結成から45周年を迎えるジャズ・ファンク、あるいはアシッド・ジャズの大御所、Incognitoが2024年3月に来日した。来日は比較的多いバンドのようだが、2022年以来の来日となる。
4年ぶりの新作『Into You』リリースを記念して行われた来日ツアー、筆者は初参加で高崎公演を観てきた。ロックのコンサートに行くことの多い筆者には、非常に新鮮なライブ体験となった。
3月10日の高崎公演について、筆者の感じたところなどを中心にレポートする。なおセットリストが分からないため、判別できた楽曲のみ取り上げつつ書くこととした。
ライブレポート:Incognito “INTO YOU” Japan Tour 2024 高崎芸術劇場 スタジオシアター
Incognitoは1979年にイギリスで結成されたバンドであり、アシッド・ジャズというジャンルの中心的なバンドと言われている。
その音楽性はファンクのリズムを中心に据えつつ、洗練されたサウンドやキャッチーなメロディが耳馴染みやすい。あまりファンクに馴染みのない日本人にとっても受け入れやすい印象である。
メンバーは結成時からのジャン・ポール・’ブルーイ’・モーニックが中心となり、メンバーチェンジが頻繁に行われてきたが、今回はボーカル3名を含む12人体制での公演となった。
2023年にリリースとなった4年ぶりのオリジナルアルバム『Into You』を携えての来日ツアーである。
昨年末に日程が告知され、3月5日(火)~9日(土)までブルーノート東京での5日間、10日(日)の高崎芸術劇場 / スタジオシアター、12日(火)の梅田クラブクアトロの計7日間である。
横浜在住の筆者としては、距離で言えば東京のいずれかに参加するのが得策である。しかしブルーノート公演は、音楽を楽しみつつ食事するような趣であり、演奏時間も短い。
そうした”大人の嗜み”的な時間を過ごしたい人にはおすすめだが、筆者は純然と音楽が聴ければそれで良く、演奏をたくさん聴きたいので、高崎までプチ遠征することにしたのだった。
東京か高崎か、と迷っているうちに高崎公演のチケットが売り切れ間近となってしまい、慌ててチケットを購入。その直後に全てのチケットが完売となり、危ういところだった。
さて、高崎まで鈍行列車に揺られて2時間ちょっと、高崎駅に降り立つのは初めてである。会場は高崎駅から徒歩5分と言う好立地だ。
それほど賑わっているとは言い難いエリアで、本当にコンサートホールがあるのか、と思ったところに、突如として現れるのが高崎芸術劇場である。
かなり立派な作りであり、内装もお洒落で居心地の良い空間である。
【本日開催】#インコグニート “イントゥ・ユー” ジャパンツアー 2024
— 高崎芸術劇場 (@tct20190920) March 10, 2024
いよいよジャズファンク最高峰 #incognito が高崎芸術劇場スタジオシアターに登場!
ワン&オンリーのステージにどうぞご期待ください。18:00開演てす!@Incognito_world #onelove pic.twitter.com/ywHBCCZJQO
建物内にもいくつかのホールがあり、今回は1階~2階にあるスタジオシアターだ。席数は400~600くらいに可動できるようで、今回は何席に設定されていたか不明だが、もちろん完売となっていた。
入場すると、CDやグッズ販売が行われており、終演後にサイン会があると言うので、新作『Into You』をまだ持っていなかったので買うことにした。
筆者は2階席だったが、それほどステージまでの遠さを感じさせない席だった。あまり1階との高さが変わらないからであるが、1階席の人が立っても座ったままステージがしっかり見える作りになっていた。
開演時間の18時を過ぎた頃、メンバーが登場。最初にブルーイ氏が話し始めて、「かなり古い時期にレコーディングした楽曲」と紹介して1曲目の演奏が始まる。
何と1曲目は1981年の1st『Jazz Funk』から「Parisienne Girl」であった。
1stアルバムを敬愛する筆者としては大興奮の1曲目だった。ベースのフランシス・ヒルトン氏のスラップベースが印象的であった。
会場の音はかなり良いと感じた。個々の楽器の音がしっかりと聞こえている。
1曲目はインストであったが、その後はボーカルが3名登場して、アルバム『Into You』からの楽曲が演奏されていく。
やはりボーカルが3名いると華やかな印象であり、それぞれ3名とも持ち味があって、楽曲に合わせてボーカルがかわるのも面白い。
「Keep Me In The Dark」を歌うナタリー・ダンカンは、ソリッドな楽曲での突っ込みと、透明感のある歌声が印象的だった。
一方でアルバムのタイトル曲「Into You」を歌うチェリー・Vは、ソウルフルで力強い歌声を聴かせてくれた。
なおブルーイ氏の饒舌なMCも印象的だった。メンバーの紹介も行いつつ、チェリー・Vの綴りはフルーツの”Cherry”ではなく、”Cherri”であるから間違えないように、と語っていた。
セットリストには新旧の曲が散りばめられており、「Don’t You Worry ‘Bout A Thing」など外せない楽曲も序盤から惜しみなく披露された。
中盤には「Still A Friend Of Mine」「A Sade Of Blue」など、じっくり聴かせる曲も配置しつつ、新旧の楽曲が違和感なく並んでいた。
新譜と既存曲が全く違和感なく並ぶのは、Incognitoの音楽性が全くブレていないからだと分かる。
そしてこの日のハイライトの1つが、彼らの代表作の1つである1992年の『Tribes, Vibes + Scribes』収録の「Colibri」だったのではないか。
ブルーイ氏はこの曲のタイトルを話す前に、どうやら楽曲が生まれた時のエピソードを語っていたようだ。眠れない夜にテレビをつけていると、目をつぶっても瞼の中に映像が浮かんだと言う。
それはハチドリが飛んでいる様子であり、その映像とともにあのイントロのコード進行、そしてベースラインが浮かんできたのだと言う。
その音階を録音するまでは人と会話ができなかったようなことを語っていたが、まさにそういう曲は”降りてきた”曲なのだろう、と筆者は思った。
だからこそ耳から離れないコード進行・ベースラインなのであり、Incognitoを代表する楽曲の1つになっているのだろう。
スペイン語でハチドリ(Hummingbird)を意味する言葉がタイトルだ、と披露された「Colibri」である。
ライブの中で唯一と言って良いほど、ブルーイ氏のギターが目立ったのはこの曲のイントロである。ブルーイ氏はバックに徹しており、リードギターはチャーリー・アレン氏に委ねていた。
しかしブルーイ氏の弾くギターカッティングの硬質で切れ味のある音がとても良かった。
「Colibri」ではメンバーのソロコーナーも用意されており、楽器に合わせてリズムもサンバ調になったりと、変化があって面白い。
圧巻だったのは、ドラムとパーカッションの掛け合いであった。通常、ドラム・パーカッションそれぞれでソロを行うのはよく見るが、2人一緒にソロを合わせながら弾くのはなかなか見たことがない。
テンポも途中で変わっていくのに、2人で一糸乱れずに進んでいくプレイはすさまじかった。
ドラムはテクニカルかつパワフルだったフランチェスコ・メンドリア氏、そしてパーカッションは弱冠24歳というリッチー・スウィート氏が渾身のプレイを見せてくれた。
ボーカリストも含め、Incognitoは若いミュージシャンを起用し、輩出していることでも知られるのだった。
ライブ後半ではブルーイ氏が、バンドメンバーの出身地とともに紹介する場面もあった。実に様々な国から来たメンバーが揃っており、それぞれの国の血がIncognitoの音となっている。
後半には男性ボーカルの楽曲も印象に残った。キーボード担当のキッコ・アロッタ氏が歌う「1993」は、シンセとボーカルのユニゾンで、巧みなプレイを見せてくれた。
またトニー・モムレル氏が歌う「As」では、会場と一緒になって歌う場面もあったりと、ライブ後半に盛り上がるパートがあって良かった。
ライブの最後は1991年に全英6位のヒット曲「Always There」で華々しく、大いに盛り上がった。
最後はメンバーが並び、ブルーイ氏がメッセージを告げる場面があった。子どもたちを守る、ということを仕切りに話していたのが印象的だった。
また日本が良いところであるということも話しており、分断が起きている世の中でも、音楽などを通じて心を通じ合えるはずだ、というようなメッセージだったように聞き取った。
そして最後はBob Marleyの「One Love」が流れつつ、メンバーは退場していった。
残念ながらアンコールはなし。おそらく、その後はサイン会があるためであり、アンコールをやる時間はないということだったのだろう。
泊りがけにしていたので、サイン会に参加することができた。終演後すぐにブルーイ氏が出てきて、1人ずつ丁寧にサインをしてくれたのだった。
かなり列が並んでいたのだが、アイドルのサイン会などとは違い、かなりゆっくりと進行している。それもそのはず、ブルーイ氏が1人ずつ英語で話をしているからであった。
筆者はブルーイ氏に「What do you do?」(仕事は何をしているのか?)と聞かれて、なかなか一言で説明しにくい仕事をしているので、答えに窮してしまった。
何とか答えをひねり出して、無事にサインをいただくことができた。温かい人柄がにじみ出ているブルーイ氏、音楽の良さも人柄から来るものなのか、と思ったりした。
なおサイン会中に、「来日の予定はあるのか?」と尋ねた人がおり、ブルーイ氏は「年末にはIncognitoとして来日する」と語っていたことが判明している。
全体の感想 – 至高の演奏が支える底抜けに楽しいライブ
今回初めてIncognitoのライブに参加し、さらにはジャズ・ファンクあるいはアシッド・ジャズと呼ばれるジャンルのライブ自体も初めてのことだった。
やはりロックのライブとは異なるグルーヴが通底しており、ロック以上に思わず身体が動き出してしまう楽しさは、このジャンルならではのように思えた。
そしてこのようなグルーヴ感を作り出すのは、腕利きのミュージシャンが集ってこそだろうと思った。ブルーイ氏が司令塔になりながら、若手も含め素晴らしいミュージシャンが集まっている状況だ。
しかもそれはスタジオミュージシャンが集まっている時のような、独特のよそよそしさがなく、しっかりバンドとしての一体感のようなものを感じた。
その一体感は、ライブ中に譜面を見ることなく演奏しているミュージシャンが多いことからも窺えた。
スタジオミュージシャンが一度きりのライブで集まれば、譜面をなぞりながらの演奏にどうしてもなる。しかしやはりIncognitoはバンドという形態を大事にしているようにも思えた。
筆者はそんなグルーヴを以下の動画から感じ取り、このたびどうしてもライブに行きたいと思ったのだった。
音楽を楽しむという原点を感じさせる素晴らしいセッション動画であり、そして生演奏を体感して、その良さは映像の何倍も良いものだと確信した。
また今回の選曲の中心となったアルバム『Into You』は、近年のIncognitoの流れを汲みつつ、よりメロウで洗練されたファンクと言う印象の作品だった。
ボーカルによるキャッチーなメロディと、腕利きミュージシャンたちの玄人的な演奏のバランス感も抜群だったように思う。
感覚的にはバンドや演奏の状態もとても良いのではないかと思えた。次回は今年(2024年)の終わりに来日すると言うので、ぜひまだIncognitoのライブを体感したことのない人は足を運んでみてほしい。
<Incognitoのおすすめアルバム>
『Jazz Funk』(1981)
『Inside Life』(1991)
『Tribes, Vibes + Scribes』(1992)
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