新年最初のブログ記事では、2020年に発売されたアルバムの中でおすすめの作品を紹介している。
その中でも最も2020年を印象付けたと感じたアルバムが、eastern youthの18thアルバム『2020』であった。
今回の記事では、この『2020』についてレビューおよび雑感を述べていきたい。各楽曲について触れ、2020年という1年と本作について触れてまとめとする。
eastern youthについて
まずはeastern youthというバンドについて簡単に紹介しておこう。なお過去の記事で、彼らのおすすめアルバムを紹介する記事もあるので、そちらも参考にされたい。
eastern youthは1988年に北海道札幌市にて結成されたバンドである。
現メンバーは、吉野 寿(ギター・ボイス)、田森 篤哉(ドラム)、村岡 ゆか(ベース・コーラス)の3名だ。
パンクロックを基調としながらも、それだけに収まらない幅広い音楽性で轟音をかき鳴らす。そこに文学を感じさせる歌詞が加わり、味わい深い楽曲が魅力となっている。
もともとは北海道でSkinsやOiバンドとして活動し、上京の際にベースが二宮 友和へと代わってから長らく不動のメンバーで活動を続けた。
1995年の4th『口笛、夜更けに響く』より、文学的な歌詞を乗せるスタイルになり、このスタイルが継続している。
代表曲として、たとえば6th『旅路ニ季節ガ燃エ落チル』収録の「青すぎる空」がある。
まさに文学詩のような歌詞と、オルタナティブロックが見事に融合した楽曲である。これ以降も数々の名盤を生み出していくことになる。
1994年から続く対バン企画「極東最前線」や海外公演など、精力的なライブ活動を行ってきた。2015年の16th『ボトムオブザワールド』発売ツアー終了とともにベースの二宮氏が脱退する。
その後、新たなメンバーとしてeastern youthの熱心なファンでもあったベーシストの村岡ゆかが加入する。ライブ出演を重ね、2017年に17thアルバム『SONGentoJIYU』をリリース。
同作収録の「ソンゲントジユウ」はこれまでの轟音は変わらず、今まで以上に突き抜けたサウンド、そして味わい深い歌詞とMVで人気を博した楽曲である。
2019年にはバンド活動20年を迎え、日比谷野外音楽堂でのコンサートを17年ぶりに開催し、その模様がDVDとして発売された。
歴代の名曲が凝縮された名演であり、村岡氏が加入してバンドとしての一体感もより強まっていた。そんな中で制作された新作『2020』であり、内容にも大いに期待を感じていた。
アルバム『2020』について
ここからアルバム『2020』について、紹介していこう。eastern youthとしては通算18枚目、前作から3年ぶりのフルアルバムである。
アルバム発売の告知は発売日に比較的近く、2020年7月1日にニュース記事が公開されている。
発売告知より前にはアルバム制作に関するニュースなどはなかったため、突然の発表に少し驚いた記憶がある。そして制作期間がコロナ禍と重なっていたことも、すぐに気づいた。
タイトルもあえて『2020』とシンプルにしたことなどからも、少なからずこのコロナ禍が作品に影響を与えていることは想像された。
そしてLIM PRESSからはアルバム『2020』の制作現場の様子や、制作を振り返るインタビュー記事が公開されている。
<前編>
<後編>
このインタビューからはアルバムの内容にはコロナ禍の影響はないと吉野氏は語っているが、レコーディングや吉野氏自身には影響を及ぼしていることがうかがえる。
「明るい作品にしたかった」と述べられている通り、アルバムを一聴すると、確かに爽やかさすら感じられるサウンドとなっている。
前々作『ボトムオブザワールド』で漂っていた重苦しさと悲哀は、作品を追うごとに薄まって、むしろ爽やかな風が吹くような楽曲へと変化している。
しかしこれまでの骨太さが失われたわけではない。ヘビーな内容をカラッと表現することで、むしろ歌詞の内容ははっきりと伝わってくるようにも感じられる。
そして何よりロックバンドとしての演奏がダイレクトに伝わってくるのがとても良い。「ジャーンと鳴らした感じ」と吉野氏が語るようなシンプルなサウンドである。
ここ数作の中でも、筆者は最も好みのアルバムである。従来からのeastern youthの骨太さと、良い意味での明るさを得た変化が、良いバランスとなっている。
アルバム『2020』の各楽曲について
ここからは個々の楽曲についても見ていきたい。全10曲入りのアルバムであり、作曲は吉野氏がベースとなる曲を作って、メンバーと形にしていくスタイルをとっている。
前作と同様、アルバムの曲順を先に決めて、その順通りにレコーディングするスタイルをとっている。
No. | 曲名 |
1. | 今日も続いてゆく |
2. | 存在 |
3. | カゲロウノマチ |
4. | 雑踏に紛れて消えて |
5. | 夜を歩く |
6. | それぞれの迷路 |
7. | 明日の墓場をなんで知ろ |
8. | 月に手を伸ばせ |
9. | 合図を送る |
10. | あちらこちらイノチガケ |
今日も続いてゆく
アルバム1曲目にして、リードトラックでありMVが制作されている。静かなイントロから、一気に爆音のギターが入ってくる始まり方は、前作の「ソンゲントジユウ」を思わせる。
しかしよりメッセージ性が強く感じられた「ソンゲントジユウ」に比べると、歌われている内容はもっと素朴なものである。
「淡々と日常が流れてゆく」とあるように、人間の日々の生活がただ流れてゆくことを歌っている。ただこのコロナ禍の折には、むしろそれが強いメッセージを放っているとも言える。
”密を避ける”や”新しい生活様式”など、何か新しいことが始まったように仕向けられているが、自分たちの日常は何も変わっていない、というメッセージである。
社会の大きな変化の中では、このメッセージが最も強烈なものと言えるのではないか。
存在
1曲目から続いて、ミドルテンポの楽曲が続く。ただしこの「存在」の方がメッセージ性が強い楽曲となっている印象だ。
ここで歌われている内容は「ソンゲントジユウ」に通じる、一人ひとりの存在の重要性である。集団の中の要素や1サンプルなどではなく、1人の存在であるということだ。
吉野氏の意識にあるかわからないが、仏教的な世界観も垣間見える。「森羅万象全部背負ってるんだ」には、連綿と続く過去世からの輪廻転生を経た今、という視点が入っている。
非常にシンプルなコードと少ない言葉数で表現されるこの楽曲。ダイレクトにバンドサウンドと歌詞が突き付けられるような感覚に襲われる。
カゲロウノマチ
続く3曲目は、軽やかなイントロからパンクらしい疾走感のあるリズムが始まる。Aメロ、Bメロだけの簡素な展開も原点のパンクを思わせるものだ。
この曲で見えてくる風景は、名盤8thアルバム『感受性応答セヨ』収録の「スローモーション」のような、切り取られた一瞬の情景である。
ただし「スローモーション」で描かれた熱量や怒りとは対照的に、この曲では何とか生き延びている悲しみのようなものが漂っている。
とは言え、決して諦めてはいないのが吉野氏の楽曲の特徴だ。「ただ生きている」、その1点において諦めていないことを宣言しているように思われる。
雑踏に紛れて消えて
3曲目のビート感を引き継ぎつつ、複雑な拍で展開する「雑踏に紛れて消えて」である。難解な展開を取り入れることで、より攻撃性が増しているようにも感じられる。
ここで描かれているのは、街という集団の中にいる自分である。「街の底」などで歌われるように、吉野氏は街の雑踏の中がテーマとなる楽曲は比較的多い。
それぞれが感じる言いようのない感情を、吉野氏は街を散歩する中で、そして飲み屋で酒を飲みながら”紛れ込ませている”のかもしれない。
決して消えることのない様々な感情も、誰かと慰めあうのでなく、あえて集団の中の孤独に身を置くことで、うっすらと流れていくような感覚はわかるような気もする。
夜を歩く
レコードで言えばA面の終わりにふさわしい、広がりを感じさせる楽曲である。楽曲としては60年代オールディーズを思わせるようなリズムと、詩のような歌詞が特徴である。
そして冒頭のポップなメロディラインも印象的だ。ポップスや歌謡曲を好む吉野氏のメロディセンスによるものであろうか。
歌詞としては、長く・広く続いていく夜を思わせるものである。8thアルバム『感受性応答セヨ』収録の「夜明けの歌」はまた朝がやって来る怖さを歌っていた。
夜はまた来る朝までのわずかな休息とも言える。そんな夜の広がりを、美しさとともに表現した楽曲となっているように感じた。
それぞれの迷路
アルバム後半1曲目であり、村岡氏加入後のeastern youthを感じさせる1曲だ。奥行のあるギターと、村岡氏のコーラスがアンビエントな雰囲気を感じさせる佳曲である。
冒頭から村岡氏のコーラスが光るアレンジだ。吉野氏も村岡氏のボーカルをより前面に押し出したい思いがあるようで、随所で美しいコーラスを聴くことができる。
サビは吉野氏・村岡氏のユニゾンによるもので、近年のシングル曲「時計台の鐘の音」と同様のスタイルだ。童謡のようなメロディであり、温かみを感じられる曲でもある。
歌詞については吉野氏がよく取り上げる「旅」や「地図」などのワードが含まれている。改めてどっしりと踏みしめて歩いていくような決意を感じさせる内容だ。
明日の墓場をなんで知ろ
このアルバムの中では、やや昔のeastern youthを思わせる楽曲だ。時期で言えば、2000年代後半の11th『365歩のブルース』や12th『地球の裏から風が吹く』の頃を感じる。
タイトルは北原白秋の詩「あかい夕日に」から引用したもの。歌詞の内容としても、これまでのeastern youthを思い出させる内容で、変化しない芯のようなものを感じた。
ただアレンジでは目を引く部分もある。特に間奏部分での、クリアトーンでのコードワークは清々しさも感じさせ、過去の作品から変化した部分もあることがわかる。
月に手を伸ばせ
アルバムの中でも最も印象に残った曲だ。これまでになくストレートに突き刺さるメロディと、シンプルな展開が印象的な楽曲である。
美しいギターの音色から始まり、サビでは吉野氏・村岡氏のユニゾンによる奥行きのあるボーカルが印象的だ。全体を通じて儚く美しい情景を思わせるような楽曲となっている。
歌詞に注目すれば、決してハッピーなものではないものの、「力の限り笑い泣く」など純粋な心を歌ったものである。4th『口笛、夜更けに響く』のような純度の高さを思わせる。
このようなシンプルで力強い楽曲がアルバムに収録されることに、この作品の充実度を見ることができるようにも思われた。
合図を送る
アルバムラストに向かって再び歩き始めるような印象の曲。アルペジオのリフは6拍子で、歌の部分は4拍子で進むところが、楽曲のリズムに変化をつけている。
歌詞や曲調からは6th『旅路ニ季節ガ燃エ落チル』や7th『雲射抜ケ声』の頃を思い出させる。アップテンポではないものの、前のめりに突き進んでいくビートが心地よい。
吉野氏のボーカルも少しがなるような歌い方で、高らかに響く声も力強い。この曲も変わらないeastern youthの魅力を感じられる曲だ。
あちらこちらイノチガケ
アルバム最後を飾るのにふさわしい力強く進んでいくような楽曲である。1曲目の「今日も続いてゆく」よりも高い熱量で終わりを迎えている印象だ。
曲調としては10th『DON QUIJOTE』の「街はふるさと」などを思わせる。吉野氏の力強く前へと突き進むような、ギターと高らかなボーカルが印象的だ。
eastern youthの楽曲は一概にポジティブ・ネガティブには括れない。そのどちらでもあり、どちらでもない感覚で、”やるしかない”とでもいうような気持ちである。
それをこの曲では「イノチガケ」と呼んだ。何だかお行儀よく聞こえる”命がけ”ではなく、もっと生々しい「イノチガケ」を歌い続けてきたバンドだと改めて思った。
まとめ – アルバム『2020』と2020年
ここまでeastern youthの18thアルバム『2020』と収録楽曲について紹介・レビューを行ってきた。最後に『2020』と2020年という1年を少し振り返りながら、まとめとしたい。
2020年の漢字は「密」であったように、1年を通じて新型コロナウイルスの影響を大きく受けた1年であった。そして音楽業界は「密」を避けるべく、ライブ活動が行えず大打撃を受けた。
そんな中でも工夫をしながらレコーディングを行って完成したのが『2020』である。改めて『2020』はeastern youthの他の作品と比べても、何かが大きく変わった訳ではない。
サウンドや曲調、そして歌われている内容も、これまでeastern youthが続けてきたものを継承し、深め発展させたものである。
今まで以上に爽やかで突き抜けたアルバムとなっているが、それはコロナ禍の影響によるものでもないのだろう。吉野氏の今の心持に沿って作られた、ということだ。
それでも本作が強いメッセージを発していると感じられるのであれば、それは世の中の側が変わったということだろう。
コロナ禍という目に見えないものに翻弄されている我々は、気を付けていないと自らがいつもと同じ場所で、同じ人生の中を生きている感覚を失ってしまう。
筆者も2020年においては、何気ない日常や変わらぬ暮らしのありがたさを感じることが多かったように思う。
そのような中だからこそ、何も変わっていないと歌う「今日も続いてゆく」が強烈なのだ。いつだって今ここから始めるしかないし、1歩ずつ進んでいくしかない。
決して諦めではないこの感覚を、eastern youthはずっと歌ってきた。『2020』は変わることなくそれを伝え、あえてこの2020年をタイトルにすることで、変わらないことを宣言している。
eastern youthのそんな変わらなさが、このアルバムをより潔く爽やかな印象にするのかもしれない。
『2020』は2020年に発売されたアルバムの中で、これまでと変わらず、eastern youthらしい渋い輝きを放っているのだ。
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