最近SNS等で「今年のグラミー賞のロック部門ではほとんどギターソロがない」「サブスクではギターソロをスキップする」など、”ギターソロ離れ”が話題になっていた。
そんな時流に全く逆らっているのが、我らが人間椅子である。ギターの和嶋慎治は、曲の中でほぼ必ずギターソロを演奏し、その高い演奏技術にも定評がある。
今回の記事は、”ギターソロ離れ”が進む昨今に、あえて人間椅子のギターソロに注目した内容である。
具体的には、和嶋氏の弾くギターソロがどのように変遷してきたのか、いくつかの時期に分類し、各時期の魅力を語ろう、と言うものである。
そして時期に分けながら、人間椅子の全アルバムについてギターソロレビューを行ってみた。
※この記事は、過去に書いた下記の記事の発展編である。
和嶋慎治のギターソロの全般的な特徴
最初に人間椅子のギター和嶋慎治のギターソロの全般的な特徴についてまとめておこう。
和嶋氏のギターソロのほとんどは、ブルースに影響を受けたものである。それはペンタトニックスケールと言われる、ブルースやロックで多用される音階を用いたものだ。
多くのハードロックギタリストが用いてきたもので、王道のギターソロとも言える。
一方でクラシックに影響を受けたギターソロはほぼなく、イングウェイ・マルムスティーンのようなクラシックを取り入れた速弾きとは対照的である。
和嶋氏のギターソロは、トニー・アイオミ(Black Sabbath)とジミー・ペイジ(Led Zeppelin)の影響を強く感じるものだ。
トニー・アイオミからはソロだけでなく、おどろおどろしいハードロックギターの全てにおいて影響を受けているように感じられる。
そしてトニーのねちっこいギターソロ(指が不自由であることにもよる)にも影響を受けており、ブルース・フィーリングの効いた間合いがある。
またジミー・ペイジの弾く、軽やかでロックンロールを感じるギターにも多大な影響を受けている。ブルースギターにも影響を受けている和嶋氏は、ブルースで使用するフレーズもよく用いている。
そしてもう1人、やや毛色の異なるところで、ロバート・フリップ(King Crimson)の独特な音階のフレーズにも影響を受けている。
特に、「21st Century Schizoid Man」中間部の独特な音階を完全コピーし、和嶋氏自身の解釈も加えつつ”ロバート・フリップ奏法”としてプログレッシブな楽曲で披露される。
このようにハードロック、ブルース、ロックンロール、プログレッシブロックなどの影響を感じさせるギターソロが基本にはあるようだ。
なおギターソロの構築の仕方としては、かなりフレーズを練って作る方法を採用している。ライブでもスタジオ音源で収録したフレーズを崩さずに弾くことが多い。
曲によっては、ギターソロの時間を伸ばして、長くアドリブでソロを弾くこともある。その際には、ブルースを感じさせるギターソロになることが多い。
和嶋慎治のギターソロの変遷と人間椅子全アルバムのギターソロレビュー
和嶋慎治のギターソロは、デビューから一貫した弾き方・構築の仕方をしている。ただ、細かくみていくと、時期によって違いがあることにも気づく。
そこで、ここからは和嶋氏のギターソロがどのように変遷してきたのか、6つの時期に分けて解説していきたい。
- 発展期:0th『人間椅子』~2nd『桜の森の満開の下』
- 速弾き・充実期:3rd『黄金の夜明け』~6th『無限の住人』
- ブルース期:7th『頽廃芸術展』~10th『見知らぬ世界』
- アドリブ・変化期:11th『修羅囃子』~15th『未来浪漫派』
- 手数・勢い期:16th『此岸礼讃』~19th『怪談 そして死とエロス』
- 安定期:20th『異次元からの咆哮』~
6つの各時期の和嶋氏のギターソロの特徴・魅力をまとめた。また各時期に含まれるアルバムについて、ギターソロの観点からレビューを行っている。
発展期:0th『人間椅子』~2nd『桜の森の満開の下』
メジャーデビュー以前から2nd『桜の森の満開の下』までを「発展期」と名付けた。
既にデビュー前から和嶋氏のギターソロの原型は出来上がっており、その方向性は全くブレていない。津軽三味線の奏法を用いたソロも、既に初期から取り入れている。
しかし細かいニュアンスの表現やソロのバリエーションにおいて、まだ発展途上にも思える。それはおそらくレコーディングに不慣れだったという要因もあるのかもしれない。
少し初々しさの残るギターソロではあるものの、フレーズとしては印象的なものが多く、十分に楽しめるものだ。
0th『人間椅子』(1989)
インディーズでリリースされた通称”0th”アルバム。多くの楽曲が後に再録されており、プロトタイプとなるような音源である。
ギターソロとしては、まだ初々しさが残っている。複雑なフレーズはあまり見られない分、王道かつ印象的なフレーズでカバーしている。
「神経症I LOVE YOU」はロックンロールを意識したソロで、シンプルながら心地好いフレーズワークになっている。
1st『人間失格』(1990)
記念すべきデビューアルバム。0th『人間椅子』に収録された楽曲も、ブラッシュアップされて再録されている。
「あやかしの鼓」「りんごの泪」など、津軽三味線ギターは初期から用いられている。『人間椅子』に比べると、ソロはやや王道から外れた音階を意識的に用いようとしているように見える。
「賽の河原」「悪魔の手毬歌」など、おどろおどろしい曲ではロックンロール調の陽気なソロにならないよう、意図的にダークなフレーズを意識しているのかもしれない。
その結果、やや抑圧されたギターソロと言った印象もなくはない。
2nd『桜の森の満開の下』(1991)
『人間失格』の路線を引き継ぎつつ、少し開けたサウンド・曲調が増えた2ndアルバム。
曲調の変化もあってか、1stに比べると和嶋氏のソロも生き生きとして感じられる。ブルーステイストの強いソロである「東京ボンデージ」「盗人讃歌」辺りは真骨頂でもある。
また「夜叉ヶ池」のようにソロを重ねてハモるなど、録音上の工夫も見られる。「太陽黒点」のようなダークな曲での鬼気迫るソロも、本作で開花したような印象だ。
「憂鬱時代」ではアコースティックギターによるブルージーなソロが聴けるところもポイント。
速弾き・充実期:3rd『黄金の夜明け』~6th『無限の住人』
「速弾き・充実期」としたこの時期は、技術面においてもさらに洗練され、より細かなニュアンスの表現力が増している。
またこれまでよりもギターソロの速さも増し、一聴してもなかなかフレーズがわからないほど複雑なソロが出てきた時期でもある。
特に4th『羅生門』以降はその傾向が強く、鬼気迫る速弾きの一方でビブラートやチョーキングを駆使した”泣き”のギターの見られ、多彩なソロになっている。
和嶋氏のギターソロの歴史の中でも、最も充実度の高い時期ではないか、と筆者は考える。
3rd『黄金の夜明け』(1992)
プログレッシブな楽曲が増え、”大作主義”とも言われた名盤3rdアルバム。楽曲のバリエーションも増し、それに合わせてギターソロの幅も広がった印象だ。
まずは長尺のソロの表現力が増している。「無言電話」「狂気山脈」など、長いソロではブルース色を加えながら、緩急つけたソロがカッコいい。
また「黄金の夜明け」「独裁者最後の夢」などの王道ハードロックなギターソロでも、フレーズの速さと迫力が大きく増している。
「審判の日」ではスライドギターを取り入れており、ハードロックにブルースギターを上手く融合させている。
4th『羅生門』(1993)
前作の揺り戻しか、シンプルな楽曲が増えた4thアルバム。曲数は少ないものの、楽曲は粒ぞろいである。
ギターソロはさらにビブラートなど、情感のこもったソロになっている印象だ。また前作以上に手数や速さが増しており、テクニカルになっている。
「人間椅子倶楽部」ではかなりの速弾きで、ワウの中止めサウンドも用いるなど多彩。「なまけ者の人生」では渾身の泣きのギターが聴くことができる。
「埋葬蟲の唄」はプログレッシブなギターソロで、ベースソロと絡み合う傑作ソロ。
「羅生門」ではブルースで用いるスライドギターを、どこかオリエンタルな雰囲気のフレーズとして用いているのが面白い。
5th『踊る一寸法師』(1995)
インディーズからリリースされた唯一のアルバム。長らく入手困難だったが、2021年に徳間ジャパンよりUHQCDにて再発している。
自由に制作したと言う本作は、ギターソロも伸びやかで生き生きとしている。前作のようなテクニカルなフレーズよりも、王道のハードロックらしいギターソロが光る作品になっている。
津軽三味線ギター炸裂の「どだればち」、哀愁漂う「羽根物人生」、不気味さが漂う「踊る一寸法師」など、1枚のアルバムの中でもフレーズが多彩でだ。
速弾き・フレーズワークのバランス面では、この時期で最も良い出来栄えに思える。
6th『無限の住人』(1996)
漫画「無限の住人」のイメージアルバムとして制作された。2020年にリマスター再発され、新曲「無限の住人 武闘編」やシングルのカップリング曲「桜下音頭」なども収録された。
ギターソロは『羅生門』の頃に戻ったような、とにかく速く、そして泣きの要素の強さが特徴的だ。「晒し首」「地獄」など鈴木氏の残酷な楽曲で、泣きのギターが冴え渡っている。
ブルースギターが炸裂の「刀と鞘」、怒涛の中間部ソロの「黒猫」など、聴きどころがたくさんある。
フレーズが難解ながら、耳に残るという、ハイクオリティなソロが並ぶ。『踊る一寸法師』とはタイプが異なるが、とにかく凄いソロが連発していた時期には違いない。
ブルース期:7th『頽廃芸術展』~10th『見知らぬ世界』
これまで速弾き・難解なソロという、ある意味で若さ溢れるギターだった和嶋氏だが、この頃からやや渋いギターソロにシフトしている。
渋さ、大人の雰囲気と言う意味を込めて「ブルース期」と名付けた。この時期は、勢いのある速弾きは少なくなり、音数の少ないソロが目立つようになった。
特に7th『頽廃芸術展』において、その傾向が最も顕著である。
徐々にハードロック路線に戻っては行くものの、これまでよりも落ち着いたソロが増えた。また歌うような、メロディラインのくっきりしたソロが多い印象でもある。
最も味わい深いギターソロが聴ける時期と言えるだろう。
7th『頽廃芸術展』(1998)
和嶋・鈴木両氏の地元である青森県のライブハウスでレコーディングされたアルバム。コンセプトアルバムの前作から、一気にバリエーション豊かな作品になった。
ギターソロは前作とは正反対で、速弾きを封印したかのような抑えたソロが増えた。そのため、ブルース色の強いギターソロが増えている印象である。
特にブルースギターが楽しめるのは「胎内巡り」「ED75」などである。ただ他の楽曲でも、それほどソロのバリエーションは多くなく、王道のブルース・ハードロックのソロが多めだ。
その中にあって「血塗られたひな祭り」のソロは、津軽三味線ギターに速弾き、ソロのハモりなど、多彩なフレーズを楽しめることができる。
8th『二十世紀葬送曲』(1999)
再びメルダックに戻っての第1弾アルバム。サウンド面では最もダークかつヘビーに仕上がっている作品とも言える。
ギターソロに関しては、前作を踏襲して、速さは抑えたソロになっている。さらにはあまりソロが目立つ曲がなく、より新しいメタルを意識したようにも思える。
「幽霊列車」「春の海」「黒い太陽」など、ごく短いソロになっている曲も多いが、短い中に印象的なフレーズを入れ込んでいる。
和嶋氏らしいブルーステイストの強いソロも少な目で、「恋は三角木馬の上で」「不眠症ブルース」でその傾向を少し感じる程度である。
9th『怪人二十面相』(2000)
江戸川乱歩の小説「怪人二十面相」をテーマに、原点回帰したような作品。楽曲も70年代ハードロックに回帰したような印象を受ける。
ギターソロに関しても、ハードロック路線に戻ったかのよう。「怪人二十面相」の最後のギターソロも久しぶりに爽快感のあるギターソロになっている。
そして「芋虫」では和嶋氏のブルースギターが炸裂し、非常に聴き応えがある。速さだけではなく、表情豊かに聴かせてくれる傑作のソロだ。
王道のソロが多い中、「みなしごのシャッフル」では少し抑えたジャズテイストのソロ、「屋根裏のねぷた祭り」ではバイオリン奏法まで飛び出す。
大人のロックギターを聴かせてくれる作品と言う印象だ。
10th『見知らぬ世界』(2001)
和嶋氏の私生活での変化もあり、作風に大きな変化があった10thアルバム。明るい曲調は人間椅子にとって新機軸となった。
ギターソロの基本路線は、前作同様の大人のロックギターと言う印象。曲のバリエーションが増えたことで、ギターソロも前作より多彩になっている。
ハードな曲では、ペンタトニックスケールが心地好い名ソロを連発。「死神の饗宴」「魅惑のお嬢様」などでそうしたソロが聴ける。
「人喰い戦車」「見知らぬ世界」ではワウの中止めを使い、情感のこもったソロに。「甘い言葉 悪い仲間」ではファズを用いるなど、当時自作エフェクター作りにハマっていた和嶋氏の成果が見られる。
アドリブ・変化期:11th『修羅囃子』~15th『未来浪漫派』
この時期は、これまでのしっかり構築するギターソロの作り方自体を、方向転換している時期に思われる。つまりアドリブをそのまま採用するような、実験的な試みを行っている。
しかしメンバーの交代も重なり、作風としてもやや混迷している時期である。同時にギターソロもやや方向性に迷いがあるようにも見えた。
そのため「アドリブ・変化期」と名付けた。この時期は作品ごとに、ソロの雰囲気が異なっている印象である。
11th『修羅囃子』(2003)
前作の突き抜けた作風に比べると、やや方向性に迷いを感じさせるアルバム。
ギターソロについては、構築されたものとアドリブを活かしたものに分かれている印象がある。「愛の言葉を数えよう」「相剋の家」などメロディアスなフレーズは構築されたものである。
一方で「東洋の魔女」「鬼」などは、全編作っていると言うより、キメのフレーズだけ決めて、アドリブも採用しているような印象だ。
全体的にあまりソロが目立つ曲はなく、味付けくらいにとどまっている曲が多い。
12th『三悪道中膝栗毛』(2004)
ドラマーがナカジマノブに交代となった第1作目。人間椅子としては15周年記念作として、人間椅子らしい作風を目指して制作された。
ギターソロは、前作より勢いを感じるソロが増えた。一方で、構築されたソロとアドリブを交えたソロの聴き応えに、やはり差が生まれてしまっている感もある。
「意趣返し」「のれそれ」などかなり練られたフレーズに比べると、「洗礼」「痴人の愛」などはやや勢いに任せて弾いている感も否めない。
「道程」ではナカジマ氏がボーカルになり、和嶋氏のロックンロール調のソロが復活している点は注目すべき所だ。
13th『瘋痴狂』(2006)
全体的に明るいサウンドが印象的な13thアルバム。ナカジマノブ氏の陽のパワーを感じさせる作品で、アルバム中3曲ナカジマ氏がボーカルをとっているのも異例のことである。
前作までとは大きく変わり、ギターソロが大いに存在感を放つ作品である。和嶋氏らしいブルースギターが戻り、またよく練られたフレーズが並ぶギターソロとなった。
「ブルース期」の時期を思わせる渋めのブルースギターも登場し、「ロックンロール特急」「不惑の路」などで聴くことができる。
また「雷神」「青い衝動」などでは、久しぶりに爽快感のあるハードロックのソロも聴ける。
14th『真夏の夜の夢』(2007)
前作の”陽”の作風から、再び人間椅子らしい”陰”の作風に戻った14thアルバム。アルバムトータル感としては、なかなかの力作になっている。
ギターソロに関しては、前作を踏襲しつつも、前作ほどの勢いはない。再びアドリブを活かしたソロも登場するが、やはり構築されたソロとの差が目立ってしまう。
「転落の楽典」では爽快感のあるギターソロが聴ける。「どっとはらい」は和嶋氏の久しぶりにダークな力作だけに、アウトロのソロはやや作り込み不足感もある。
ソロの力作は「肥満天使」で、メロディアスで印象的な良いソロだ。「世界に花束を」の泣きのフレーズも聴き応えがある。
15th『未来浪漫派』(2009)
再び”陽”のパワーを感じるが、今回は和嶋氏が弾けた印象の15thアルバム。楽曲としても和嶋氏のカラーが強いアルバムとなった。
前作とは変わり、再び全編構築されたギターソロで占められている。和嶋氏のソロに勢いが増し、手数も多くなってきている印象である。
特に弾けているのは「浪漫派宣言」で、あえて手癖のフレーズを多用しており、後の和嶋氏の弾き方を予感させている。
「赤と黒」は、見事にリッチー・ブラックモア節で面白い。「愛の法則」では思い切り情感を込めたソロで、これまでの音楽的に構築したのとは異なる、感情に溢れたソロだ。
手数・勢い期:16th『此岸礼讃』~19th『怪談 そして死とエロス』
15th『未来浪漫派』から見られた傾向として、徐々に和嶋氏の手数が増えるとともに、あえて手癖のフレーズをたくさん用いた勢いのあるソロを弾くことが増えた。
その傾向が顕著になったこの時期を、「手数・勢い期」と名付けた。
ソロとして構築はするものの、あえてお決まりのフレーズを多用し、作り込み過ぎない印象だ。またこれまでにないほど、若々しく勢いのある速弾きを披露している。
音楽的な足し算・引き算よりも、曲に対するフィーリングを重視したソロの作り方に変化しつつある時期である。これは和嶋氏の作曲の方法の変化ともリンクしていると思われる。
16th『此岸礼讃』(2011)
”現実を肯定する”というコンセプトで作られた16thアルバム。これまでより、さらにシンプルな曲が増え、和嶋氏の歌詞もより分かりやすくなってきた。
前作『未来浪漫派』のソロを受け継ぎ、今までより手数の多い勢いのあるソロが増えている。「沸騰する宇宙」「光へワッショイ」などミドルテンポの曲で、速弾きをすることが増えてきた。
「今昔聖」では三味線ギターを用いているが、かなりハードなギターソロの中に持ち込むスタイルは、この辺りから始まっているかもしれない。
前作に比べるとソロが平板化した印象も若干あるが、突き抜け感は増している。
17th『萬燈籠』(2013)
OZZ FEST JAPAN 2013への出演を経て、”再デビュー”の気持ちで制作された17thアルバム。人間椅子らしいダークなハードロックにこだわった作風となった。
前作よりも楽曲の個性が際立つためか、ソロも多彩な印象だ。「黒百合日記」「時間からの影」では、”ロバート・フリップ奏法”が活躍、「ねぷたのもんどりこ」は笛の音色のようなサウンドだ。
「桜爛漫」では日本風のフレーズをテクニカルに表現して面白い。また「月のモナリザ」では久しぶりに長めのソロを、アドリブも交えて披露している。
前作の王道ソロに比べると、ややトリッキーさもありつつ、ユニークなソロが多めになっている。
18th『無頼豊饒』(2014)
精神が自由であることについて歌ったアルバム。前作からあまり期間を置かずに作られ、当時の勢いを物語っている。
ギターソロの方向性は前作とほとんど変わらない。「地獄の料理人」「生まれ出づる魂」など王道ハードロックでは、音数が多く賑やかなギターソロを聴くことができる。
やや変化が見られたのは「なまはげ」でスライド奏法を大胆に取り入れたソロを挿入している点だ。「迷信」でも弦を引っ張って音を揺らす奏法など、トリッキーな弾き方を使い始めている。
また「がらんどうの地球」「隷従の叫び」などでは、前作にはあまりなかったシリアスかつダークなフレーズのソロが印象的である。
19th『怪談 そして死とエロス』(2016)
抽象的なテーマだった前作から、より人間椅子らしいテーマを分かりやすく提示した作品。この時期のヘビー路線の総決算的内容になっている。
ギターソロは、かなり勢いに乗った速弾きソロが多めである。「恐怖の大王」「雪女」では性急さすら感じる速弾き、「狼の黄昏」「地獄の球宴」などは爽快なハードロックソロだ。
「黄泉がえりの街」では、ワウの中止めサウンドで、フレットを不安定に移動する不思議な奏法がみられる。
「マダム・エドワルダ」はロック・バラード的立ち位置だが、後半のソロは弾きまくっている。もう少し前の時期の、渋いギターソロだったらどうなっていたのか、少し気になるところ。
安定期:20th『異次元からの咆哮』~
”再デビュー”の勢いの中で、和嶋氏のギターもかなり若返ったようなフレーズが多かった。そこから大きな変化があった訳ではないが、その特徴が固まってきたように思える。
かつての「ブルース期」のようなメロディを組み立てるソロから、ギターが暴れまわるように、短いフレーズを感覚的に結び付けていくソロに完全に変貌した。
それは楽曲の持つフィーリングによって、フレーズを紡ぎ出しているのであろう。結果的にややソロが似通ってしまうこともあるが、”らしさ”はより明確になってきている。
また使用するエフェクターもだいぶん定まってきた印象もあり、近年の”和嶋サウンド”が安定してきた。
そのため「安定期」と名付け、概ねこの路線がしばらく続きそうな予感がする。
20th『異次元からの咆哮』(2017)
20枚目を記念する作品であり、ねぷた絵をジャケットに起用した。前作よりも芸術性を高めようと意識して作られた作品だった。
ギターソロとしては、安定感を保った状態と言う印象である。ロバート・フリップ風の「虚無の声」、泣きの「風神」、スリリングな速弾きの「超自然現象」と多彩な前半である。
「宇宙のシンフォニー」ではスケール感のあるスライドギター、「異端者の悲しみ」ではメジャーコードでのソロと、少しいつもと異なったソロも入っている。
21st『新青年』(2019)
活動30周年の年に制作され、江戸川乱歩の小説なども掲載された雑誌「新青年」をタイトルにした。
ギターソロとしては、再び気合が入ったのか、音数は多めで勢いがある。ただミドルテンポのどっしりした曲では、かなり情感のこもったソロが聴ける。
特に「鏡地獄」「屋根裏の散歩者」辺りは、速弾きではあるがビブラートを効かせた、怨念のこもったようなソロだ。
当人も語っていた通り、シャッフルでソロになる曲が多めで、やや一本調子な印象もなくはない。
そんな中、「地獄小僧」のソロは、少し変化球になっている。昔のアニソン風のフレーズとも言えよう。
22nd『苦楽』(2021)
より世相や現代に起きていることをテーマに据えたアルバム。
前作でややソロが似通ってしまっていたが、本作はバリエーションを持たせている印象である。
たとえば「暗黒王」はあえて音数を減らしてどっしりした印象、「宇宙海賊」ではギターとテルミンのソロ対決を演出している。
「世紀末ジンタ」ではシャッフルビートに高速でスライドバーを使うユニークなソロ。「夜明け前」ではあえてロングトーンを多用し、叫びのようなソロになっている。
ギターソロの可能性の広さを感じさせるアルバムとなった。
まとめ
今回の記事では、人間椅子のギター和嶋慎治氏のギターソロを6つの時期に分けて、その特徴やアルバムレビューを行ってきた。
改めて6つの時期は、以下のように分かれる。
- 発展期:0th『人間椅子』~2nd『桜の森の満開の下』
- 速弾き・充実期:3rd『黄金の夜明け』~6th『無限の住人』
- ブルース期:7th『頽廃芸術展』~10th『見知らぬ世界』
- アドリブ・変化期:11th『修羅囃子』~15th『未来浪漫派』
- 手数・勢い期:16th『此岸礼讃』~19th『怪談 そして死とエロス』
- 安定期:20th『異次元からの咆哮』~
この6つの中で大きな変化があったとすれば、2.から3.と、4.から5.に向かう変化だったように思う。
まず2.から3.では、速弾きもかなり駆使していた和嶋氏のギターが、抑えた渋いソロになった変化である。
和嶋氏自身がブルースに傾倒していた時期であり、メタル風味のソロは弾きたくなかったのかもしれない。この時期は最も歌心のあるソロと言おうか、音楽的な意味で構築されたソロが作られていた。
そして4.から5.に向かう変化では、和嶋氏はギターソロの作り方を模索していた時期のように思える。上手くまとめるソロではなく、楽曲のフィーリングに合う音を探しているようだった。
その結果、より感覚的でテンションの高いギターソロが増えていったように思う。
この変化は和嶋氏の楽曲の作り方の変化ともリンクし、元をたどれば和嶋氏の内面の変化によるものだと考えることができる。
音楽的にどちらが好みか、という問題はあろうが、ギターソロだけ見ても和嶋氏の変化を追うことができる点は興味深いと言えるだろう。
普段はあまりギターソロにのみ人間椅子の曲を聴くことも少ないかもしれない。しかしソロに着目すると、新たな発見や楽曲の聞こえ方も変わってくる。
やはり人間椅子の楽曲でギターソロは、”スキップ”させることはできないだろう。
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