今回取り上げるのは演歌のジャンルにおける、数少ないコンセプトアルバムを取り上げる。
全編が幕末の武士を楽曲のタイトルにした、完全コンセプトアルバムであり、一部のマニアには高く評価されている名作である。
以前このブログでも紹介したが、あまりに名作なので単独で取り上げ直すことにした。
その作品とは、尾形大作氏による『敬天愛人~幕末青春グラフィティー』である。
幕末の武士を題材にしたことから、思想的な面で語られることが多いアルバムではあるが、ここではあくまで音楽として優れた作品としてレビューを行った。
尾形大作について
まずは、本作を歌っている尾形大作氏の紹介をしておこう。尾形大作氏は福岡県出身の演歌歌手で、1981年にデビューしている。
1986年に発売した「無錫旅情」(むしゃくりょじょう)が130万枚の大ヒットとなり、第38回・39回NHK紅白歌合戦に出場している。
日本でもなじみのない中国のご当地ソングだったが、中国で先に人気が出て、後に日本でもじわじわと人気が出るようになった。現地にはこの歌の歌碑まで立てられた。
1989年には「大連の街から」が発売され、中国シリーズの楽曲が人気となった。
※中国シリーズの楽曲を集めたアルバム『心 風流にして中国(チャイナ)』
1990年に担当マネジャーの使い込みに端を発した所属事務所とのトラブルにより、事務所から独立。
その後は地元福岡でローカルタレント・俳優としても活躍し、演歌歌手としても活動を続けている。
アルバム『敬天愛人~幕末青春グラフィティー』について
ここではアルバムの基本情報に加え、入手困難盤ゆえに入手方法もお伝えしたい。
残念ながら作品制作に至る背景情報を見つけることができなかったため、表面的な情報に止まる。
基本情報
- タイトル:敬天愛人~幕末青春グラフィティー
- 発売日:1988年5月21日
- 発売元:バップ
- 作詞:星野哲郎、作曲:浜口庫之助(すべての楽曲)
幕末に活躍した人物10人を題材にした企画アルバムである。楽曲タイトルはすべて人物名がそのまま付けられている。
歌詞は各人物の特徴を踏まえて書かれている。楽曲はバラエティに富んでおり、演歌・歌謡曲の様々なタイプの楽曲が詰め込まれている。
なお歌詞の内容が愛国主義的な思想と結びつきやすいためか、右翼団体の街宣車で流れることもあるようである。軍歌を集めたCDの中に、一部楽曲が収録されていることもあるらしい。
入手方法について
現在アルバムは廃盤になっており、入手困難盤となっている。
Amazonでも中古商品は2~3万円で売られているが、売り切れてしまうことも多い。LPやカセットは出回ることもあるようである。
なお音源のみを入手したいということであれば、図書館で借りる方法がある。筆者が確認したところでは、都内では足立区立図書館のうち北千住駅に近い中央図書館に所蔵されている。
区外の利用者の貸出も行っており、筆者もこの方法で音源を入手した。東京近郊でどうしても入手したい人には、確実に音源入手できる方法である。
各楽曲の解説
ここからは10人の幕末の武士の名前を冠した楽曲をそれぞれ解説していこう。簡単に人物の紹介をした上で、楽曲の特徴をまとめている。
西郷隆盛
1曲目は薩摩藩士で、「西郷どん(せごどん)」で知られる西郷隆盛がテーマ。
「薩長同盟」を結び、江戸城の無血開城を導いた明治維新の功労者としてのイメージで歌詞が書かれている。現代の研究では実は冷徹な性格であったと言う見方もあるようだ。
楽曲は演歌と言うより、民謡における音頭のリズムである。豪快なイメージからか、ゆったりとしつつ勇壮なイメージもある曲調だ。
「死ぬという」のメロディを繰り返す部分が耳に残る。尾形氏の歌ものびやかであり、アルバムの幕開けに相応しい名曲だ。
吉田松陰
続く「吉田松陰」は、雰囲気を変えて落ち着いた琴によるイントロで始まる。
吉田松陰とは、長州藩士であり、思想家・教育者でもある。私塾「松下村塾」が有名であり、倒幕論者として、幕末に活躍する若い武士に思想的影響を与えたとされる。
3拍子による落ち着いたアレンジで、歌謡曲的な哀愁のあるメロディが耳に残る。”安政の大獄”により若くして亡くなった悲しみも表現されているように思われる。
なお1989年1月21日にシングルカットされている。
土方歳三
続く「土方歳三」では、軍歌に近い楽曲である。
土方歳三は新選組副長として、戊辰戦争の五稜郭の戦いで戦死したことで有名である。「龍馬の如き 花もなく」という歌詞にあるように、やや地味な印象だが新選組の重要人物だ。
2拍子でどっしりと進み、和音階による軍歌調の楽曲で全体が締まるような楽曲である。尾形氏の低音ボーカルが本領発揮する、歌との相性も抜群だ。
中岡慎太郎
中岡慎太郎は土佐藩出身で、尊皇攘夷運動の中心として活躍した。土佐藩を脱藩し、坂本龍馬と薩長同盟の斡旋に尽力するも近江屋事件で亡くなっている。
前曲の「土方歳三」よりは軽い曲調ながら、軍歌に近いイメージで「オーサー」の掛け声が勇壮な印象の楽曲である。
土方歳三とは政治的立場が異なるものの、アルバムの中では「土方歳三」「中岡慎太郎」の流れが、男らしい楽曲の対になっている部分である。
勝海舟
幕末の旗本であった勝海舟は、国際的な視野を持ち、西郷隆盛との間で江戸城無血開城を決めたことでも有名である。
そんな「勝海舟」は、江戸っ子口調の歌詞であり、「西郷隆盛」と同様に音頭の曲調である。ただし「西郷隆盛」との違いは、やや西洋風なアレンジであり、勝海舟をイメージしてのことだろう。
レコードであれば、A面の最後の曲だ。「西郷隆盛」で始まり「勝海舟」で終わる流れは、きっと意識したものだったのではないだろうか。
坂本竜馬
B面の1曲目は、歴史上の人物として人気の高い「坂本龍馬」である。
坂本龍馬は倒幕に向けて、薩長同盟を実現させ、初の商社である海援隊を作ったなど様々な功績を持っている。
楽曲としては、北島三郎氏の「北の漁場」など、いわゆる”漁師系”演歌の曲調である。パワフルなドラムで勇壮に突き進むようなイメージだ。
海軍の礎を築いた人物だけに、海を連想させる曲調になっているのかもしれない。
高杉晋作
B面の2曲目、アルバムの後半で雰囲気を変え、一息つくような1曲が「高杉晋作」である。
高杉晋作は長州藩士であり、吉田松陰の松下村塾に入塾した若き秀才であった。倒幕に向けて奇兵隊を立ち上げるなど、血気盛んなイメージで知られている。
楽曲はややカントリーすら感じさせる牧歌的なポップスである。「天衣無縫の 晋作だけど」の歌詞にあるような、リズミカルで素朴な味わいの楽曲となっている。
近藤勇
アルバムは終盤に向けて、「近藤勇」で盛り上がりを作っていく。
近藤勇は新選組局長として、尊王攘夷派との戦いを行った。池田屋事件での活躍が有名である。
楽曲は冠二郎氏の「バイキング」を思わせる力強いロック演歌である。Aメロでは四つ打ちのベースラインに、切れ味のある演歌調のメロディがかっこいい。
随所にエレキギターが入っており、勇壮で荒々しい楽曲となっており、後半への盛り上がりを作っている。
桂小五郎
本アルバムの中でも人気の高い楽曲が「桂小五郎」である。
桂小五郎は、後に木戸孝允の名前で知られ、幕末の志士であり明治維新でも活躍した人物だ。神道無念流の免許皆伝であり、坂本龍馬とともに薩長同盟を斡旋した。
楽曲は勇壮な行進曲であり、軍歌調のメロディだ。「国が乱れりゃ 国士が育つ」など勇ましい歌詞も人気の高い理由であり、街宣車で流れることも多いそうだ。
沖田総司
アルバム最後には泣きの楽曲が配置されており、それが「沖田総司」である。
沖田総司は新選組随一の剣術使いとして、池田屋事件などで活躍したものの、病気のため若くして亡くなった悲劇のヒーローとして語られることが多い。
楽曲は歌謡曲風の哀愁のあるメロディで、タンゴのリズムという粋なアレンジである。アルバムの終わりにもふさわしい美しいメロディの名曲である。
シングルカットされた「吉田松陰」のカップリング曲だった。
アルバムレビュー
『敬天愛人~幕末青春グラフィティー』のコンセプトアルバムとして素晴らしい作品であり、その良さについてレビューしていきたい。3つの観点からレビューを行った。
演歌におけるコンセプトアルバムとしての凄さ
まずは演歌と言うジャンルにおいて、コンセプトのしっかりした企画アルバムは希少であり、それだけで価値を持つものである。
幕末の武士10人の名前で統一した楽曲タイトル、人物をイメージさせる歌詞など徹底している。演歌の日本的な音楽性と、幕末の志士というロマンを感じさせる題材が見事にマッチしている。
コンセプトアルバムはロックのジャンルにおいてはよく見られ、プログレッシブロックではアルバムを通じて1つの世界観を構築する作品が多い。
全曲揃って作品が完成するコンセプトアルバムは、短時間で音楽を楽しむ娯楽的要素より、長時間かけて1つの作品となる芸術的要素が強い。
演歌はもともと1曲の中で世界観を作るジャンルではあるが、個々の楽曲だけでなく、アルバム1枚で1つのコンセプトを描く作品は珍しく、面白い。
演歌のアルバムは、ベスト盤として発売されることが圧倒的に多く、オリジナルアルバムが制作されること自体が少ない。その中で、本作はシングルよりもアルバムを中心に据えた斬新な作品だ。
楽曲の幅広さと質の高さ
コンセプトアルバムと言う企画の面白さに加え、中身の楽曲も大変素晴らしい。
これまで各曲の紹介をしてきたが、音楽的にバラエティ豊かであることがわかる。演歌、軍歌、音頭、歌謡曲、ポップス、タンゴなど、ジャンルだけを並べてもさまざまである。
そして人物の性格に合わせるように、音楽ジャンルが選ばれている点も面白い。たとえば「近藤勇」は勇壮に、「沖田総司」は哀愁のある楽曲となっている。
繰り返しにはなるが、コンセプトアルバムとして、音楽的にも全体の流れや緩急を意識した曲のチョイスも的確で見事である。
演歌のアルバムながら、意外なことに”ド演歌”の楽曲はほぼない。ド演歌は歌いやすいためにカラオケファンには人気であるが、楽曲は形式化しやすいため、アルバムの中に多いと飽きてしまう。
定番のド演歌を外したことも、既存の演歌の枠に当てはまらない、オリジナリティの高い作品になっているように思う。
歌手・尾形大作の本領発揮
忘れてはならないのが、歌手・尾形大作氏がこのコンセプトアルバムの楽曲を見事に歌っている点である。
「無錫旅情」がヒットした尾形氏は、ロック演歌的なリズミカルな歌唱が持ち味であるイメージが強い。
本作は血気盛んな幕末の志士を題材にしており、「近藤勇」「桂小五郎」などは尾形氏の歌唱との相性も良かったと言えよう。
一方で、尾形氏のボーカルは、低音が個性的とも言え、一方では器用な歌手ではないイメージがあるかもしれない。
しかし本作の中では、楽曲に合わせて「無錫旅情」とは異なる歌唱の魅力を見せてくれる。「高杉晋作」での軽やかな歌唱や、「沖田総司」の儚げなボーカルまで幅広い。
コンセプトに合わせて歌い分ける尾形氏の歌唱は、従来のイメージと異なる側面を感じ取れる点も大変興味深い。
まとめ
この記事では、尾形大作氏による名盤『敬天愛人~幕末青春グラフィティー』を紹介してきた。
アルバムのコンセプト、歌詞・メロディ、編曲、そして尾形氏の歌唱が見事に融合し、大変クオリティの高い作品に仕上がっている。
しかし演歌ファンにとっては、斬新過ぎる内容であったかもしれない。それゆえに現在は廃盤で、配信などもなく非常に入手困難な作品となってしまった。
一部には街宣車で流す音楽として高い評価を得ているが、改めて音楽作品としての本作を再評価したい。
本作は、演歌界における孤高のコンセプトアルバムの名盤である。大変入手が難しい作品ではあるが、ぜひ関心を持った人は、何とか入手していただきたいと思う。
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