”エモ”と呼ばれるジャンルにおいて伝説的なバンドAmerican Footballが来日公演を行った。
彼らの音楽性は、一般的にイメージされるエモとも異なり、非常に繊細なサウンドと歌詞、そして構築されたアンサンブルとリズムのクレバーな雰囲気が独特である。
2000年に休止するまでに唯一作られたアルバム『American Football(LP1)』のジャケットに描かれる”家”が象徴するように、家の中でじっくりと聴きたくなるような音楽だ。
しかし今回初めてライブに行き、やはりライブで聴く醍醐味を感じたものだった。2025年3月26日(水)Zepp DiverCity (TOKYO)で行われた来日ツアー初日の模様をレポートする。
ライブレポート:AMERICAN FOOTBALL 25 years special LP1 anniversary shows Zepp DiverCity (TOKYO)

改めて解説する必要もなかろうが、American Footballはアメリカで結成されたバンドで、1997年から2000年までに1枚のアルバムを残し、活動を休止していた。
2014年にライブ活動を再開し、これまでに合計3枚のアルバムをリリースしている。
※伝説的エモ・バンドAmerican Footballの描くものとその変化 – オリジナルアルバム3作レビュー
これまでの来日公演については、2015年に再結成を記念した東京での2Days、2017年に『American Football(LP2)』のリリースツアー(東京・大阪の3公演)が行われた。
そして2019年にFuji Rock Festival 2019への出演、2020年には東名阪のツアーが予定されていたものの、コロナのために2021年に延期されたが、最終的に中止となった。
※来日公演一覧についてはこちらを参照

ようやく実現した今回の来日公演は、『25 years special LP1 anniversary shows』と銘打っており、世界ツアーの中に組み込まれた、東名阪の3か所を回るツアーである。
1999年に当時としては唯一のアルバム『American Football(LP1)』の25周年を記念し、2024年から行われているツアーの一環ということでもある。
筆者はリアルタイムに聴いていた訳ではないが、American Footballを知った当時はLP1が唯一のアルバムで、やはり思い入れが深い。
さてライブ当日は、チケットの整理番号は前の方であったが、自分の好きなタイミングで入場すると、既にドリンク交換やグッズ販売には多くの人が並んでいた。
本公演はソールドアウトとなり、かなり多くの人が詰めかけていた。年齢層は様々で若い人もかなり多く、男性が多い印象だったが、カップルや女性同士で来ているファン、外国の方も多く見かけた。
開演時刻を10分ほど過ぎたところで、場内が暗転するとともに、ステージ上に置かれたライトが点灯する。
メンバーであるMike Kinsella(ギター・ボーカル)、Steve Holmes(ギター)、Nate Kinsella(ベース)、Steve Lamos(ドラム・トランペット)が入場する。
そしてサポートメンバーにはCory Bracken(ヴィブラフォン)、途中にはMike Garzon(ギター)がギターテクニシャンを兼ねつつ登場する場面もあった。
Kinsella氏のつま弾くアルペジオから始まったのは、『American Football (EP)』(1998)から「Five Silent Miles」だった。
EPに聴き馴染みがなく、イントロ用の曲なのかと思ってしまったが、アメフトらしい美しい楽曲である。ステージにはスクリーンが用意され、LP1のジャケットである”あの家”が映し出される。

ただの家が映し出されてここまで歓声の上がるバンドも珍しいが、LP1の世界へと入って行くことが予感させられる。
結論から言ってしまえば、「Never Meant」を後に残しつつ、LP1をアルバムの曲順通りに披露する、LP1の25周年に相応しい並びだった。
まず披露されたのは静謐な雰囲気の「The Summer Ends」である。Lamos氏の奏でるトランペットが美しく、リズムはベースのNate Kinsella氏が担っていた。
短い動画を撮影したので、一部ながらご覧いただければと思う。聴いて分かる通り、全体にチューニングが半音下げられている。
続く「Honestly?」では、イントロのリフで歓声が上がる。中間部分では、ダイナミックな演奏になり、アルバムの中でも十分に振れ幅のある楽曲であることが改めて分かる。
「For Sure」で再び静かな雰囲気、そして「You Know I Should Be Leaving Soon」では再びバンドアンサンブルを聴かせてくれる。
なおここでトラブルが発生し、Kinsella氏のギターの弦が切れたようで、演奏が中断されて急きょMCが展開された。
「もう次の曲行こう」と言った話も出つつ、「君たちはラッキーだ。もう1回聴ける」と話して、「You Know I Should Be Leaving Soon」は2度目の演奏が行われたのだった。
来日ツアー初日と言うことで、いくつかハプニングがあったのだが、非常にラフな雰囲気で流れを壊すことなくスムーズに演奏が展開されていったと思う。

個人的には「But the Regrets Are Killing Me」の途中に登場するアルペジオが好きで、美しかったので映像にこの箇所を撮影して残した。
さて、スクリーンには様々なカットの”あの家”が映し出され、写真かと思いきや、実は映像であることが分かる。時折、車が通過したり、家に人が入ったりするのであった。
また曲と曲の間には、アンビエントなサウンドが流れており、サポートのBracken氏がシンセを操りながら、より奥深いサウンド作りに貢献しているようだった。
先に述べた通り、ギターテクニシャンなども兼ねているGarzon氏はシェイカーを使ったり、ギターを弾いたりとかなりの活躍で、結構大所帯のバンドと言う感じでもあった。
「I’ll See You When We’re Both Not So Emotional」ではKinsella氏のエモーショナルなボーカルが聴けて、いよいよアルバムのラストのパートに入って行く。
個人的に圧巻はラストの「Stay Home」から「The One with the Wurlitzer」の流れだった。
「Stay Home」では、映し出される映像の美しさも相まって、イントロ部分ではかなりのトリップ感があった。
「Stay Home」から続く形での「The One with the Wurlitzer」のたまらない哀愁と言うのか、凛とした美しさに包まれた時間がとにかく素晴らしかった。
『American Football(LP1)』をたっぷり堪能した余韻の中、メンバーはいったん退場。インターミッションの間には、”あの家”の玄関の様子が映し出されていた。

しばらくすると、玄関の扉が開き、家の中へと入って行くように映像が動き出した。中に入ると左手に階段があり、振り返るとそのアングルは『American Football (LP2)』(2016)のジャケットだ。
そしてメンバーが再び入場し、ここから『American Football (LP2)』の世界に入って行く、というなかなか凝った演出が行われた。
アルバムの曲順で「Where Are We Now?」「My Instincts Are the Enemy」が最初に披露された。LP1が深夜の雰囲気なら、LP2は朝日が似合うような爽やかさを感じさせる。
アメフトの音楽性は核になる部分は変わっていないものの、こうして歴史をたどるようなセットリストで聴くと、結構変化しているのも分かる。
「Born to Lose」はアメフトらしいリズムのアンサンブルが聴き応え十分だった。
続いて、スクリーンには絵画のような青い色合いの空が映し出されて、今度は『American Football (LP3)』(2019)の世界観に変わっていく。
LP3の世界観は、より精神世界や自然の奥深くに入り込んでいくような雰囲気がある。
選曲されたのは、まず「Uncomfortably Numb」「Every Wave to Ever Rise」であり、いずれも女性ボーカルがゲストで参加した楽曲であった。
今回も2曲ではゲストボーカルが参加していた(名前は不明)。
LP2までのサウンドともまた異なり、よりアンビエントな雰囲気が漂うのがLP3のサウンドの特徴でもあるように思えた。
なおLP3の楽曲のどこかで、Holmes氏のギターアンプのトラブルがあったようだった。「Doom in Full Bloom」が披露される頃には解決して、見事なアンサンブルを聴かせてくれた。
いよいよ最後の1曲、ということで、何やらMCが展開されていたようであるが、英語が聞き取れず、分からなかった。
ここでやる曲は誰もが分かっていながら、Kinsella氏は何か別の曲のフレーズを弾いたり、おふざけをしていたようである。
もちろんラストは、LP1の「Never Meant」で、イントロではひときわ大きな歓声が上がった。改めてこの曲を聴くと、LP1はもちろんLP2やLP3の世界が全て詰まっている曲にも思えた。
「Never Meant」を終えると、短い挨拶の後にメンバーは去って行った。アンコールをさらに呼び出す動きもあったが、これで全て終了のようだった。
約2時間ほどの凝縮されたセットだった。それほど長時間ということでもないのだが、アメフトの歴史を最初からたどるような、長い旅をしたような充実感とともに会場を後にした。
<セットリスト・収録作品>
No. | タイトル | 収録作品 |
---|---|---|
1 | Five Silent Miles | 『American Football (EP)』(1998) |
2 | The Summer Ends | 『American Football (LP1)』(1999) |
3 | Honestly? | 『American Football (LP1)』(1999) |
4 | For Sure | 『American Football (LP1)』(1999) |
5 | You Know I Should Be Leaving Soon | 『American Football (LP1)』(1999) |
6 | But the Regrets Are Killing Me | 『American Football (LP1)』(1999) |
7 | I’ll See You When We’re Both Not So Emotional | 『American Football (LP1)』(1999) |
8 | Stay Home | 『American Football (LP1)』(1999) |
9 | The One with the Wurlitzer | 『American Football (LP1)』(1999) |
intermission | ||
10 | Where Are We Now? | 『American Football (LP2)』(2016) |
11 | My Instincts Are the Enemy | 『American Football (LP2)』(2016) |
12 | Born to Lose | 『American Football (LP2)』(2016) |
13 | Uncomfortably Numb (featuring Hayley Williams) | 『American Football (LP3)』(2019) |
14 | Every Wave to Ever Rise (featuring Elizabeth Powell) | 『American Football (LP3)』(2019) |
15 | Doom in Full Bloom | 『American Football (LP3)』(2019) |
16 | Never Meant | 『American Football (LP1)』(1999) |
※セットリストはこちらのページや、Spotifyのリストを参考にした。
全体の感想

今回のAmerican Football来日公演は、筆者にとっては初めて彼らのステージを観る体験であった。
まずは、ギターアルペジオによる美しいアンサンブル、そして非常にテクニカルに構築されたリズムなど、彼らの素晴らしいバンドサウンドを生で聴けた喜びが大きい。
サポートメンバーも加わり、American Footballの音源で構築されているサウンドが、見事にライブハウスで再現されていることにも感動した。
しかしそれ以上に、音源で聴く方が合っているバンドなのかと思っていたが、ライブならではのダイナミックさも感じられたのは新鮮な驚きだった。
特に注目したのはリズムへのこだわりであり、ドラムだけでなく、シェイカーを時折用いるなど、American Footballにおけるリズムやグルーヴの重要性を再発見したのだった。
またメカニカルな音の構築のイメージがあったが、土着的なノリのようなものを、ライブでは体感できることができた。非常に躍動的なバンドであるのだ、とイメージが変わった部分もあった。
セットリストに関しては、『25 years special LP1 anniversary shows』と銘打っていただけに、第1部ではLP1のほぼ全曲を曲順通りに披露すると言うレアな選曲だった。
そしてそのままLP2、LP3の楽曲を年代順に披露していったことで、結果的にAmerican Footballの歴史をたどるようなセットリストだったと言える。
レポート部分にも書いた通り、こうして年代順に聴いていくと、各アルバムで表現される雰囲気やサウンドの肌触りのようなものが、変化していることに気付く。
筆者の感覚であるが、LP1は青春のヒリヒリする感じや寂しさのような感じ、LP2は温かみや人とのつながりのようなものを感じる。
LP3がLP2までと結構変わって、精神世界や自然などを感じさせる。おそらく女性ボーカルの加わる曲があり、より母性的な、包み込むような広大なサウンドに仕上がっている。
各アルバムの肌触りの違いは、アルバムジャケットに描かれるものの違いに象徴されるように思えた。そのため今回はスクリーンに映し出される映像が、その違いを効果的に示してくれた。
一方でギター2人による美しいアルペジオの絡み合いや、メカニカルに構築されたリズム・アンサンブルなど、バンドの一貫する部分も同時に感じさせてくれるステージだった。
ここまでライブの感動を一生懸命言語化してみたものの、もっと感覚的に素晴らしい体験だったようにも思う。
ライブの間は、遠い異国にいたような、異次元にいたような、昔の記憶の中にいたような、あちこち旅をしたような感覚になった。
でもふと我に返った時、やっぱりずっと”あの家”の外にいたような、トリップ感と安心感が同居したかのような、不思議な感覚にさせてくれる時間だった。
※伝説的エモ・バンドAmerican Footballの描くものとその変化 – オリジナルアルバム3作レビュー
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