再ブレイクした今、人間椅子が向かう先とは? – ”2度目の新人バンド”から”時をかけるバンド”へ

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これまで当ブログでは、近年の人間椅子が再ブレイクについて、記事をいくつも作ってきた。

人間椅子は売れない時期があまりに長かった分、再ブレイクしたことは大変喜ばしいとともに、また興味深い現象だった。

そんな人間椅子も、2022年現在はもう再ブレイクを果たした先に来ているのではないか?と思っている。

2022年4月には、1995年の5thアルバム『踊る一寸法師』再発記念ワンマンツアーという、これまでにない過去の作品にフォーカスしたツアーが行われた。

筆者はライブに足を運び、このツアーが人間椅子の行く先にとって重要な意味を持つのではないか?と思うようになった。

今回の記事では、再ブレイクを果たした今、人間椅子が向かう先について、改めて人間椅子の歴史を振り返りながら考察してみようと思う。

第1部では再ブレイクまでの道のりから人間椅子の現在地を見つめ、『踊る一寸法師』再発記念ワンマンツアーで、新たな局面に突入したのではないか、と言う仮説を提唱する。

第2部ではさらに過去まで遡り、”ロックバンド人生”として人間椅子がどんな歩みをしてきたのか、そして振り返るべき過去とは、どのようなものかを考察する。

第1部は近年の人間椅子・ファンの動向に注目し、第2部では過去からの人間椅子・ファンの歴史や思いも含めてまとめている。

最後に総括として、人間椅子だからこそできる”時をかけるバンド”としての今後の展望を述べた。

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第1部:再ブレイクまでの道のりから見る、人間椅子の現在地とは?

第1部では、人間椅子の現在地を確認する上で、近年の再ブレイクまでの道のりに注目した。

そして、再ブレイク期の活動スタンスについても述べるとともに、そのスタンスで続けることに対して変化のタイミングが来ているのではないか?という仮説を立てたい。

”再デビュー”から再ブレイクまでの道のり

人間椅子は長く続いた低迷期を経て、再ブレイクを果たしたことは、多くの人が知っているところだろう。

人間椅子は1987年に結成され、1989年にテレビ番組「三宅裕司のいかすバンド天国」(通称:イカ天)に出演して、一躍注目を集めることになった。

1990年にリリースされた1stアルバム『人間失格』こそヒットしたものの、バンドブームの終焉により、その人気も下火となっていった。

その後は、低迷期がかなり長く続いた。2004年に現在のドラマーであるナカジマノブ氏が加入した後も、しばらくは同じような状態が続いていた。

変化がみられたのは、2009年の20周年記念ベストアルバム『人間椅子傑作選 二十周年記念ベスト盤』リリースの時期である。

おどろおどろしいハードロック一筋の姿勢と、類まれなる演奏テクニックで、動画サイトの普及とともに新規ファンを開拓し始めた。

そして2013年にはOZZ FEST JAPAN 2013への出演をきっかけに、和嶋氏は人間椅子”再デビュー”であると述べていた。

その後もアルバムリリースごとに売り上げを伸ばし、2019年にMVが公開された「無情のスキャット」は国内だけでなく海外でも火がつき、再生回数は2021年10月に1000万回を超えた。

2020年には初の海外ツアーを行い、2021年以降のツアーでは海外向けのライブ配信を行うなど、世界的に注目されるバンドになっていった。

活動31年目の人間椅子、初の海外進出への道のりとなぜ今海外進出できたのか?

ブレイクの兆しが見えた頃から貫く活動スタンス

人間椅子は、ここまで述べたように、長い低迷期から脱して、国内外から注目されるバンドへと変わっていった。

なぜこのように再ブレイクできたのか、当ブログでは再ブレイクの要因も検討してきた。

イカ天バンドと言われた人間椅子はなぜ再ブレイクしたのか

その中には、上向く兆しが出てきた頃から貫いている活動のスタンスも1つの要因と考えられる。ここでは、再ブレイクに影響したと思われる、活動スタンスについても書いておこう。

とにかく今の人間椅子を見せる

最も重要視していたと思われるスタンスは、「今の人間椅子を見せる」ということである。

この点を意識したのは、再ブレイク前には”イカ天出身バンド”という過去のイメージが付きまとっていたためである。

人間椅子と言えば、「あのねずみ男姿の…」と語られることが多く、ずっと活動を続けていながら、リアルタイムの動向が注目されることが少なかった。

しかし人間椅子はそんな”昔流行ったバンド”としてではなく、現在も精力的に活動するバンドとしての道を選んだ。

そのため、とにかく新譜を作り続ける、ということを行った。「3年に2枚は出す」と和嶋氏は常々語っていた通り、アルバムの間隔が3年以上空いたことは一度もない。

またライブにおいても、”過去のヒットメドレー”のようなセットリストを組むこともしていない。常に新たな楽曲をライブの中核に据えるようにしていた。

新規ファンにも優しい、”定番・様式”のあるライブ

かつての人間椅子は、あまり”一見さん”には優しくないライブを行っていた。

具体的には、あらゆるアルバムのあらゆる楽曲を、満遍なく演奏しており、定番曲と言う概念もあまりなかった。

その傾向はアルバムが10作以上リリースされていた2000年代においても続いており、全作品を揃えている人が楽しめるようなマニア向けのライブだった。

しかし2009年のベスト盤『人間椅子傑作選 二十周年記念ベスト盤』頃から、ライブにはベスト盤に収録されるような代表曲がセットリストに配置されるようになった

2010年のライブアルバム『疾風怒濤〜人間椅子ライブ!ライブ!!』の頃にその傾向が最も強く、次第にレアな楽曲とブレンドされたセットリストになっていった。

とは言え、かつてのようなレア曲三昧のセットリストはなくなり、定番曲を核に置きながら、新規ファンにも楽しみやすいライブになった

また本編最後には必ず「針の山」が配置されるなど、定番の流れも出来上がった。

こうしたライブ作りは、初心者にとっても予習しやすいものだったと言えるだろう。

表現の軸を獲得した和嶋氏の楽曲を前面に出す

人間椅子の再ブレイクには、和嶋氏の覚醒が大きな影響を与えている

2000年代の和嶋氏は、表現だけでなく人生においても悩むことが多かったと言う。しかし2007~2009年頃にかけて、自分の中で表現の軸となる感覚を掴んだと言う。

その感覚で曲・歌詞を作り始めた頃から、和嶋氏の楽曲は暗いながら、光を見るような世界観に変化していった。

それに伴い、2009年の15thアルバム『未来浪漫派』から和嶋氏の楽曲数が増え、またリードトラックに和嶋氏の楽曲が選ばれることが多くなった。

2014年の18thアルバム『無頼豊饒』では「なまはげ」、2019年の21stアルバム『新青年』では「無情のスキャット」と、人間椅子の新たな定番曲を多く生み出している。

一方でデビュー時から一貫したテイストの曲作りが売りの鈴木氏は、和嶋氏が前面に出るようになってから、一歩引くような形となった。

変化を続ける和嶋氏に対して、昔から変わらぬ鈴木氏の楽曲は、安心感を与える役割を担うようになっていったように思う。

人間椅子の現在地 – ”2度目の新人バンド”期の終焉

ここまでの再ブレイク期の人間椅子についてまとめよう。

和嶋氏は、2013年のOZZ FEST JAPAN出演を経て、”再デビュー”、”新人バンドのような気持ち”であると、インタビューでよく語っていた。

インタビュー | 徳間ジャパン|Tokuma Japan Communications CO
人間椅子インタビューText by 志村つくね  Photo by Yoshika Horita ■映像作

人間椅子は、”2度目の新人バンド”として、この10年ほどを駆け抜けてきた。

”新人バンド”のスタンスとは、つまるところ「まだ人間椅子を知らない人に、知ってもらう」という、新規ファン獲得の道のりだったと言える。

活動スタンスとして述べた、「とにかく今の人間椅子を見せる」「新規ファンにも優しい、”定番・様式”のあるライブ」という姿勢も、新たなファンに向けたものだ。

2013年の17thアルバム『萬燈籠』以降、人間椅子の原点であるダークなハードロックにこだわったのも、バンドの魅力を分かりやすく伝えるためである。

こうした”2度目の新人バンド”としての気持ちになったことで、バンドにも新鮮な風が吹いた。だからこそ活動30年を経て、新たなファンを獲得し、再ブレイクに到ったように思える。

しかしこの2013年頃から始まった流れも、そろそろ落ち着いてきたように、筆者は感じる。

2021年に22ndアルバム『苦楽』がリリースされたが、ずっとオリコンチャートの最高位を塗り替えてきた記録が止まり、前作『新青年』よりは下がっている。

シビアに見れば、そろそろこの路線での新規ファン獲得は頭打ちということにも見える。数字がすべてではもちろんないが、数字はバンドの勢いを示すものだ

この背景には、コロナと言う事情もあった。ライブ活動が思うようにできず、音楽業界全体が停滞感のある状態が長引いたという側面は確かにある。

人間椅子も、必然的に活動ペースを落とさざるを得なかったため、ファン獲得の機会は自動的に減った。

しかしコロナの背景があったとしても、もう”新人バンド”のようなハイペースな活動をする時期も終わったようにも思える。

なぜなら、もう十分に今のバンドであるというアピールはできたのではないか?と思うからだ。

2010年代に入って新規ファンは増え続け、そして2019年の「無情のスキャット」によって、さらに新たなファンの獲得に成功した。

この10年間と言う長い期間で、再ブレイクしている人間椅子を追いかけ、応援している状況は出来上がったのではないか。

人間椅子は過去のバンドではなく、もう今の人間椅子を好きなファンばかりだと思う。

そして近年ファンになった人の熱量はかなり大きいものがある。こうした新たなファンは、どんどん過去の作品に遡り、人間椅子の楽曲を深く知ろうとし始めている。

むしろ、新たなファンに、より深く楽しんでもらうための時期が来ているのではないか、と思ったのだ。

『踊る一寸法師』再発記念ワンマンツアーに見る新たな局面

そんな折に開催されたのが、『踊る一寸法師』再発記念ワンマンツアーであった。

1995年にリリースされた5thアルバム『踊る一寸法師』の再発を記念し、『踊る一寸法師』の収録曲からふんだんに演奏されるセットリストは、非常に新鮮なものだった。

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そしてアルバム収録曲以外には、近年の再ブレイク時の楽曲が多く配置され、『踊る一寸法師』の時代と現代を行き来する、不思議な体験をできたライブだったと思う。

筆者はこのライブに参加した時、人間椅子の進む道が1つ見えたような気がした。

それは、今のバンドであることを十分アピールできた次には、いよいよ過去を振り返る局面に来たのではないか、ということである。

人間椅子にはアルバム20枚以上、楽曲数にして250曲以上の楽曲が存在している。

どうしても1度のライブで演奏できるのは、限られた楽曲数になり、定番も外せないから、滅多に演奏されない楽曲が多数出てきてしまう。

今回のように、特定のアルバムに焦点化したライブは、昔からのファンにも、新たなファンにも嬉しいものである。

昔からのファンは当時を思い出しながら見られるし、新たなファンはなかなか聴けない楽曲を聴けるチャンスなのだ。

特に新たなファンにとって需要が高い状況であると思われる点が重要であり、過去を振り返ることはただの懐古趣味ではなく、やはり歴史が長いバンドにとって必要な段階ではないか、と思っている。

このように、人間椅子の行く先として、過去を振り返る段階にきている、と言うのが、筆者の仮説である。

次ページ…第2部:”ロックバンド人生”から考える人間椅子にとって振り返るべき過去とは?

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