚に襲われる。

和嶋氏の曲の中に鈴木氏がいて、鈴木氏の曲の中に和嶋氏がいる。そんな長年のコンビネーションは、凄い領域に突入してきたことを実感させられる内容だった。

それでは、ここから本作に特徴的なポイントを2つ挙げて、もう少し掘り下げてみたいと思う。

ライブがなかったからこその変化

先ほど、少し昔の人間椅子に戻ったような感覚、と書いた。具体的に言えば、2013年のOZZ FEST JAPAN出演以降のライブをたくさん行うようになる前の人間椅子である。

この点についても、筆者はアルバム発売後すぐにツイートしていた。

近年の人間椅子は、アルバムを出してからはツアーを回り、それ以外にもいくつもイベントに出演していた。しかし2013年以前の人間椅子は、そこまで頻繁にライブを行うバンドでもなかった。

年間にツアーが1~2本、東名阪3か所のみというツアーも多かった。対バンを行うことも少なかったので、活動の主体はアルバム制作だった時期も長かったように思う。

そんな時代の作品は、やはり作品自体の作り込みが細かかったように思う。一方ライブを軸とすれば、勢いはあるものの、やや作品は荒削りな部分も出てきてしまう感もあった。

ライブモードと制作モードは明らかに違う、とよく聴く話だ。近年はライブモードから制作モードに切り替え、またライブに行く、というサイクルが出来上がっていた。

今回のアルバムは、コロナ禍という事情でライブ活動がほとんど行えない状況下にあった。ライブモードから切り替えることなく、いきなり制作モードに入ったのが、近年では珍しいことである。

鈴木氏はこうした変化にあまり影響を受けなそうだが、やはり変化があるのは和嶋氏の方だろう。

なかなか和嶋氏の作曲が進まなかったと言うエピソードも聴く。鈴木氏が7曲、和嶋氏が6曲となったのも、そんな状況を反映したことかもしれない。

しかし曲数を絞って作られた和嶋氏の曲は、いつも以上に力作が多いように思う。「人間ロボット」「悩みをつき抜けて歓喜に到れ」など、リード曲以外にも練り込まれた曲が多い。

一方の鈴木氏はいつも通りの安定感だが、「宇宙海賊」「肉体の亡霊」などのダークさや、「恍惚の蟷螂」などの鈴木節全開の楽曲もあり、”らしさ”が前面に出ているように感じている。

ライブができない分、作品の充実度は高まったのかもしれない。ライブができないのは残念だが、かつてのような作り込まれたアルバムが聴けるのは喜ばしいことである。

一方で掛け声が多く入れられ、ライブができないからこそ、ライブを意識した工夫もされている。予定されている発売ツアーでの披露も待ち遠しい。

テーマが豊富な”現実”

もう1点、いつもの作品とは異なるポイントを挙げたい。それは、あまりに現実が重苦しい状況下にあり、”現代”をテーマとすることで作品が成立している点である。

これまでの人間椅子は、小説のタイトルと世界観を借りて、楽曲を作り上げてきた。「人間失格」「踊る一寸法師」「怪人二十面相」など様々なタイトルが使われてきた。

近年は和嶋氏自身が伝えたいものを込め、メッセージが明確になってきた感がある。一言で説明するのは難しいが、美しさや苦しみがあるからこその喜び、のようなものだ。

それらを表現するために、舞台として小説の世界観を借りる、というのがここ最近の流れであった。

しかし昨今の状況を見れば、人間椅子が描いてきたような暗い世界が広がっている。小説の世界以上に、現実の方がよほどダークで陰鬱としたものになっている。

だからこそ、人間椅子も本作では、小説のタイトルを借りつつも、いつも以上に”現代”を描くことに注力しているように感じられる。

和嶋氏の歌詞は、特に「悪魔の処方箋」「人間ロボット」などで辛辣な描写になっている。(陰謀やオカルトなど一定の知識がないと、そうは読めないかもしれないが)

ただし和嶋氏の発してきたメッセージは、何も変わっていない。苦しみがあるから楽がある、と言うテーマも、「深淵」などの楽曲でもう10年以上歌ってきた内容だ。

奇しくも、人間椅子が歌ってきたメッセージは、今この社会においてピッタリとあってきたと言える。だからこそ本作がよりリアリティを感じることができ、今必要なメッセージに思われてくる。

まとめ

発売から間もないタイミングで、人間椅子の22枚目のアルバム『苦楽』のレビューを行った。もっと軽い気持ちで書こうと思ったところ、かなり長大な記事となってしまった。

新作の評価は、次回作が出てから正しく行える、と思っている。だから、今回の記事は新作『苦楽』の現時点での感想に過ぎない。

ただし、このような時節柄、『苦楽』の発するメッセージ、そして音楽は重要な意味を持つのは確かだろう。和嶋氏がずっと発してきたメッセージは今だからこそより輝いている。

さらに人間椅子のダークなサウンドは、今の時代を象徴するものではなかろうか。もともと70年代ブリティッシュハードロックを日本語でやる、というコンセプトで始めたバンドである。

時代と合わずに低迷した時期もあったが、ようやく今評価されているように思う。そしてダークなサウンドの快感は、今の時代だからこそ求められているのではないか。

人間椅子の音楽、そしてアルバム『苦楽』は、サウンドにおいても歌詞においても、現代を映し出している。今の時代だからこそ生まれた超充実作が、この『苦楽』なのだと感じている。

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