これまで17回の記事を書いており、国内外のベテランミュージシャンを多く取り上げてきた。第18回は玉置浩二がボーカルを務めるロックバンド、安全地帯である。
作曲を担当し、唯一無二の歌声を持つ玉置浩二が、その破天荒な人生とともに注目されがちである。ただ安全地帯の楽曲・演奏を聴けば、音楽的にクオリティの高いバンドであることが分かる。
また80年代はシングルヒットもあり、「ワインレッドの心」「熱視線」など個々の楽曲が注目されるが、アルバム単位で聴いても非常に良質な音楽である。
今回はアルバムとして名作と思われるものを取り上げ、はじめて安全地帯を聴く人におすすめの作品を紹介する記事を書いた。
※前回:【初心者向け】”はじめてのアルバム” – 第17回:Pet Shop Boys
安全地帯について
最初に安全地帯と言うバンドについての紹介、そしてごく簡単に歴史を振り返っておきたい。
冒頭にも述べたように、どうしても作曲者でありボーカルでもある玉置浩二氏の個性や破天荒なキャラクターなどが、(とりわけリアルタイム世代には)強烈な印象としてあるだろう。
またヒットした「ワインレッドの心」「熱視線」など、どこか艶めかしさのある楽曲、そして玉置氏の濃いアイシャドーのメイクなど、アイドル的なイメージもあったようである。
しかし安全地帯の成り立ち、そして音楽性を見ていくと、随分とそのイメージが変わるはずである。
安全地帯はアマチュア時代の歴史が長く、結成は1973年にまで遡る。ボーカル玉置浩二、ギター武沢豊、ギター・キーボード武沢俊也(武沢氏の兄)の3人であった。
ヤマハポピュラーソングコンテスト(ポプコン)への出場を重ね、1976年の第12回では「昔にみたもの」で北海道代表となり、つま恋本選会に出場している。
結成当初はフォークグループだったが、ロックサウンドへと変化していった。
メンバー交代を重ねつつ、1977年に『六土開正バンド』と合併し、六土開正(ベース、キーボード)、矢萩渉(ギター)、田中裕二(ドラム)が安全地帯に参加することとなる。
メンバーは最大で8名となり、宮下隆宏がベース、大平市治と田中裕二のツインドラムであった。当時のオリジナル曲は、玉置氏が作曲、武沢俊也氏が担当するという編成で制作されていた。
当時の楽曲はハードロックから、アメリカンロック(The Doobie Brothersなど)などに影響を受けたものだったと言う。
1978年には旭川市で廃農家を借り、音楽スタジオに改装して『ミュージカル・ファーマーズ・プロダクション』と命名した。メンバーは改装費用のためにアルバイトしながら、合宿生活を行った。
この当時の物語は、2024年12月に「安全地帯・零 ZERO ~旭川の奇跡~」がNHKで放送され(北海道のみで放送後、好評のため全国放送)、非常に味わい深いドキュメンタリーであった。
![](https://www.nhk.or.jp/hokkaido/lreport/articles/300/104/81/img/og.jpg)
北海道でNo.1のアマチュアバンドとなっていた安全地帯は、北海道を拠点にメジャーデビューを狙っていた。しかしそうした形でのデビューはなかなか実現しなかったようである。
1981年にキティレコードからレコーディング依頼を受けつつ、一方で作詞を担当していた武沢俊也氏が脱退。音楽プロデューサー星勝の紹介で井上陽水氏がバックバンドとして安全地帯を起用する。
1982年にはついに『萠黄色のスナップ』でメジャー・デビュー。ようやくメンバーは玉置浩二、矢萩渉、武沢豊、田中裕二、六土開正の5人が確立する。
1983年に1stアルバム『安全地帯I Remember to Remember』を発表、井上陽水氏が作詞を行った「ワインレッドの心」が大ヒット。安全地帯の名前が一躍知られることとなった。
その後も「恋の予感」「熱視線」などがヒット、1985年には「悲しみにさよなら」でNHK紅白歌合戦に初出場している。
1986年にはかつてバッグバンドをした井上陽水氏とのコンサートを神宮球場で行い、コラボシングル「夏の終わりのハーモニー」もリリースしている。
1988年に活動休止し、2年間のソロ活動を経て1990年に再開、1992年以降は長期活動休止に入った。2002年~2003年に活動再開、再度の休止後、2010年以降は活動を継続している。
なおドラムの田中裕二氏は2022年に65歳で亡くなっている。
あえてデビュー以前の歴史を多く記載したのは、安全地帯の当初の目的や音楽性を伝えたかったためである。当初は北海道出身のバンドとして、現地でブレイクすることを夢見ていたようである。
そしてデビュー後のポップス路線とは異なり、ルーツにあるのはロックサウンドにあるところは見逃せない点である。
デビュー後は大衆性のある音楽にシフトしたのではあったが、作品を聴けば、根底にあるバンドサウンドの軸は揺るがないものであり、もともとかなり硬派なバンドであると言っても良いだろう。
”はじめて”のベストアルバム
まずは安全地帯のおすすめのベストアルバムから紹介しておこう。安全地帯はおよそ10枚(公式サイトに載っていないものも含む)のベストアルバムが発表されている。
安全地帯のベストアルバムの多くは、歴代のシングル曲を並べたものとなっている。
そのためベストアルバムを聴く意義は「ひとまず代表曲を楽しみたい」「シングル曲のみの楽曲を聴きたい」という2つの方向性となるだろう。
まず、メイン活動期(80年代中頃)の名曲だけコンパクトに聴きたいならば、1stベストアルバム『I Love Youからはじめよう -安全地帯BEST-』は、分かりやすい作品である。
ただアルバムを聴き進めるのであれば、それほど重要ではないかもしれないのと、現在は入手しにくいようだ。
シングル曲を網羅的に聴くのであれば、2017年の『ALL TIME BEST』は全30曲のシングル曲が収録されている。現時点でも入手しやすいのでおすすめである。
やはり原点であるデビュー曲「萠黄色のスナップ」やメイン活動後期の名曲「あの頃へ」なども外せないので、そうした意味ではベストアルバムも外せないところがある。
ややマニアックにはなるが、2005年『安全地帯 COMPLETE BEST』は23枚のシングルとカップリング曲も一部収録されており、「萠黄色のスナップ」のカップリング「一度だけ」が聴ける。
さらには2001年の『THE VERY BEST of 安全地帯』では、未発表曲の「抱きしめても」「つぶやき」が収録されているところはポイントが高い。
”はじめて”のオリジナルアルバム
いよいよ本題である、はじめて聴くのにおすすめのオリジナルアルバムである。まずおすすめの時期であるが、やはりブレイク期と言える1984~85年にリリースされたアルバムであろう。
具体的には『安全地帯II』『安全地帯III〜抱きしめたい』『安全地帯IV』の3枚と言うことになる。
ハードロックやサザンロックなどの影響を受けていた安全地帯は、デビュー頃の作品を聴くと、まだ方向性が拡散していた。
アメリカンロックの乾いたテイストとニューウェイヴが混ざったような感じだった。そこからヒットを狙うべく、よりポップで歌謡曲的な要素を加えていったのが、『安全地帯II』以降である。
そして全体的に神秘的・妖艶な楽曲へと変わっていった。歌詞がまさにそうであり、作詞が松井五郎氏になったことも、非常に大きな変化であった。
サウンドもヨーロピアンな方向性に舵を切ったような印象さえある。
玉置氏のメロディの美しさと圧倒的な歌唱力、そしてバンドの演奏力を最大限に生かしつつも、より歌謡曲的でインパクトのある方向性を目指すため、音楽的にも先鋭化していた時期である。
それゆえに楽曲やサウンドの統一感があり、それでいてクオリティの高い作品が連発することとなった。
その中でも、筆者がとりわけおすすめしたいのは、『安全地帯IV』である。アルバムの完成度と言う意味では、この時代の中でも随一ではないかと思っている。
安全地帯の音楽性・世界観が確立され、極まった感じがする作品である。それは先ほども書いた通り、どこか神秘的で妖艶な雰囲気さえ感じさせる美しさがある。
それは「ワインレッドの心」で切り開かれたものではあったが、本作では「悲しみにさよなら」というメジャーキーの明るい作風でも健在であるという、新たな方向性が示された点も重要であろう。
安全地帯の音楽は、どこか(良い意味で)冷ややかで緊張感のあるものだったが、温かみの感じられる楽曲が本作では見られる。1曲目の「夢のつづき」にもその雰囲気が感じ取れる。
一方でそれまでの路線を踏襲する「碧い瞳のエリス」「合言葉」「消えない夜」など、マイナー調で耽美的な世界観もアルバムの中核をなしている。
奇しくも、本作では安全地帯が作ってきた世界観と、玉置氏が女優の石原真理子氏との不倫関係にあったことから、よりリアル感が増した効果があった。
作詞の松井氏は実際のところ、この2人の関係性から歌詞の着想を得ていたようで、ミステリアスで妖艶な世界観が、より説得力のあるものに”なってしまった”とも言える。
しかし現実の生々しさではなく、夢の中にいるような幻想的で豊潤なサウンド・妖艶な歌詞が徹底して貫かれており、安全地帯のひんやりとしたような緊張感と神秘性は保たれている。
作風を広げながらも、見事な統一感でまとめ上げた安全地帯の傑作と言えるだろう。
また、より統一感で分かりやすいのは『安全地帯II』である。「ワインレッドの心」を突破口にして、安全地帯らしさを見出した作品と言える。
『安全地帯IV』に見られる独特な神秘性や妖艶さと言った特徴が、このアルバムを起点に始まっているように感じられる。
明らかに1stアルバム『安全地帯I Remember to Remember』のアメリカンな、大陸的なサウンドから、変化が起きているのが分かる。
アルバムはシングル曲「ワインレッドの心」「真夜中すぎの恋」「マスカレード」が引っ張っていく印象があり、ニューウェイヴ風のサウンド、印象的なギターフレーズなどの特徴が共通する。
『安全地帯IV』よりも、もっと切れ味の良いサウンドで、心地好い冷たい風が吹き込んでくるようなドライな雰囲気がある。
アルバムを構成する楽曲もそうした肌触りから逸脱しない形で統一されているが、名バラード「あなたに」やミニマルなサウンドの「つり下がったハート」など、冒険心も見られている。
緊張感と言うか、集中力のようなもので筋が通ったアルバムであり、安全地帯のより進化を予感させつつある勢いのようなものがアルバムの中に吹き込まれていると感じる。
ちなみに『安全地帯III〜抱きしめたい』ももちろん名盤なのだが、緊張感の高い『安全地帯II』から豊潤な『安全地帯IV』への過渡期の作品と言う感じもする。
そのため楽曲の方向性がやや拡散している印象もあり、個々に取り出すと名曲が多いが、アルバムのトータル感では『安全地帯II』『安全地帯IV』を筆者は推したい。
まとめ
今回は北海道出身のバンド、安全地帯をはじめて聴く人におすすめするアルバムを選んでみた。
ベストアルバムとしては1枚選ぶとすれば、2017年の『ALL TIME BEST』は全30曲のシングル曲が収録されており、網羅的に楽しめるアルバムである。
またオリジナルアルバムであれば、『安全地帯II』『安全地帯IV』の2枚を筆者はおすすめする。
アルバムの完成度で言えば、『安全地帯IV』であり、曲のバリエーションとトータル感のバランスが絶妙である。
また安全地帯らしさが際立ち、統一感のある作品と言う意味では『安全地帯II』を推したい。
今回この記事を書くきっかけとなったのは、先に紹介したテレビ番組「安全地帯・零 ZERO ~旭川の奇跡~」であった。
この記事で紹介した80年代中頃のブレイク期の安全地帯の特徴、歌謡曲の要素はありながら神秘的でロマンチックな世界観とこそ、安全地帯であると思っていた。
しかしアマチュア時代の彼らの歩みと、当初目指していた方向性や骨太なロックサウンドを知ると、またバンドの見方は変わってきた。
曲のイメージとはまた違って、とても硬派でロックなバンドが安全地帯であると思った。
確かに一本筋の通ったバンドサウンドは、アマチュア時代にたたき上げでやってきたバンドだからこそなのだ、と感じる。
そしてこうしたアマチュア時代があったこそ、多様な音楽性を持ちつつ、クオリティの高い音楽を作り上げているとも思ったのだった。
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