ハードロックバンド人間椅子は、3ピースと言うシンプルな編成とは思えない重厚なサウンドが特徴の1つである。
3ピースはギター・ベース・ドラムという編成ゆえに、アンサンブルと言う意味では表現の幅において制約を受けるものであり、いかにその制約の中で多彩なアンサンブルを作るかが面白いところでもある。
人間椅子の場合も、シンプルなギターリフを主体としたハードロックながら、実はアンサンブルを意識したドラマチックな展開を見せる工夫が凝らされている。
今回は人間椅子が3ピースでアンサンブル・コード感を出すための秘訣としてよく使う、ベースだけルート移動する展開について紹介し、その展開が秀逸な楽曲を集めてみた。
人間椅子がアンサンブル・コード感を生み出すためのテクニックとは?
人間椅子は、ギター・ベース・ドラムの3ピースであるために、楽曲のアンサンブル、すなわち楽器の音階が組み合わさることで和音やメロディの感じを出すことにおいて制約を受ける。
たとえばギターが2人いるとか、キーボードがいることで、一気にフレーズの数が増えて、表現の幅が増えることになる。
しかしドラムとベースがリズムを作り出す役割とすれば、ギターだけが楽曲のメロディを引っ張っていくことになってしまう。
しかも人間椅子の場合、1970年代のハードロックに影響を受け、シンプルなギターリフ(フレーズの繰り返し)を多用した演奏で、ますます曲の中でメロディの幅が狭くなる。
たとえば「陰獣」のメインリフでどれだけメロディが作れるかと言うと、不気味なものはできても、ドラマチックなメロディは書けないのである。
もちろんギターでコードを弾けばメロディが作りやすいが、ゴリゴリにヘヴィな曲にするのは難しい。(人間椅子の楽曲ならば「無限の住人」の前半部のような雰囲気になる)
またパワーコードを刻むことでコードを弾くこともできるが、そうしたヘヴィメタル的な曲を和嶋氏は好まないようだ。(たとえばJudas PriestやRiotのようなスピード感あるヘヴィメタル)
シンプルなギターリフを土台にアンサンブルを出すテクニックについて、1つの方法はリズム隊のベースが和音を生み出す役割に回る、ということである。
3ピースの場合、音階を奏でるのはギターとベースのみであるため、ベースがどんな音階を弾き、ギターとどう絡むかが極めて重要になって来る。
人間椅子で多いのは、ギターが一定のリフを弾き続け、ベースがコードのルート音を変化させるというものである。
こうすることで、和音を誰も弾いていないものの、ベースとギターの音色が絡まることで、脳内で和音が補完されるという現象が起きる。
この方法を用いれば、リフ主体のヘヴィなハードロックという様式を崩すことなく、ドラマチックな展開を挿入することが可能となるのだ。詳しくは次項の曲紹介で具体例を見ることにしよう。
なおその他にも和嶋氏はコードの和音を分解して、リフに組み替えるという手をよく使っている。近年では『新青年』収録の「鏡地獄」でその手法を用いた。
※以下の奏法解説動画では、「鏡地獄」を和音で弾いた場合と、それをどのようにリフに分解したかが解説されている。
ヘヴィでドラマチックな展開の楽曲 – ベースのみルートを動く展開が秀逸な曲
人間椅子は3ピース編成で、ドラマチックな展開、言い換えればアンサンブルやコード感を出すために、ギターリフ+ベースのみルート音移動という手法をよく使うことを、ここまで述べた。
「なんのこっちゃ」という人もいるかもしれないので、具体的な楽曲を紹介していこうと思う。ここでは上記の展開が秀逸だと思われるものを選び、どの部分で用いられているか紹介する。
黄金の夜明け
- 作詞:和嶋慎治、作曲:鈴木研一・和嶋慎治
- 収録アルバム:『黄金の夜明け』(1992)
- 注目する展開:アウトロのギターソロ部分
プログレ風味の作風が開花したとも言える3rdアルバム『黄金の夜明け』のタイトル曲。ヘヴィな前半から勇壮なリフへの展開、そしてプログレ定番の静かな中間部へとめまぐるしく変化する。
注目はラストの展開で、鈴木氏ボーカルによる豪快なリフで押し進めていくのかと思いきや、同じギターリフで、ベースだけコードを刻んでいく展開に変わり、そのままギターソロに入る。
ハードなまま終わるのかと思いきや、メロディアスな展開を取り入れることで綺麗に締める効果がある。ワウの中止め音で始まり、途中からワウを踏むギターソロも良い味を出している。
地獄
- 作詞・作曲:鈴木研一
- 収録アルバム:『無限の住人』(1996)
- 注目する展開:アウトロのギターソロ部分
鈴木氏による元祖地獄シリーズの楽曲である。トリッキーなメインリフに、コミカルかつグロテスクな歌詞に、時報をイメージしたインプロビゼーションの中間部と見どころが多い。
ハードなまま終わるのかと思うと、アウトロ部分で突如としてベースがDからクリシェの進行(半音ずつルートが下がる)に変わり、そのままギターソロに突入する。
地獄に落ちていくような疾走感と、どこか悲しくも美しいギターソロの旋律により、かえってその猟奇的な世界観が深まるような効果がある。実に秀逸なアウトロの展開である。
刀と鞘
- 作詞・作曲:鈴木研一
- 収録アルバム:『無限の住人』(1996)
- 注目する展開:アウトロのリフ部分
刀と鞘を男女関係に見立てた、当時としてはリードトラックながら、現在はほぼお蔵入りとなってしまった楽曲である。
しかし曲は非常に緻密に作られており、演歌的なメロディとハードロックを見事に融合させ、和嶋氏の泣きのブルースギターも冴え渡っている。
そして注目は最後のリフの繰り返しだけ、ベースがリフのユニゾンからルート弾きに変わるところだ。もともとギターリフが持っているコード感が、ベースによって際立ち、違った聞こえ方に変わる。
男臭いどっしりしたリフの印象から、どこか哀愁を感じさせる印象へと変わるのが実に面白い。まさに画竜点睛とも言える最後の展開である。
ダンウィッチの怪
- 作詞:和嶋慎治、作曲:鈴木研一・和嶋慎治
- 収録アルバム:『頽廃芸術展』(1998)
- 注目する展開:ラストの展開~ギターソロ
H.P.ラヴクラフトの小説からタイトルを借りた、プログレ風味の大作である。この時期には珍しい和嶋氏・鈴木氏の共作楽曲だが、不気味な前半部は鈴木氏によるものだろうか。
静かになる中間部では、独特なコード使いが見られるが、この辺りは和嶋氏の作と思われる。終始不気味な展開だが、鈴木氏の強烈な笑い声から始まるラストの展開が秀逸である。
ここでも期待通りに、ベースリフが美しいコード進行を刻んでいる。ギターリフは2回ずつ、微妙に異なるリフを弾いているようである。
「黄金の夜明け」と似た展開ではあるが、最後に美しい展開を持ってくることで、単に不気味さやヘヴィ一辺倒ではなく、一気に格式が上がるような効果をもたらしている。
怪人二十面相
- 作詞:和嶋慎治、作曲:鈴木研一
- 収録アルバム:『怪人二十面相』(2000)
- 注目する展開:サビ~ラストのギターソロ
江戸川乱歩の小説『怪人二十面相』をテーマにした楽曲である。当時の鈴木氏は大作に取り組むことが多く、この時期の傑作の1つとも言える。
半音ずつ下がっていく不気味なイントロから、開放弦を利用した疾走感のあるメインリフへの流れが爽快だ。Bメロで再び半音ずつ移動する不気味な展開を挟んだ後の、サビの部分である。
メインリフをギターは弾きながら、ベースはAm→Fと移動する。物凄く定番と言えばそうなのだが、ここまでハードな要素だけで来たのが、一気に美しいメロディに引き込まれる。
こうした美しいメロディが登場する手法は、Black Sabbathの「Sabbath Bloody Sabbath」などからの影響を感じさせるとことである。
あしながぐも
- 作詞・作曲:鈴木研一
- 収録アルバム:『怪人二十面相』(2000)
- 注目する展開:ラストの歌メロ~ギターソロ
鈴木氏作詞・作曲による、虫シリーズとも言える楽曲。鈴木氏の好きなものと人生を重ね合わせるような歌詞は、鈴木氏らしくて味わい深い1曲である。
ダウンチューニングながらヘヴィさよりも渋みのある曲調である。メインリフは歌の前ではギターとハモり、歌の間はルート音をリズミカルに刻んでいる。
ほぼ同じリフだけで進むこの曲だが、最後のパートは同じリフで転調、そしてベースがルート移動する展開になる。
F#mへとキーが上がり、さらにA→Bというメジャー和音でせり上がる進行など、希望を感じさせる展開だ。
そこに哀愁のある泣きのギターが加わり、希望と困難が混じった人生を表すかのような展開が実に秀逸である。
芋虫
- 作詞・作曲:鈴木研一
- 収録アルバム:『怪人二十面相』(2000)
- 注目する展開:Aメロ、ラストのギターソロ
江戸川乱歩の小説からタイトルを借りた楽曲で、国内外から厚い支持を得ている隠れ人気曲である。リフで押していくのではない、じっくりと聴かせてくれるハードロックである。
本作はプレイ的に聴きどころばかりだが、アンサンブルと言う意味でAメロ部分を取り上げた。少しこれまでと違い、ギターはコードを分解したようなリフを繰り返す形で、ベースもリフを弾いている。
ただベースはギターと異なるフレーズで、ハモる形となっている。これによってコードを鳴らすことなく、フレーズの絡み合いでコード感を出していくテクニックが用いられている。
アウトロのギターソロ部分にも着目すると、ここはギターリフも若干コードに合わせて変化しつつ、Am→Fという王道の展開で曲の最後を盛り上げる。
魅惑のお嬢様
- 作詞・作曲:鈴木研一
- 収録アルバム:『見知らぬ世界』(2001)
- 注目する展開:終盤の展開~ギターソロ
当時、松嶋菜々子の大ファンだった鈴木氏が彼女をイメージして作ったと言われる楽曲。Black Sabbathの影響を色濃く感じさせるヘヴィな楽曲である。
前半部分もヘヴィ一辺倒ではなく緩急をつけた展開が見事だが、後半の不気味な展開が秀逸だ。最初はパワーコードで不気味な印象だが、途中からギターはオクターブ奏法のリフに切り替わる。
それまでユニゾンだったベースラインはルート移動に切り替わり、不気味さからドラマチックで哀愁ある展開に変化する。
オクターブ奏法のギターは低音が弱いため、ベースが前面に出てルートが聞こえやすい工夫もありつつ、同じリフでここまで印象を変化させる工夫も素晴らしい。
蛇性の淫
- 作詞・作曲:鈴木研一
- 収録アルバム:『修羅囃子』(2003)
- 注目する展開:Aメロ~サビ
上田秋成の『雨月物語』に収録された物語からタイトルを借りた楽曲。珍しく文芸シリーズで和嶋氏が作詞ではない楽曲で、視覚的な歌詞が鈴木氏らしい1曲。
基本的には同じリフで進むタイプの楽曲ながら、アンサンブルに工夫が凝らされている。これまでとは逆パターンでベースリフが一定に刻みながら、ギターやメロディでコード感を出していくスタイルだ。
Aメロででそれが顕著で一定のベースリフの上でギターは半音ずつ下がっていくフレーズを弾いている。これにより不気味さを増す効果が期待できる。
サビではユニゾンになり、今度はボーカルが前面に出る形(エフェクトをかけて奥行きを出している)になり、半音ずつ移動する不気味なメロディを担っている。
フレーズ的には最小限のバリエーションながら、Aメロからサビへと印象を変化させることに成功している。
塔の中の男
- 作詞・作曲:和嶋慎治
- 収録アルバム:『未来浪漫派』(2009)
- 注目する展開:サビ
ドイツの詩人フリードリヒ・ヘルダーリンを思って作られた楽曲。メインリフは以前から温めていたものを蔵出ししたようで、やや昔の人間椅子が顔を出すような不気味なリフとなっている。
その前半部のメインリフの部分、AメロはGmのキーでベースはルートの音を弾き続けるが、サビになるとEmに転調するとともに、ベースはルート移動してコード進行が生まれている。
中心となるリフはほぼ同じフレーズを繰り返すのみだが、転調+ベースラインの変化によって、曲の中に起伏が生まれる効果がある。
そしてこの曲について言えば、サビにかけて勇壮な印象を与えるもので、ヘルダーリンへのリスペクトが込められているような感じが伝わってくる。
衛星になった男
- 作詞・作曲:和嶋慎治
- 収録アルバム:『萬燈籠』(2013)
- 注目する展開:アウトロ
和嶋氏が時々作る”男シリーズ”の楽曲であり、寒いキャンプ地において指が動かない時にも、簡単に弾けるリフで作ったと言うのがこの曲である。
比較的シンプルにまとめられている楽曲ではあるが、アウトロ部分の展開が見どころの1つである。和嶋氏もあまり取り入れて来なかったと言う、ベースがメロディを弾くと言う手法が用いられている。
ギターはアルペジオのような、コードを分解したリフを一定に弾き続ける中、ベースが後ろでメロディに近いフレーズを弾くもので、これもアンサンブルを生み出す、やや特殊な事例である。
今回の場合は、宇宙のイメージで浮遊感が生まれるような効果があるように思える。
マダム・エドワルダ
- 作詞・作曲:和嶋慎治
- 収録アルバム:『怪談 そして死とエロス』(2016)
- 注目する展開:ラストの展開~ギターソロ
ジョルジュ・バタイユの『マダム・エドワルダ』からタイトルを取り、収録アルバムの副題のうち「死とエロス」の部分を担う重要な楽曲である。
アルバムラストにはダウンチューニングのヘヴィな楽曲が配置されることが多いが、この曲はプログレ風味のある古き良きハードロックを思わせる楽曲だ。
全体的にテクニカルで聴きどころ満載の演奏だが、最後まで展開を続け、アウトロのリフではお得意のギターリフ+ベースのルート移動が登場している。
全体的にメロディアスながら、最後は歌ではなくギターリフとベースによる進行、そしてコーラスで泣かせる展開だ。怒涛のギターソロも聴きどころの1つである。
死出の旅路の物語
- 作詞・作曲:和嶋慎治
- 収録アルバム:『色即是空』(2023)
- 注目する展開:イントロ・アウトロ
和嶋氏が自身の母親から「もっと綺麗な曲を作りなさい」と言う言葉を思い出し、和声学的な楽曲を目指したというもの。簡単に言えば、メロディアスなヘヴィメタル的な楽曲になっている。
随所にコード感を生み出す工夫は見られているが、今回注目するポイントで言えばイントロである。ギターは高音弦の繰り返しフレーズで、ベースがルートを弾くことでコード進行が見えるというもの。
上記の動画で自身が語っている通り、フレーズを繰り返す4回目の最後の音だけ半音ずらすことで、7thの和音の音をしっかり入れているところが、細かいながら重要なところである。
アウトロではオクターブずらして、より迫力のある終わり方を演出している。音源ではアウトロにギターソロはないが、ライブではソロが挿入されて演奏されている。
まとめ
今回は人間椅子が3ピースと言う編成で、いかにアンサンブルを生み出すのか、中でもベースのみルートを移動するという方法論を用いられた楽曲を紹介した。
全体を見てみると、2000年代前半頃までは圧倒的に鈴木氏の楽曲に多いことが分かる。
鈴木氏の楽曲は1つのリフを膨らませて作られていることが多いため、同じリフでベースだけ動くという方法に向かいやすかったのだろう。
一方の和嶋氏は、かつては鈴木氏のようなリフで押していく王道ハードロックよりも、より歌モノ要素が強い曲を多く作っていたので、鈴木氏とはアプローチが異なっていた。
しかし近年は和嶋氏が王道ハードロックを作るようになり、鈴木氏の用いていたアプローチを使い始めたことで、2010年代以降は和嶋氏の楽曲の方が多くなっている。
それに呼応して鈴木氏は、よりシンプルな楽曲を作ることを意識して、ドラマチックな展開の楽曲は和嶋氏に譲ると言うバランスに落ち着いたようだ。
今回はなかなかマニアックな話題であったが、人間椅子の楽曲は3ピースと言うシンプルな編成だからこそ、細かな工夫が詰まっている。人間椅子の楽曲は、様々な聴き方で楽しむことができるのである。
※【人間椅子】演奏に難しい箇所があってライブでの披露が減り気味の楽曲を集めてみた
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