【2002年~2003年】人間椅子日記その2(押絵と旅する男~修羅囃子)

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人間椅子

↓前回の【2000年~2001年】人間椅子日記その1(怪人二十面相~見知らぬ世界)

僕が人間椅子のファンになった2000年頃から、思い出すままにその当時のことを振り返ろうという記事の2本目である。

今回は2002年から2003年についてである。

・ビデオ『見知らぬ世界』の発売と発売記念ツアー

僕にとっての初の人間椅子のライブ、アルバム『見知らぬ世界』発売記念ツアーの興奮も冷めやらぬ中、MVとライブ映像が収録されたビデオ『見知らぬ世界』の発売が発表となった。

それまでライブ映像と言えば『遺言状放送』しかなかったので、発売は大変嬉しかったことを覚えている。

なお後にDVD化されている。

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2002年1月23日の発売であった。

ライブ映像は青森県田舎館村での収録で、チープな映像だなあと思いつつも、マスヒロさん在籍時の素晴らしいドラムプレーが残されている。

そしていまだに「見知らぬ世界」のMVが人間椅子のMV史上最も良い作品だと僕個人は思っている。

さて、そのビデオ発売記念ツアーが行われ、また名古屋公演に足を運んだ。

2002年1月28日名古屋ell Fits Allでの公演だ。

この時からしばらくの間、Electric Lady Landから一回り小さいell Fits Allでのライブとなった。

少し動員が減ってしまった時期だったのだろうか。

セットリスト

こちらを参考に)

黄金の夜明け

恋は三角木馬の上で

人喰い戦車

盗人讃歌

自然児

都会の童話

甘い言葉 悪い仲間

「君忘れじの田舎館村」

(和嶋氏のオリジナル歌詞で演奏、アイアン・バタフライ「ガダ・ダ・ヴィダ」のカヴァー)

どだればち

見知らぬ世界

陰獣

死神の饗宴

暗い日曜日

天体嗜好症~ドラムソロ~天体嗜好症

わたしのややこ

青森ロック大臣

幸福のねじ

<アンコール1>

ARMED AND READY(M.S.G.)

人面瘡

地獄風景

<アンコール2>

ダイナマイト

この時のライブは、後に人間椅子倶楽部の会報で確認すると、他の会場と名古屋だけ大きくセットリストが異なっていた。

他の会場は「鉄格子黙示録」、「爆弾行進曲」の順で始まるのに比べて、名古屋はとても渋かった。

そして1曲目の「黄金の夜明け」の最初のところで、和嶋さんギターをミスって舌をペロペロ出していたのを今もよく覚えている。

またこの頃にはマスヒロさんのドラムソロが入ることが時々あった。

ビデオでは「どだればち」のイントロに少しソロっぽいものが入っているが、この時は「天体嗜好症」の中間のギターソロが終わった後にドラムソロがあった。

まさに怒涛のドラムソロ。

どんなソロだったのか形容しようがないが、呆然と見つめるしかないようなソロだった。

セトリを見ていただければわかるように、当時はこんなファンクラブの集いのような曲目が平然とワンマンで演奏されていた。

てんこ盛りで満足したライブという印象を持っている。

・ベストアルバム『押絵と旅する男』発売

2002年8月21日にはベストアルバムが発売された。

これも買ってはいるものの、新曲が入るのでもなかったため、それほど覚えていることはない。

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ただ今思えば、僕はこの『押絵と旅する男』に収録されている時期、つまり『踊る一寸法師』~『見知らぬ世界』の作品が最も楽曲として好きな時期だ。

初期の曲と最近の曲は、フィクションの世界を借りて作られた曲が多く、和嶋さんや鈴木さんの個人的なことはあまり歌われていない。

それに比べると、この時期の曲は割と作曲者の生身の姿が見えてくる曲が多いと思う。

鈴木さんであればパチンコシリーズがあるし、和嶋さんも「暗い日曜日」や「黒い太陽」など生々しい歌詞の曲がある。

この時期はそういった生身の人間の苦しさみたいなものがサウンドのヘビーさに乗っかって、より重苦しくなっているのがとても良い。

また音楽的にも様々な試みがなされたのがこの時期で、『踊る一寸法師』ではそれまでにない作風になっているし、「怪人二十面相」のようなコンセプトのある作品も面白い。

売り上げに結びつかずとも、人間椅子史上最も音楽的に高度なことをやっていた時期だと思っている。

少し話が逸れたが、この時の発売記念ワンマンライブは東京でしかなかったため、あいにく参加していない。

そのライブでは『修羅囃子』に収録される新曲が披露されており、既に次のアルバムの告知もされていた時期だったのだろう。

この頃は、前後の時期と比べるとリリースが結構多く、盛り上がっていた時期だったような気がする。

当時はインターネットがまだ浸透しきっていない時期で、電話をかけると音声が聴けるサービスがあった。

このベスト盤発売に際し、ベスト盤から「怪人二十面相」「見知らぬ世界」「黒い太陽」が試聴でき、メンバーからのコメントを聴けるというものがあったようだ。

(FC会報による情報)

結局これは僕は聴いていない気がする。。

それから2002年は人間椅子倶楽部会報が比較的多く発刊されていた。

2002年は1月にツアー「見知らぬ世界」について、5月にビデオ「見知らぬ世界」発売記念ツアーについて、8月に「押絵と旅する男」発売について、それぞれ書いてある。

・11枚目のアルバム『修羅囃子』発売とラジオ番組で和嶋さんの出待ちをしたこと

2003年1月22日に『修羅囃子』が発売となった。

そして前作にはなく、プロモーション活動はさかんで、オリコンチャートやタワレコのチャートにもランクインしたりと話題になったように記憶している。

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プロモーションのことで言うと、僕が住んでいた岐阜県にも和嶋さんがラジオに生出演するということがあった。

ちょうど中学校が終わって、岐阜駅にあるラジオスタジオに行ける時間だった。

とは言え僕は何だか気恥ずかしくて、躊躇していたのだが、母親に行ってきなさいと後押しをされ、緊張しながら、そして学ランを着たまま出待ちすることにした。

スタジオの前に行ったが、いたのは僕一人だったと思う。

和嶋さんが出てこられて、お話しすることができたのだ…!

僕は何を言ったのか覚えていないが、たぶん応援しています、ぐらいしか言えなかったと思う。

和嶋さんはありがとうと、優しく接してくれた。

地方の中学生が、憧れのバンドのメンバーと会えた感動というのは相当なものだ。

その後上京してイベントで再びお会いしたとき、「あの時の岐阜の中学生です!」とファンを続けていることを報告できた。

この出待ちのことはやっぱり特別である。

他にもこの時だったか、名古屋のラジオで1か月間毎週人間椅子が番組を放送するというのがあった気がする。

メンバーが好きな曲を流すみたいな内容で、その時鈴木さんが流していたSpiritual Beggarsを初めて知り、かっこ良くてCDを買った覚えがある。

・『修羅囃子』発売記念ツアー、そして「終わらない演奏会」ツアー

この時は2月にアルバム発売ツアー、そして追加公演的に5月に「終わらない演奏会」ツアーが立て続けに行われた。

この2つのライブはいずれも、アルバム『修羅囃子』のジャケット写真の衣装で演奏されていた。

いずれも名古屋公演に行った。

覚えていることと言うと、その出で立ちの異様さと、鈴木さんがこれから皆でメイクしようよみたいなMCをされていたことだ。

そして5月の方では、鈴木さんが「名古屋だけでやります、『胎内巡り』!」と言って歓声が上がったと記憶している。

2003年2月18日 名古屋 ell Fits All

こちらを参考に)

蛇性の淫

みなしごのシャッフル

晒し首

<MC>

王様の耳はロバの耳

野球野郎

<MC>

最後の晩餐

狂気山脈

<MC>

羅生門

賽の河原

<MC>

東洋の魔女

相剋の家

<MC>

死神の饗宴

黒猫

<MC>

人面瘡

エキサイト

<アンコール1>

愛の言葉を数えよう

地獄

<アンコール2>

地獄風景

2003年5月10日 名古屋 ell Fits All

こちらを参考に)

終わらない演奏会

愛の言葉を数えよう

りんごの泪

<MC>

野球野郎

<MC>

恐山

<MC>

屋根裏のねぷた祭り

<MC>

涅槃桜

桜の森の満開の下

<MC>

DEUCE(KISS)

BLACK DIAMOND(KISS)

<MC>

夜叉ヶ池

<MC>

胎内巡り

東洋の魔女

相剋の家

<MC>

人間椅子倶楽部

天国に結ぶ恋

針の山

<アンコール1>

九相図のスキャット

<アンコール2>

地獄風景

・後藤マスヒロ氏の脱退

名古屋ではそ2003年のワンマンライブはこれだけだったと記憶しているが、東京ではイベントも含めいくつかライブがあったようだ。

『修羅囃子』をめぐっては、チャートインすることもあったり、プロモーションが盛んに行われたりと、賑やかであった。

ベスト盤『押絵と旅する男』が出て、レコード会社的にも力を入れてもらっていた時期なのかもしれない。

しかし一方で僕個人の感想では、『見知らぬ世界』に比べると『修羅囃子』は、しっくりこない部分があった。

一番人間椅子をよく聴いていた時期なので、思い入れはあるアルバムだが、全体としての完成度の問題なのかそこまで好きなアルバムではなかった。

中学生ながらに、今一つかみ合ってなさを感じていたところだった。

そんな中、年末の時期にドラムの後藤マスヒロ氏が脱退との知らせが入った。

それまでの人間椅子はやっぱり和嶋さん・鈴木さん2人と、ドラマーの人という2対1の関係だった。

具体的に何があったのかわからないが、別のバンドでプレーするとのことだった。

あまりに余人を持って代えがたい名ドラマーなので、人間椅子はどうなるのだろうと不安がかなり大きかったと記憶している。

何となく『修羅囃子』が雰囲気としては盛り上がっていただけに、急降下、このまま人間椅子は終わってしまうのでは…とすら思ったりもした。

もちろんその後にこんなブレイクが待っているとは考えもつかなかった。

次回、【2004年~2005年】人間椅子日記その3(三悪道中膝栗毛)に続く。

(続き)

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