今回はエレファントカシマシのアルバムを取り上げる。エレカシはデビュー30年を超え、長い歴史の中でも何度かの黄金期を迎えている。
その中でもとりわけ多くの記憶に残っているのが、1990年代後半の活躍である。
今回はその絶頂期に制作された不朽の名盤『明日に向かって走れ-月夜の歌-』をあえて今取り上げた。
「今宵の月のように」ヒットまで
エレファントカシマシは1988年に1stアルバム『THE ELEPHANT KASHIMASHI』でデビューしている。
そして1994年まで在籍したレコードレーベルがエピックソニーであるため、「エピック時代」などと呼ばれる。この時期のエレカシには根強いファンがおり、筆者もその一人である。
どの作品をとっても最高なのだが、かなりマニアックなことをやっていた時期とも言える。
そして94年の『東京の空』をもって契約が終了し、メンバーはアルバイトをしながら曲作り、ライブ活動をしていた。
そしてポニーキャニオンと契約し、1996年「悲しみの果て」で再デビューを果たした。
エピック時代のマニアックな音楽性から、メジャー路線に変更し、再デビュー後のアルバム『ココロに花を』もヒットした。
そして1997年にドラマ『月の輝く夜だから』の主題歌として「今宵の月のように」がリリースされ、80万枚のヒット。
そして同曲を含むアルバム、『明日に向かって走れ-月夜の歌-』がリリースされる。
『明日に向かって走れ-月夜の歌』レビュー
1997年9月10日に発売されたエレファントカシマシ9枚目のアルバムである。
オリコン週間チャートでは2位を獲得し、50万枚のヒットとなった。プロデュースは宮本浩次、佐久間正英の2名となっている。
- 明日に向かって走れ (アルバムミックス) (4:37)
- 戦う男 (アルバムバージョン) (3:46)
- 風に吹かれて (4:16)
- ふたりの冬 (アルバムミックス) (3:47)
- 昔の侍 (3:41)
- せいので飛び出せ! (4:09)
- 遠い浜辺 (アルバムミックス) (4:47)
- 赤い薔薇 (4:44)
- 月夜の散歩 (3:26)
- 恋人よ (5:39)
- 今宵の月のように (4:11)
筆者による全体の雑感
各楽曲の充実度、そしてメロディの良さで言えば、エレカシ史上でも最高レベルなのは間違いないアルバムだろう。
そしてエピック時代のマニアックさは感じさせない、エレカシ入門編としても最適のアルバムである。
あまりエレカシの作品ではテーマを掲げたアルバムはないのだが、このアルバムはあえて「明日に向かって走れ」というタイトルの後に「月夜の歌」と書き添えられている。
エレカシの楽曲には「月」や「夜」を題材にした曲がたくさんあるが、この作品ではそれを前面に押し出すタイトルとなっている。
では「月夜の歌」をテーマにしたコンセプト作品かと言うと少し違うように思う。むしろ、いろいろな季節、風景が描かれている作品のように思っている。
僕がこの作品の音から感じるイメージは、冬の夜あるいは早朝の張りつめた、心地の良い緊張感である。
ボーカルのミックスの影響なのだろうか。吐く息が白くなる季節の清々しい空気が伝わってくるような音なのだ。
僕はこの作品の一番好きなところはこの空気感だ。
エレファントカシマシの音楽は、本を読むのと似ているところがあると思っている。
つまり誰かと一緒に時間を共有するための音楽と言うより、自分一人の時間をじっくり味わうような音楽という気がする。
僕自身、日々の雑事から離れて、自分を振り返りながら、一人過ごす時間が必要だ。エレファントカシマシの音楽が心地よく響くのは、そんな瞬間だと思う。
このアルバムは、そんな一人の瞬間を最もロマンチックに描いた作品のようにも思える。
エレファントカシマシの作品は1作ごとにカラーが結構違う。この作品の空気感はこれでしかありえないし、後にも先にもこんなロマンチックさはないのだ。
音楽的な充実感と、この心地よい空気感。この2つがアルバムを最高の作品にしていると思う。
各楽曲の紹介
せっかくなので、各楽曲の簡単な紹介と、コメントをつけてみた。
明日に向かって走れ (アルバムミックス)
アルバムタイトル曲で13枚目のシングル曲。
この曲は冬の日中~夕方のイメージで、街のざわめきが伝わってくるようだ。
人ごみの中を歩いている宮本氏が見えるような気がする。
男はいつだって 突っ走るだけさ
ここに宮本氏の尖がったところが表れているように感じた。
戦う男 (アルバムバージョン)
14枚目のシングル曲。
MVでメンバーが走っているからか、走り抜けていくようなイメージ。
1曲目で突っ走りたいと思っていた主人公が、2曲目で本当に走り出すとでも言おうか。
ロック色の強い曲は少ないアルバムだが、この曲はアルバムの中で攻撃性を持っている。
宮本氏のざらついたボーカルがかっこいい。
風に吹かれて
16枚目のシングル曲にして、エレカシの代表曲の1つだ。
この曲の季節はいつなのだろう。
冬のようでもあるし、秋の曲だと思うとまた違った風景が見えてくる。
いずれにしても少し物悲しさを感じるような季節、時間帯の曲なのではないか。
実はこの曲はファーストアルバムの頃には原案があったという話を読んだことがある。
若くしてこんな名曲を書ける才能に脱帽するが、宮本氏の音楽性の広さにも驚く。
ふたりの冬 (アルバムミックス)
冬の夕方から夜のことを歌っているようである。この曲の澄んだ空気感が伝わってくるような音がとても良い。
そしてどこかほっこりするような曲だ。このアルバムの中では少し緊張感を緩めるような作用があると思う。
昔の侍
このアルバムの中では異色のテーマを歌った曲だ。
それもそのはず、エピック時代の終わりに作られていた曲であり、この時期の歌詞とはやや異なる。
歌われているのは武士道、というと言いすぎかもしれないが、古き良き日本の価値観のようなものが歌われていると解釈している。
ややもすると硬い印象になりそうだが、このアルバムに入っていることで、「日本の原風景」的なイメージで聴くことができる。
決して重々しくなく、しかし少し流れを変える役割をしている曲だ。
せいので飛び出せ!
後半最初の曲は、ダンディーブラザーズという、高緑成治・宮本浩次の2名による作詞・作曲だ。
ベースの高緑氏によるものだからか、ベースを主体としたヘビーなリフでAメロが進む。
しかしBメロ~サビのメロディのキャッチさによって、程良いロックテイストの曲として聴くことができる。
この曲の季節のイメージは夏だ。暑過ぎる時間帯を過ぎた午後の遅めの時間に聴くのがちょうど良いかもしれない。
遠い浜辺 (アルバムミックス)
「せいので飛び出せ!」が男臭いイメージであれば、もう少しロマンチックなイメージの楽曲。
そしてこちらは、ガンダーラコンビネーションという、石森敏行・宮本浩次の2名による曲である。
この曲の季節のイメージもまた夏であり、夕方頃の海沿いをイメージする。
そっと抱きしめたい
と言っているからして、「おまえ」とは恋人のことなのだろうと思うが、なんとなく石くんとのことを歌っているようにも思えてしまう。
赤い薔薇
「今宵の月のように」のカップリング曲。
歌詞にも出てくるように、真夜中の街を彷徨う男の歌と言うところだろうか。哀愁のあるメロディに結構センチメンタルな歌詞が乗っかっている。
そして「せいので飛び出せ!」「遠い浜辺」とメンバーとの共作の流れから、宮本氏の孤独な世界にぐっと戻していく流れも素晴らしい。
月夜の散歩
ギターと宮本氏の歌のみによる楽曲。こういった弾き語りの曲はデビューから現在に至るまで一貫して変化しないタイプのものだ。
それゆえにとても安心感がある。
「赤い薔薇」の孤独なある種の緊張感から、またほっこりとした雰囲気に変わってゆく。そして実はアルバムタイトルのテーマに最もふさわしいのはこの曲だったりする。
恋人よ
アルバムの中では重厚な部分を担っている楽曲と言うイメージだ。5:39という演奏時間も、アルバムの中では最も長い。
ややヘビーなギターのコードから始まり、メロディは「赤い薔薇」に近い。この曲は何となく涙を流しながらも、前に向かって進んでいくようなイメージだ。
最後のサビのメロディがドラマチックに展開していくところは、このアルバムの中でも随一の見どころだと思っている。
今宵の月のように
そして満を持して、最大のヒット曲である。
もちろん多くの人は、この曲を単体として聴いているイメージがあるだろう。
しかしアルバムのラストとして聴くとまた違った聞こえ方をする。
後半にかけてややセンチメンタルなムードが続いた中で、最後に光明が差すようなイメージだ。そして映画の最後のエンドロールが流れている映像が頭に浮かぶ。
そう考えるとよく練られた曲順だと思う。
そして1曲目の「明日に向かって走れ」と歌詞の舞台や登場人物は似ている気もする。ただし季節は夏の夕暮れ時だ。
少し涼しくなった時間帯の風が吹き抜けていくような曲であり、宮本氏は力の入った曲が多いが、この曲は珍しく肩の力が抜けている。
男臭いが、暑苦しくない、みたいなスタイルが多くの人の共感を呼んだのかもしれない。
まとめ
20年以上も前のアルバムを今さら取り上げてみた。改めて通して聴いてみると、楽曲の充実感に感動する。
そしてまたよく考えて作られた曲順であり、何回でも聴きたくなるようなアルバムだ。
今回はエレカシマニア的な解説も加えたが、既に述べた通り、エレカシ初心者にもおすすめのアルバムだ。
そしてエレカシマニアの方も、改めて聴いていただくと、その良さを再発見するのではないだろうか。

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