”リズム&演歌”を謳うロックバンド、怒髪天。2021年12月には、「東京三十年生」と題して廃盤になっていた作品や活動休止前の楽曲など、3枚のアルバムを同時リリースした。
そして2022年3月よりツアー「古今東西、時をかける野郎ども」が行われ、このツアーでは3つの異なるセットリストによるライブが行われてきた。
5月から始まった「痛快!ビッグハート維新’21 ~遅すぎたレコ発ツアー~」は、1995年リリースされた『痛快!ビッグハート維新’95』の再録アルバムを中心としたセットリストである。
このセットでのファイナル、6月2日(木)の恵比寿LIQUIDROOM公演に参加してきたレポートをお送りする。
ライブ内容とともに、”時をかける野郎ども”というタイトルによる、新旧の時代を行き交うユニークなライブの面白みについても書いた。
ライブレポート:”痛快!ビッグハート維新’21 ~遅すぎたレコ発ツアー~”@恵比寿LIQUIDROOM
筆者にとって、怒髪天のライブに参加するのはかなり久しぶりである。
怒髪天を聴き始めたのは、2005年のミニアルバム『桜吹雪と男呼唄』が出ていた頃。そのためフライハイト時代~テイチクの初期辺りが最もよく聴いていた時期であった。
その後、2000年代後半から徐々に楽曲が”開き直り”始め、それとともにブレイクを果たしていった。近年の弾けた楽曲にも良い曲は多数あるが、筆者としては古い曲を愛好している。
そして活動休止前の、今よりもずっと渋い音楽をやっていた頃の楽曲も好んだ。なかなか入手できなかった『痛快!ビッグハート維新’95』だったが、iTunesストア限定で配信されたためすぐに購入した。
もし盤が手に入るなら、と思っていたが、まさか2021年に再録アルバム『痛快!ビッグハート維新’21』としてリリースされるとは夢にも思わなかった。
再録と言っても、変にアレンジを変えることなく、当時のアレンジを今の怒髪天が演奏すると言う、とてもファンには嬉しいアルバムだった。
※【怒髪天】『リズム&ビ-トニク’21 & ヤングデイズソング』『痛快!ビッグハート維新’21』全曲レビュー
そして何と『痛快!ビッグハート維新’21 ~遅すぎたレコ発ツアー~』と銘打ったツアーが行われるとなれば、それだけで参加を決めた。
おそらくこの先、このアルバムから多数披露されるライブはないだろう。もしかしたら上原子氏が歌う「風の中のメモリー」も、この時ばかりは聴けるのでは?と楽しみにしていた。
あるいは、当時のライブの再現で、活動休止前の曲で固めるとかもあるのか?などと、勝手に妄想しつつ会場に向かった。
番号も後ろの方だったので、開演の直前に入場。ビールも売っていたし、後ろの方は立ち位置指定もなく、快適に見られる状況だった。
今までよく聴いていた入場SEとは違う曲でスタート。メンバーが入場し、1曲目はやっぱり『痛快!ビッグハート維新’21』の1曲目「江戸をKILL II」である。
ボーカル増子氏は、活動休止前を意識して長髪。上原子氏はヒョウ柄のジャケットを腕まくり、清水氏は怒髪天のTシャツ、坂詰氏はTHE MODSのTシャツを着ていた。
このまま古い曲が続くかと思いきや、2曲目は2016年のアルバム『五十乃花』から「無敗伝説」であった。新しめの曲を予習していなかったことを、ここで悔やむことになる。
そして、また『痛快!ビッグハート維新’21』から「ソウル東京」と、再録曲と比較的新しい曲を交互に演奏していくようなセットリストで進行した。
いかんせん予習不足で臨んだため、セットリストを記憶していない。印象に残っていることを羅列する形のレポートとなることをお許しいただきたい。
嬉しかった選曲としては、2001年のミニアルバム『如月ニーチェ』から「五月の雨」。5月から始まったツアーだからか、季節にちなんだ選曲であった。
雨つながりで「夕立と二人」、そして2005年のアルバム『ニッポニア・ニッポン』から「優しい雨」まで、レアな楽曲が披露された。
「優しい雨」の冒頭からAメロのベースは、和音を分解したアルペジオであり、清水氏はかなりキツそうな表情でベースを押さえていた。(後のMCでもかなりキツかったと語っていた。)
筆者としては「うたごえはいまも…」の増子氏の渋いボーカルと後半のハードロックな展開、そして「明日の唄」の演歌的な世界観にグッときた。
その一方で最近の楽曲はやはり弾けている印象だ。
2014年のミニアルバム『男呼盛“紅”』から「己 DANCE」、2020年のアルバム『ヘヴィ・メンタル・アティテュード』から「タイムリッチマン」などは、とても楽しく聴くことができた。
怒髪天はダンスビートが多いことに気づく。「己 DANCE」も4つ打ちっぽいし、 「タイムリッチマン」では増子氏はヒゲダンスを披露するなど陽気なビートである。
ライブ終盤に差し掛かり、「孤独のエール」は印象的な曲だった。少しライブレポートから離れるが、怒髪天の曲は世相を反映したものがよくある。
そして”コロナ禍”という現象の本質をとらえているようにも思える。
2020年に「孤独のエール」がリリースされた当時、世の中が”コロナ”が何者かよくわからなかった頃だった。まだ「この困難を皆で乗り越えよう」と言うムードはあったような気がする。
だからこそ自分に向けて”頑張れ”と、励ますような楽曲になったのではないか。
しかし”コロナ禍”の本当の問題は、ウイルスそのものより不確かな情報に晒される情報戦とも言うべき状況であったように思う。
そんな世相をリエルに描きつつ、ロックバンドの役割を示したのが、2021年にリリースされた「ジャカジャーン!ブンブン!ドンドコ!イェー!」であった。
この曲は完全に”コロナ禍”を俯瞰して作られた楽曲である。それは「皆で乗り越えよう」などという連帯感は一切なく、何を信じていいのか分からなくなって戸惑う人々に向けたものだった。
そして、社会から聞こえてくる”雑音”よりも大きな音で”爆音”を鳴らすのがロックバンドだ、という自らの進むべき道を示した楽曲になっている。
「ジャカジャーン!ブンブン!ドンドコ!イェー!」というバンドの鳴らす音だけで十分だと言うのが、いかにも怒髪天らしい。
しかしもはや何かのメッセージを発すること自体が、我々をさらに混乱させてしまう昨今の状況の難しさを、分かりやすく描いていると思える。
2011年の東日本大震災の時に作られた「ニッポン ラブ ファイターズ」のような前向きさはなく、むしろもっと切迫感のある楽曲に聞こえた。
そうした最新の楽曲と並ぶと、27年前の楽曲はどこか「平和に」すら聞こえた。それだけ今の世相が抜き差しならないところに来ていることを痛感する一場面だったのであった。
とは言え、本編ラストは「星になったア・イ・ツ」で陽気に締めくくられた。再録ではカットされた、アウトロでなかなか終わらずに増子氏が引き伸ばすと言う演出は、今回は復活していた。
あまり長いMCは途中までなかったが、後半に1度メンバー全員からそれぞれMCがあった。増子氏が間に入りながら、メンバー間で楽屋トークのようなユルい雰囲気のMCが展開される。
27年前の『痛快!ビッグハート維新’95』がリリースされた当時の、メンバーの服装の話題が面白かった。
なお8月10日に通販限定でリリースされる今回のツアーDVD『古今東西、時をかける野郎ども』には、当時写真を撮っていた菊池茂夫氏の写真を掲載したブックレットがつくそうだ。
そしてメンバーからは、27年前の楽曲をこうして多くの人の前で披露できる喜びの声が聞かれた。まさか当時の曲を再録で聴けると思わなかったファン以上に、メンバーが一番驚いているかもしれない。
久しぶりにライブに来てみると、坂詰氏のMCが上手くなっていることに少し驚いた。変わらずグダグダではあるが、どことなくそれが芸として確立されている印象を受けた。
増子氏が「ロックコンサート中であることを忘れておりました」と言うくらい、ほのぼのとしたMCの時間だった。
さて、アンコールでは、さらに昔の楽曲が披露された。1991年のデビューアルバム『怒髪天』から「遠くの君から」である。
当時のライブではラストに披露されていたと言う楽曲。今やっても大いに盛り上がる楽曲だった。
そしてアンコール最後は、2017年のシングルから「赤ら月」だ。
この曲はゴリゴリのロックではなく、どこか活動休止前の雰囲気に似ている。今回のツアーのラストに相応しい楽曲だと思った。
こうして約2時間のライブは終了した。最後はいつもの増子氏の言葉「生きてまた会おうぜ」で締めくくられたのだった。
怒髪天のライブはとても濃密である。20曲以上を披露しつつ、ライブの始まりから終わりまで力強い演奏が続いていた。
増子氏が司会を務めるテレビ東京「超音波」では、怒髪天のライブは常に本気だと述べていた。今回もそんな本気のステージを目に焼き付けることができた。
残念ながら「風の中のメモリー」は聴けなかったが、『痛快!ビッグハート維新’21』の核となる楽曲を十分に聴くことができた。
まさに”時をかける野郎ども”を体現する、新旧の楽曲を飛び交うセットリストであった。
<当日演奏された楽曲>(※順番は覚えていないため、かなり適当である)
江戸をKILL II
無敗伝説
ソウル東京
酒燃料爆進曲
マテリアのリズム
五月の雨
うたごえはいまも…
己 DANCE
人生○×絵かきうた
チャレンジボーイ
夕立ちと二人
優しい雨
明日の唄
救いの丘
我が逃走
タイムリッチマン
孤独のエール
新宿公園から宇宙
ジャカジャーン!ブンブン!ドンドコ!イェー!
星になったア・イ・ツ
-アンコール
遠くの君から
赤ら月
”時をかける野郎ども”というコンセプトの面白さ+まとめ
今回の怒髪天の「東京三十年生」と言うタイトルから、過去の楽曲の再録とそれに伴うツアー「古今東西、時をかける野郎ども」はユニークな企画だったと思う。
ファンとしては、最新曲だけでなく、やはり過去の名曲もライブで聴いてみたいと思うのが人情だ。
かといって、古い時代の再現ライブを大々的にツアーとして行うのは、バンドとしては本意ではないかもしれない。
そこで”時をかける”かのように、1つのセットリストの中で新旧の曲を行き交うライブは、バンドにとってもファンにとっても面白い企画だったように思う。
筆者の考えでは、活動歴の長いバンドの1つの理想的なライブのあり方として参考になるものではないか、と思ったくらいである。
つまり、活動歴の長いバンドはどうしても新曲・代表曲中心の通常ライブと、過去を振り返る楽曲を織り交ぜたライブの2種類が必要になってくるということである。
そして過去を振り返るライブも、ただ過去を懐かしむだけでなく、当時よりスキルの上がったバンドによる演奏は新たな価値を生み出すものである。
さらに近年の曲と並べて演奏することで、過去の曲・近年の曲ともども新たな魅力を発見する機会となりえるのである。
実は似たタイミングで、同じように過去を振り返っていたバンドがいた。それは怒髪天と同時期にデビューした日本のハードロックバンド人間椅子である。
人間椅子は2021年に、1995年のアルバム『踊る一寸法師』の再発を行い、それを記念したワンマンツアーを2022年に実施している。(くしくも1995年のアルバムと言う点も一致した)
※【ライブレポート】2022年4月18日 人間椅子「『踊る一寸法師』再発記念ワンマンツアー」東京 Zepp DiverCity(TOKYO)
そして人間椅子も95年の楽曲を中心にしつつ、近年の楽曲を散りばめたセットリストを組み立て、過去と現在の時間を飛び交うようなライブが展開された。
過去に行ったままでなく、過去と現在を行き交うライブは、現役のバンドだからこそできる。そしてバンドの音楽性がある程度一貫していることが重要である。
さらには中心的なメンバーが変わっていないことも重要で、その点で怒髪天はデビューした時からメンバーチェンジはない。
このようにどんなバンドでも”時をかける”ライブはできるものではない。が、条件の揃っている怒髪天や人間椅子のようなベテランバンドは、どんどんこう言った企画ライブを実施してほしいと思う。
考えたくはないが、彼らも今のスタイルでのライブがあと何年できるか考えてしまうことがある。そう思うと、長らく披露されていない過去の楽曲は、積極的に掘り起こしてほしいのだ。
こうした点から、同時期に怒髪天・人間椅子が、”時をかける”ライブを実施したのが興味深く思われた。
公式Instagramには「怒髪天はまだまだまだまだ突っ走ります!」と書かれていた。
時に過去に飛びながら、再び現代を駆け抜けていく怒髪天にも期待したいところだ。
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