当ブログではある1曲に焦点を当てた記事を「自部屋に流れるあの歌」と銘打っている。今回はVol.2として、クレイジーケンバンドの2002年の楽曲「タイガー&ドラゴン」を取り上げる。
”俺の話を聴け”という、インパクト大のサビと、昭和歌謡を思わせるサウンド。曲名がそのままドラマ化されたことで、お茶の間にまで知られることとなった。
リリース当時、既にメンバーが40代で初のヒットだったことも話題となり、クレイジーケンバンドと言う名前を一躍有名にした楽曲である。
一般的には、クレイジーケンバンドと言えば「タイガー&ドラゴン」と認知されるほどのインパクトではあったが、実は必ずしもバンドの音楽性を代表するものではなかった。
そのためバンドのイメージが「タイガー&ドラゴン」に引っ張られてしまう現象もしばし起きていた。
今回はリリースから20周年を記念し、「タイガー&ドラゴン」と言う楽曲を紹介するとともに、バンドにもたらした影響、”功罪”について述べていきたい。
※自部屋に流れるあの歌 Vol.1 AGHARTA – ILE AIYE〜WAになっておどろう〜 (1997)
「タイガー&ドラゴン」について
まずは「タイガー&ドラゴン」の情報を紹介していきたいと思う。クレイジーケンバンドによるバージョン以外のカバーなども併せて紹介している。
楽曲情報
- 作詞・作曲:横山剣、編曲:横山剣・小野瀬雅生
- 時間:4分09秒
- 初収録シングル:5thシングル『タイガー&ドラゴン』(2002年12月4日発売)
- 最高順位:週間17位(オリコン)
クレイジーケンバンド5枚目のシングルとして、6枚目のシングル『クリスマスなんて大嫌い!! なんちゃって♥』と同日発売。
当時のクレイジーケンバンドは、「GT」「まっぴらロック」など個性的な楽曲をリリースしつつも、まだ”知る人ぞ知るバンド”であった。
2002年にリリースされた当時、「タイガー&ドラゴン」の知名度も高くなかった。
リリースから3年後の2005年、曲名をそのままタイトルにしたドラマ『タイガー&ドラゴン』が制作され、人気を博したことで一躍有名な楽曲となった。
脚本は宮藤官九郎氏、「落語」と「ヤクザ」を組み合わせたユニークなストーリーに、”俺の話を聴け”というインパクトのあるサビが見事にマッチした。
2005年にシングルが再発となり、iTunes Storeではドラマ開始1週間以上、ランキング上位に入っていたという。
作曲は「フォード・マスタングGT」を運転中、横浜から横須賀に行く際の国道16号線で浮かんだのだという。
※NIKKEI STYLE:横山剣 『タイガー&ドラゴン』生んだマスタングGT
国道16号線ではトンネルがいくつもあり、最後のトンネルを抜けると港が見える風景から、「トンネル抜ければ」という出だしに繋がっている。
ボーカル横山剣氏は、まるで和田アキ子氏のような歌い方だが、実際のところ、和田アキ子氏に歌ってほしいと思って作曲されたようだ。
仮歌では和田アキ子氏の真似をして歌い、横山氏自身の歌い方に直したところ、しっくりこなかったとのこと。そのまま和田アキ子氏の真似をしたバージョンのボーカルが採用になった。
このように、クレイジーケンバンドと言うより、和田アキ子氏をイメージした楽曲であり、横山氏自身はあまり自分にはないタイプの曲だと語っている。
※KINTOマガジン:クレイジーケンバンド横山剣の「楽曲が降りてくる」ドライブルート
実際のところ、クレイジーケンバンドの楽曲を見渡しても、「タイガー&ドラゴン」と類似するタイプの楽曲は見当たらない。
しかしこの曲のインパクトが大きかったために、クレイジーケンバンドが”昭和歌謡バンド”と受け止められてしまった感がなくはない。
その影響については、後半で詳しく書くこととする。
様々な「タイガー&ドラゴン」を紹介
ここでは「タイガー&ドラゴン」の様々なバージョンを紹介する。クレイジーケンバンドでもいくつかバージョンがあるのと、多数のミュージシャンによるカバーを紹介した。
クレイジーケンバンドによるバージョン違い
クレイジーケンバンドの中でも、いくつか「タイガー&ドラゴン」のバージョンが紹介する。基本のアレンジは同じであるが、細かいアレンジに違いがある。
・シングルバージョン
- 収録作品:シングル『タイガー&ドラゴン』(2002)、ベスト『Single Collection / P-VINE YEARS』(2011)
最初にシングルとしてリリースされたバージョン。エンディングはフェードアウトである。
・シングルバージョン+アウトロナレーション
- 収録作品:ベスト『CKBB – OLDIES BUT GOODIES』(2004)
テイクとしてはシングルバージョンと同じだが、「情念の大傑作ナンバー、タイガー&ドラゴン、タイガー&ドラゴン」というコハ・ラ・スマート氏のナレーションが最後に挿入されている。
・完全版
- 収録作品:アルバム『Soul Punch』(2005)
2005年にドラマ『タイガー&ドラゴン』が放映されたこともあり、その後にリリースされたアルバム『Soul Punch』にて初めてオリジナルアルバムに収録された。
なおアウトロ部分は、ライブで披露されていた、オリジナルのエンディングが復活している。冒頭にコハ・ラ・スマート氏から横山剣氏へのインタビューが挿入されている。
・アウトロ入りバージョン
- 収録作品:ベスト『クレイジーケンバンド・ベスト 鶴』
『Soul Punch』に収録されていた完全版から、冒頭の語りをなくしたもの。本作で、ようやくアウトロの入った音源のみのバージョンが収録されることとなった。
こちらの方が完全版というのに相応しいかもしれない。
・別珍仕様
- 収録作品:ベスト『CRAZY KEN BAND ALL TIME BEST 愛の世界』
アウトロ部分ありバージョンに、ホーンセクションの音が追加されているバージョン。より現在のクレイジーケンバンドの演奏に近い雰囲気で聴くことができる。
カバーなど
多くのミュージシャンによってカバーされている。カバーやリミックスなど、クレイジーケンバンド以外によるテイクをまとめ、一覧にした。
・大西ユカリと新世界
- 収録作品:ミニアルバム『五曲入』(2003)
・和田アキ子
- 収録作品:シングル『ルンバでブンブン』(2003)
和田アキ子氏をイメージして作曲し、実際に和田氏によるカバーが実現。プロデュースを横山氏が行っている。
・横山剣(山崎廣明)
- 収録作品:ライブアルバム『HIROAKI YAMAZAKI 25th ANNIVERSARY LIVE』(2006)
DYNAMICSによる演奏・横山剣のボーカルで、「イイネ!横浜G30」「タイガー&ドラゴン」「あ、やるときゃやらなきゃダメなのよ。」の3曲のライブ音源を収録している。
・RIKI
- 収録作品:シングル『魁!ミッドナイト』(2007)
タイトルは「タイガー&ドラゴン 大阪挽歌(エレジー)」であり、歌詞もオリジナルとは異なっている。
・RYO
- 収録作品:オムニバスアルバム『ヤンキートランス 走死走愛』(2007)
・甲斐よしひろ
- 収録作品:アルバム『TEN STORIES 2』(2008)
・桑田佳祐
- 収録作品:ライブビデオ『昭和八十三年度!ひとり紅白歌合戦』(2009)
・井上和彦
- 収録作品:アルバム『Platinum Voice~届けたい歌がある~』(2012)
・佑多田三斗
- 収録作品:シングル『つぼみ』(2013)
・山内惠介
- 収録作品:アルバム『ライブカバーアルバム「惠音楽会」ポップス・歌謡編』(2016)
・天童よしみ
- 収録作品:アルバム『VOICE(ヴォイス)』(2018)
「タイガー&ドラゴン」がクレイジーケンバンドにもたらしたもの
クレイジーケンバンドの歴史において「タイガー&ドラゴン」は非常に重要な位置を占めている。しかし世間一般に知られる、ということは強烈なイメージが付く、ということも意味する。
ここではクレイジーケンバンドにとって、この曲がもたらしたもの、について複数の視点からまとめてみた。
”知る人ぞ知る”バンドから一躍有名に押し上げた
まず最も大きな影響として、当時”知る人ぞ知る”バンドだったクレイジーケンバンドを、一躍有名にした点が挙げられる。
クレイジーケンバンドは1997年結成だが、その時点でメンバーの年齢は30代後半だった。つまりそれ以前から音楽的キャリアを積んできた、”ベテラン新人バンド”だったのである。
※クレイジーケンバンドの前身バンドの遍歴はこちらのページ
ソウルやAORからロックンロール、演歌まで何でも取り入れる奔放なミクスチャーバンドであり、その音楽性の面白さから、マニアには非常に支持されていたバンドだった。
ただし楽曲にはおふざけ・下ネタあり、やや”イロモノ”的な雰囲気は初期にはあり、それが良さでもあった。
「タイガー&ドラゴン」も、誰が聞いても和田アキ子とわかる、おふざけ要素ありの楽曲だった。しかしサウンドは超本格的、そして何と言っても耳に残る横山氏のメロディが光る1曲だ。
メロディの良さ、昭和歌謡の世界観、”俺の話を聴け”というインパクトあるサビなど、キャッチーな要素を持つがゆえ、ドラマでの起用により、大ヒットにつながったのだろう。
ただしバンドの人気自体は、「タイガー&ドラゴン」のドラマ起用以前から高まっていた。2003年~2004年頃のライブはチケット即完になり、2004年に初の武道館公演も実現している。
音楽ファンからはかなり厚い支持を得ていたが、音楽好き以外からも「クレイジーケンバンド」と言う名前を知らしめたのは「タイガー&ドラゴン」の影響が大きかったのではないか。
昭和歌謡のイメージが独り歩き?
だが1つの曲が大ヒットすることは、その影響もまた大きい。
「タイガー&ドラゴン」は確かに魅力的な楽曲ではあるが、横山氏としてはあまり作らないタイプの曲だった。そんな珍しいタイプの曲が、クレイジーケンバンドの名刺になってしまったのである。
もともとジャンルに縛られず自由な音楽をやるのがクレイジーケンバンドのスタイルであった。それが特定のジャンル=昭和歌謡のイメージがつきそうになったのである。
ただクレイジーケンバンド=昭和歌謡という図式は、もっと前の時期から言われ始めていたことでもあった。
『タイガー&ドラゴン』がリリースされた2002年頃は、歌謡曲的な要素はかなり強く、そんなカラーを押し出していた雰囲気もある。
たとえば、4thアルバム『グランツーリズモ』収録の「昭和レジデンス」では”昭和”を連呼したり、昭和のバラエティ番組「ゲバゲバ90分」をもじった「ゲバゲバ90秒」と言う曲も収録された。
さらには、当時交流のあった渚ようこ、大西ユカリらと並び、昭和歌謡ブームとも呼べる状況もあった。
2002~2003年頃は昭和が終わってから15年ほど、平成の時代も一通り山あり谷ありを経験し、昭和への郷愁が強かった時期だったのか、昭和歌謡リバイバル的な動きが確かにあった。
横山氏も昭和の文化へのリスペクトは発しつつも、バンドが昭和歌謡で括られることには当時から違和感を持っていたようである。
4th『グランツーリズモ』で醸していた昭和な雰囲気から、2003年の5thアルバム『777』では昭和カラーを薄くしようとしていた様子が窺える。
しかしその矢先に「タイガー&ドラゴン」のヒットにより、再び昭和歌謡のイメージに戻されかねない現象が起きてしまったのだった。
”昭和歌謡”バンドから脱するまでの歩み
かくして、クレイジーケンバンドの2000年代後半以降の歩みは、昭和歌謡バンドから脱する過程だったようにも思える。
クレイジーケンバンドの魅力は、昭和歌謡の持つある種の”ごった煮”感であった。欧米からアジアまで多国籍の音楽を、昭和歌謡に落とし込む面白さである。
ただクレイジーケンバンドが目指していたのは”ごった煮”の音楽ではあったが、単なる昭和歌謡への回帰ではなかったのである。
「タイガー&ドラゴン」ヒットの前後から、クレイジーケンバンドは昭和歌謡への回帰と思わせるようなテイストは減らしてく方向をとったように見える。
ロックンロールやソウルなど、洋楽テイストの強い作風が、2000年代後半は続いていた。
そして「タイガー&ドラゴン」のヒットも手伝って、音作りもよりゴージャスなアレンジができるようになっていった。昭和歌謡的な”安っぽさ”も脱していくこととなった。
そしてインディーズでの活動から、2009年の『ガール!ガール!ガール!』からメジャーレーベルのユニバーサルミュージックに移籍している。
しばらくクレイジーケンバンドとしての音楽を模索していた感もあったが、この頃から作風が安定してきたように感じる。
音作りは格段にレベルアップしつつ、初期からの楽曲そのものの良さが伝わるアレンジ、そして”ごった煮”の音楽性、スパイスとしての遊び心が加わるようになった。
ゴージャスな音作りを一通り経験し、クオリティは高いままに、そぎ落としたサウンドも初期の良さを取り戻したようだ。
こうしたクレイジーケンバンドの変化・歩みは「タイガー&ドラゴン」だけに影響されたものでは、もちろんない。
ただ「タイガー&ドラゴン」は、初期に見られがちだった”昭和歌謡バンド”と言う枠から脱するための、1つの区切りだったようにも思われる。
この曲がヒットしたことで、それまでのいわゆる初期クレイジーケンバンドの音楽が報われた、とでも言えばよいのか。
だからこそ、クレイジーケンバンドが音楽的に新たなステップに進めたように思う。この曲がヒットしていなかったら、また違った歴史になっていたのではないか、と想像するところだ。
※【初心者向け】”はじめてのアルバム” – 第2回:クレイジーケンバンド
まとめ
今回はリリースから20周年を記念し、クレイジーケンバンドのヒット曲「タイガー&ドラゴン」について紹介した。
昭和歌謡テイストの強い楽曲ではあるが、バンドの歴史を紐解くと、昭和歌謡テイストから脱する過程においてヒットした曲だった、というのが興味深い。
「タイガー&ドラゴン」のように、曲がヒットする時期とバンドが目指しているものが異なってしまう場合がある。
バンドはヒットした曲のカラーを求められ、バランスを崩していくという事態もよく見られる。
しかしクレイジーケンバンドに関しては、インディーズでの活動ということもあり、あくまでマイペースを貫き、「タイガー&ドラゴン」に引っ張られることもなかった。
クレイジーケンバンドは”楽曲第一”で活動をしているという。良い楽曲があって、それをいかに届けるか、ということを念頭に置いているそうだ。
そのスタンスがあるからこそブレないのであり、「タイガー&ドラゴン」もまた他の楽曲とともに大切に歌い継がれているのだろう。
リリースから20年、改めて「タイガー&ドラゴン」をぜひ聴いてみていただきたいと思う。
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