【アルバムレビュー】人間椅子 – 色即是空(2023) 古くて新しい人間椅子の”新世界”

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アルバムレビュー
画像出典:人間椅子オフィシャルサイト

バンド生活34年目に突入した人間椅子が、2023年9月6日に23枚目となるアルバム『色即是空』をリリースした。

前作『苦楽』のリリースが2021年8月4日、約2年ぶりとなるアルバムである。この2年間、あらゆるバンドが制約のある中で活動を続け、2年間で大きく状況も変わってきた。

今回のアルバム『色即是空』はそんな世相を反映しつつも、人間椅子としても新たな一歩を踏み出した印象のある作品になったと筆者は感じている。

そして新たな人間椅子は、実は古く新しい人間椅子だった、というのが本作のキーワードになっているようにも思える。

そんな23枚目のアルバム『色即是空』のレビューを行った。

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作品概要

  • 発売日:2023年9月6日
  • レーベル:徳間ジャパンコミュニケーションズ

『色即是空』は人間椅子の23枚目となるオリジナルアルバムである。前作『苦楽』から約2年ぶりとなるアルバムとなっている。

全13曲入り。アルバムジャケットにはみうらじゅんが描いた深沙大将のイラストが用いられ、題字は宮田天風による。

初回限定盤・通常盤の2形態でのリリースで、初回限定盤にはライブDVDが付属している。

DVDには、2022年9月19日にEX THEATER ROPPONGIで行われた『人間椅子2022秋のワンマンツアー~闇に蠢く』公演から7曲が収録されている。

なお本作をサポートショップで購入すると、購入特典がもらえる。

サポートショップオリジナル特典一覧

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23枚目のオリジナルアルバム『色即是空』(9/6発売) サポートショップオリジナル特典画像公開!「色即是空」 サポートシ...

本作のタイトル「色即是空」は、仏教用語で「この世の全てのものには実体がない」という意味だ。虚無主義的な意味ではなく、困難な時代を乗り越えるための愛のある言葉だと和嶋氏は述べている。

またコロナ騒動も含めた、社会的な動向(極端なグローバリズムや管理社会)を意識したものであることが、アルバムのコンセプト解説において語られている。

帯惹句は「愛をもって、希望をもって、今日を生き抜くのだ。」である。

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本作『色即是空』について行われたWeb上のインタビュー記事を下記にまとめた。

激ロック:インタビュー

人間椅子| 激ロック インタビュー
今年バンド生活34年目を迎えるハード・ロック/ヘヴィ・メタル・バンド、人間椅子。2013年、2015年のOZZFEST ...

週刊現代:唯一無二のハードロックバンド『人間椅子』がコロナ禍を経て、たどり着いた矜持…新アルバム『色即是空』に込めた思いを語り尽くす

唯一無二のハードロックバンド『人間椅子』がコロナ禍を経て、たどり着いた矜持…新アルバム『色即是空』に込めた思いを語り尽くす(週刊現代) @gendai_biz
34年のキャリアを持つ『人間椅子』が、コロナ禍を経て新アルバム『色即是空』をリリースした。新アルバムに込めた思いに迫る。

週刊現代:「人間には『愛』という言葉が必要だ」…唯一無二のハードロックバンド『人間椅子』が新アルバム『色即是空』を通じて「伝えたかったこと」

「人間には『愛』という言葉が必要だ」…唯一無二のハードロックバンド『人間椅子』が新アルバム『色即是空』を通じて「伝えたかったこと」(週刊現代) @gendai_biz
34年のキャリアを持つ『人間椅子』が、コロナ禍を経て新アルバム『色即是空』をリリースした。新アルバムに込めた思いに迫る。

HMV&BOOKS online:【全曲解説】人間椅子『色即是空』

【全曲解説】人間椅子『色即是空』|ジャパニーズポップス
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全体の印象~全曲ミニレビュー

まず本作を聴いた全体の印象として、近年の人間椅子のアルバムの中では、最も音楽的に充実したアルバム、と言う感想を持った。

それはアルバムの1曲ごとの作り込みが、今までに比べて細かくなっている点から感じた。音楽的な充実=昔の人間椅子を感じさせる要素でもある。

どちらかと言えば、昔の人間椅子が持っていた音楽的な豊かさに惹かれている筆者としては、本作の傾向は大いに歓迎するところである。

前作『苦楽』でもその傾向を感じ始めてはいたが、本作はその延長線上にありつつも、大きく音楽的な方向に前進したような印象を持った。

さて、全体の評価については、後半でさらに詳しく述べることとして、ここでは全13曲をアルバムの曲順にレビューしていきたい。

さらば世界

最初を飾る「さらば世界」は、いわゆる本作の”推し曲”。近年の「無情のスキャット」「夜明け前」などの流れを汲む、大作かつヘヴィな楽曲となっている。

しかし「ああ、またこれね」と聞き流すのは待って欲しい。これまでの大作の楽曲と比べても、よくできた楽曲だ、と感じる点が多い。

冒頭はまるでDizzy Mizz Lizzyのようなアルペジオから始まり、メタルらしいビートのヘヴィなリフへ。前半部分は割と従来のヘヴィ路線を踏襲しているが、注目は中間部分だろう。

キーは変わらず、アルペジオでメジャーに転調したことが分かる。転調は和嶋氏の得意とするところだが、ほぼ同じビートに同じルート音で、ヘヴィさを保ちつつ明るくもある展開に、新しさを感じた。

ほとんど演奏は変わっていないに、ガラリと印象は変わる、と言うのが面白い。

他の曲にもみられるが、印象的なキメのリズムが多いのも特徴だ。この曲では「抱き合って」の部分が非常に印象的で良い。

後半で元に戻る展開はおなじみだが、アウトロ部分の展開の仕方もよく練られている。冒頭のアルペジオをリフに変形させたラスト部分もよくできている。

クラシックを意識した、長めのブレイクを挟んでの、最後の部分も面白い。

歌詞は旧来の苦しい世界を脱する、というのがテーマ。前向きな本作のテーマの裏側にあるものであり、本作のスタート地点としてもぴったりの内容だ。

神々の決戦

前作で「神々の行進」があり、”神々シリーズ”となった本作。前回と同じく2曲目に配置されているところからも連続性があるのかと思いつつ、曲調は結構違う。

ずっしり重いシャッフルであり、鈴木氏らしいビート感である。この曲のポイントは「往かん往かん」の部分であるように思える。

最近の人間椅子はシンガロング(ユニゾンで歌う)が多かったが、久しぶりにこの部分では3人がそれぞれハモっているのである。この部分に懐かしい人間椅子を思ってしまったのは私だけだろうか。

中間部は「待ってました」という展開、これぞ人間椅子という曲調だ。ナカジマ氏のドラムソロが入り、ギターソロに行く、と言う流れも近年ではあまり見られなかった凝った展開である。

アウトロ部分は若干「神々の行進」と似た展開になっており、あえて似せている感じもする。勇壮な「神々の行進」に比べると、ヘヴィさが前面に出た「神々の決戦」である。

生きる

物凄く潔いタイトルの「生きる」は、実は本作の要ともなる前半のハイライト楽曲だと筆者は感じる。

和嶋氏が「昔のハードロックの感じ」と語っている通り、まさに人間椅子が憧れた70年代ハードロックらしいリフの楽曲となっている。

筆者が感じたのは、初期Black Sabbathの楽曲の中でも明るい作風の楽曲のイメージである。Black Sabbathと言うとヘヴィメタルの始祖のように言われるが、実は明るさもあるバンドなのだ。

それはオジーオズボーンというボーカルのキャラクターもあるのか、暗いだけでなく、陽気で前向きな面もあるのがBlack Sabbathの良いところである。

そうしたハードロックの持つ明るいパワーと和嶋氏のメッセージが見事にマッチしている。「さらば世界」の対になるような歌詞で、旧世界を脱した”新世界”での生き方を高らかに宣言している。

中間部のカウベルを使った部分のメロディ、そしてクラシカルなフレーズからのギターソロ、と言う一連の展開もユニークな発想に富んでいる。

悪魔一族

鈴木氏の笑い声とともにメインリフに入るこの曲、パワーコードリフで押していく人間椅子らしい楽曲である。

どことなく「芳一受難」にビートとメロディが似ている気がするが「カッコいいからまあいいか」というやつである。「来るぞ来るぞ」などもやや既視感のある曲ではあるが、ポイントは中間部だ。

中間部のリフとリズムパターンの持って行き方は見事の一言である。体が動き出すような土着的なビートにヘヴィなリフ、これぞ人間椅子であり、鈴木研一ワールドといったところだろう。

なお細かいところだが、メインリフの終わりの部分は「ダッダッダ」となるところは、歌がないところではドラムがリフに合わせ、歌の部分では通常のビートを刻む、という切り替えもとても良い。

ラストでまた展開し、歌が入るという流れも、昔の人間椅子っぽさがある。

歌詞の世界観は前作の「悪魔の処方箋」に近いところ。”悪魔”として歌ってはいるものの、背後には悪魔的なやり方の支配者層の陰謀を歌っている内容ともとれる。

狂気人間

ここまで4曲連続でダウンチューニングの曲が並び、前作『苦楽』の流れを踏襲している。前作の「人間ロボット」の立ち位置のこの曲で、ノーマルチューニングの初登場となった。

近年の和嶋氏に多い、ミドルテンポでツーバスを使うメタルっぽいテイストの楽曲。本作の中では1番勢いで作られた感もある曲だが、こうした曲もこれまで以上に作り込まれている印象がある。

やはりメロディのキャッチーさは本作を通じて感じるところである。これまでも分かりやすいメロディではあったが、今回はより印象的で良質なメロディが並んでいる。

この曲も勢い一辺倒ではなく「狂気いや正気」などのメロディが心に残るようなメロディラインになっている。

また今までであればシンプルに終わりそうな曲だが、中間ではダークなギターリフを差し込んだと思ったら、プログレッシブなギターソロへと流れる展開がハッとさせられる。

アウトロも勢いで終わらず、しっかり展開して細かいフレーズが光るアレンジになっている。

歌詞は「生きる」のような生き方をすれば、現代社会では”狂気”に思われてしまう悲しさが歌われているように思える。

人間の証明

「狂気人間」に続いて”人間”つながりのこの曲。今回は文芸シリーズはないそうだが、この曲は森村誠一の小説からタイトルだけ借りているとのこと。

KISSのような曲を作りたい、と言って作られた楽曲とのこと。しかし筆者には”いなたい”感じの鈴木研一ワールド全開の楽曲に思われた。

あえて言えば、サビのシンガロング、ギターソロ前のギターフレーズにややKISSっぽさを感じたくらいだった。

緩急で言えば見事に”緩”のタイプの曲である。

最近の人間椅子ではこうした地味な雰囲気の曲調がなかったので、個人的には嬉しい。派手にリフを弾くのではなく、歌の部分では淡々とした演奏で進む曲もアルバムの中にはあった方が良い。

歌詞の内容は鈴木氏の新たな”人間シリーズ”の仲間入りしそうな内容で、人間と言う存在を真正面から描こうと言うものである。

宇宙電撃隊

防衛省が航空自衛隊に「宇宙作戦隊」が編成されたことで、タイトルを思いついたというもの。(現在は「宇宙作戦群」に改名されている)

まるで昭和のアニメのような名前であることから、曲調も昔のアニメソングのような内容になっている。そしてスラッシュメタルとの融合になっている点がユニークである。

メインリフはまるでMetallicaの「Battery」のようであるが、人間椅子がやると牧歌的な響きになるところが彼ららしい。

そしてサビはまさかの「ファンファンファファン」が延々と繰り返されるというもので、頭の中をぐるぐる巡ること必至である。

しかし決してコミックソング枠という曲でもないのだ。ギターソロの後半から突如哀愁が漂い始め、「オーオー」の部分の展開では見事に泣きの展開へと変わる。

「宇宙電撃隊」の部分のハモりも美しいし、やはり本作は随所に細かい芸が冴え渡っている感じがする。

宇宙の人ワンダラー

鈴木氏による”宇宙シリーズ”の楽曲と言っても良いだろう。ただしタイトルの意味するところは、異性人から転生して地球に生まれた人のことを指すものである。

最近では恒例になりつつある和嶋氏によるギターでの宇宙的サウンドで曲は始まる。ただ曲調はBudgieとHawkwindを合体させたような、ヘヴィなリフを軸にシンプルに進んでいく。

サビは変拍子っぽく聞こえるものの、8つずつで数えることができる。ギターソロもこのサビのリフで進んでいくため、ややトリッキーに聞こえるところが面白い。

ラストは若干変化したリフとともに、「ベントラベントラスペースピープル」の呪文が唱えられる。UFOを呼ぶための古典的呪文だそうだが、ベタ過ぎて和嶋氏はなかなか賛同しなかったとのこと。

確かにUFOを呼ぶという趣旨の曲ではないため、反対したのも頷ける気がする。しかしこの部分があることで、楽曲的には不気味さが増して良かった。

未来からの脱出

前作『苦楽』ではナカジマ氏による作曲はなかったが、今回はめでたく1曲入った。テーマとしては「さらば世界」を別角度から見たような内容となっている。

今回のアルバムでは他にはない、Motorhead風の疾走感溢れる楽曲となっている。和嶋氏・鈴木氏にはない、ストレートに進んでいくタイプの楽曲であり、ちょうど後半に向けて流れが変わる役割である。

今まで以上にナカジマ氏のボーカルはエネルギッシュに感じられるが、本作全体を通じてボーカルの録り方に躍動感が感じられる。いつもと違うスタジオのようで、ボーカルの音はかなり良いと思った。

あまり展開することなく、シンプルにまとめられた楽曲で、近年の人間椅子らしい作風とも言える。ただ細かなところで、ギターソロで1音転調するところはB級ハードロック感があって気に入っている。

地獄大鉄道

アルバムも終盤の流れへ向かう。鈴木氏による”地獄シリーズ”かと思いきや、作詞は和嶋氏であり、厳密には地獄シリーズとは言えなさそうな楽曲。

鈴木氏いわく「地獄シリーズは飽きた」そうだが、和嶋氏が継続させた形になる。曲の内容も地獄に落ちる人が乗る列車の歌であり、まるで鈴木氏が書きそうな歌詞をイメージして和嶋氏が作ったようだ。

しかしむしろ”鉄道シリーズ”の色合いが強いようにも思われる。「ガタゴトン」と言う歌詞もそのままだが、鈴木氏が歌うと迫力があるから面白い。

ヘヴィさの中にキャッチーなメロディがあり、中間部では踏切の警報のような音があり、2つのギターを重ねたソロがあり、聴きどころのたくさんある楽曲である。

アウトロは急発進して地獄へとまっしぐら、といった緊迫感のあるアップテンポに。今回の鈴木氏の力作の1つと言った印象である。

星空の導き

終盤に一気に流れを変え、和嶋氏によるアコースティックの楽曲である。これまでも時折アコースティックの曲が挿入されたが、今までで最もポップなメロディを持つと言っても過言ではない。

今までならば、綺麗な曲でも不気味な要素を入れ込んだりしていたが、今回はそうした要素もなく、ただただ良い曲を作った、という感じでむしろ好感触である。

どうやら亡くなった高校時代の音楽仲間に向けて作られた楽曲とのことである。

コードにはメジャーセブンスが使われるなど、洗練された響きのある楽曲である。中間部ではまるでクラシックのような、やや難解なギターフレーズが挿入されているのもユニークだ。

中間の味付けがある程度で、いたってシンプルにまとめ上げたことで、メロディの良さが引き立つ楽曲となっている。

蛞蝓体操

「星空の導き」のロマンチックな余韻も感じさせない、鈴木氏による作詞・作曲の「蛞蝓体操」のイントロが重苦しく響き渡る。

フェイザーを用いたイントロは、本作で最もヘヴィとも思えるサウンドに仕上がっている。そして誰をも寄せ付けない、唯一無二の鈴木研一ワールドが広がっており、さすがとしか言いようがない。

「ナメクジ」という一般には好かれない虫を題材に、それが体操をする、という全く意味が分からない世界観だが、最終的にそれがおどろおどろしくなるから面白い。

ヘヴィながら余白のあるサウンドで、人間椅子そして鈴木氏にしか出せないグルーブが生まれると言うものだ。中間部のお経のような展開も怪しさ満点、そのまま戻ってこない展開もスリリングだ。

今回の和嶋氏のギターソロもハイテンションだが、この曲に関してはやや抑えめのソロで、むしろ本作で1番カッコいいのでは、と思わせるソロ。

鈴木氏ワールド全開の曲における和嶋氏のギターの働きが光る、と言うパターンは「踊る一寸法師」など前例がある。鈴木氏の本作No.1と言っても良い曲だろう。

死出の旅路の物語

本作を締めくくる楽曲は、ヘヴィかと思いきや、疾走感あふれるキャッチーなメロディが印象的な楽曲である。しかしこれが素晴らしい出来の楽曲なのだ。

「80年代のメタルは苦手」と言っていた和嶋氏だが、思い切り80年代臭のするビートとコード進行で展開するAメロが心地好い。キャッチーな歌謡曲的なBメロから、人間椅子らしいサビへと展開する。

非常に多様な音楽性を詰め込みつつ、継ぎはぎしたような感じもない、非常に流れるような展開である。

中間部はダークな雰囲気を漂わせ、「ヨハネの黙示録」にインスパイアされた7つの扉がセリフとして語られる。キリスト教的な世界観と仏教の世界観が混在するところが面白い。

しかし人の生死を語るのに、本来はキリスト教も仏教もなく、普遍的なものである、というメッセージ性にもなっているように思われた。

また楽曲の中でも西洋音楽的な要素と、和音階を取り入れた部分もあり、音楽的にも和洋折衷の世界観を作り上げている。

イントロのリフが最後にもう一度登場し、同じリフで終わっていく様子も、死が終わりではないことを示しているように思えた。

様々な暗示も読み取れる曲でありつつ、キャッチーな要素が多く、7分を超える長さを感じさせない、本作の和嶋氏のNo.1と言っても良い楽曲で、ラスト2曲が素晴らしい名曲で固められている。

全体評価 – 古くて新しい人間椅子の”新世界”

ここまで全体の印象と各曲レビューを行ってきた。最後に全体を通じての本作の評価について書いてみようと思う。

冒頭にも書いた通り、一言で表すならば「古くて新しい」人間椅子のアルバム、という評価である。もう少し言えば、新しさを求めた結果、懐かしい人間椅子にたどり着いた、という感じである。

それに加え、音楽的な充実度は近年随一の作品となり、ライブで盛り上がる曲であると同時に、音源を聴いて楽しめる作品としての色合いが増したように感じる。

本作から感じた新たな要素・懐かしい要素、そして近年数作からの流れを通じての考察、そして和嶋氏の描く世界観などに触れつつ、全体の評価を行った。

懐かしさを感じさせる”復活”の要素

「古くて新しい」本作を考える上で、本作でいくつか、懐かしい人間椅子を思わせる”復活”の要素を挙げておきたい。以下の3点が挙げられるように思われた。

  • メロディアスな楽曲が復活
  • コーラスワークが復活
  • 展開の細かさが復活

まずメロディアスな楽曲が今までより多くなっている点が挙げられる。人間椅子は常々、覚えやすいメロディを意識していたようだが、本作ではさらにその傾向が強くなっているように思える。

しかも和嶋氏の作る楽曲で、昔のような歌が前面に出てくる楽曲が増えている。例えば「生きる」「宇宙電撃隊」「星空の導き」「死出の旅路の物語」などは、かなりメロディがわかりやすい。

昔の人間椅子は、鈴木氏がハードロック担当、和嶋氏が歌モノ担当、という感じがあったが、少しそんなバランスに戻ったような感覚もある。

続いてコーラスワークの復活も本作の特徴だ。近年の人間椅子は、あまりコーラスでハモることをせず、ユニゾンで歌うことが多かった。

一方で本作は「神々の決戦」「宇宙電撃隊」「死出の旅路の物語」等で印象的なコーラスが登場している。これも昔の人間椅子にはよく見られたことで懐かしい要素となっている。

やはりハーモニーの美しさは、スタジオ音源としての音楽的なクオリティを上げることに重要な役割があるように思える。

さらに音楽的クオリティを高めているのは、展開の細かさと言う点においても顕著である。この点も人間椅子はずっと展開の多さは特徴の1つとして変わっていないようにも思われる。

しかし本作では、より細かく展開する作り込みを感じる部分が多い。「悪魔一族」などももっとストレートに進みそうであるが、アウトロ部分でも細かく展開していく面白さがある。

他にも「蛞蝓体操」「死出の旅路の物語」などヘヴィな楽曲でも、細かな展開の妙を感じることができる。

言葉で表現しにくいのだが、いつもならこのレベルでもGoサインを出すのが、「もう少し完成度を上げよう」と練られた跡が見られるような曲が多くなっているように感じる。

そうした完成度の高さは、きっとこの先末永く聴ける作品として残ることに寄与することになるだろう。

古くて新しい人間椅子の到達点

このような懐かしい要素の”復活”は、つまるところ、音楽的に豊かな作品になった、と言うことを意味する。

昔を遡れば、2013年にOZZ fest Japan 2013に出演した人間椅子は、それまで以上に新規ファン開拓のチャンスをつかみ、より分かりやすくヘヴィで攻撃的な楽曲を作るようになった。

それ以前の人間椅子と変わらぬスタンスに見えて、そぎ落とされた部分もある。それが音楽的な幅であり、分かりやすいハードロック・ヘヴィメタルから外れる楽曲は作られなくなった。

結果的にライブで盛り上がる楽曲が増え、ますますライブが盛り上がり、ライブ向けの曲が作られ、という循環ができていった。

そのため、聴き返すと音楽的な構築度合いと言う点では2013年以前の人間椅子の方が高度であった、という言い方もできるだろう。

流れが変わるポイントの1つは、「無情のスキャット」のヒットとアルバム『新青年』のリリースだったと思える。

人間椅子の得意とする土着的でヘヴィなリフとサウンドを軸に、何度も展開する大作である「無情のスキャット」が、かつてない反響を得たことは人間椅子にとっては大きな出来事だった。

【人間椅子】バズった「無情のスキャット」の魅力を徹底的に掘り下げてみた

そうした人間椅子の新たなヘヴィネス路線の始まりとなったのが『新青年』だったように思う。アルバム前半からダウンチューニングの楽曲を固め、ミドルテンポの楽曲が多くなった。

30周年のタイミングとも重なり、改めて人間椅子の音楽とは何か?と考えた時に、ヘヴィなリフとサウンド、と言う方向に自然と向かったのだろう。

そしてコロナ騒動の最中にリリースされたのが、『苦楽』であった。今まで以上に世相を反映した歌詞になった点はやや異質ながら、全体的な音楽の方向性は前作を踏襲したものだった。

アルバム前半、そして終盤とにダウンチューニングの曲を多数配置し、全体的にヘヴィな雰囲気が漂う作品になっている。

ただ『新青年』から変化した点と言えば、よりメロディを際立たせ、音楽的に発展させたものにしよう、というところである。

奇しくもコロナ騒動によってライブの本数が減り、「ライブで盛り上がる曲」のイメージが湧きにくくなった時期でもあった。必然的に、スタジオ音源として良いものにしよう、となったのかもしれない。

筆者としては、『苦楽』はライブ向けのストレートな方向性と音楽的に構築させようと言う方向性が混在した状態だったように思えた。

それが本作『色即是空』では音楽的に構築させる方向に一気に進んだ印象がある。これまでの新たなヘヴィネスに加えて、音楽的な構築・キャッチーなメロディの要素が加わった。

しかし考えてみると、それこそデビューからの人間椅子のスタンスに他ならない。2013年頃からこれまでとやや異なる方向性を突き進んで、ファンを獲得して、また元に戻ってきたようにも感じる。

ただし、今までと違うルートをしばらく進んできたのだから、当然昔の人間椅子とも違うものになっている。それが「古くて新しい人間椅子」という意味するところである。

【アルバムレビュー】人間椅子 – 苦楽(2021)かつてないほど”現代”と向き合った超充実作

和嶋氏の描く”新世界”

最後に和嶋氏が描く歌詞の世界観に触れておこう。

和嶋氏の歌詞も、『苦楽』以降、また新たな段階に入っていることを感じる。先ほど書いた通り、コロナ騒動が契機となって、ますます社会との接点を持った歌詞に変化している

そして本作は、いかに人間として生きるか、という近年のテーマに加え、新たな世界へ向かっていく決意や宣言とも思われる歌詞が多くなっている。

筆者なりに思うことではあるが、和嶋氏が歌う”旧世界”とは、いまだ日本では”陰謀論”で片づけられる世界の裏の支配者たち、そして地球を支配してきた悪の異星人たちに洗脳された世界である。

私たちは真実を知らされることなく、幻想の幸せの中で生きてきたものの、虚しさを感じてしまう、そんな世界から脱することを「さらば世界」「未来からの脱出」などで歌っている。

では私たちが目指す”新世界”とは、人間が人間らしくある世界である。それこそが「生きる」「人間の証明」などで歌われていることだろう。

しかし”旧世界”に生きる人から見れば、”新世界”の人たちは狂人であり、逆もまたしかりである、ということを「狂気人間」で歌っている。

ちなみにこうした世界の移行は、意識の次元が上昇することでもあり、スピリチュアルの世界では次元上昇(アセンション)と呼ばれている。

こうしたテーマが多くなったのも、やはりコロナ騒動に端を発し、ますます世界のおかしさに対して表現者として伝えたい、と言う思いが強くなったのだろう。

筆者自身はこうした歌詞の方向性に大いに共感するのだが、きっとこういったテーマは全く理解できない人がいることだろう。

まさしく本作で描かれるテーマとして、人間としてどのように生きるか、と言う捉え方の違いにより、本作に共感できるか、「説教臭い」と思うかが分かれてしまうように思う。

この作品自体が、そうした人間観を分けるものになっている点も実に興味深いことだと感じている。

人間椅子の音楽性自体は、コロナ騒動を経て、よりかつての人間椅子らしいものに回帰しつつ、歌の内容は常に最先端を行っている、というのが今の状況だろうと思う。

音楽性と歌詞の世界観、この2つをどう評価するかによって、本作の印象も大きく変わることだろう。筆者としては両者ともに現状の方向性に大いに賛同しており、充実のアルバムと言う評価である。

筆者が気になる最近のハードロックアルバム

Dizzy Mizz Lizzy – Alter Echo(2020)

デンマークの3ピースロックバンド、プログレ要素の強い傑作アルバム

About Us – Right Now(2022)

インド発、メロディアスハードからブルース、AORまで多彩な楽曲収録のアルバム

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