【エレファントカシマシ】「男」シリーズの楽曲一覧とその変遷の考察

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エレファントカシマシ
画像出典:UNIVERSAL MUSIC

何年も前のテレビ東京系『JAPAN COUNTDOWN』にエレファントカシマシ宮本浩次氏が出演した時のことだ。

番組最後のクイズで「タイトルの最後に男のつく楽曲は何曲あるでしょう?」というクイズが出題された。

しっかり数えたことがないな、と思いつつ、その一覧を見て面白かった記憶が残っている。

その時の解答も今ではすっかり忘れてしまったので、改めて「◯◯男」というタイトルの楽曲をすべて集めてみようと思い立った。

今回は、そんな「男」シリーズの楽曲を年代順に並べて、1曲ずつ解説してみようという記事である。

順番に並べてみると、その変遷が見られるのも面白い。そこで、エレカシの音楽的な変遷とともに、「男」シリーズの位置づけの変化の過程も最後にまとめてみた。

なお、タイトルの頭や途中に「男」のつくものは今回除いている。導入として、エレファントカシマシで歌われる「男」というテーマについて簡単にまとめてみた。

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エレファントカシマシで歌われる「男」とは?

エレファントカシマシの楽曲には、当然ながら様々なテーマの楽曲がある。恋愛や人生、怒り・悲しみ・喜び、仕事、散歩、太陽、月…。

その中で忘れてはならないのが、「」である。

男の歌であっても、強くありたい男の歌、みじめな男の歌、友と語る男の歌、などさまざまだ。とりわけ、強く・かっこよくありたいあらねばならぬ)と鼓舞するような楽曲が多いように思う。

一方で、現実の自分を省みると、全然かっこよくなかったり、間抜けだったりする。そんな哀れな自分も抱えながら、虚勢を張って生きていく、と考えてしまうのもまた男であるだろう。

それはおそらく宮本氏自身を反映しているものであるだろうし、男が誰しも一度は経験する感覚を歌ったもののようにも思われる。

そんな「男」をテーマにした楽曲群が、「男」シリーズなのだ。

導入はこれぐらいにして、「男」シリーズの楽曲を年代順に見ていこう。

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「男」シリーズの楽曲一覧と解説

・「男」シリーズの楽曲を集めたプレイリスト

習わぬ経を読む男

・収録作品:1st『THE ELEPHANT KASHIMASHI』(1988年)

とても若々しい歌詞が印象的な楽曲だ。社会の中での自分、友人関係の中での自分、という比較の中の自分について歌ったものと思われる。

ここでの「男」とは宮本氏自身のことだろうか。タイトルそのものは、イメージや語呂でつけられているかのように思われる。

花男

・収録作品:1st『THE ELEPHANT KASHIMASHI』(1988年)

ライブの終盤で、思い付きで演奏されることもあるほど、バンドにとって重要な曲だ。しかし、歌詞の内容は謎めいており、「花男」とは何なのかもわからない。

それでいて、「どうせやるならドンとやれ」など、宮本氏が一貫して思っている内容が全部詰まっているようでもある。

楽曲が実はポップで、歌われている内容もひねくれてはいるが、後押しされるようなニュアンスだ。当時の宮本氏なりの応援歌であり、「花男」とは実はめでたい意味があるのではないかと考えてみた。

待つ男

・収録作品:2nd『THE ELEPHANT KASHIMASHI II』(1988年)

ライブのアンコールの最後に演奏されることの多い、こちらも代表曲だ。全編で絶叫が続く、圧巻のパフォーマンスも見どころである。

歌詞の具体的な文脈は定かではないが、1stアルバムの頃から、さらに社会の中で孤立していく男の姿が見える。その違和感やもどかしさが、怒りとしてぶちまかれたような曲である。

ここでも「男」は「俺」のことであり、宮本氏自身のことなのだろうか。

珍奇男

・収録作品:3rd『浮世の夢』(1989年)

宮本氏が当時のスタイルを継承し、通称”男椅子”に座り、アコースティックギターで歌い始める。途中、人力でエレクトリックギターに持ち替えて、バンドの演奏と一体になる。

その時のバンドの状態によって、印象が大きく変わる不思議な楽曲だ。

周囲からの孤立はさらに進み、タイトルの通り、珍妙な歌詞の楽曲である。狂気すら感じる曲だが、この「男」は実在する人物のことなのか、定かではない。

浮雲男

・収録作品:3rd『浮世の夢』(1989年)

4thシングルでもある。シンプルな3コードの楽曲だが、ロックと言うよりも演歌に近い。

「男」シリーズは抽象的な歌詞がこれまで多い印象だが、この曲はとてもシンプルである。ひたすら煙草を吸っている男の歌である。

どこか焦点の定まらないような歌であり、煙草に依存している様を表しているようでもある。

無事なる男

・収録作品:5th『エレファントカシマシ5』(1992年)

6thシングル『曙光』のカップリング曲。これまでの「男」シリーズとは趣の違う楽曲である。

ここで登場する「男」は、どうやら結婚している友人と、宮本氏自身の2人のようである。全く違う暮らしをする2人の間で、「こんなものなのだろうか」という気持ちは共通している。

4th『生活』までとは異なる、自身を客観的に見つめる冷めた目線がここにはある。「無事なる男」とは、そんな俯瞰して自分を見ている男なのかもしれない。

お前の夢を見た(ふられた男)

・収録作品:5th『エレファントカシマシ5』(1992年)

カッコ書きの中に「男」が付いている、ややイレギュラーな「男」シリーズの楽曲。

宮本氏の失恋がダイレクトに作品に出てしまった、5th『エレファントカシマシ5』を象徴するような曲だ。「無事なる男」で見せた客観的な目線ではなく、非常にシンプルで主観的な歌詞である。

1音下げチューニングを導入した5thであるが、この曲では力いっぱい6弦を弾いているため、ピッチが微妙に揺れている。その揺れが、不気味さを生じさせており、独特な味付けとなっている。

ドビッシャー男

・収録作品:8th『ココロに花を』(1996年)

エピックからポニーキャニオンに移籍し、ポップな路線に移行した最初のアルバムの1曲目。しかし、全体の中ではかなり攻撃的な楽曲である。

ドビッシャー」とは造語であり、他にも「ガランジャー」などエレカシ内で使われる謎の造語がある。エピック時代のような破天荒さはないものの、ひねくれた歌詞は初期の臭いを感じさせる。

まだポップな路線に宮本氏自身が納得しきれない中で制作されたと思われ、この時期の「男」シリーズはエピック期を思い起こさせる

かけだす男

・収録作品:8th『ココロに花を』(1996年)

8th『ココロに花を』には「ドビッシャー男」に加えて、もう1曲の「男」シリーズの曲が「かけだす男」だ。「ドビッシャー男」に比べるとポップであるが、やはりアルバムの中では攻撃的な曲である。

歌われる内容は、これまでの「男」シリーズにない、恋愛を思わせる内容だ。

泣き”の要素がほとんどなかったのが「男」シリーズの特徴でもあったが、「Baby, baby」と叫ぶ宮本氏はどこか悲しげで”泣き”を感じる。

戦う男 

・収録作品:9th『明日に向かって走れ-月夜の歌-』(1997年)

14thシングル曲。「ドビッシャー男」の歌詞と近い部分もある、「男」シリーズらしい楽曲

しかし、「愛しい人 そばにいて」など、かつては入れなかったであろうストレートな恋愛ソング的な歌詞も見られる。

アルバムの中でロック的な要素を見せつつも、エピック期の面影は徐々になくなりつつある。

当ブログで9th『明日に向かって走れ-月夜の歌-』をレビューした記事

季節はずれの男

・収録作品:14th『俺の道』(2003年)

9th以降しばらく新作のなかった「男」シリーズだったが、14th『俺の道』で久しぶりに登場した。

この期間のエレカシと言えば、ポップな路線は10th『愛と夢』で突如終わり、「ガストロンジャー」で攻撃的な楽曲が増えた。しかし、その路線も定着せず、新しい表現を模索する時期が続いた。

若手バンドとの対バンを多数経て、改めて自分自身を見つめ直した中で制作されたのが『俺の道』である。エレカシのシンプルなバンドサウンドが聴ける久しぶりのアルバムとなった。

その中にあって、あえてポップなメロディの曲が、この「季節はずれの男」である。
歌詞は変に世慣れてしまった男が、初心に帰れと自ら鼓舞しているようだ。

歩く男

・収録作品:20th『悪魔のささやき~そして、心に火を灯す旅~』(2010年)

もう新作はないかと思われた「男」シリーズが帰ってきた。40thシングル『明日への記憶』のカップリング曲でもある。

EMIからユニバーサルへと移籍したエレカシは、「俺たちの明日」「笑顔の未来へ」など、再びポップで力強い楽曲を世に送り出す。

18th『STARTING OVER』、19th『昇れる太陽』は階段を駆け上がっていくような勢いのある2作だった。

「歩く男」を収録した20th『悪魔のささやき~そして、心に火を灯す旅~』は、少し落ち着いた作風となり、楽曲のバリエーションも増したアルバムだった。

久しぶりの「男」シリーズは、またこれまでと異なる作風であり、かつてないほど爽やかだ。そして、肩の力の入っていない等身大の宮本氏を感じる楽曲である。

涙を流す男

・収録作品:44thシングル『ズレてる方がいい』(2012年)

アルバム未収録の「男」シリーズの現時点での最新作である。

歌詞の世界観は、どことなく『エレファントカシマシ5』や『奴隷天国』などの初期を思わせる。友人と語り合うような形式の歌詞であり、「涙を流す男」とは友人であり、宮本氏自身であるようだ。

陽気な宴の席にありながら、心は別のところにあるような感覚なのだろうか。

ちなみに、このシングル発表後に宮本氏は突発性難聴で静養に入っている。何か心境の変化を感じさせる楽曲に聞こえてくる。

「男」シリーズの変遷と、エレファントカシマシの音楽における位置づけの変化

最後に、エレファントカシマシの音楽の中における、「男」シリーズの位置づけと、その変化について考察してみよう。

”エピック期”と呼ばれる1st『THE ELEPHANT KASHIMASHI』(1988年)~7th『東京の空』(1994年)は、「花男」や「待つ男」など、ライブでの代表曲が多い傾向にある。

近年のライブでも演奏される曲でもあり、「男」シリーズはこの当時の中心的な楽曲だったことがわかる。

今回は外しているが「男」のつく「男は行く」や「ファイティングマン」もまたライブで絶大なパワーを発揮する楽曲だ。

”ポニーキャニオン期”である8th『ココロに花を』~10th『愛と夢』は、恋愛を歌った楽曲が増え、曲調もポップになった。その中にあって、「男」シリーズはロックの象徴の位置づけのように思われる。

この時期の宮本氏は”叫ばない”歌い方をすることも増えたが、「男」シリーズでは思いっきり叫んでいる。

ロック歌手としての自分を示すものとして、3枚のアルバムの中で3曲も「男」シリーズが作られたのではないかと思った。

しかし、”EMI期”に入ると、11th『good morning』~17th『町を見下ろす丘』では「男」シリーズの楽曲は1曲のみとなる。

この時期も「男」はテーマの1つであり続けてはいるが、これまで歌われてきた「男」シリーズとは異なる男像を模索している時期のようにも思えた。

特に『扉』~『町を見下ろす丘』では、”中年の男”がテーマとなっており、これまで「男」シリーズで歌われた”理想像としての男”の世界観とは異なってきている。

唯一の「季節はずれの男」も、初心を思い返そうともがいている等身大の歌だ。宮本氏の中での男像も変化をしていった時期なのではないだろうか。

その後、音楽的にも人間的にも安定感を見せている近年の「男」シリーズは、よりリアルな宮本氏を感じさせる楽曲となっている。

「男はかくあるべし」という気負いのようなものは影を潜め、ありのままの「男」像を描いているように感じられた。

必然的に「男」シリーズのエレカシの楽曲の中での比重や重要度は、徐々に下がってきているように思う。

「男」がテーマに上がらなくなったのではなく、むしろより柔軟にあらゆる角度から「男」、そして宮本氏自身を歌詞にするように変化してきたということなのだろう。

まとめ

歴代の「男」シリーズの楽曲を年代順に並べ、考察してみた。

冒頭の解答を示せば、「男」シリーズの楽曲は、現在(2020/06/11)13曲あることになる。
「お前の夢を見た(ふられた男)」を含めるか微妙なところであり、入れなければ12曲だ。

1つのシリーズを追っていくと、エレカシの歌詞や音楽の変化をとらえ直すことができて、面白かった。
傾向としては、年を追うごとに「男」シリーズへのこだわりは薄れているようである。

今後も、「男」シリーズが続いていくのかどうか、注目したいところだ。

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