リーゼントのツッパリファッション、2000年代初めにすい星のごとく登場したバンド氣志團、パラパラ風の振り付けと懐メロが融合したような「One Night Carnival」がヒットした。
氣志團の認知度としては、あのファッションが最も高いと思われるが、次いで「One Night Carnival」の楽曲のインパクト、そしてメロディの良さも印象的だったのではないか。
ファンの間では有名な事実であるが、実は氣志團はインストゥルメンタルバンドから始まり、「One Night Carnival」は初の歌モノだったのである。
今回はそんな氣志團の「One Night Carnival」を、2000年代のヒット曲としてではなく、氣志團と言うバンドの実験作、過渡期の作品と位置付けて考察してみようという記事である。
氣志團「One Night Carnival」の概要
- 作詞・作曲:綾小路翔、編曲:氣志團
- オリジナル発売日:2001年6月22日
- オリジナル収録作品:シングル『One Night Carnival』
氣志團の「One Night Carnival」について、リリース音源やバージョン等の情報をまずはまとめておこう。
「One Night Carnival」は氣志團の1stシングル曲で、最初は2001年6月22日にインディーズレーベルTiNSTAR RECORDSから3曲入りシングルとしてリリースされた。
メジャーデビューを果たして、2002年5月29日に『One Night Carnival』として再びリリース。こちらはインディーズ盤とセリフが異なり、カップリング曲も異なっている。
なおライブではメジャー盤ではなく、インディーズ盤でのセリフで披露されていることがほとんどである。
インディーズ盤で8万枚、メジャー盤で18万枚を売り上げており(いくつか情報あり)、オリコンの最高位はインディーズ盤は20位、メジャー盤は7位であった。
アルバムとしては、2003年の2nd『BOY’S COLOR』に初収録、こちらはメジャー盤の音源が収録されている。
ベスト盤『房総魂~SONG FOR ROUTE 127~』などにも収録されている。
なお2013年に「氣志團万博2013」のテーマソングとして、「One Night Carnival 2013」としてリメイクシングル化された。
こちらのバージョンは、2013年のベストアルバム『氣志團入門』で聴くことができる。
2022年には「One Night Carnival」のトリビュートアルバム『All Night Carnival』がリリースされている。
楽曲制作に至る経緯は後述するとして、氣志團としては初の歌モノ楽曲であり、氣志團を世に知らしめた楽曲である。
四つ打ちのディスコビートに、パラパラ風の踊りで始まるイントロ、途中にセリフを織り交ぜつつ、サビは80年代歌謡曲をオマージュしたような美しいメロディが登場する。
『NHK紅白歌合戦』で第55回と第56回の2回歌われている。
バンドの実験作、過渡期としての「One Night Carnival」について
2000年代初めに大ヒットした「One Night Carnival」であるが、最初からこうした路線を狙って作られたものではなかったことが、ファンの間ではよく知られている。
冒頭に述べた通り、バンド結成をした当時の氣志團はインストゥルメンタルバンドであった。日本のパンクバンドやガレージロックバンドなどの影響で、かなり尖った作風のバンドだった。
※その雰囲気を味わえるのは、インディーズ時代のアルバム『房総与太郎璐薫狼琉』である。
バンド内で反対意見も強かった中、ボーカルの綾小路翔氏は、この楽曲を推して世に放つことになる。
バンドとしては実験的と言うのか、ある意味では余興の1曲で作られた楽曲だったと言っても良いのかもしれない。
※こちらの動画内で誕生のいきさつについて語られている。
こちらの記事を読んでも、「One Night Carnival」が当時はバンド内でいかに異色の楽曲であったかがよく分かる。
※音楽ナタリー:「One Night Carnival」はいかにして生まれ、愛されてきたのか

そしてこの曲(やその前後の作品)で氣志團は世に知られることとなり、インストゥルメンタルバンドだった氣志團は大きく路線変更をしていくことになる。
「One Night Carnival」を世に放ったことで、結果的にこの曲がバンドにとっての転換点となった。
この曲をよく聴いてみると、後の楽曲に比べると、まだインストゥルメンタルバンドとしての佇まいが残っており、”過渡期”の楽曲として見ることもできる。
楽曲のパートに分けて考察する
インストゥルメンタルをやりたい部分と、歌謡曲っぽい部分とが、いかに絶妙にブレンドされた楽曲となっているか、各パートで見てみたいと思う。
「One Night Carnival」の歌の部分の展開は、Aメロ→Bメロ→サビ、という歌謡曲の王道パターンにはなっている。一方でインストゥルメンタルバンドらしさも残っている。
その前にあの印象的なリフであるが、非常にキャッチーなものではあるが、昨今の楽曲に比べれば、かなりイントロ部分が長いとも言える。
あのイントロフレーズに入る前の、さらにイントロがある、というように演奏を聴かせる部分をやはり重視している印象がある。
Aメロはメロディとセリフが交互に出てくる。歌と言うよりも、演奏+語りの延長線上に生まれたかのようなAメロと言う印象である。
Bメロも一応メロディにはなっているものの、同じフレーズを繰り返す形になっている。まるでギターリフを人が歌っているようでもあり、ここもインストが原点にあることを感じさせる。
そしてサビだけが王道のポップス、歌謡曲のようなスタイルになっている。このようにAメロ・Bメロは従来のインストゥルメンタルバンドらしい展開、サビだけ急に歌謡曲になっているのだ。
綾小路氏のインタビュー等によれば、サビのメロディが急に浮かんできて、この曲を作るに至ったという。
天啓のようなサビメロに対し、Aメロ・Bメロはバンドが試行錯誤の中で作られたような痕跡が見られる。Bメロまでは、それまでの氣志團らしさの方が強いように思われるのだ。
結果的にはこの絶妙なバランスが、ヒットをもたらしたのかもしれない、とも思う。全編が歌謡曲として作り込まれたのではなく、バンドらしさ・尖った部分がこの曲にはある。
それまでのインストゥルメンタルバンドとしての尖った氣志團の佇まいは残しつつ、ちょっとふざけた、それでいて泣けるメロディと言う絶妙なバランスがこの曲にはある。
後の楽曲との比較・ブレイクの時代へ
氣志團はインディーズ時代の「One Night Carnival」で火が付き始め、メジャーデビュー後は一気にブレイクの階段を駆け上がって行くことになる。
氣志團のブレイクは、「One Night Carnival」で見せた絶妙なバランスから、歌謡曲要素が徐々に強まったり、バンドらしさに回帰したり、とこの曲を起点に始まっているように思える。
筆者としては氣志團らしいバランスが最も絶妙だと感じるのは、1stアルバム『1/6 LONELY NIGHT』である。
「One Night Carnival」で見せたバンドらしいサビまでの展開と、美しく開放的なサビ、と言う方法論をベースに、それを広げた楽曲が並んでおり、非常に充実度が高い。
逆に2nd『BOY’S COLOR』はインディーズ時代のインスト曲のリメイクが多めで、もう少しバンドらしさに回帰したような内容になっている。
「One Night Carnival」の方法論から、もう一歩歌謡曲的な要素を強めたのが、2003年の3rdシングル『スウィンギン・ニッポン』だったように思う。
Aメロ、Bメロ、サビへの流れは、これまで以上にサビへの流れを必然的に感じさせるものであり、氣志團的なメロディ・展開が極まった状態にあった。
極まったということは、下降していくことも意味し、上り調子の時代は終わりを迎えることになる。
「One Night Carnival」前後にあった実験的とも言える、インストゥルメンタルバンドから歌モノへの移行、というのが、実は氣志團最大の魅力となっていた。
しかしそれはバランスとして非常に難しい物であり、歌モノ路線とバンドらしさとの間で揺れ動くことになって行くのだった。
そのバランスがだんだんと崩れていったように見えたのは、3rdアルバム『TOO FAST TO LIVE TOO YOUNG TO DIE』以降であった。
ツッパリ・青春を前面に押し出した原点回帰的な「キラ キラ!」も良い曲ではあるが、どこか既に自分自身を俯瞰出来てしまっているような、やはりデビュー時のキラキラ感とは異なるものだ。
むしろ「結婚闘魂行進曲「マブダチ」」は、それまで以上にポップで歌謡曲の方向に振り切ったことで、逆に氣志團らしい魅力が発揮された楽曲になっていた印象だった。
コンスタントにヒット曲を連発していた氣志團であったが、「One Night Carnival」という過渡期の楽曲が最大のヒットとなったことが、バンドに難しさをもたらした面はあると思う。
つまり意図しない絶妙なバランスのもとで生まれた楽曲「One Night Carnival」に戻ることはできず、進むしかないのであるが、果たしてどこに向かえば良いのか、ということである。
「One Night Carnival」が示したツッパリの世界観、インストゥルメンタルバンドとしての尖った部分、ポップで歌謡曲的メロディのバランスの中で揺れ動くこととなった。
まとめ
氣志團にとって、「One Night Carnival」はブレイクへの鍵となった曲であり、世間的に最も認知される楽曲である。
「見た目はツッパリ、歌はポップなバンド」という認識は、この曲で強烈に植え付けられることになる。
ただバンドの歴史から考えると、「One Night Carnival」は実験的な楽曲であったのと、結果的には過渡期の楽曲と言う位置づけになる。
もしヒットしなかったら、1曲だけの余興の曲であり、そのまま知る人ぞ知るインストゥルメンタルバンドとして続いたのかもしれない。
「One Night Carnival」のヒットは活動の幅を多いに広げるとともに、氣志團の1つの基準となった。
これが楽曲に対する複雑な思いをもたらすもので、ヒット曲を持つアーティストには共通の悩みのようでもある。
現在は「One Night Carnival」のヒットから25年近くが経ち、氣志團らしさは十分に確立、そして楽曲に対しても前向きに捉えることができているようだ。
改めて「One Night Carnival」を起点に、氣志團と言うバンド・音楽性の変化について追いかけて見るのは大変興味深いものだった。
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