1999年から2000年にかけて放送されたテレビアニメ『デジモンアドベンチャー』の主題歌「Butter-Fly」は、当時アニメを見ていた世代の人たちに根強く愛され続けている。
”平成のアニソン”と言えばこの「Butter-Fly」が挙げられるように、同世代の間では熱烈な支持を集める楽曲である。
なぜ「Butter-Fly」は今もなお愛され続ける楽曲なのだろうか?
「楽曲を聴くとあの時代に戻れる」と言うコメントが多いように、アニメのストーリーと絶妙なバランスでリンクしつつも、楽曲そのものの魅力が見えてくる。
今回はデジモンアドベンチャーの主題歌「Butter-Fly」が今なお愛され続ける理由について考察を試みた。
「Butter-Fly」の基本情報
- 歌唱:和田光司
- 作詞・作曲:千綿偉功、編曲:渡部チェル
- 初収録アルバム:『all of my mind』(2001)
「Butter-Fly」の基本情報について最初に押さえておこう。「Butter-Fly」は歌手の和田光司のデビューシングルとして、1999年4月23日にリリースされた。
テレビアニメ『デジモンアドベンチャー』のオープニングテーマである。2025年3月17日にYouTubeのデジモン公式チャンネルで、オープニング映像が公開となっている。
詳しくは後述するが、もともと作詞・作曲を担当した千綿偉功氏がオリジナル曲としてストックしていたものであったが、事務所の方針で和田光司氏のデビューシングルとして提供された。
そのため歌詞の内容は、デジモンアドベンチャーの世界観を意識して作られたものではなく、アニメ用に変更されると言うことも行われていない。
なお、2009年に『Butter-Fly〜Strong Version〜』が和田氏のデビュー10周年記念としてリリースされている。
2015年にリリースされた『Butter-Fly〜tri.Version〜』はアニメ『デジモンアドベンチャー』生誕15周年を記念して制作された新シリーズ『デジモンアドベンチャー tri.』の主題歌としてリメイクされた。
和田氏は2003年に上咽頭がんを患っており、治療のために活動休止と復活を繰り返していた。2011年に癌の再発で休止後に、2013年に再び活動を再開した。
『Butter-Fly〜tri.Version〜』は復帰後初のシングルであったが、2016年の『Seven〜tri.Version〜』リリース後に上咽頭がんにより死去している。
和田氏の没後にも根強い人気を誇り、たとえば2020年9月6日にテレビ朝日系列にて放送された『国民13万人がガチ投票! アニメソング総選挙』では、第4位にランクインしている。
アニメ『デジモンアドベンチャー』の主題歌である「Butter-Fly」は、平成を代表するアニメソングとして、愛され続ける楽曲となっていると言えるだろう。
なぜ「Butter-Fly」がここまで愛されるようになったのか?
いよいよ本題である、なぜ「Butter-Fly」がここまで愛されるようになったのか?について考えてみたい。
「Butter-Fly」によって胸が熱くなる人たちが口を揃えて言うのは「曲を聴くだけであの頃に戻れる」という感覚である。
「Butter-Fly」が愛される理由はここに集約される訳であるが、この感覚自体は、どんなアニメソングにもあるものであり、「Butter-Fly」にだけ特別なものではない。
しかし当時『デジモンアドベンチャー』を観ていた世代の人が「Butter-Fly」を聴くことで、子どもの頃に戻れるあの感覚には、何か特別なものがあるような気がしている。
そうなると次なる問いは、「「Butter-Fly」を聴くことでやって来る特有の感覚は何なのか?」ということになる。
掘り下げて考えてみると、単に「Butter-Fly」にはアニメを観た当時の記憶を思い起こさせる強烈なスイッチであるだけではないと分かる。
「Butter-Fly」にはアニメで描かれない、「選ばれし子どもたち」や私たち自身の後のストーリーへの想像力を掻き立てる仕掛けが意図せず用意されていたのではないか、と思っている。
その仕掛けとは、デジモンアドベンチャーの中に、もう1つは「Butter-Fly」という楽曲の中にあった。
「Butter-Fly」によって、子どもの頃に戻れる特別な感覚の正体について、言語化してみようと言うのがこの記事の趣旨である。
デジモンアドベンチャーの物語に感情移入した「選ばれし子どもたち」の感覚
まずは「Butter-Fly」が主題歌として使われた、テレビアニメ『デジモンアドベンチャー』のストーリーと、当時の子どもたちに共有された感覚について述べておく必要があるだろう。
『デジモンアドベンチャー』は、1999年3月7日から2000年3月26日まで放送されたデジモンのテレビアニメシリーズの元祖である。
物語はサマーキャンプに来ていた小学生の八神太一をはじめとする7名(最終的には8名)の子どもたちが「デジタルワールド」に迷い込み、そこでデジモンたちと出会うところから始まる。
現実世界とデジタルワールドという仮想世界を行き来しながら、デジタルワールドと現実世界にも及ぶ危機にパートナーデジモンたちと立ち向かう物語である。
キーワードになったのは「選ばれし子どもたち」という言葉である。
アニメは、デジモンの進化やバトルシーンも中核に据えつつ、子どもたちがデジモンとともに危機を乗り越え、自分らしさを見出し成長していく少年の成長物語が根幹にある。
当時アニメを観ていた子どもたちは、デジモンと言うキャラクターよりも、「選ばれし子どもたち」に感情移入していた。
当時の子どもたちは、アニメの中で疑似的に冒険を体験をし、同じ青春時代を共有したような感覚がデジモンアドベンチャーを観た人たちの間にはあったのだろう。

主題歌である「Butter-Fly」は、その当時の子どもたちが共有していた疑似的な青春体験のようなものを、強烈に呼び起こす装置になっている、ということだ。
テレビアニメ全54話を大人になって改めて全て観ることもなかなか難しいが、アニメの主題歌は、そのアニメの記憶を一気に呼び起こす。
また「Butter-Fly」はオープニングのみならず、最終回のデジモンと主人公たちが別れるシーンでの、あの効果的な使い方など、作品と密着した楽曲でもあった。
そうしたアニメと楽曲とが密に結びついていたからこそ愛される訳であるが、それだけであれば、他のアニメ作品にも、同様の現象は起きるものだ。
「Butter-Fly」がスイッチとなって呼び起こされる感覚は、あのアニメをリアルタイムで観ていた人たちの中に「特別な」感覚として残ったのではないか、と考える。
その理由の1つには、改めて「選ばれし子どもたち」というキーワードだ。この言葉が、あの頃の少年たちに”特別感”をもたらした部分は大きかった。
さらには『デジモンアドベンチャー』は人気作品ではあったものの、マニアックな要素が多く、この作品を観た同時代的な子どもたちの中だけに通じると言う意味での特別感もあるのではないか。
『デジモンアドベンチャー』は認知度で言えば、大人から子どもまで誰しもが知る国民的アニメと言うほどまでには至っていない。
比較されやすいポケットモンスターの方は、ピカチュウという非常にキャッチーなキャラクターがおり、ポケモンマスターになるという非常に分かりやすい設定で人気を博した。
それに対して、デジタルワールドと現実を行き来すると言う本作の設定は、デジタルの世界にまだ疎い人が多かった当時の大人には、やや難解な設定であった。
一方で子どもたちにとっても、ある程度物語の設定には理解を要したし、子どもたちの生い立ちや社会背景が描かれるなど、本格的なドラマが盛り込まれていて難解な要素もあった。
こうしたマニアックな要素のあったアニメであったゆえに、それを知って熱狂していたと言う「選ばれし」感覚もあったのではないか、と推測する。
そのためか、カラオケに行って「Butter-Fly」を歌って盛り上がるのは本当に同世代のみであり、他の世代にあまり通じない感じも、同世代のみが知る特別感なのである。
こうした特別感ゆえに、その世代には熱烈な支持を集め、アニメから25年経った今でも記念PVが作られるなど、当時のファンの胸を熱くさせ続けているのである。
また「Butter-Fly」のみならず、デジモンたちが進化する時に流れる挿入歌の「brave heart」(宮崎歩)も、同様にあの頃の記憶を呼び起こす強烈なスイッチとなっている。
一言にしてしまえば「エモい」と言う感覚なのであろうが、『デジモンアドベンチャー』という同世代に集中して共有される感覚を呼び起こす、「Butter-Fly」には特別な思い入れが生まれたのだろう。
実はデジモンアドベンチャーのために作られなかったことが重要?
「Butter-Fly」が『デジモンアドベンチャー』の記憶を熱く呼び覚ますスイッチであるだけではなく、「Butter-Fly」という楽曲自体にも大事な仕掛けがある。
この仕掛けについて考える上で、実は「Butter-Fly」がもともと『デジモンアドベンチャー』のために作られた訳ではなかった、という事実が重要になってくる。
作詞・作曲を担当した千綿偉功氏のインタビューによれば、もともとは自分で歌うためにストックしていた楽曲だったのだと言う。
そのためアニメの内容を意識して書かれた歌詞では当然なかったし、アニメ主題歌として決まった後も、それほど歌詞の手直しが行われなかったのだそうだ。
この曲の歌詞のテーマは世の中の不条理だったと言う。千綿偉功氏のインタビューを抜粋すると、以下のような感覚の中で作られたものだった。
「『対世の中』とか『対大人』とか、自分よりも力のある、権力のある者に対して何か反抗や反発がしたかった。政治とか世の中の色んな動きの中で、きれいごとばっかり言う大人たちがいるように感じていた」
こうした感覚は、年齢的には思春期以降の若者が持つ感覚であり、主人公たち小学生の等身大の感覚とは一致しないものであると言えるだろう。
※withnews:デジモン「伝説の主題歌」生みの親、千綿偉功さんの「佐賀時代」

その結果、「Butter-Fly」はアニメの世界とリンクする部分がある一方、アニメでは描かれていない感覚を補うものとして機能していたと言える。
まずリンクしている部分は、大人の世界で起きる問題に対して、主人公たちがデジモンとともに、子どもなりに立ち向かっていく物語は、歌詞の『対大人』の部分とリンクしている。
ただ子ども向けの歌詞にするならば「乗り越えていける」という前向きなメッセージで終わるところが、「Butter-Fly」はそうはなっていない。
サビでは”無限大な夢のあとの 何もない世の中じゃ”と歌われる。”無限大な夢”こそ子どもらしい感覚だが、ここで歌われるのはその後の年代に感じる挫折感のようなものである。
実は「Butter-Fly」は意図せず、「選ばれし子どもたち」のその後の物語への想像力を掻き立てる仕掛けになっていたのではないか、と思う。
実際にデジモンアドベンチャーのその後の物語は、2015年から始まった映画シリーズ『デジモンアドベンチャー tri.』や2020年の『デジモンアドベンチャー LAST EVOLUTION 絆』で描かれた。
それぞれ太一たちが高校生になった頃の物語、大学生になった頃の物語である。
物語が進んでなお、「Butter-Fly」だけが変わらず主題歌であり続けるのであるが、実は後日談のストーリーにこそ「Butter-Fly」の歌詞に相応しい。
「選ばれし子どもたち」の物語がさらに続くことになったのも、「Butter-Fly」があってこそ、とさえ思える。
デジモンアドベンチャーのファンは、その当時リアルタイムで観ていた子どもがファンであり続けるパターンが多く、「卒業しない」とよく言われている。
実は「Butter-Fly」が「選ばれし子どもたち」の未来を予感させるような歌詞になっていた点で、「卒業しない」未来を作り出しているように思える。
さらには、「Butter-Fly」には様々に想像する余地が残されている歌詞である、ともよく言われる。
※MANTANWEB:デジモンアドベンチャー:名曲「Butter-Fly」の魅力 「想像の余地がある」

つまりは、それぞれの人生で感じたものを通じて、歌詞の意味を自由に解釈し、当時の子どもたちは大人になっていった。
そして大人になった今だからこそ、「Butter-Fly」の歌詞に共感する部分も多くなり、感じ方が変わった部分もあるだろう。
「Butter-Fly」が「選ばれし子どもたち」のその後のテーマ曲になっていたし、ファンにとってのテーマ曲にもなっていたからこそ、ここまで愛されるに至ったのではなかろうか。
あの当時アニメを観ていた少年たちは、「Butter-Fly」を聴くことであの頃を思い出すと同時に、あの頃の延長線上を今もしっかり生きている感触さえ感じられるのである。
それほどデジモンアドベンチャーと言うアニメ、そして「Butter-Fly」はセットで、あの頃の子どもたちの心に刻まれたということなのだろう。
「Butter-Fly」の楽曲や和田光司氏による歌唱に関する要素も
アニメや歌詞の世界観だけではなく、「Butter-Fly」の音楽的な要素も忘れてはならないだろう。
もともとアニメ用の楽曲ではなかったことで、楽曲自体は当時の普遍的なポップスの進行やメロディに仕上がっている。アニソン的な熱さとはやや異質の要素も感じさせるものではある。
しかしアレンジ面では、ギターを主体としたあの名イントロが、実にアニソンらしく心を熱くさせるものになっている。
アニソン的な面と、より普遍的なポップスとしての側面が絶妙なバランスで保たれているからこそ、当時も熱狂した子どもたちは、大人になっても聴き続けられる楽曲なのだろう。
そして何より、和田光司氏の熱い歌唱が、楽曲や世界観の全てを伝える役割を果たした点は非常に大事なポイントである。
熱さはもちろんありつつも、どこか繊細で憂いのある和田氏の歌唱は、まさに「Butter-Fly」の楽曲が持つ雰囲気や歌詞にぴったりだった。
その後もデジモン関連の楽曲を多く担当したことから、「Butter-Fly」を世に届ける使命を持っていた、と言っても過言ではないのだろう。
そして和田氏が”不死蝶のアニソンシンガー”と言われるように、がんの闘病から奇跡的に復活を遂げて、「Butter-Fly」を歌い続けたことは、文字通り命をかけて使命を全うしたのだった。
和田氏が歌ったからこそ、「Butter-Fly」が伝説となったと言っても良いだろう。
まとめ
今回はアニメ『デジモンアドベンチャー』の主題歌である「Butter-Fly」が長く愛され続ける理由について考察した。
一言でまとめれば、「Butter-Fly」があの頃の子どもの気持ちを強烈に呼び起こしてくれるスイッチになっている、ということである。
ただし、そこで思い起こさせる感覚は『デジモンアドベンチャー』に特有のものであると言える。
デジタルワールドと現実を行き来するマニアックな設定と、一方で古典的な子どもたちの成長物語が融合し、「選ばれし子どもたち」に感情移入することで、一種の青春体験をしたのだった。
「Butter-Fly」はその疑似的な青春体験の記憶を強烈に呼び起こすだけでなく、「選ばれし子どもたち」の未来、そして私たち自身の未来のことを歌っていた点が巧妙な仕掛けだった。
それは意図したものではなかったかもしれないが、「Butter-Fly」の歌詞はアニメ用に作られたものではなく、より普遍的な若者の感覚を歌った点で、自由に解釈できるものだった点が大きい。
そして「Butter-Fly」の歌詞で歌われる感覚は、『デジモンアドベンチャー』の後日談である『デジモンアドベンチャー tri.』や『デジモンアドベンチャー LAST EVOLUTION 絆』に繋がっている。
「あの頃を思い出す」だけではなく、「あの頃」の延長線上に今も生きているのだ、という感覚を持たせてくれるからこそ、「Butter-Fly」が長く愛され続けることになったのではないかと考える。
※バリエーション豊かな音楽性の「ビーストウォーズ」主題歌の名曲を選んでみた
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