Twitter上で行っていた「人間椅子の楽曲でスラッシュメタルのアルバムを作ったら」は、個人的に面白い試みだった。
スラッシュメタルのアルバムを、人間椅子の楽曲のみで構成するとどんな選曲になるのか、試してみたものである。
早くも別のジャンルで選曲したいと思い、続編を作成した。今回は人間椅子の楽曲でプログレのアルバムを作ったらどうなるか、試しにやってみた。
”プログレ”をどのように捉えるか?
最初にプログレッシブロック(=プログレ)をどのように捉えるのか、ということを押さえておきたい。
プログレッシブロックは、1960年代後半から70年代前半に隆盛した、革新的で進歩的なロックのジャンルを指す。複雑な展開、長尺であること、アルバムコンセプトを持つこと、などが特徴だ。
イギリスから生まれたジャンルであり、代表的なバンドはキングクリムゾン、ピンクフロイド、イエスなどが挙げられる。70年代前半にはアメリカ、フランス、イタリア、ドイツなど世界中に広がった。
多くの人がイメージするのは、どちらかと言えばヨーロッパのプログレであり、クラシックに影響を受けたテクニカルな演奏を主とするバンドであろう。
しかし「プログレはこんな雰囲気の曲だ」と一義に定めるのは非常に難しい。現にキャリアの長いキングクリムゾンやピンクフロイドを見ても、その音楽性は大きく変遷を遂げている。
そこで、今回選曲するにあたり筆者がプログレをどのように捉えているかを表明しておこうと思う。
筆者はプログレについて、あらゆる手段を用いて芸術性を高めることを目指す音楽ジャンルである、と捉えている。
対極にあるパンクを考えるとわかりやすいが、パンクはできる限り余計なものをそぎ落とし、ソリッドで攻撃的な音を追求するジャンルであると捉えることができる。
その逆であるプログレは、使える道具はすべて使って、豊満な音楽性を目指すジャンルとでも言うことができるのではないだろうか。
芸術性を高めるべく手段として、長尺であることや複雑な展開などが生まれてきたと考えるのが良いだろう。
プログレのジャンルに多い特徴の1つずつを取り上げるよりも、いかに芸術性を高めるか工夫しているものをプログレとして考えたいと思う。
人間椅子の楽曲でプログレのアルバムを作ったら
ここから人間椅子の楽曲でプログレのアルバムを構成する試みを行っていこう。最初に意識したことを述べ、コンセプトやアルバムの構成を述べる。
選曲する上で意識したこと
筆者のプログレの捉え方に沿って、以下の内容を意識して選曲を行った。
- 複雑で作り込まれた曲を選ぶ
- ポップな要素を残す
- コンセプトや流れを構築する
作り込まれた楽曲であることは、やはりプログレらしさの象徴であろう。複雑な展開や転調など、技巧的な部分を感じる楽曲が人間椅子にも数多くある。
とは言え、プログレの名盤に挙げられるキングクリムゾンの『クリムゾンキングの宮殿』やピンクフロイドの『狂気』などは、一聴してそこまで難解であるとも言えない。
つまりポップな要素は残されており、耳馴染みやすいメロディなど一聴した心地よさも残したい。
そして個々の楽曲のクオリティに加え、アルバム全体で世界観を構築するのもプログレの特徴だ。コンセプトにもとづき、曲の流れも構築するのがプログレと言えよう。
なお人間椅子の楽曲では、和嶋氏の歌詞が難解であり、この点では既にプログレらしさを持っている。難しい歌詞というのもプログレの特徴だが、そこまで意識せずとも難解な歌詞が並ぶことになろう。
コンセプトとパートごとの楽曲紹介
まずは先に選ばれた楽曲を、Spotifyのリストにしているのでご覧いただきたい。
今回選ぶにあたって掲げたコンセプトとしては、”目に見えないもの”である。この世界のあらゆる物を取り上げつつ、特に目に見えないものをテーマに置いている。
そして選曲した楽曲を1~2曲ほどのパートに分けて、それぞれが1つのパートを構成するような流れを意識している。
ここではパートの意味するところを紹介し、各楽曲に関して述べていこう。
パート1:「総体」
最初のパートは「総体」とした。総体とは、物事の全体を指す言葉であり、目に見えないものも含めて全てを表現しようと言う今回のコンセプトに沿うものである。
生き物はそれぞれに個別性を持つものだが、思いのほか真理は単純な構成要素で全てを表すことが可能である。
たとえば生があれば必ず死がある、というように、対になるものや組み合わせによって総体を表すことができるのである。
そんな総体を表すと考えた楽曲は、「黄金の夜明け」であった。このパートは1曲のみとした。
1.黄金の夜明け
- 作詞:和嶋慎治、作曲:鈴木研一・和嶋慎治
- 収録アルバム:3rd『黄金の夜明け』(1992年)
名盤3rdアルバム『黄金の夜明け』の1曲目である。今回の選曲では、1曲目について大いに頭を抱えたが、やはり1曲目のパワーは実際にアルバムの1曲目に配置された曲だろうと思った。
展開も多く、中間部もプログレッシブに進行することも、1曲目に相応しい。
歌詞の中には昼と夜、善と悪、終わりと始まり、など対になる言葉が多く使われる。ダークでいて神秘的な要素もあり、ハードな展開もあるなど、人間椅子の魅力が詰め込まれた名曲だ。
今回の選曲のコンセプト全体の核となる曲でもあり、様々なイメージを想起させる楽曲である。
パート2:「病苦」
人間椅子らしく、続くパートは「病苦」である。仏教においても、この世界は苦しみばかりと説かれるように、あらゆることに苦しみが付きまとう。
苦しみが生まれる原因は、心にあるとされる。悪の心は苦しみを生むとされ、その結果として体にも不調をきたす。
このパートでは病の曲として「人面瘡」、苦の曲として「芋虫」を配置した。
2.人面瘡
- 作詞・作曲:和嶋慎治
- 収録アルバム:1stシングル『夜叉ヶ池』他
人間椅子の最初期からのレパートリーであり、現在もライブの後半で演奏される。不可解なアルペジオから、ハードに展開する楽曲だ。
後半ではライブでノリにくい変拍子が用いられており、プログレ色も強い。
2曲目では勢いのある楽曲を配置したいと思い、「人面瘡」を選んだ側面もある。
3.芋虫
- 作詞・作曲:鈴木研一
- 収録アルバム:9th『怪人二十面相』(2000年)
ダークなトーンながら、美しいメロディの楽曲である。筆者がTwitterで発案した人間椅子の楽曲を10曲選ぶ企画で、総合順位1位の人気曲でもある。
展開も緻密に構築され、中間部のマイナーとメジャーを行き交う転調も見事と言うほかない。この時期の人間椅子の楽曲は、かなり作り込まれた楽曲が多く、音楽性の高さがうかがえる。
江戸川乱歩の原作「芋虫」も重苦しい内容であり、苦しみを担うパートとしても最適の楽曲だ。
パート3:「彼岸」
この世が苦しみの世界であるとすれば、死後の世界(=彼岸)はどのような世界なのか?仏教では六道輪廻の考え方により、死ぬ直前の心の状態に近い世界に生まれ変わると考える。
よって苦しみ抜いて死ぬのであれば、より苦しい世界に生まれ変わることになる。
そして六道輪廻の中には、人間やそのほかの生物のように形を持つ存在のみならず、形のない存在もきっといるはずだ。目に見えないあの世や霊界について歌った楽曲を選んだ。
4.雪女
- 作詞・作曲:和嶋慎治
- 収録アルバム:19th『怪談 そして死とエロス』(2016年)
目に見えない存在として妖怪がある。「雪女」はただ怖い存在としてではなく、悲しい存在としても歌われているように思われる。
この曲も次々と展開していく楽曲であり、全体を通じて雪女の冷たさを表現するための工夫が随所に見られる。
アルバム前半にはもう一度盛り上がりを作る必要があると感じ、アップテンポな部分もあるこの曲を4曲目に配置した。
5.白日夢
- 作詞・作曲:和嶋慎治
- 収録アルバム:14th『真夏の夜の夢』(2007年)
この曲は生きているこちら側(=此岸)から、あちら側(=彼岸)のことを歌った楽曲である。
死者を思い、手を合わせていると、生と死が地続きであるような感覚になることがある。死は断絶ではなく、この世とあの世はきっと繋がっているのではないだろうか。
アルバム選曲においてはハード・ヘビーな楽曲が続いたので、ここで歌モノの楽曲を配置した。唐突なリズムチェンジなど、プログレ要素も感じさせる佳曲である。
アルバム選曲においては、ここから少しじっくり聴ける楽曲を多く配置することにした。
パート4:「自然」
私たちが暮らすこの世界では、広大な自然が広がっている。自然は恵みを与えてくれる一方で、人間の理屈とは異なる原理で動いているため、時に災害と言う形で被害を受けることもある。
しかし自然は人間のように執着による迷いの中にはいない。一定の原理の中で活動を続けている存在であり、実は無知なのは人間の方なのではないかと考えさせられる。
パート4では海と山の2つに関して歌われた楽曲を配置した。
6.春の海
- 作詞:和嶋慎治、作曲:鈴木研一
- 収録アルバム:8th『二十世紀葬送曲』(1999年)
Black Sabbathの1stアルバムに収録されている「Black Sabbath」のオマージュと思われる曲だ。しかし中間部など、本家よりプログレ要素が強く感じられ、ぜひ加えたかった楽曲である。
秋田県の日本海側の海の風景をモチーフに作られているようで、幻想的でやや恐怖をも感じさせる海のイメージが歌われている。
後半のアップテンポな展開では爽やかな印象も受け、アルバムの中でも変化をつけられた。
7.月のアペニン山
- 作詞・作曲:和嶋慎治
- 収録アルバム:21th『新青年』(2019年)
深沢七郎の短編小説からタイトルを取っている。原作のダークな内容とは異なり、愛する人に向けて綴られているかのような歌詞となっている。
楽曲はBlack Sabbathの2ndアルバム収録の「Planet Caravan」のオマージュであるが、最後に唐突にバンド演奏パートが入るなど、前衛的な楽曲となっている。
アコースティックの楽曲でありつつ、スケール感の大きさも感じられる曲である。
パート5:「精神」
ここはやや抽象的なテーマとして「精神」を置いている。自然の広大さを歌った前パートに続き、実は精神世界もまた広大である。
人間は目に見えるものだけでなく、目に見えない相手の心を読み取り、目に見えない存在を想像することもできる。
今回扱ったテーマのすべてを感じ取ることができるのが精神であり、最も深淵な世界と言えよう。ここでは宇宙の観点から「宇宙遊泳」、人間の精神性の観点から「マダム・エドワルダ」を選んだ。
8.宇宙遊泳
- 作詞:和嶋慎治、作曲:鈴木研一
- 収録アルバム:6th『無限の住人』(1996年)
今回の選曲の中に、スペースロック的な楽曲を1つ入れたかった。やはり第1弾の「宇宙遊泳」が最もプログレ色の強い楽曲となっていると思った。
ポップさも保ちつつ、中間部では長いインプロビゼーション的なソロが挿入されている。
そして歌詞も、実際に宇宙に行く技術のない時代に描かれたような文体となっている。私たちは行ったこともない宇宙についても想像できる精神性を持った存在だと自覚できる。
9.マダムエドワルダ
- 作詞・作曲:和嶋慎治
- 収録アルバム:19th『怪談 そして死とエロス』(2016年)
『怪談 そして死とエロス』に収録された本作は、「エロス」のテーマを持つ楽曲である。ジョルジュ・バタイユの短編小説「マダム・エドワルダ」からタイトルを取っている。
ここでの「エロス」は官能的なニュアンスと言うより、精神的な自由の発露として歌われている。人間は周囲や社会に縛られ、そして自分自身に縛られて生きている。
しかし何ものにも縛られない存在として、雲や鳥のように自由に飛び回りたいものである。「エロス」とは本来の人間らしさのようなものなのかもしれない。
楽曲はハードロックテイストでありつつ、ブリティッシュな繊細さを持ち、メロディアスに進行する。流れとしてはここで一度フィナーレを迎えるようなイメージである。
パート6:「怪奇」
パート2の「病苦」から進むごとに、「自然」や「精神」の美しさに向かっていくような流れを構成していった。しかし最後は人間椅子らしく、その反対にあるダークサイドで締めようと思った。
目に見えない力の中にも善と悪が存在するようである。善なるものとして神や仏が考えられてきたとすれば、その対極には悪魔が存在するのである。
悪の存在は私たちを惑わせ、不安な気持ちにさせようとする。その一つが不可解な現象を起こし、恐怖に陥れようとする働きがある。
ここではそんな「怪奇」的な現象を思わせる楽曲でアルバムを締める。
10.幻色の孤島
- 作詞・作曲:和嶋慎治
- 収録アルバム:13th『瘋痴狂』(2006年)
日野日出志による漫画「幻色の孤島」からタイトルを取った作品。
おどろおどろしいリフから始まり、中間部以降は一切歌の部分がない。そして不可解なギターのアルペジオを軸に、プログレッシブに展開していく曲である。
どこかに迷い込んでしまったような出口のない様子を、曲の中で表現しているようだ。人間椅子の楽曲の中でも、屈指のプログレ曲だけに、ぜひ選曲したかったところである。
11.ダンウィッチの怪
- 作詞:和嶋慎治、作曲:鈴木研一、和嶋慎治
- 収録アルバム:7th『頽廃芸術展』(1998年)
H.P.ラブクラフトの小説「ダンウィッチの怪」からタイトルを取った楽曲。筆者の集計した人間椅子の楽曲ランキングでは、第3位を獲得した人気曲である。
異形の存在を題材にした小説であり、この曲でも「俺は人間まがいだが」と歌われている。闇の中をはいずるような、ダークなサウンドが終始続く楽曲となっている。
闇に堕ちていくようなこの曲から、再び1曲目の「黄金の夜明け」へと続けると、ループして聴くことができるような配置を意図している。
その他選曲をする際に意識したこと
6つのパートから、”目に見えないもの”をテーマに選曲を試みた。選曲する上で、他にも意識したことがあった。
それは楽曲どうしで対・組み合わせとなる言葉を含めている。
1つには、季節をすべて含めるようにした。春は「春の海」、夏は「白日夢」であり、「白日夢」はかつて「夏の墓場」というタイトルで演奏されていたようだ。
秋は「月のアペニン山」(冬も歌詞には登場する)、冬は「雪女」となっている。
他にも以下のような組み合わせを考えてみた。
- 日と月:「白日夢」と「月のアペニン山」
- 花と虫:「人面瘡」に出てくる「女郎花」と「芋虫」
- 海・山・島:「春の海」、「月のアペニン山」、「幻色の孤島」
このように歌詞やタイトルにある言葉でも、対になる言葉を配置することで、選曲全体に構造を持たせることを意図したものである。
プログレのアルバムでは、このようにコンセプトを持たせることによって、個々の楽曲の味わいにも深みを感じられる側面がある。
まとめ
人間椅子の楽曲でプログレのアルバムを作る試みも、前回のスラッシュメタルに続いてとても楽しい作業だった。
もともとプログレッシブロックに大きく影響を受けている人間椅子であり、選ぶ曲には困ることがなく、むしろどれを選ぶのかが難しい作業だった。
単に”変拍子が多い”だけで選ぶと、アルバムとして面白くない作品となってしまう。緩急を意識しながら、アルバム全体の世界観を大切にするのがプログレでもある。
選曲する上では、まずは一聴した流れの良さを考えて楽曲を配置した。その後にコンセプト等も踏まえて、楽曲の入れ換えや配置換えを行っていった。
もともと筆者はアルバムを通じて聴くことを好んでいるため、このようにアルバム全体に意味を持たせる作業は大変面白かった。
そして人間椅子の楽曲の表現している内容について、より深める機会ともなった。今後もジャンル別で人間椅子のアルバムを選曲する試みを続けていきたい。
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