演歌と言うジャンルは、現代の日本において残念ながらメジャーなジャンルではなくなりつつある。昭和、せめて平成までの音楽、と言っても良いかもしれない。
そんな演歌と言うジャンルであるが、やはり良い曲がたくさんあるので、もっと評価されて欲しいと筆者は思っている。
演歌の楽曲を知らしめるには、演歌以外のジャンルの歌手が歌ってくれることが大きい。
2026年4月22日に発売となったMs.OOJAの演歌カバーアルバム『Ms.ENKA〜OOJAの演歌〜』はそんな貴重な1枚となりそうだ。
カバーアルバムには特有の難しさがある。今回は『Ms.ENKA〜OOJAの演歌〜』をレビューしつつ、演歌カバーアルバムの難しさと魅力についても述べたい。
Ms.OOJA – Ms.ENKA〜OOJAの演歌〜の概要と作品の狙い
- 発売日:2026年4月22日(水)
- レーベル:ユニバーサルシグマ
- 形態:2形態、UNIVERSAL MUSIC STORE限定盤(2CD+Blu-ray)、通常盤(CD)


Ms.OOJA氏が2026年4月22日(水)にリリースしたのが、演歌カバーアルバム『Ms.ENKA〜OOJAの演歌〜』である。
Ms.OOJA氏と言えば、「遅咲きの歌姫」と言われるように、2011年2月に28歳でメジャーデビューしている。
シンガーソングライターとしての活動と並行し、カバー作品にも数多く取り組んでいる。松原みき氏の「真夜中のドア〜Stay With Me」が話題となり、YouTube再生回数は780万回を超えている。
もともとはR&Bを志向する音楽性であったが、カバー作品では邦楽カバーに取り組み、いわゆる歌謡曲の時代の楽曲もレパートリーに含まれていた。
近年は『流しのOOJA』シリーズとして昭和歌謡に特化したカバー作品を3作リリース、それでも”演歌”と言われるジャンルに踏み込んだのは、本作が初だと言える。
ご本人は演歌を通ってきた訳ではなく、ファンの方からリクエストで演歌の楽曲を挙げられることがあったのだと言う。
ある時、ちあきなおみ氏の「冬隣」という楽曲に、作曲者の杉本眞人氏のコンサートで出会ったことで、本作をリリースするきっかけになったと語られている。
そして演歌の技法(こぶしなど)を習得して歌うのとは異なり、土着的なソウルミュージックとして捉え直した、というのが本作の狙いのようである。
※ナタリー:Ms.OOJA「Ms.ENKA~OOJAの演歌~」インタビュー|デビュー15周年、今「演歌」を歌う理由

この姿勢には個人的に大いに共感するところである。演歌はどうしても強烈な様式があるがゆえに、むしろその様式の方で語られ過ぎる傾向がある。
そうした様式よりも、楽曲の持つパワーやメロディの良さ、歌詞の世界観などを、日本人の土着的な音楽として伝える、という姿勢は演歌カバーとして非常に有意義であると感じる。
全曲ミニレビュー
ここからはカバーで取り上げられた楽曲について、そしてMs.OOJA氏によるカバー、さらにはアレンジなどについて触れていきたい。
収録されているのは全11曲、タイトルとオリジナル歌手、作詞・作曲を一覧にしている。
| no. | タイトル/オリジナル歌手(年) | 作詞 | 作曲 | 編曲 | 時間 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1. | 愛燦燦 / 美空ひばり(1986) | 小椋佳 | 小椋佳 | JiN・クレハリュウイチ | 4:51 |
| 2. | 雨の慕情 / 八代亜紀(1980) | 阿久悠 | 浜圭介 | クレハリュウイチ | 3:34 |
| 3. | 人生いろいろ / 島倉千代子(1987) | 中山大三郎 | 浜口庫之助 | クレハリュウイチ | 4:01 |
| 4. | 冬のリヴィエラ / 森進一(1982) | 松本隆 | 大瀧詠一 | JiN・クレハリュウイチ | 4:37 |
| 5. | 氷雨 / 日野美歌(1982) | とまりれん | とまりれん | soundbreakers | 3:52 |
| 6. | 無言坂 / 香西かおり(1993) | 市川睦月 | 玉置浩二 | JiN・クレハリュウイチ | 3:58 |
| 7. | 夢芝居 / 梅沢富美男(1982) | 小椋佳 | 小椋佳 | JiN・クレハリュウイチ | 3:16 |
| 8. | 雪國 / 吉幾三(1986) | 吉幾三 | 吉幾三 | クレハリュウイチ | 4:50 |
| 9. | べサメ・ムーチョ / 桂銀淑(1995) | FUMIKO | 杉本眞人 | Goro Nakano・Carlos K. | 4:21 |
| 10. | 北の宿から / 都はるみ(1975) | 阿久悠 | 小林亜星 | Shuhei Ito | 4:06 |
| 11. | 冬隣 / ちあきなおみ(1988) | 吉田旺 | 杉本眞人 | soundbreakers | 4:26 |
| 合計時間 | 45:56 |
1970年代~90年代という、まさに演歌の時代から選曲されている印象である。演歌色の強い楽曲もあれば、どちらかと言えばポップスや歌謡曲寄りの演歌も多いように思える。
選曲の基準としては、先述の通り、演歌特有の技法を用いることなく、Ms.OOJA氏の声にマッチするものを選んだ、とインタビューで書かれている。
必然的にいわゆる”ド演歌”的な楽曲は外されており、中でもメジャー調のド演歌は見当たらない。たとえば「北国の春」「なみだ恋」「二輪草」と言った類の楽曲である。
そしてアレンジは原曲を大事にした部分もありつつ、大胆に現代風、あるいはジャズ・ソウル風にアレンジされた楽曲もある。
ここからは各曲に関して、一言ずつ感想を述べていきたい。
愛燦燦 / 美空ひばり(1986)
小椋佳氏による言わずと知れた名曲、人生について歌ったスケール感の大きな楽曲である。曲調としては演歌と言うよりポップスなので、アルバムの入りとしてはスムーズな印象である。
アレンジはゴージャスなバラード曲と言う雰囲気である。一部コードが変えられており、ジャズ風味のあるコード進行になっている。
Ms.OOJA氏の非常に正確なピッチにより、流れるように聴ける、良いカバーだと感じた。
雨の慕情 / 八代亜紀(1980)
浜圭介氏による哀愁漂うメロディ、そして八代亜紀氏のサビのダンスでも有名な楽曲である。
もともとダンスが付くぐらいで、ややダンサブルな要素のある楽曲だ。アレンジでは16ビート感のある、都会派シティポップと言う感じで、これは斬新でなかなか面白い。
そしてイントロはやはりあのフレーズが登場することで演歌感もちゃんと出ている。この曲は初めて演歌に触れる人にとっては、結構しっかり”演歌”として入って来るタイプの曲であろう。
この曲は声を張り上げるより、低音部分に色気のある曲、これもMs.OOJA氏の落ち着いた低音が心地好く聞こえる。
人生いろいろ / 島倉千代子(1987)
既にベテランだった島倉千代子氏に、あえてテクノ風サウンドの斬新なサウンドをぶつけた楽曲。オリジナルのインパクトが強いだけに、どんなアレンジで来るのか、と期待していた曲だった。
予想の斜め上、良い意味で裏切られた、非常にオシャレなアレンジである。メロディはもっと演歌な感じかと思っていたが、Ms.OOJA氏が歌うと、ポップな曲だったのだと気付かされる。
後半の転調やイントロのフレーズ、キメのリズムなどオリジナルへのリスペクトもありつつ、斬新さも見せる、バランスの良さがある。
冬のリヴィエラ / 森進一(1982)
松本隆・大瀧詠一と言う80年代の黄金コンビ、これも演歌寄りのポップスと言う印象の楽曲である。これはむしろ大瀧サウンド、そして森進一氏の個性からいかに変えるかがポイントだろう。
アレンジ面では打ち込みのリズムトラックをあえて使っているところで、新たな解釈と言う感じになっている。キメの部分などはオリジナルを踏襲しており、リスペクトも感じられる。
この曲も音程の高低差が心地好く、低めのAメロからサビ頭の「ふ」の音が抜けるようで大変良かった。
氷雨 / 日野美歌(1982)
もともとは佳山明生氏の1977年デビュー曲、日野美歌氏はカバーであるが、こちらの方が有名だったりする。歌謡曲寄りの演歌の王道ソングという印象だ。
個人的には本作の中で最もアレンジ面で苦戦している、と思わせる曲だった。歌謡曲テイストが強いので、それほど難しくないかと思ったが、問題はこの曲の細かいコード進行に思える。
あまりアレンジ面でコードを付け加えたりする自由度がなく、演歌臭いコード感と、ジャジーなアレンジのミスマッチが若干感じられるところである。
ボーカルは見事にこの曲にマッチしており、アレンジ面で少し惜しいところだ。
無言坂 / 香西かおり(1993)
玉置浩二氏が演歌ジャンルに楽曲提供した曲として有名で、1993年末の第35回日本レコード大賞を受賞している。
玉置氏らしいマイナーコードを軸としたメロディで、「氷雨」に比べるとコードの”隙”というか、余白が多いのでアレンジ的には自由度が高いように思える。
イントロのフレーズなどオリジナルを活かしつつ、現代的なアレンジに。やはりポップなメロディなので、Ms.OOJA氏との相性も良いように思えた。
サビの歌い方は本家とは異なるアプローチ、アレンジや歌い方が異なるとここまで演歌臭が消えるのか、と驚かされる。
夢芝居 / 梅沢富美男(1982)
梅沢富美男氏が発表した1枚目のシングル曲、本作では小椋佳氏の楽曲として2曲目となる。Ms.OOJA氏のファンからカバーのリクエストがあった楽曲だったようだ。
オリジナルのイントロからは大きく変えて、現代的なソウル調のアレンジとなっている。しかしどうもオリジナルのインパクトを超える斬新さには至らなかったように感じる。
やはりあのハードロック風味のどっしりしたリズムと、歌い回しもタメを効かせたものがどうしても耳から離れなかった印象である。
このカバーで初めて聴いた人には違和感はないと思われるが、ちょっとあっさりとし過ぎているように思えてしまった。
雪國 / 吉幾三(1986)
コミックソング路線が強かった吉幾三氏が、本格的な演歌路線を決定づけた楽曲である。結果って気にオリコン週間1位、100万枚以上を売り上げるヒット曲となった。
この曲に関しては、アレンジは原曲をかなりそのまま踏襲している。やはり「来た!」というあのイントロ、リズムがないとしっくり来ないものである。
やはりアレンジをあまり変えないことで、演歌フィールドに入って来てくれている感が強くなる。個人的には原曲アレンジで、カバーで本人色を出してもらう方が好みではある。
そしてしっかりMs.OOJAの歌唱になっていると感じた。
べサメ・ムーチョ / 桂銀淑(1995)
韓国出身のトロット歌手・演歌歌手の桂銀淑氏、90年代に日本でヒットした楽曲である。かすれた声が特徴ながら、この曲は比較的オーソドックスで、カバーに向いていると言える。
アレンジもオリジナルのラテン要素を組み込み、それほど大冒険はしない方向である。良かった点は、原曲の持つやや”トンチンカン”な感じが失われていないこと。
トロット歌手でもあった桂銀淑氏なので、トロットの持つトンチンカンなところが、ちゃんとこの曲には受け継がれている。(と言って笑える要素がある訳ではない)
北の宿から / 都はるみ(1975)
都はるみ氏の代表曲の1つ、切々と歌い上げる大変ハードルの高い楽曲をあえて選曲した、という印象である。なかなか他ジャンルの歌手でこの曲をカバーで入れる人は少ない気がする。
とは言え、ド演歌なのかと言われれば、作曲の小林亜星氏は演歌の専門家と言う訳でもなく、ポップな要素のある楽曲である。そこに見事にマッチして、新たな解釈で歌っている印象だ。
超絶技巧の都はるみ氏の迫力と比べてしまうのは野暮な話なのだろう。むしろ異なる歌い手が歌い上げたことで、楽曲の良さが際立つという側面もあるように思える。
冬隣 / ちあきなおみ(1988)
ちあきなおみ氏の1988年のアルバム『伝わりますか』に収録されている、アルバム用の楽曲である。本作で最も渋い立ち位置ながら、この曲が発端で本作の制作に至っていると思われる。
なるほど、この曲の雰囲気が歌いたかったのだ、と思うと納得するほど、しっくり来ている。他の曲とはやや思い入れと言うのか、気持ちの入り方が強いように思える。
アレンジも原曲の持つ空気感をとても大事にしており、ちあきなおみ氏の持つ上品な雰囲気と、Ms.OOJA氏の歌の魅力とが見事にマッチしている。
全体の感想と考察 – ”演歌カバー”の魅力・難しさと演歌再評価への期待
最後にアルバム全体についての感想として、カバーアルバムについて、さらには演歌をカバーし伝え得ることについても述べることにした。
カバーアルバムの魅力と難しさとは?
まずは「カバーアルバム」という点である。筆者は以前の記事でも書いた通り、カバーアルバムに対する評価は辛めである。
カバーアルバムとは、誰でもやろうと思えばやれるが、良いものを目指そうと思うと、物凄くハードルの高いものだと思っている。
なぜならオリジナルという絶対的な基準がある中で、オリジナルから離れ過ぎず、かつ歌手の個性とアレンジによって、新たな解釈を加えなければいけない、バランスが難しいからだ。
この点では、さすがに何枚もカバーアルバムを出しているMs.OOJA氏であり、オリジナルへのリスペクトを感じさせつつ、大胆な新解釈も加えつつ、新たな作品になっている。
全体的にはジャズやソウルテイストの、お洒落で都会的な雰囲気の漂うアレンジで統一されている。演歌と言うジャンルの中でも、そうした雰囲気が合う曲のみが選ばれている印象だ。
ただしやはりアレンジを変える、ということには、難しさも付きまとう。各曲のレビューで書いた通り、ちょっと上手くはまっていない曲もあったように感じられた。
カバーアルバムの姿勢としては、柴田淳氏の作品が1番しっくり来ている。彼女のカバーアルバムは、一切オリジナルのアレンジに手を加えずに、新録音源を用いている。
つまり彼女の歌だけで新たな解釈を加える、というもので、歌い手の確固たる個性と技量、さらには真にマッチする曲だけを選ぶセンスまでが問われる、非常に難しい作業である。
※【柴田淳】カバーが苦手な人にもおすすめしたいカバーアルバム – 『COVER 70’s』『おはこ』

一方で本作はアレンジを変えている点で、アプローチは異なる。ここにアレンジの評価、好みが分かれることとなり、カバーアルバムの評価の難しいところでもある。
演歌カバーの貴重さと演歌再評価への期待
そしてMs.OOJA氏が自身初となる演歌のジャンルでカバーアルバムを作った、という点である。まず演歌以外のジャンルの人が演歌カバーをすること自体、大変貴重だと思っている。
演歌というジャンルは、今やガラパゴス化している、と言っても良い。たとえばソウルが時代とともにサウンドなどが変遷してきたのと異なり、演歌は様式がかなり厳格にある。
それゆえ時代から取り残されてしまい、90年代以降はその存在感がますます小さくなり、少なくとも若い世代が聴くことはほとんどなくなってしまったように思える。
しかし少なくとも90年代頃までの演歌には、非常に良質な楽曲があり、良い歌(歌う人を含め)があったのだった。
日本のシティポップが今や海外から熱い視線を集めるように、70~90年代頃の演歌も再評価されても良いのでは?と常々思っている。
ポップスのジャンルで演歌だけのカバーアルバムを作る例は今やかなり少なく、先述の柴田淳氏の『おはこ』がかなり画期的な演歌カバーアルバムだった。
こうした演歌以外のジャンルで、演歌がカバーされることで、演歌の魅力が伝わって欲しい、というのが個人的な願いである。
その一方で、演歌がいくつもの様式の中にあることで、他ジャンルの入りにくさもあるように思える。本作もその難しさに直面したのではないか、と推測する。
Ms.OOJA氏がインタビューやInstagramで書いている通り、「私が歌うことで演歌ではなくなっているかもしれない」、という発言が全てを物語っている。
つまり演歌と言うジャンルは、かなり歌い手の要素が強く、演歌を歌う歌い手が歌唱しないとなかなか成立し得ないジャンルなのである。
技術的には独特の間やタメ、こぶしやビブラートなど、”演歌らしさ”を構成する要素として、歌い手の演歌的なソウルがかなり重要なのだ。
とは言え、だからこそカバーなのであり、”演歌として”歌わなくても、”演歌の曲”を自分なりに歌い上げればそれで良いのである。
ただし演歌的な歌い回しをしなければ成立しないタイプの楽曲が抜け落ちる点が問題である。たとえばそれは、ド演歌と言われるようなジャンルである。
最初に少し触れたが、メジャー調のド演歌や「○○ブルース」の類は、なかなかMs.OOJA氏には似合わない感じがする。
たとえば「女のみち」だとか「宗右衛門町ブルース」など、こぶしを回しまくって歌わないと、全く成立しない楽曲である。
また本作に収録された楽曲は、彼女の上品な歌い方、また都会的でジャズテイストのアレンジがマッチしそうな楽曲が選ばれている。
しかし演歌の中には田舎臭いものや、漁師もの、酒など、もっとヘビーで土着的なテーマ・世界観の楽曲もある。
その点で本作は、Ms.OOJA氏が杉本眞人氏が歌う「冬隣」に感銘を受け、その曲を手掛かりに、演歌を日本のソウルミュージックとして捉えて歌った作品だった。
演歌の中にどっぷりと入ってから外に出た、と言う感じではないのである。
演歌を全く知らない人の立場からすると、入り込みやすい形の作品なのではないか、と思うところだ。
演歌の世界は非常に深遠であるがゆえ、熱心な演歌リスナー側からすれば、もっと良い曲はいっぱいあるし、演歌の”歌”の魅力と言う要素は大きいぞ、と思ってしまう。
この作品を手掛かりに、もっと演歌を掘り進めてくれる人が増えることを願うのであった。


コメント