2023年はデビュー35周年を迎え、久しぶりのコンサートツアーを行ったエレファントカシマシ。改めてそのオリジナリティ溢れる楽曲にも注目が集まっている。
エレファントカシマシと言えば、ボーカル宮本浩次が作るストレートなメロディが魅力の1つであるが、それだけにとどまらない、凝った楽曲も存在している。
特に初期の楽曲を中心に、ハッとさせられるような転調やコード進行がさりげなく入れられた楽曲も、筆者としては目が離せないポイントだ。
そこで今回は、エレファントカシマシの楽曲の中から、上手い転調やコード進行の楽曲を10曲選んでみた。その魅力を、あまり音楽的知識の話に寄り過ぎずに、伝えてみたいと思う。
ハッと驚かされる巧みな転調・コード進行の登場する10曲
エレファントカシマシの楽曲の中で、ハッと驚かされる巧みな転調・コード進行の登場する10曲を紹介する。
エピックソニーに在籍した80~90年代の初期の楽曲が多くなっている。その理由は、初期の楽曲がストレートなメロディがまだ開眼しておらず、マニアックな音楽をやっていたからだ。
粗削りなサウンドながら、凝った展開を取り入れ、音楽的に模索していたことが窺える。
サラリ サラ サラリ
- 作詞・作曲:宮本浩次
- オリジナル収録作品:2ndアルバム『THE ELEPHANT KASHIMASHI II』(1988)
ストレートな怒りをぶつけた1stアルバムから、その佇まいを残しつつも、よりヘヴィで内省的な方向に進んだのが2ndアルバム『THE ELEPHANT KASHIMASHI II』であった。
2ndの作風を象徴する1曲が、この「サラリ サラ サラリ」ではなかろうか。
アコースティックギターを軸に、フォーク調の楽曲だ。サビではエレキギターが入り、ハードロックも思わせる部分がある。
キーはGであり、後半まではストレートに進むものの、ラストにCメロが挿入され、D♭m→A♭mと言う展開がになる。そしてさらにGに戻って楽曲は終了する。
このラスト部分があることで、一気に哀愁漂う楽曲に変貌するところが面白い。もう一度最初から聴き直したくなるような、不思議な余韻の残る曲である。
珍奇男
- 作詞・作曲:宮本浩次
- オリジナル収録作品:3rdアルバム『浮世の夢』(1989)
初期エレカシを代表する楽曲の1つであり、エピックソニー期のあまりに独自な音楽性を象徴する楽曲でもある。
ライブでは当時の演奏スタイルをそのままに、宮本氏は椅子(通称、男椅子)に座ったまま、ギターをアコースティックからエレキに持ち替えて演奏されるのもユニークだ。
実は転調の面白い曲である。Eのメジャーキーで始まるこの曲だが、いわゆるブルースの3コードが基調にはなっている。
Bメロ最後がA♭m→D♭m→D♭となっており、そのままF#に転調するのだ。サビはF#のメジャーで進行し、最後がDで終わる。
間奏はEに戻るが、ラストのサビ後は、Dのまま進行してそのまま曲が終了する。実は展開自体もスリリングな楽曲であるため、緊張感のある演奏が楽しめる楽曲と言えるだろう。
too fine life
- 作詞:宮本浩次、作曲:石森敏行・宮本浩次
- オリジナル収録作品:4thアルバム『生活』(1990)
問題作にして傑作4thアルバム『生活』は、サウンド面の粗削りさに反して、楽曲の構築度はエピックソニー時代随一である。
プログレッシブロックとも言うべき長尺の楽曲が並ぶ中、唯一ストレートで明るい作風の楽曲だ。しかしこの曲の転調もなかなか味わい深い。
冒頭はEで始まるこの曲、しかしBメロ(サビと言うべきか)になると、Bに転調しているのだ。この転調は大胆に見えながら、さりげなく行われている点がとても良い。
ストレートで明るい雰囲気を作り出す上でも、この転調が一役買っていると言えるだろう。
偶成
- 作詞・作曲:宮本浩次
- オリジナル収録作品:4thアルバム『生活』(1990)
アルバム『生活』の中で、宮本氏の叙情的なメロディが光る1曲である。アコースティックギターによる弾き語りに近い感覚の楽曲で、ストレートに展開していく。
しかし後半に「我が命尽きる~」の部分で転調と言うべきか、凝ったコード進行が挿入されている。クリシェと呼ばれるルート音が半音ずつ下がる進行が用いられている。
さらにクリシェが転調する展開になっており、その効果は力強くも悲しい旋律に聞こえるのである。
素朴なメロディラインが続く中に、こうした巧みな展開を取り入れることで、楽曲に深みを増すことに成功している。この辺りが『生活』の名盤たる所以の1つであろう。
月の夜
- 作詞・作曲:宮本浩次
- オリジナル収録作品:4thアルバム『生活』(1990)
とにかく凝った作りの楽曲が多いアルバム『生活』の中でも、とりわけ芸術性の高い曲が「月の夜」である。宮本氏の絶叫が響き渡る中間部すら美しく思える、凛とした佇まいの楽曲だ。
その凛とした空気感、コード進行の複雑さにもあるようだ。キーはAから始まるこの曲、Aメロの中でも転調している。
1番では「暗黒の夜に」の部分で、BmからE♭mへと大胆に進行する。マイナーコードを巧みに使ったAメロは静寂と、どこか浮遊感のあるコード進行になっている。
そして中間はまた大胆にGへとキーが転調し、最後はAメロに再び戻ってくると言う展開である。Aメロに比べるとストレートな中間部は、一気に炎が燃え盛るような情熱を感じさせる。
いつものとおり
- 作詞・作曲:宮本浩次
- オリジナル収録作品:6thアルバム『奴隷天国』(1993)
暑苦しいほどの熱量で激しいロックナンバーが多めのアルバム『奴隷天国』。その中にあって、次のポニーキャニオン期を予感させるのが「いつものとおり」である。
ストレートなメロディと陽気なリズムが、これまでのエレカシにはなかった曲調である。しかし中間部で突如としてヘヴィなリフになる展開が挿入されている。
この曲のキーはF#という変わったものだが、中間部でダウンチューニングによるDの音が入ってくるため、非常に重々しく聞こえる。
元の展開に戻る際には、リズムのキメによって半音ずつ音を上げていくフレーズが用いられる。この展開があらかじめあったのか、強引に戻すための展開なのか、個人的には気になるところだ。
東京の空
- 作詞・作曲:宮本浩次
- オリジナル収録作品:7thアルバム『東京の空』(1994)
攻撃性とポップさのバランスが抜群の名盤『東京の空』のタイトル曲である。エレカシには珍しく、10分を超える大作であるが、楽曲の核となる展開は非常にシンプルなものだ。
冒頭のFm7→Gm7によるAメロと、巧みな転調によるC#m→G#m~と続くメロディアスなBメロの2つが中心である。まずこのAメロからBメロの転調がこの曲のカッコ良さの肝であろう。
唯一展開する部分が「いつもと同じならいい」と言う部分であり、ここではEmとE♭mを行ったり来たりする変わった展開だ。それが不思議と雅な旋律に聞こえるのは筆者だけだろうか。
さらには最後はC#m→G#m~進行が半音ずつ上がっていく展開も、最後の盛り上がりを作っており、転調した先にはAメロのFm7にしっかり戻ってくるのも圧巻だ。
シンプルなコード進行を転調を利用しながら、見事に10分以上に仕上げた傑作だ。
戦う男
- 作詞・作曲:宮本浩次
- オリジナル収録作品:9thアルバム『明日に向かって走れ-月夜の歌-』(1997)
楽曲がシンプルになったポニーキャニオン期には、エピックソニー期のような転調を利用した楽曲はあまり聞かれなくなった。あえてこの時期から取り上げるなら、「戦う男」であろう。
イントロはEmのキーによるハードロック的なリフから始まり、Aメロ最初のコードはDである。キーがDのような入り方から、次のコードはEで1音転調したように聞こえる。
しかし実はキーはAであることが、その後の展開で分かる、という仕立てになっている。そして随所にイントロのリフも登場し、キーが移動する展開になっている。
コンパクトな楽曲の中に、ロックの芸術性をさりげなく込めた楽曲であり、エピックソニー期の名残を感じさせる1曲となっている。
俺の道
- 作詞・作曲:宮本浩次
- オリジナル収録作品:13thアルバム『俺の道』(2003)
東芝EMI期は、ポニーキャニオン期に比べるとマニアックな音楽に戻った感はあるが、意外とコード進行や展開と言う面では、ストレートな楽曲が多いように思える。
そんな中で異彩を放つのが、13thアルバム『俺の道』のタイトル曲である。冒頭のコードはA→Am→D→Dmという変わったものである。
キーはAを主体としつつ、マイナーが入ることで不穏な空気感が漂う効果をもたらしている。そして中間部の絶叫のスキャットでは、Em→F#mという大胆な転調が盛り込まれている。
この部分の転調は、サイケデリックロックの雰囲気さえ感じさせる。この曲もこれまでのエレカシにないタイプの楽曲であり、果敢に新しい音楽を模索していた様子が窺える。
九月の雨
- 作詞・作曲:宮本浩次
- オリジナル収録作品:19thアルバム『悪魔のささやき〜そして、心に火を灯す旅〜』(2010)
ユニバーサルミュージック期に入ると、再びポニーキャニオン期のようなストレートなメロディや展開が戻ってきたので、この時期にも複雑な展開の楽曲は少ない印象だ。
その中にあってエピックソニー期を思わせるような楽曲が「九月の雨」である。宮本氏のソロワーク的な楽曲で、宮本氏が全ての楽器を担当している。
展開としてはシンプルだが、C#m→G#mから、半音下がってGに転調する形となっている。その後にAメロに戻る際に、C#mではなくDmにさらに転調するところが面白い。
「東京の空」などに見られた、シンプルな展開に転調を取り入れた曲調が、この時期に突如現れたのが大変興味深く思われた。
まとめ – 宮本浩次の作る楽曲の展開の妙
今回はエレファントカシマシの楽曲の中で、ハッとさせられる転調やコード進行の楽曲を10曲取り上げて紹介した。
改めて振り返ると、エピックソニー期には音楽的に面白い楽曲がたくさんあることがよく分かった。玄人志向と言うべきか、音楽的な実験が行われているとも言えるだろう。
ポニーキャニオン期になってからはストレートなメロディと歌を届ける、というモードに入ってから、こうした音楽的に構築された路線は見られなくなった。
しかし宮本氏がロックの芸術的な側面を取り入れ、独自の音楽を作り上げようとしていたことは、改めて評価されて良いのではないか、と感じた。
決して闇雲に転調を取り入れているわけではなく、実にさりげなく絶妙なタイミングで組み込まれている。複雑過ぎず、でも聴き手を少し別の地点に誘うような、そんな転調が上手い。
作曲が趣味と言うくらいに作り続けている宮本氏である。表には出てきていない、ユニークな楽曲のストックがたくさんあるのではないか、と想像する。
ぜひ実験的な楽曲も、今後もまた披露される機会があったら、と思うところである。
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