一般にポピュラーミュージックの世界では、楽曲の長さは3〜5分ほどが多い。5分を超えると長い曲という印象かもしれない。
しかしジャンルが変わればもっと長い曲は多数存在する。例えばプログレッシブロックの世界では7分以上、あるいは10分を超えるような大作も存在する。
日本のハードロックバンド人間椅子は、プログレにも影響を受けたハードロックを中心とするバンドであり、一部には“大作”と言える長い楽曲がある。
人間椅子の大作にはどのような魅力があるのか、今回は8分以上の長さがある楽曲に絞り、その特徴と魅力を紹介したい。
また大作の特徴も歴史とともに変化している。今回はそんな大作の作風の変化も述べておきたいと思う。
人間椅子の大作の魅力と変化
人間椅子の全般的な紹介はこちらの記事を読んでいただくとして、その特徴の1つに大作の楽曲が存在することがある。
人間椅子の場合、5〜7分くらいの楽曲を挙げるとかなりの数になってしまう。それらの楽曲の中にも、もちろん大作的な楽曲はあるが、今回は8分以上の楽曲を取り上げた。
まずは以下に8分を超える大作の一覧を示す。
<8分を超える大作の一覧>
No. | 曲名 | 時間 | 作詞 | 作曲 | 収録作品 |
---|---|---|---|---|---|
1. | 水没都市 | 8:54 | 和嶋慎治 | 和嶋慎治 | 3rd『黄金の夜明け』(1992) |
2. | 狂気山脈 | 8:41 | 和嶋慎治 | 和嶋慎治・鈴木研一 | 3rd『黄金の夜明け』(1992) |
3. | 黒猫 | 8:45 | 和嶋慎治 | 和嶋慎治 | 6th『無限の住人』(1996) |
4. | 芋虫 | 8:41 | 鈴木研一 | 鈴木研一 | 9th『怪人二十面相』(2000) |
5. | 大団円 | 8:15 | 和嶋慎治 | 和嶋慎治 | 9th『怪人二十面相』(2000) |
6. | 品川心中 | 8:06 | 和嶋慎治 | 和嶋慎治 | 13th『瘋痴狂』(2006) |
7. | 幻色の孤島 | 8:40 | 和嶋慎治 | 和嶋慎治 | 13th『瘋痴狂』(2006) |
8. | 空飛ぶ円盤 | 8:25 | 和嶋慎治 | 和嶋慎治 | 14th『真夏の夜の夢』(2007) |
9. | 世界に花束を | 8:44 | 和嶋慎治 | 和嶋慎治 | 14th『真夏の夜の夢』(2007) |
10. | 塔の中の男 | 8:54 | 和嶋慎治 | 和嶋慎治 | 15th『未来浪漫派』(2009) |
11. | 深淵 | 9:23 | 和嶋慎治 | 和嶋慎治 | 15th『未来浪漫派』(2009) |
12. | 春の匂いは涅槃の薫り | 9:45 | 和嶋慎治 | 和嶋慎治 | 16th『此岸礼讃』(2011) |
13. | 胡蝶蘭 | 8:39 | 和嶋慎治 | 和嶋慎治 | 16th『此岸礼讃』(2011) |
14. | 無情のスキャット | 8:40 | 和嶋慎治 | 和嶋慎治 | 21st『新青年』(2019) |
15. | さらば世界 | 8:15 | 和嶋慎治 | 和嶋慎治 | 23rd『色即是空』(2023) |
上記の楽曲を見ると、いくつか全体的な特徴が見えてくるので、先に述べておこう。
まずは楽曲の長さについて、8分以上の長さの楽曲を取り出してみると、今のところ10分を超えるような楽曲はなく、多くは8分台の楽曲となっている。
プログレのような超大作は作られることがなく、あくまでハードロックの範疇にあるようなイメージだ。
次に、圧倒的に鈴木氏より和嶋氏の作曲の楽曲が多くなっているのが分かる。8分以上の楽曲で、全時代を通じて鈴木氏単独作は「芋虫」だけである。
そして和嶋氏の作風の変化に影響されてか、大作が作られる時期とあまり出て来ない時期があるのが分かる。アルバムに2曲入る時期もあれば、数作の期間、8分以上の曲が出て来ない時期もある。
以上を踏まえつつ、人間椅子の大作の楽曲の魅力、そしてその作風の変化についてまとめてみた。
魅力1:圧倒的なヘヴィさ
人間椅子の大作の特徴の1つには、圧倒的にヘヴィであるという点が挙げられる。
当然のことながら、テンポがゆっくりの楽曲は演奏時間が長くなる。ゆっくり、あるいはミドルテンポで、重たいリフの楽曲が長尺になりがちである。
アルバムの最後を締めくくる楽曲がそれに当たることも多く、どっしりと構えた力作が多くなっている。
例えば90年台であれば、1996年『無限の住人』収録の「黒猫」の地を這うようなヘヴィなリフは、この時代の人間椅子を象徴するものである。
また近年も2019年『新青年』収録の「無情のスキャット」が、攻撃的かつ土着的な重さを持つリフで、国内外で多くの人に愛されている。
“ヘヴィさ”と言えば人間椅子の代名詞でもあるが、その真骨頂を大作の中に見ることができる。
魅力2:めくるめくプログレ的な展開の多さ
そして大作は単にヘヴィなだけでなく、緻密に作り込まれた楽曲の展開もまた特徴であろう。
展開を作り込むほどに、当然ながら時間は長くなっていくが、間延びした印象にならないよう、全体のまとまりも考えながら1曲を構築していくことが求められる。
とりわけデモ音源の段階から一人で緻密に作り上げていく和嶋氏の作曲方法とは相性が良いように思われる。
そして作られた楽曲をバンドとして演奏できなければ意味がない。バンドアレンジも重要な要素であり、さらにはバンドの演奏力が光るところでもある。
人間椅子は3人の高い演奏力が評価されているポイントでもある。凝った展開や難易度の高い演奏など、バンドの力量を垣間見れる瞬間が多いのも、大作の見どころと言えるだろう。
たとえば2000年『怪人二十面相』収録の「大団円」は、ダークな雰囲気から始まり、ポップなメロディや展開を挟みつつ、最後に再びダークかつヘヴィなパートへと変幻自在に展開していく。
また2006年『瘋痴狂』収録の「幻色の孤島」は、人間椅子として初めて本格的なプログレに挑戦した楽曲であり、中間には歌が登場しない、難解な展開が聴きどころになっている。
魅力3:楽曲の世界観のスケールの大きさ
大作の楽曲においては、描かれる世界観もスケール感の大きなものであることが多い。さりげない日常や気持ちを切り取るような歌謡曲の場合には、8分も時間を使えば冗長になってしまう。
しかし目に見えない世界や怪奇現象、この世界の真理など大きなテーマを描くには、相応の時間を要する。
とりわけ和嶋氏の楽曲には伝えたいメッセージのスケール感の大きい楽曲が、大作になっているものが多い。
単に言葉を増やして歌う箇所が多いというだけでなく、楽曲の中で伝えたい世界観をイメージしたパートを作って、それを繋いでいくようなスタイルになっている。
例えば2011年『此岸礼讃』収録の「胡蝶蘭」では、歌の箇所も多くなってはいるが、中間部のギターとベースが絡み合う展開が1つのハイライトになっている。
この部分は蝶々が追いかけるようなイメージを伝えるために挿入されており、言葉では伝えにくいニュアンスを展開に込めるような楽曲も、大作になる傾向がある。
人間椅子の大作の作風の変化とは?
人間椅子の歴代の大作を見てみると、実は質が変化していることが分かる。
その変化とは、音楽的に高度な楽曲を目指していたモードから、楽曲の世界観を伝えるモードへの変化とである。
その変化のタイミングは、おおよそ2006年の『瘋痴狂』から2007年の『真夏の夜の夢』の辺りに見ることができるだろう。
『瘋痴狂』収録の「幻色の孤島」までの楽曲を見ると、とにかく音楽的に高度なものを目指そうと、難解で凝った展開をいかに詰め込むか、に注力されているように思える。
初期の「水没都市」「狂気山脈」などは、まさに人間椅子がプログレ要素を持ち込んだ最初の楽曲である。小説などのテーマを借り、その世界観を高度な音楽性で作り上げようとしていた。
「品川心中」ではロックと落語を組み合わせるという、人間椅子独自のプログレ解釈をした楽曲まで誕生し、人間椅子の楽曲構築の成熟を見ることができる。
ただ構築された各パートに、何かメッセージとしての意味が込められていると言う訳ではなく、あくまで音楽的に面白いフレーズや実験をしている、という感触である。
それが2007年『真夏の夜の夢』収録の「世界に花束を」では少し違った趣になる。確かに凝った展開が見られてはいるが、中心にあるのは和嶋氏のメッセージとその語りである。
さらに2009年『未来浪漫派』収録の「深淵」になると、歌のメッセージに加え、”ここは勇壮な気持ちを表したもの”など、伝えたい思いやイメージを展開として表現するようになった。
そうした長尺の楽曲は一時期少なくなったが(2013年『萬燈籠』の頃は、よりシンプルな楽曲づくりとなっていた)、近年になって再び大作が登場している。
2023年『色即是空』収録の「さらば世界」は8分を超えているものの、それほど長さを感じさせない。
あまり込み入った展開を見せている訳ではないが、伝えたい思いや歌詞を膨らませていった結果、スケール感の大きな楽曲になっている。
中間部ではメジャーキーの展開になり、前半・後半と対比的に異なる世界のことを歌っている展開であり、楽曲自体が伝えたいメッセージを含む”世界”になっている。
いわば音楽としての楽曲だった時代から、メッセージや物語が主体となった楽曲へと人間椅子(特に和嶋氏)が変化してきた歴史と、大作の変化は重なっていると言えるだろう。
まとめ
今回は人間椅子の楽曲の中から、8分を超える”大作”に焦点を当てた記事を書いた。
一言で”大作”と言っても、凝った展開や難解な方向性に行くこともできるし、よりスケール感の大きな壮大な楽曲を作り上げることもできる。
人間椅子の場合は、前者から後者へと時代とともに移り変わってきたように思う。そしてどちらかと言えば、前者の方向性より後者の方が分かりやすく、多くの人に届きやすいのではないだろうか。
だからこそ一般的には受け入れられにくい、長尺の「無情のスキャット」がこれほど国内外の人たちに評価されているのかもしれない。
今回は8分以上の楽曲に絞ったが、7分以上ある楽曲も十分に大作であり、また多くの名曲が揃っている。人間椅子の長い楽曲をぜひじっくりと楽しんでいただきたい。
※【人間椅子】バズった「無情のスキャット」の魅力を徹底的に掘り下げてみた
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