バンド生活三十五周年を迎えたハードロックバンド人間椅子、2024年はワンマンツアー『バンド生活三十五年~猟奇第三楽章~』から主だった活動をスタートさせている。
チケットは開催前の段階で、東京・大阪公演がソールドアウトになっており、既に行われた博多・名古屋などの会場でも、ほぼ満員御礼で大盛況の様子である。
東京に至っては、一般先行でも落選者が出始め、一般販売は即完売でチケットを取れなかった人も多かったと聞く。これだけ見ても人間椅子への注目度の高さが窺える。
しかし公式サイトやSNS等を見れば、一時期に比べて露出が減っており、ファンが増える要因は、はっきり言えば見当たらない状況になっている。
※”静か過ぎる”35周年の幕開けについて指摘した記事はこちら
ではなぜ露出が増えていないのに、ライブの動員がいまだ伸び続けているのだろうか?現在増えつつある”潜在的なファン層”を推測し、その人たちがファンになりやすい状況について考察してみた。
潜在的なファン層はどこにいるのか?
10年前くらいにオズフェス出演を契機に、人間椅子に若いファンが一気に増えた時があった。今はもう少し上の世代がファンになっているようで、直接的な契機はよく分からないけど、名前だけずっと知ってた人間椅子がまだやってて、ちゃんと聴いてみたら良くてライブに来る人が増えたと見ている。
— まるとん@自部屋の音楽 (@malton_shm) April 14, 2024
現在の人間椅子の状況は、物凄く積極的なメディアやライブ(あるいはイベント等)での露出が行われている訳でもないのに、動員が増え続けている、というとになる。
果たしてどの辺りに潜在的なファン層がいるのだろうか?先に結論を述べれば、「もともと人間椅子の名前を知ってはいたが、聴いてこなかった中高年層」の増加ではないか、と見ている。
なお人間椅子のライブ動員が増加傾向になったのは、実は15年前くらいまで遡る。まずはこれまでのファン増加の歴史や一気に増えたタイミングを振り返り、現在増えているファン層の特徴を推測する。
もちろん統計を取った訳ではないので、筆者がこの15年間にライブに足を運んだ肌感覚を中心に書くこととする。
一気に増えたタイミングは二度あった
人間椅子のファンが増加し始めたと感じたのは、2009年の20周年のタイミングであった。それまでは”お客さんの入りが少ない”のが毎度のネタになるぐらい、動員が少なかったのだった。
当時はまだ40代に入って現役で活躍するバンドが今より珍しかったので、20周年は華々しく響いた。ちょうどYouTubeが認知され始め、人間椅子のかつてのカバー動画などで、じわじわ人気が広がった。
ここから2012年頃までは、「なぜ動員が増えているのか分からない」と当人たちも語るように、目立った話題がないながらも、じわじわと増える状況だった。
そして、2013年以降、大きくファン層が増えたと感じたタイミングは2回あった。まずは2013年にあのBlack Sabbathも来日して話題を呼んだ、Ozzfest Japan 2013への大抜擢である。
人間椅子という名前は徐々に知名度を上げ始めていたタイミングだったが、ライブは見たことがない、と言う人たちが万単位で会場にいる、という人間椅子を知ってもらう絶好の機会だった。
そして人間椅子は見事なパフォーマンスを見せ、終演後に人間椅子コールが沸き起こるほどに、インパクトを残した。
フェス出演後に増えたファン層は、筆者から見ると、比較的若い世代(20~30代)が多かった印象がある。
もともとファンもメンバーとともに歳を重ねてきたタイプのバンドだったが、一気にファン層が若返った。
当時、渋谷のO-WestやEastなどで、これまで経験したことのない”もみくちゃ”を経験したのは、この時だけだった。人間椅子のライブでアッパーな曲を多く演奏していたので、なおさらであった。
しかし再びヘヴィでミドルテンポな曲が前面に出始め、ライブは落ち着きを取り戻していった。2度目の増加となったのは、2019年の30周年のタイミングであった。
これはご存じ、「無情のスキャット」のMVが国内外で大きくバズったことにより、再び人間椅子の存在が大きく知られることになったためである。
この時に増えたのは、若い世代だけでなくもう少し上の世代も含めて、様々な世代だったように思えた。それまで以上に、正当に人間椅子の音楽が評価され始めているのを実感した。
それは人間椅子がずっとやって来たヘヴィな楽曲「無情のスキャット」のようなタイプの楽曲が、多くの人に受け入れられるようになったところからも感じられる。
中高年の間で密かに人間椅子ブーム?
2019年の30周年、そして2020年2月に初の海外進出を終えたタイミングで、コロナ騒動に突入してしまった。そのため必然的に活動規模が小さくならざるを得なかった。
その後も新譜の発売・リリースツアーなどは行われていたが、2019年に比べると頻繁な露出は減る傾向にあった。
そうした状況もあったので、筆者としては人間椅子ブームとも言える状況は徐々に沈静化しているのか、と勝手に思っていた。
しかしどうやらそうでもないようだ。とりわけ感じたのは、2023年の『色即是空』リリース時のタワーレコード渋谷店でのインストアライブだった。
平日の仕事終わりで駆け付けるにはやや早いくらいの時間帯にもかかわらず、満員のお客さんが詰めかけ、来ている人たちの熱気を感じたのだった。
そこで、どうやら人間椅子ブームはまだまだ続いているぞ、と自覚した。今回の35周年のツアーの動員を見る限り、どうやらその読みは当たっているようである。
冒頭にも書いた通り、人間椅子の運営側の変化もあるのか、かつて7~8年くらい前のような著しい露出も減っているのに、なぜここまでファンが増加しているのか不思議に思った。
統計を取っていないので推測に過ぎないが、ここ数年のライブでよく見かけるようになったのは、いわゆる中高年層、40~50代くらいの人たちである。
イカ天リアルタイム世代より、もう少し下の世代といったところだろうか。この層は、おそらく人間椅子と言う名前は昔どこかで聞いたことがあり、ずっと存在は知っていた世代であろう。
昔は”イロモノ”扱いされていたこともあり、聴かず嫌いで避けてきた人も多かったのかもしれない。
しかしそうした人も、オフィシャルの露出だけでなく、ファン個人のSNS等でも人間椅子を推している人を見かけることも増えたのだろう。
懐かしさとともに、ちゃんと聞いたことがなかったという人が、今の音源を聴いてみるという現象がそこで起きる。
そして当時のぼんやりとある人間椅子のイメージと何も変わっていないのに驚くとともに、ちゃんと聴くと良いことに気付いた、と言う人が多いのではないか。
結局のところ、20周年以降の”じわじわ増える”がまだ続いている、とも言えるし、30周年で増え始めた層が流入し続けている、とも言えるかもしれない。
とは言え、この熱狂ぶりは、40~50代くらいの潜在的なファン層がかなり多い、と言うことである。
そしてこの層は若者とは違い、イベントなどの勢いに押されてライブに来ると言うより、自らが良いと思って自発的にファンになっている人が多いように見える。
そして一度ハマったら、しっかり心を掴まれているようである。
人間椅子を知った人たちが楽しむための環境が揃っている
これまでの潜在的なファン層が、実際にファンになるにあたり、非常に良い環境が実は揃っているということも、動員増加を促進させている、とも言える。
起爆剤になるようなイベントや露出は少ないかもしれないが、じわじわとファン層を拡大するには十分過ぎる状況が揃っているので、2つの観点から述べることにする。
音源が聴ける・集められる環境
何より人間椅子は音源が聞ける環境が整っている、と言う点が大きい。
人間椅子はほぼすべての音源がサブスクリプションサービスで聴くことができるし、現在はCDもほぼ全作が入手しやすい状況にある。
さらにはレコード化も次々と進んでおり、あらゆる形態で音源を聴くことができるのだ。
歴史の長いバンドは、現役で活動していても、昔の作品は廃盤になって入手困難になっているという事例が結構ある。その点、人間椅子はかなり入手しやすい状況にある。
その理由として、1つにはレーベルの移籍が少なかった、と言うことが挙げられる。人間椅子がメジャーで活動している時期については、基本的に同じ系列のレーベルにいる。
デビューから4th『羅生門』まではメルダックであり、8th『二十世紀葬送曲』以降も再びメルダックになり、その後はトライエムを挟み、現在は徳間ジャパンコミュニケーションズとなっている。
レーベルの関係はなかなかややこしいが、要するに徳間ジャパンの中にあるレーベルでかつては活動しており、ずっと徳間の系列だったと言うことである。
そうすると権利的に昔の作品を再販しやすいと言う事情がある。
レーベル移籍は、より好条件の会社を求めて行う場合があるようだが、人間椅子の場合はビジネスより音楽が出せる環境があれば良いと言うスタンスだったのか、動かなかったのが吉と出ている。
そしてファンが増えているからCDを再販しようと言う動きにつながったのももちろんある。徳間ジャパンの作品は、1st『人間失格』~20th『異次元からの咆哮』までUHQCDでリマスター再発している。
さらに徳間にいなかった時期の作品も再販が実現している。1995年の5th『踊る一寸法師』はインディーズ作品で、長らく入手困難盤だったが、2021年にUHQCDのリマスター盤がリリースされた。
これは徳間が権利を買ったようであり、徳間ジャパンからのリリースだ。
また1996年の6th『無限の住人』は、2020年にアニメ「無限の住人-IMMORTAL-」の放映に合わせて、人間椅子が主題歌を担当。その際にポニーキャニオンからリマスター再販されている。
最後に1998年の7th『頽廃芸術展』のみ、リマスターはされていないものの、2021年にテイチクから再販された。これも近年の人間椅子ブームに後押しされ、再販が決まったように見えた。
※『頽廃芸術展』は限定再プレスのようで、現在は在庫なしとなっている。
筆者のこちらの記事に現在の入手状況をまとめているが、ほぼ全作揃えられる状況であれば、次々と購入して集めたくなるのがファン心理であろう。
売れっ子時代に作られた怒涛のコンテンツの数々
これも筆者の印象ではあるが、今から7~8年位前の人間椅子は、超売れっ子状態の過密スケジュールの中、様々なコンテンツを残してきた、と言う歴史がある。
当時は広報部門にSNS等を駆使した現代的な売り出し方に長けた担当者がいたようで、人間椅子をあらゆる角度から世に知らしめようと苦心していたようだった。
今思えば本流の音楽以外の活動も随分とあったが、そうしたコンテンツが残っていることで、今それほど露出がなくても、当時のコンテンツを漁るだけでも十分楽しめる状況になっている。
まずは当然MV作品が公式YouTubeに多数あるし、ツアーファイナルを配信していたので、そのライブ映像の一部がYouTubeに無料公開されているものもある。
中には「ダンウィッチの怪」など、あまり演奏されない楽曲のライブ映像もあってファンには嬉しい。
また90年代に青森ローカルで放送していた番組「人間椅子倶楽部」の復刻である、「帰ってきた人間椅子倶楽部」もYouTubeにアーカイブとして残されている。
その他にもリリース時のインタビューや各メンバーの趣味を語るようなWeb記事などが、遡れば2009年前後くらいまでは残っているものも多数存在する。
音源だけでなく、メンバーのキャラクターや音楽以外の趣味の話題まで、楽しめるコンテンツが残っていることは強みである。
当時かなりのコンテンツ供給を行ったことで、それが今になって芽を出し、花開いて、新規ファンの獲得につながっているように思える。
まとめ – 何より人間椅子が現役で活動していること
今回は人間椅子が、露出が増えていなくても、ファンが増え続けている要因等について考察を行った。もちろん人間椅子の音楽の魅力があってこそであるが、それを支える様々な要因が考えられる。
最後に大事なことは、人間椅子が現役でバンド活動を続けている、という事実が何より大切ではなかろうか。
35年と言う長きにわたり、多くの時代を低迷期として過ごしてきた人間椅子だが、40代に入ってからようやく上向き始め、50代にして再ブレイクを遂げた奇跡のようなバンドである。
あとはライブやイベントなど、人間椅子に会える機会が増えれば何よりであるが、メンバーもいよいよ60代が見えてきたところである。
とにかく健康第一でバンド活動を続けてくれることを祈るばかりである。
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