2026年はメンバー全員が還暦を迎え、全国ツアー活動を行っている人間椅子である。実に35年以上のキャリアで、数々の素晴らしい楽曲を生み出し続けている。
そんな長いキャリアの中、やはり1つの頂点となるような作品、楽曲が存在する。たとえば、2019年にMVがバズって注目された「無情のスキャット」がその1つである。
一方で多くの人に注目された訳ではないが、バンドにとって非常に重要な楽曲がある。その1つが、6thアルバム『無限の住人』に収録された「黒猫」である。
ヘヴィ・ダークな作風、目まぐるしい展開の大作と言う意味で、それまでの人間椅子にはなく、さらに後の人間椅子の楽曲の典型の1つとなった、まさに金字塔的な楽曲である。
そこで今回の記事は、「黒猫」1曲だけに焦点を当て、その革新性について各パートに区切って野解説、後の人間椅子に与えた影響などを考察することにした。
「黒猫」の概要
- 作詞・作曲:和嶋慎治、編曲:人間椅子
- 時間:8:45
- オリジナル収録アルバム:6thアルバム『無限の住人』(1996)
- ベストアルバムへの収録:『押絵と旅する男〜人間椅子傑作選 第2集〜』(2002)、『人間椅子傑作選 二十周年記念ベスト盤』(2009)、『現世は夢 〜25周年記念ベストアルバム〜』(2014)、『人間椅子名作選 三十周年記念ベスト』(2019)
まずは人間椅子の楽曲「黒猫」の概要について簡単にまとめておこう。
タイトルはエドガー・アラン・ポーの小説(泉鏡花という説も)「黒猫」から取られている、文芸シリーズの楽曲である。
海外では不吉の象徴とも言われ、曲調はダークな雰囲気ながら、日本的なメロディも登場するなど、”和洋折衷”の作風になっている。
楽曲全体はダウンチューニング(1音半下げ)で演奏されており、Black Sabbathが3rdアルバム『Master of Reality』以降に取り入れたサウンドを受け継いでいる。
時間は8:45とそれまでの人間椅子の楽曲の中では、「水没都市」(『黄金の夜明け』収録)に次ぐ長さであり、大作である。
ベストアルバムへの収録は、楽曲がリリースされてから毎回収録されており、非常に重要な楽曲であることが窺える。
ライブでも定番の位置をキープし続け、現在もダウンチューニングコーナーでの演奏頻度は比較的高い。
※【アルバムレビュー】人間椅子 – 無限の住人(1996) 初のイメージアルバム、そして人間椅子の音楽性を広げた名盤

「黒猫」の革新性を楽曲のパートに分けて解説
「黒猫」が歴代ベストアルバムに毎回収録され続けるには理由がある。
一言で簡単にまとめてしまえば、”楽曲のクオリティが高い”ということになる。しかしそれではあまりにまとめ過ぎである。
詳しく述べれば、後の人間椅子の楽曲の定型の1つともなる、”人間椅子らしさ”の1つの型を作ったという意味で、金字塔的楽曲である、と言いたい。
そのクオリティの高さ、凄さは、各パートに分けてみることで、より明らかになって来るように思える。
ここでは各パート、あるいは要素に分けて、「黒猫」の革新性について考察する。
※かつてバンドで完全コピーを目指して演奏したことがあり、ギター用語が多数出てくることをご容赦いただきたい。
イントロのブレイクの拍数
まずは画期的なイントロのブレイクに注目したい。リフ自体は、いわゆる”悪魔の音階”であるトライトーン、全音3つ分空いた、非常に不協和音で構成されている。
実際のルート音はAとE♭であり、これ自体はBlack Sabbathが用いたことでも知られ、人間椅子の他の曲でも良く出てくる音である。
このイントロリフのポイントは、ブレイク部分の拍数である。リフとリフの間に挟まれるブレイクは、実は5拍と言う奇数になっている。
順当に考えれば4拍空けるのであるが、1拍余分に空けることで、独特な緊張感と不条理な世界観を演出することに成功している。
つまりブレイクの間には演奏はない訳だが、ブレイクも含めて考えれば、変拍子になっているのであり、聴く人の注意を向けさせることになる。
そしてメインリフの直前には、ブレイクなしの続けてリフが演奏される部分が入り、ここでは4拍になっており、スムーズにメインリフに入って行くのである。
地を這うメインリフ、ダウンチューニングの効果的な使い方
Aのキーで始まった楽曲であるが、メインリフは1音半下げのダウンチューニングの6弦開放の音、すなわちD♭mのキーで演奏される。
概要でも述べた通り、敬愛するBlack Sabbathがよく用いていたキーであり、人間椅子も2ndアルバム『桜の森の満開の下』から取り入れている。
ダウンチューニングを用いるのは、もちろんダークな雰囲気を強めるためであるが、この「黒猫」ではダークさに加えて、独特の気だるさが加わっている。
これはダウンチューニングによるギター弦のテンション感の低さが影響している。ダウンチューニングは弦を緩めることになるので、音のタイトさが失われる。
ノーマルチューニングのようなタイトさを求めるならば、より太い弦を張ることでテンション感を強めることで対応することも可能だ。
しかし和嶋氏はあえてこのだる重さこそ、ダウンチューニングの良さであるとして、それほど太い弦を張っていないのだという。
さらに効果的なのは、このリフのフレーズは、フレットを移動するのではなく、チョーキング(弦を引っ張る)によって弾いているところである。
具体的には、リフの音階は「ド#→ソ#→ソ」で始まるが、ソ#の音はソを半音上げるチョークアップしながら演奏され、チョークダウンすることでソに向かっている。
チョーキングは微妙に音程がジャストの音にならない不安定さがあり、それがむしろ浮遊感や蠢く感じが生まれるのだ。
そしてダウンチューニングになることで、さらにその不安定さが増し、ノーマルチューニングでは出せない揺らぎが生まれる。
この辺りをしっかり狙って作っているところがさすがである。
猫の鳴き声をワウペダルで表現
1番が終わり、イントロリフに戻ったところのブレイクで、ワウペダルを用いたギターのフレーズが差し込まれている。
これは猫が怒った時の鳴き声を表現しているようである。これが見事に猫のようであり、アイデアがとても素晴らしい。
さらにはライブでも再現できるように、あまり特殊なエフェクターを用いるのではなく、オーソドックスなワウペダルで表現しているところがとても良い。
和嶋氏はこの曲の後も、様々な効果音的なフレーズを作っているが、どれもそれほど珍しいエフェクターを用いてはいない。
アイデアや工夫によってそれらしく聞こえる、というのが和嶋氏のこだわりのようである。
そして猫の鳴き声も「ニャー」や「シャーッ」などいくつかのバリエーションを作っており、1番では1回だけ、2番では3回という奇数回になっているところも緊張感を生み出している。
唐突な中間部、実は和風を演出
イントロリフから間髪入れずに、突如イントロリフをアップテンポにした中間部へと展開する。
スピード感のある中間部であるが、実はもともと「充血」なるタイトルの楽曲だったようで、アイデアとしては2曲分の楽曲ということのようだ。
そうなると、もともと「充血」のメインリフを遅くしてイントロに配置し、ブレイク部分を作って奇数拍にし…と膨らませていった過程が想像される。
スピードメタル風の速い中間部であるが、楽曲全体で見ると、「和」を演出する役割を担っているところがとても面白い。
メインリフ部分の歌詞に注目すると、七五調になっているのが分かる。アルバムでは1曲前の「宇宙遊泳」でも効果的に用いられた七五調、本作でも日本的な美しさを表現している。
そしてこの中間部のBメロ的な部分は、さらに日本的なメロディに展開する。さらにはマイナーキーのメタルに、突如メジャーキーのゆったりしたリズムが入ってくる面白さもある。
変拍子や緊迫感のある展開が続くこの曲で、ややユーモラスともいえるこのパートがあることで、他の部分の緊迫感が際立つという効果も期待できる。
「黒猫」の中でも、この中間部の展開にはかなり目を見張るものがある。
ギターソロの怒涛の転調、実はメインパートでも巧みな転調あり
「黒猫」と言えば、パッと聴いて分かる展開の多さに加えて、もう1つ怒涛の転調が行われていることを見逃してはいけない。
分かりやすい転調は、中間部のギターソロパートである。この曲ではギターソロの中でいくつも転調が行われているのが、かなり特徴的である。
ソロは中間部メインリフのキーであるFから始まり、イントロリフのAに転調、最後はメインリフのD♭に転調して、メインリフパートに戻る、という順番になっている。
実は楽曲の中に出てくるあらゆるキーをここに凝縮させており、全てのパートがここでしっかり繋がっていることを示す、神がかったギターソロパートなのである。
そしてソロ中の転調も、FからAはそのまませり上がっていくような、やや強引な上がり方、そしてAからD♭の部分は非常にクラシカルに構築された転調の仕方、とバリエーションがある。
ギターソロとしても出色の出来であり、出来過ぎていると感じるほどだ。
また転調はギターソロのみならず、メインリフパートのBメロからイントロリフにかけての部分でも巧みに用いられている。
AメロはD♭mだが、Bメロ部分ではE♭mへと転調しており、これはEmのキーでF#mに1音転調するパターンでは人間椅子でもよく見られる展開である。
そしてイントロリフはAではなく、Gの音になっているところが面白い。1音上がったからBになるのではなく、イントロの方は1音下がってGになっているのだ。
さらに2番のBメロでE♭mからさらにもう1音、Fに上昇することで、見事にイントロのAへと戻ることができている。
聴いている側には全く違和感がなく、それでいて独特の緊張感を与える転調の効果を発揮する、極めて高度な技法が用いられている。
異なるソロの多重録音
この曲は最後まで飽きさせず、緊張感を保ったままラストのパートに向かう。
3番はBメロが登場しない、というのも非常にカッコいい。1番から3番まで、実は全部展開が異なっているのであり、それも独特の緊張感を生み出すことに成功している。
そしてイントロリフのキーは、Aメロと同じくD♭mのままアウトロパートへと向かう。ラストは一切歌なしのギターソロ、楽器パートで締めくくられる。
アウトロのソロパートは、単なるギターソロではない。まずギターソロが複数重ねられて録音されている。
この手法は敬愛するBlack Sabbathも行っているものであり、ここでも分かりやすくサバスへのリスペクトが感じられるところである。
※たとえば「N.I.B」の最後のギターソロなどが多重録音ソロである。
さらにはベースもリフを弾くのではなく、アドリブっぽいフレーズで動き回っているのが分かる。ドラム以外が自由に動き回ることで、最後まで気の抜けない展開になっている。
間にリフを挟むことで完全なカオスにはならず、秩序が保たれている。
ギターソロも2本が完全にバラバラなのではなく、微妙にずれるところ、2本でハモっているところ、ユニゾンのところなどがかなり高度に構築されている。
非常に細かなところまで、作り込まれた楽曲になっているのだ。
まとめ – 「黒猫」の革新性と後の人間椅子に与えた影響とは?
ここまで人間椅子の「黒猫」の凄さ、魅力について各パートに分けて解説を行ってきた。
かなり細かい点まで記述したが、大きくまとめてしまえば、細部まで非常にこだわって作られたクオリティの高い楽曲になっている、というのが大前提として凄いところである。
なかなかここまで綿密に作り込まれた楽曲はこれまでになかったように思える。
ただ人間椅子の歴史においての革新性はそれだけにとどまらない。楽曲の細部ではないところで、その革新性について触れることで、全体をまとめておきたい。
大作がライブの超定番入りへ
「黒猫」は9分近い、大作と呼べる楽曲である。凄いのは、ここまで長い楽曲なのにライブの超定番であり続けているところである。
9分もある大作であれば、普通は音源として聴くと魅力的だが、ライブで聴くと冗長に感じられたり、盛り上がりに欠ける部分があって、良くて準定番位の立ち位置が多い。
それまでの大作を見ても、「夜叉ヶ池」「黄金の夜明け」「水没都市」「狂気山脈」など、いずれも超定番の立ち位置には至っていない。
これらの楽曲に共通するのは、歌のない長い中間部やソロがある、聴かせる要素が強いなど、いわゆる王道のプログレ曲のアプローチがとられている点である。
人間椅子のライブは基本的にハードロック・ヘヴィメタルの楽曲で占められるので、やはり上記の曲はメインどころにならない。
しかし「黒猫」は、9分近いのに長い中間部はなく、楽曲のほとんどのパートに歌があり、その前後に展開をすることで時間が長くなっている、という構成である。
そのためライブで聴いても冗長に感じさせる部分があまりなく、最後まで緊張感を持って聴くことができるのだ。
ヘヴィでありつつ展開が多いが、ライブでも披露できる熱量が維持される、という点において革新的な楽曲だったのである。
※【人間椅子・2026年】全楽曲のライブにおける演奏頻度を判定して一覧表にしてみた

和嶋氏のヘヴィ路線の原型に
さらには和嶋氏のヘヴィな路線の楽曲の原型になった、という点においても重要な1曲である。
そもそも和嶋氏単独作でのダウンチューニング曲がラストに配置されるのは、これが最初であった。今でこそ定番になっているが、それまでは一度もなかったのである。
これ以降、「黒い太陽」「大団円」「見知らぬ世界」「相剋の家」など、和嶋氏のヘヴィ路線の楽曲がラストに配置されるのが定番化していくのだった。
それまで、Black Sabbath風味のヘヴィな楽曲と言えば、鈴木氏の得意とするところだった。和嶋氏はどちらかと言えば、不条理な歌詞をライトな曲に乗せる、という方がお得意だった。
そもそもは鈴木氏からサバスを啓蒙されたのが和嶋氏であった。そして鈴木氏とバンドを組み、サバス風味の作曲を、鈴木氏との間で醸成していったのだろう。
そして「黒猫」において、和嶋氏オリジナルの解釈でサバス風味を完全に消化できた作品と言う印象である。この意味でも金字塔と言えるのではないか。
さらには、「黒猫」は、後にバズることになる「無情のスキャット」に結実していると筆者は感じている。
「無情のスキャット」の楽曲の展開は「黒猫」によく似ており、「黒猫」をより分かりやすく提示したのが「無情のスキャット」だった。
ちなみに「無情のスキャット」の構成は以下のようである。
イントロ →(Aメロ → Bメロ → サビ)×2 → Cメロ(空に数多星が~)→ ギターソロ → Aメロ →Bメロ → サビ → Dメロ(私の命に光を~)→ ギターソロ → アウトロ
「黒猫」は、Dメロとアウトロ部分を外せば、ほとんど同じであることが分かる。
※【人間椅子】バズった「無情のスキャット」の魅力を徹底的に掘り下げてみた

和嶋氏は低迷期において、作風に迷走した時期もあった。2013年にOzzfest Japan 2013に出演したことで再ブレイクのきっかけをつかんだ。
その頃から「黒猫」で掴んだ、ヘヴィ路線の原型を再構築するようになったように感じる。人間椅子の原点は何だったかを考えた結果、その1つに「黒猫」もあったのではないか。
再ブレイク以降は、「黒猫」で得たヘヴィさや熱量が同居する凄さを、継続的にアウトプットできる状態に至っているように思える。
これも人間椅子が再ブレイクした要因の1つなのではないか、とさえ思うのだった。


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