東日本大震災の日に山形で免許合宿が始まった人の話

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日記
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今日は3月11日。

あの大きな震災があった日から9年の月日が経ちました。

あの日の前と後では間違いなく世の中は変わってしまいました。

様々なものが失われ、立て直してきた道のりの先に今があります。

「震災を忘れない」と言葉にすることは簡単ですが、忘れたくてもフラッシュバックしてしまう方もおられると思いますし、1つの方向に思いを集約できるほど簡単なことではありません。

震災と言う「出来事」は1つですが、その「体験」は誰一人として同じものはありません。

あの震災の時も私はこのブログを続けていました。

そしてどういう縁があったのか、私は3月11日の朝、山形県に向かっていました。

震災のあの日、私は朝から山形に向かっていた

私は3月11日から2週間、大学の友人と免許合宿に出かける予定でした。

最初の計画の段階では、宮城県の教習所に行く予定でしたが、途中で山形に変更になりました。

これも今考えると、変更していなかったらどうなっていただろうと思います。

11日当日は朝から移動して、午後には教習所でオリエンテーションが行われていました。

そして最初の授業が始まるまでの休憩時間だったように記憶しています。

感じたことのない揺れに襲われました。

講習をする部屋で、床に固定された机だったので、皆机の下に潜り、机にしがみついていたと思います。

しがみついていないと体が動いていきそうな揺れでした。

その日の教習については中止が決定となり、宿泊施設にすぐに帰されました。

停電が続いていましたが、宿では何とか食事を出してもらえました。

驚くことに翌日から教習が始まることになりました。

ガソリンはあるし、講習はビデオが映らないけど先生が話せば良いと、とにかく教習を遅らせない方針をとってもらえたのです。

何と言っても停電しているので、他の地域の状況がわかりません。

ラジオではどうやらとんでもないことになっているらしい、そう言う情報だけはなんとなく入っていました。

幸い山形は津波もなく、被害の少ない地域でした。

むしろ心配していたのは実家の両親や友人でした。

当時は東北の方の地震、という報道がされていたので、山形がどうなっているかもちゃんと伝わっていなかったのです。

教習所で発電機が導入されて、初めて見たテレビは衝撃だった覚えがあります。

やっぱり大変な地震だったんだと。

携帯の充電もできたので、ようやく親や友人と連絡をとることもできました。

不幸中の幸いだった山形滞在

こうして教習は着々と進んでいきました。

この間、食事つきの宿泊施設に滞在していたので、不自由することがなかったのが本当に有り難いことでした。

そして教習をしっかりやる、ということに集中できたので、落ち着いた日々を送っていた印象があります。

しかし路上の教習になった頃、街のガソリンスタンドに長蛇の列が並んでいたのを覚えています。

自分たちは教習のためにガソリンを使っていますが、生活のためのガソリンが不足している状況は、とても申し訳ないような思いに駆られました。

しかし教習所の先生方はそれとこれは別だ、と言ってくれたように思います。

私たちの次の日から教習が始める予定だった人たちは中止になっていたと記憶していますが、山形に既に来てしまっている私たちは何とか卒業させなければならないと、大変な状況の中、先生方は懸命に教習を続けてくださいました。

卒業から帰路へと

卒業も間近の頃、講習も少なくなるので、昼間に近くの足湯につかりに行きました。

そこで宮城から来たというトラック運転手の数人組と出会いました。

自然と震災の話になり、テレビでは報道できない生々しい惨状を聴きました。

この時に最初行く予定だった宮城に行っていたらどうなっていただろうと恐ろしくなりました。

教習は震災当日の1日遅れただけで卒業できました。

帰りは直接東京に戻る新幹線が止まっていたので、新潟まで私たちを送ってくださいました。

本当に不自由なく過ごせたのが有り難かったなと言う思いです。

震災の私の体験

このように免許合宿と言う非日常に、震災と言うより大きな非日常が重なった体験になりました。

ただ震災の影響はいろいろな意味で受ける割合は小さかったと思います。

生活のことは宿泊施設の方々が支えてくださっていましたし、余震や停電の不安も、友人や先生がいてくれたことや、教習に集中することでそこまで感じずにいられました。

この体験で私は本当に少し状況が違うだけで、命を落とすこともあるし、危険な状況に見えても、紙一重で助かっている状況もあることを体感しました。

「偶然はない」と言います。

今もこうして無事に生活できていることも、きっと意味があって命が繋がっていることなのでしょう。

それぞれに「あの日」の経験があると思います。

ただ「忘れない」ために語るのではなく、今より前に一歩進んでいくために、今一度立ち止まって、自分を見つめ直す日にできたら良いなと思ってこんな記事を書いてみました。

良かったら2011年の3月11日からの記事を見てみてください。

当時の不安と、意外にも普通の日々が綴られています。

本日の1曲

免許合宿後半で、大雪の日があり、教習所内で運転していて雪にはまってしまうことがありました。

その翌日はすっかり晴れて清々しい1日でした。

そんなときに千昌夫さんの「北国の春」が頭に流れてきます。

東北の人にしか分かり得ない、春が来ることの喜びを、少しだけ感じられた出来事でした。

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