1976年にデビューして以来、実に47年目を迎えるソングライター浜田省吾は、”ON THE ROAD”と銘打ったコンサートツアーを1982年以来、継続している。
なぜか引退説のよく聞かれる浜田氏であるが、2023年もこうしてON THE ROAD 2023が開催されている。
コロナ騒動のために予定されたツアーが中止になった時期もあったが、ついに通常の形に戻った久しぶりのコンサートである。
そして「Welcome back to The Rock Show youth in the “JUKEBOX”」と副題のついた本ツアー、”youth”と書かれている通り、往年の名曲オンパレードの曲目となった。
11月12日(日)の横浜アリーナ公演に参加したので、当日のレポートと共に、昨年から続くツアーと並べてセットリストや公演内容について感想を述べる記事を書いた。
※セットリストを含む内容となるので、ご注意いただきたい。
ライブレポート:『SHOGO HAMADA ON THE ROAD 2023 Welcome back to The Rock Show youth in the “JUKEBOX”』 横浜アリーナ
本ツアーは浜田省吾氏にとって、1976年にデビューして45周年を記念したコンサートとなる予定だった。しかしコロナ騒動のため、その予定は大きく変更せざるを得ない状況となる。
ようやく2022年に入り、大規模なコンサートツアーのできる状況となり、『ON THE ROAD 2022 Welcome Back to The Rock Show “EVE”』が行われた。
2022年のツアーは本格的にツアー活動に戻る”前夜”のコンサートと位置付けられ、2021年にファンクラブ限定ライブで行う予定だった曲目で構成されたツアーとなっていた。
そして本ツアーは、いよいよ本格的にツアー活動に戻って来る意味合いの強い、重要なコンサートである。サブタイトルには「youth in the “JUKEBOX”」とつけられている。
”ジュークボックスの中の青春”とでも訳せば良いのか。このタイトルから感じられるのは、およそライブの中心世代が若かりし頃に聴いた浜田省吾、つまり懐かしい曲が中心の曲目、ということだ。
この時点で非常に注目度の高いコンサートになることは間違いなかった。今回はホールではなく、アリーナ規模のツアーではあるが、チケットが取れなかった人もいたようである。
筆者は幸いなことに、ファンクラブ先行でS席を確保できたのだった。
さて、11月12日(日)の横浜は季節先取りの冬を思わせる寒さだった。心配されていた天気も、雨が降るようなことはなかった。
開場時間を過ぎた頃に横浜アリーナに到着し、ファンクラブブースにだけ寄ろうと思ったところ、かなり遠いことが発覚。
CD販売は会場入り口付近だったが、グッズ販売・ファンクラブブースは会場をぐるっと回った後ろ側であり、かなり大慌てでファンクラブブースへ。
会員証を見せるとチケットホルダーがもらえると言うので早速ゲット。あまり時間もないので、そそくさといったん外に出ると、恒例のツアートラックを発見した。
この場所は会場にそのまま入ってしまった人にはなかなか気づきにくい場所である。グッズ販売まで来た人への御礼のように見えた。
今回はQRコードをかざしてチケットが発券され、席番号が分かる仕組みである。「A3ブロックの5列目」とのことで、会場案内を見てみる。
何とA3とは最前列ブロックであり、つまり前から5列目ということである。ファンクラブ先行のS席とは言え、驚きの至近距離での鑑賞となった。
開演時間の17:30になるとスクリーンに映像が流された。少年がジュークボックスにお金を入れ、流れてくるのが『My First Love』に収録された「初恋」である。
レコードに歌詞に登場するバンド名が書かれているシーンもあった。途中から女性が現れ、少年に『My First Love』のアナログ盤を手渡す。
壁には破れかかった浜田氏のツアーポスターが貼られている。
そんな映像の後にメンバーが登場。最近のツアーでは不動のメンバーに加え、ホーンセクションには新たなメンバーも加わっていた。
町支寛二(Gt/Vo)、長田進(Gt)、美久月千晴(Ba)、小田原豊(Dr)、古村敏比古(Sax)、福田裕彦(Org/Syn)、河内肇(Pf)、中嶋ユキノ(Vo)、竹内宏美(Vo)、佐々木史郎(Tp)に、五反田靖(Tp)、半田信英(Tb)が加わった。
浜田氏は今回もツアータイトルが入ったシャツを着て登場。注目の1曲目は、町支寛二氏によるあの激しいギターリフから始まった。
1981年のアルバム『愛の世代の前に』のタイトル曲、「愛の世代の前に」である。スクリーンには一面を使って、ピカソの「ゲルニカ」が表示されていた。
今回のツアータイトルに”youth”という1つの時代を示す言葉が添えられた。この曲も浜田氏が生まれ、育った時代を示すものであり、本ツアーの1曲目に相応しいと思った。
アッパーなロックビートから、ミドルテンポな「壁にむかって」に流れる。シングル『この新しい朝に』で生まれ変わったリメイクアレンジで披露された。
2022年に行われた「40th Anniversary ON THE ROAD 2022 LIVE at 武道館」の本編最初と最後の曲が冒頭に並んだのは興味深い。
「HELLO ROCK & ROLL CITY」は今も昔も浜田氏のコンサートに欠かせない楽曲だ。一気に会場のムードは明るくなり、コンサートが始まったという実感が湧いてくる。
「BIG BOY BLUES」は近年あまり披露されていなかった楽曲だけに嬉しかった。アレンジ的には1999年にリリースされたリアレンジされたバージョンの方である。
ここまでハードな楽曲が続いたが、「愛のかけひき」ではゆったりとしたビートが流れる。町支・長田コンビによるツインギターのイントロは、オリジナルアレンジを踏襲している。
ここでやや長めのMCが挟まれ、着席のコーナーとなった。浜田氏は職業を書く欄があれば「ソングライター」と書くようにしている、というおなじみの話から始まる。
ある時、思いを言葉にすることが苦手な人もいて、そういう人たちの代筆をしているような感覚だ、と気付いたのだと言う。
不器用な男性が思い切って女性に思いを告白し、結ばれた物語として、「もうひとつの土曜日」が披露される。序盤で少し浜田氏の喉の調子が良くない場面もあったが、何とか歌いきった。
バラードが続き、「丘の上の愛」ではオリジナルの名イントロから、バラードアルバム『Sand Castle』のアレンジを主体としたバージョンで披露された。
そろそろこの辺りで気付くのだが、ここまで全て80年代までの楽曲のみで占められている。この先もそれが続くのでは?と既に予想がついていた。
打ち込みによる現代的なダンスビートが聞こえてくると、「DANCE」が始まる。2020年にリメイクシングルとしてリリースされたバージョンによる演奏だった。
80年代の楽曲を披露しながらも、近年はリメイク音源も多数リリースされており、アップデートされた楽曲として今の感覚で聴くことができる。
続く「東京」は、2022年の武道館公演の熱演を思いこさせるもの。映像には渋谷や新宿などの東京の映像や、コロナ期を思わせる映像などが次々と映し出された。
町支氏によるオリジナルバージョンのギターソロの完全コピーがいつもながら素晴らしい。
第1部を締めくくるのは「MONEY」だった。「東京」そして「MONEY」と言う流れは、”社会派”としての浜田省吾の真骨頂とも言える楽曲群である。
第1部を振り返ってみると、配置された楽曲は社会の中で悩みながら生きている若者、そして時に社会の荒波に苦しむ若者を描いた楽曲が並んでいたように思えた。
ラブソングであっても、「丘の上の愛」のように若い男女の恋にも社会的な背景が大きく影響を受ける、と言うようなテーマ性を感じる楽曲が多かった印象である。
少し長めの休憩時間には、2023年9月にリリースされた『The Moonlight Cats Radio Show Vol.3』の楽曲のスタジオライブ映像が流された。
浜田氏がDJとなるラジオ番組と言う形であり、最後にThe Beatlesの「In My Life」を浜田氏がカバーした音源が流れる。
そして音が流れる場所が前方からではなく、中央にあるセンターステージの上部から聞こえてくるのが分かる。これからセンターステージでのライブが始まることが予感される。
予想通り、バンドメンバーは次々と真ん中に作られた通路を渡り、センターステージへと移動する。コーラスの2人、ホーンの3人をメインステージに残して、センターステージでの演奏だ。
第2部の最初は、「MAINSTREET」である。センターステージは全方向から見えるステージであり、どこかメンバーもはしゃいでいる様子、選曲も明るい楽曲が続く。
レア曲「さよならスウィート・ホーム」、1982年の『PROMISED LAND 〜約束の地』からこの日唯一披露された楽曲だった。
2019年のファンクラブツアー『100% FAN FUN FAN 2019 ”Journey of a Songwriter” since 1975 Welcome back to The 80’s Part-1 終りなき疾走 ~ ALL FOR RUN』でも披露されていた。
ここでアリーナツアーでは恒例の”年齢帯チェック”が行われる。浜田氏も毎回やると宣言してしまった以上、後には引けなくなってしまったとのこと。
皆さんの年齢を知りたい訳ではなく、今日このコンサートにあなたが存在している、ということを示すためのもの、と強調していた。
前回は2011年のツアーに行ったというから、もう12年も前のことであり、きっと年齢帯も変わっているのでは?との予想だった。
10代未満はさすがに少なく、浜田氏は「2011年の時にはパパとママが合体もしていない」と発言してしまい、「今のはカットで」と珍しく下ネタが投入された。
20代と30代(筆者はここに該当)もかなり少数派であり、続く40代も声は小さめのまま、「やはりそういうことか」という浜田氏。
「50代!」と浜田氏が言った瞬間に、この日一番の歓声が上がり、50代が最も多い年齢帯であることが明らかとなった。続く60代も声が大きく、この2つの世代が中心であった。
80代以上にも手が挙がり、「これからは町支君と同じ80代の人?とかになるのかなあ」と語る浜田氏だった。「このMCの後にこの曲はシュールかも」と話して始まったのは「19のままさ」。
今回のツアーテーマに合った楽曲で、それぞれの思い出の中の19歳、あるいはまだこれからやってくる19歳を思い描いて、コンサートにいながら時間を飛び越えていくような不思議な感覚になる。
この曲ではサビを皆で歌おう、と言うような趣旨のMCもあった。
どこかのMCで浜田氏はジュークボックスが欲しかったが高くて買えず、カセットウォークマンが発売されて、どこでも音楽が聴けるようになって…と話し、皆さんその世代でしょ?と話した。
一方で、今回のセットリストは今でいう青春のプレイリストのようなものと語り、「プレイリストって分かります?」と色んな世代に向けた話になってしまった、と語っていた。
1stアルバムから、ということで「青春の絆」はシングル『この新しい朝に』(2021)でリメイクされたが、今の浜田氏が歌うことで説得力が増した楽曲だ。
おなじみ「終りなき疾走」では町支氏のギターソロが最初音が出ないハプニングもあった。センターステージラストは「ラストショー」で会場が一体となった。
浜田氏からバンドメンバーの紹介がそれぞれあり、センターステージからメインステージに移動していく。ジャズの音源が流れていたところにホーンやバンドが加わり、演奏が行われた。
センターステージでの演奏は、とにかくコンサートを楽しもう、というコンセプトで曲目も選ばれていたように感じられた。
重厚なオルガンが導入となり、ピアノのイントロから「ON THE ROAD」。ツアーには欠かせない楽曲であり、第3部の幕開けと言う感じである。
現代的な打ち込みドラムから始まるのは、これも定番の「J.BOY」。フロントマンが全員前に出てイントロを弾く姿も恒例である。
通常のライブだと近年の落ち着いた楽曲も織り交ぜながらとなるが、今日はとにかく懐かしい曲のオンパレードで、そのままドラムから「明日なき世代」へとなだれ込む。
この辺りの盛り上がりはとにかく凄く、なかなか最近のライブでは味わえないロックでごり押しの流れが素晴らしかった。この曲もファンクラブ限定ツアーを思い起こさせる盛り上がりだった。
そう書いているが、筆者の周りの人たちは割と大人しい人が多く、自分一人おおはしゃぎしているような感じになっていた。
これからもコンサートを続けていくと言う趣旨のMCがここであったような気がする。本編ラストに披露されたのは、人気ナンバー「家路」である。
ここで浜田氏がしっかりと語っていたからか、周りはほとんど着席し始めたが、個人的にはこの曲は身体全体で感じながら聴きたかったので立ったままで聴いていた。
アレンジとしてはベスト盤『The Best of Shogo Hamada vol.2』のものだが、やはりこのアレンジは重厚で断然オリジナルよりもリメイクの方が良いと感じる。
ここまで本編20曲を披露し、いったんバンドはステージを去る。アンコールの呼び出しに応えて、最初のアンコール。
MCでは「今回のコンサートは、気づいた人もいると思うけど『J.BOY』までのアルバムから選曲した」と浜田氏から話があった。「若い人にも届けば良いなと思っています」とも語っていた。
アンコール1曲目は、『J.BOY』より「SWEET LITTLE DARLIN’」。アレンジ的には『EDGE OF THE KNIFE』のバージョンであった。
そしてアンコール最後が圧巻だった。浜田氏のロックンロールナンバーを繋いでメドレー形式で披露するというもの。
後で知ったのだが「THE LITTLE ROCKER’S MEDLEY」というタイトルがついており、1984年にリリースされたシングル『DANCE』のB面にライブ音源が収録されていた。
その当時の再現であり、「今夜はごきげん」からそのまま「HIGH SCHOOL ROCK & ROLL」へとつなぎ、さらにメロディを替えて「あばずれセブンティーン」になだれ込むというもの。
浜田氏は着ていた上着を脱ぐと、真っ白のタンクトップ姿にキャップを被り、まさに若かりし頃にタイムスリップしたようだった。
近年の浜田氏のコンサートではなかなかない、15分間ノンストップでひたすらロックンロールが続くと言う、大興奮の時間だった。
途中にはMCが挟まれ、これも当時を再現された。
「DON’T TRUST OVER THIRTYという言葉が流行っているが、俺も30になってしまった。ステージの上でロックンロールをやっているときはティーンエージャーと変わらない」というもの。
これをアレンジし、「今もティーンエージャーと言えるのか問うている。」としていた。
ステージにいた浜田氏、そして町支氏は紛れもなくロックンロール少年になっていた。それにしてもロックンロールあるいはブギと言われるジャンルは、なぜかくも身体が動くのか、魔法の音楽である。
大興奮のアンコールを終えた後、再びのアンコールに応えて、バンドメンバーが1列になり礼をして、最後の楽曲を披露する。
ラストに選ばれたのは「君が人生の時…」だった。映像には2023年5月に公開となった「A PLACE IN THE SUN at 渚園 Summer of 1988」の様子が使用された。
若き日の浜田氏とそのコンサートの様子を見ながら、目の前では現在の浜田氏とバンドメンバーが演奏する、という不思議な体験だった。
確か渚園の映画でのエンディング曲に「君が人生の時…」が用いられており、映画との関連も納得のものだった。
まるで今回選ばれた楽曲たちの”youth”の時代から、1988年という浜田氏にとっても次の時代へと移り変わっていく時期の映像が用いられ、その先に進んでいこうと言うメッセージのようにも思えた。
約3時間にわたる長いコンサートが終了した。本当にアルバム『J.BOY』までの楽曲のみから構成されるコンサートであり、バラードは味付け程度に、ロックナンバーの連続であった。
12,000人近くの人が訪れていた横浜アリーナ、夢のような、お祭りのようなコンサートだった。
<セットリスト・収録作品>
No. | タイトル | 収録アルバム |
---|---|---|
SE | A PLACE IN THE SUN~初恋 | – |
1 | 愛の世代の前に | 『愛の世代の前に』(1981) |
2 | 壁にむかって | 『生まれたところを遠く離れて』(1976)、シングル『この新しい朝に』(2021) |
3 | HELLO ROCK & ROLL CITY | 『DOWN BY THE MAINSTREET』(1984) |
4 | BIG BOY BLUES | 『J.BOY』(1986) |
5 | 愛のかけひき | 『LOVE TRAIN』(1977) |
6 | もうひとつの土曜日 | 『J.BOY』(1986) |
7 | 丘の上の愛 | 『Home Bound』(1980)、『Sand Castle』(1983) |
8 | DANCE | 『DOWN BY THE MAINSTREET』(1984)、シングル『MIRROR/DANCE』(2020) |
9 | 東京 | 『Home Bound』(1980) |
10 | MONEY | 『DOWN BY THE MAINSTREET』(1984) |
インターミッション | ||
11 | MAINSTREET | 『DOWN BY THE MAINSTREET』(1984) |
12 | さよならスウィート・ホーム | 『PROMISED LAND 〜約束の地』(1982) |
13 | 19のままさ | 『J.BOY』(1986) |
14 | 青春の絆 | 『生まれたところを遠く離れて』(1976)、シングル『この新しい朝に』(2021) |
15 | 終りなき疾走 | 『Home Bound』(1980) |
16 | ラストショー | 『愛の世代の前に』(1981)、『EDGE OF THE KNIFE』(1991) |
17 | ON THE ROAD | 『ON THE ROAD』(1982) |
18 | J.BOY | 『J.BOY』(1986) |
19 | 明日なき世代 | 『Home Bound』(1980)、シングル『凱旋門』(2019) |
20 | 家路 | 『Home Bound』(1980)、『The Best of Shogo Hamada vol.2』(2006) |
アンコール1 | ||
21 | SWEET LITTLE DARLIN’ | 『J.BOY』(1986)、『EDGE OF THE KNIFE』(1991) |
22 | THE LITTLE ROCKER’S MEDLEY~今夜はごきげん~HIGH SCHOOL ROCK & ROLL~あばずれセブンティーン | シングル『DANCE』(1984)~『君が人生の時…』(1979)~『生まれたところを遠く離れて』(1976)~『Home Bound』(1980) |
アンコール2 | ||
23 | 君が人生の時… | 『君が人生の時…』(1979)、ミニアルバム『Dream Catcher』(2015) |
全体の感想:”もうひとつの浜田省吾” – ソングライターとロックミュージシャン
今回のON THE ROAD 2023は、予想通りに懐かしい楽曲が中心のセットリストであり、ロックナンバーを中心とした熱いコンサートとなった。
70年代~80年代にファンだった人たちにとっては、あの当時が蘇る、文字通り”懐かしい”楽曲たちに、自分の思い出と重なって感慨深いコンサートだったのだろうと思う。
一方で筆者のように、『J.BOY』発売当時ですらまだ生まれていなかった、後から追いかけたファンにとっては、また違った感覚として今回のコンサートを見ていた。
最後に今回のコンサート内容について、近年の浜田氏のライブ活動の内容と照らし合わせながら、その意味合いについて考えてみようと思う。
まずは昨年行われたツアー「ON THE ROAD 2022 Welcome Back to The Rock Show “EVE”」が90年代以降の楽曲が中心となっていたのと、本ツアーの曲目は対照的な内容だったと言える。
単純に新旧で分けた、という意味以上のものを筆者としては感じ取った。それは浜田省吾と言うミュージシャンのアイデンティティに関するものである。
近年の浜田氏は、自身を”ソングライター”と呼び、歌を作る人というアイデンティティが最もしっくり来る、とよく語っている。
歌を作る、とは単にメロディや歌詞を作る、と言う音楽的な作業のほかに、今回のツアーで語られたように、誰かの心のうちを代筆するかのような、歌の主人公の物語を紡ぐことでもある。
筆者が最近書いた記事の中で、”歌が好き”と”音楽が好き”は実は違っており、”歌が好き”の方が大衆性が高く、音楽に詳しくない人でも、歌の心は伝わってくるものだ。
浜田氏がこうした歌を作る”ソングライター”としてのアイデンティティをより明確に持ち始めたのが、90年代以降だったのではないか、と思う。
とりわけ1996年のアルバム『青空の扉』では、それまでの浜田氏のイメージとはやや異なり、1曲ずつが短編映画のような良質ポップスのアルバムとなり、これが後の浜田氏の作風の原型となった。
「ON THE ROAD 2022 Welcome Back to The Rock Show “EVE”」ではそうしたソングライターとしての浜田省吾、つまり現時点での浜田省吾を示すツアーであったと言えるだろう。
それに対し、本ツアーは1986年の『J.BOY』まで遡り、デビューから1986年までの楽曲で構成されるコンサートとなっていた。
この時代は、ロックに憧れた少年浜田省吾がロックミュージシャンとして成長し、1つの到達点を迎えるまでの時代であったと言える。
もちろんこの時代にもソングライター的視点の楽曲はあり、「もうひとつの土曜日」はその後の浜田氏の作風に繋がるし、「悲しみは雪のように」(11日には披露した)もそのタイプの曲だ。
しかし当時はソングライターとしての自覚はまだ希薄だっただろうし、憧れたロックミュージシャンのステージを1つずつ昇っていくような感覚だったのではないか、と筆者は考えた。
だからこそ、もし80年代の楽曲でソングライター視点のベストヒット的な選曲にするなら「路地裏の少年」「片想い」「陽のあたる場所」などが入ってもおかしくないが、あえてなのか外されている。
単に若き日のベストヒット選曲と言うことではなく、ロックミュージシャンとしての浜田省吾の時代を切り取りたかったのではないか、と思うのだ。
それゆえツアーの副題には”youth”と言う言葉が用いられ、リスナーの青春でもあり、浜田氏にとっての青春の意味も含むタイトルだったのではないか。
当時を知る人にとっては、懐かしい浜田氏に再会する場所だっただろうし、筆者のようなソングライターとしての浜田氏を見てきた者としては、”もうひとつの浜田省吾”に出会う場所となったのだ。
あえてこのタイミングで、ロックミュージシャンとしての浜田省吾を振り返る意図は何だったのか、までは筆者には分からない。
ここ最近は時代を区切って振り返るようなコンサートが多く組まれ、コロナにより阻まれた80年代後半を振り返るコンサートができなかったことにも由来しているのかもしれない。
いずれにしても、ロックミュージシャンでありソングライターである浜田省吾を解体しながら、コンサートの中で1つの時代やコンセプトにもとづく楽曲を披露していくスタイルは面白い。
そこにはさらにもう一段上の、プロデューサー的な視点の浜田氏が見えてくる。コンサートの現場ではそこまで俯瞰した視点を意識することはないが、振り返ってみるとよく練られたコンセプトだと思う。
2022年にようやく再開したON THE ROADである。次なる浜田氏の構想は何なのか、さらなる展開に期待したいところである。
<本ツアーで披露された楽曲を多く含む作品>
『Home Bound』(1980)
80年代の路線を方向付ける最初のアルバムであり、ロック路線の始まりの作品。
『DOWN BY THE MAINSTREET』(1984)
かつて描きたかった10代の少年たちの物語を映画のように切り取ったアルバム。
『J.BOY』(1986)
少年の成長物語の集大成として、新曲と未収録の初期楽曲を含む2枚組の名盤。
『この新しい朝に』(2021)
新曲と1stアルバムのリメイク音源2曲を含むシングル。
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