これまで16回の記事を書いており、国内外のベテランミュージシャンを多く取り上げてきた。第17回目は、イギリスを代表するシンセポップデュオであるPet Shop Boysである。
ダンスミュージックとしても、またポップなメロディメーカーとしても高い評価を得ているグループだ。そんなPet Shop Boysも時代とともにサウンドには変化が見られている。
今回は入門編として、初期から音楽性が変化していく過渡期の作品を中心に、おすすめの作品を紹介した。
※前回:【初心者向け】”はじめてのアルバム” – 第16回:The Cure 入門作から個性的な暗黒作品まで
Pet Shop Boysについて
Online magazine @theQuietus has just published a new interview with Neil and Chris as well as a piece about “West End girls” 40 years on. Links below.
— Pet Shop Boys (@petshopboys) May 21, 2024
Photo by Eva Pentel.#PetText pic.twitter.com/eRhJzPShIX
まずはPet Shop Boysの概要と歴史を簡単に振り返っておこう。
Pet Shop Boysは1981年にイギリスで結成され、メンバーはニール・テナント(ボーカル)とクリス・ロウ(キーボード)の2人である。
スマッシュ・ヒッツ誌のライターをしていたニールと、当時学生だったクリスが電気屋で2人同時に同じキーボードに手を出したことにより運命的なものを強く感じたそうである。
「ウエストエンド」として活動していたが、共通の友人がペットショップで働いていたことから現在の名前に改名。
1984年にプロデューサー、ボビー・オーランドにかけあい、「West End Girls」のリリースに漕ぎつけるもあまり話題とならなかった。
しかしパーロフォンからポップなアレンジによりリリースしたところ全英1位を記録し、アメリカやカナダでも1位を記録するヒットとなった。
彼らはその後もヒット曲を出し続け、多くのシングル曲が全英トップ30に入り、4曲が1位を獲得している。彼らのヒット曲をいくつか紹介しよう。
1987年にリリースされたアルバム『Actually』収録の「It’s a sin」は、ニール自身の体験と宗教観が反映された楽曲で1位を獲得。同作収録の「What have I done to deserve this?」もヒットした。
1989年には日本、香港、バーミンガム、ロンドンの4都市に限定して初のライブツアーを敢行。以降、彼らはアーティストとコラボした視覚・聴覚いずれをも魅了する独特なコンサートを行っている。
1991年には初の本格的なワールドツアーを行うとともに、U2の「Where the streets have no name」とフランキー・ヴァリ「Can’t Take My Eyes Off You」のミックスを発表。
1993年にはヴィレッジ・ピープルのカバー「Go West」、そしてアルバム『Very』がヒットする。
メンバーに2名のゲイを含むヴィレッジ・ピープルがゲイのメッカである(西方にある)サンフランシスコへの憧れを歌った曲であり、翌1994年にニールはゲイであることを公表している。
1999年にはアルバム『Nightlife』収録の「New York City Boy」がアメリカでヒット。若い世代にも改めてPet Shop Boysの存在を知らしめることになった。
彼らはその功績を称えられ、2000年にはアイヴァー・ノヴェロ賞を受賞、2009年にはブリット・アワードでも、音楽界功労賞を授与されている。
その後もコンスタントにリリースを続け、2013年にはパーロフォンからコバルト・レーベル・サービスに移籍して、『Electric』をリリースしている。
※2000年代以降の活動についてはこちらの記事によくまとまっている。
2019年には2000年以来の単独来日を果たし、2024年にはアルバム『Nonetheless』をリリースした。
同作収録の「Loneliness」について、自身で「高揚感のある音楽と内省的な歌詞」と語っているが、この特徴こそPet Shop Boysの音楽性そのものとも言える。
ポップで分かりやすいメロディにエレクトロなサウンド、一方で歌詞は内省的で時に社会的な事象を取り入れることもある。
サウンドは時代によって変化があるが、初期は分厚いシンセサウンドに深いリバーブ処理のかかったサウンドが特徴であり、これこそ”Pet Shop Boys節”とする向きもあるだろう。
”はじめて”のベストアルバム
本記事はオリジナルアルバムの紹介をメインにしているが、ベストアルバムも先に紹介しておきたい。
Pet Shop Boysの場合は、オリジナルアルバムも良いのだが、シングルヒットも多いため、ベストアルバムで聴く、という聴き方も悪くはないように思われる。
Wikipediaによれば、9枚のコンピレーションアルバムがリリースされているとのことである。中には企画盤(来日記念盤『In Depth』)やレア曲集(『Alternative』『Essential』など)もある。
その中で筆者がおすすめしたいのは、1991年リリースの『Discography: The Complete Singles Collection』である。自身初のベスト盤にして黄金期のシングル曲をまとめた名盤である。
収録されている内容は、1986年のアルバム『Please』~1990年『Behaviour』までのシングル曲と新曲2曲によるものである。
範囲としては狭いのだが、いわゆる黄金期のPet Shop Boysらしいサウンドと楽曲をコンパクトに楽しめるアルバムとしてはこれが1番良いだろう。
なおシングルを網羅的に聴くのであれば、2023年の『Smash: The Singles 1985–2020』が歴代の55曲のシングルを聴くことができる。
”はじめて”のオリジナルアルバム
いよいよ本題であるPet Shop Boysをはじめて聴く人におすすめのオリジナルアルバムである。
ポップなメロディとエレクトロサウンド、という基本的な音楽性に変化はないものの、やはり時代的な変化はそれなりにあるのがPet Shop Boysである。
どの時点を好むかと言うことでもおすすめのアルバムも分かれるところである。そこで今回も1枚に絞るのは難しいため、以下の3つの観点で3枚を選ぶことにした。
- 代表作とされるアルバム
- ”Pet Shop Boys節”を感じられるアルバム
- 筆者が最も名盤と思うアルバム
代表作とされるアルバム:『Very』(1993)
まずはPet Shop Boysを代表する作品と言えば、やはり『Very』(1993)ということになるだろう。イギリスやドイツ、スイスなどでチャート1位を獲得している。
本作が彼らの代表作であるのは、いくつか理由がある。1つにはダンスポップと言う方向性を明確にした作品である、と言う点が挙げられる。
基本的に『Very』以降の作品は、本作から発して、その延長線上にあるのではないか、と思う。
もう1点は、より普遍性を持ったポップな作風を確立したアルバムである点だ。それまでのPet Shop Boysは、独特のサウンド作りにおけるこだわりのようなものが感じられ、一種の”クセ”がある。
よりストレートで分かりやすいポップを作り上げた点で、一般的にも評価が高くなっているのだろう。
本作の特徴は、全体に明るい楽曲が前面に出ている点である。たとえば、シングルにもなった「I Wouldn’t Normally Do This Kind of Thing」は明るいポップスである。
ヒットした「Go West」についても、それまでの彼らが持っていた耽美的なアレンジ・ニュアンスは薄れている。
それまでの作風に近い内省的な雰囲気の楽曲は「Dreaming of the Queen」「To Speak Is a Sin」などに限られ、ダンスチューンが多くなっている印象だ。
実は『Very』は過渡期の作品でもあり、初期の独特な雰囲気から、普遍的なダンスポップへの移行を始めている。
”Pet Shop Boys節”を感じられるアルバム:『Actually(哀しみの天使)』(1987)
ここまで何度か先んじて登場していた”Pet Shop Boys節”という筆者の言い回しがある。それは初期のPet Shop Boysが持っていた音楽性、さらに言えばサウンドの特徴である。
過剰なまでに強められたリバーブによる深みのあるサウンドに、どこか哀愁のあるメロディ、そして囁くようなニールの歌声、というのが初期Pet Shop Boysである。
『Very』以降の明るいダンスポップではなく、どこか翳りがあり、ニューウェイヴやポストパンクの雰囲気も若干感じさせるのである。
そうした”Pet Shop Boys節”が感じられると言う意味では、1987年の『Actually』がおすすめである。本作はダンスポップの要素と、耽美的な要素が見事なバランスで保たれている。
先ほども紹介した「It’s a sin」は彼らの哀愁の部分であり、「It Couldn’t Happen Here」の沈み込むようなサウンド、「King’s Cross」の浮遊感と美しいメロディも素晴らしい。
一方でシングル化された「What Have I Done to Deserve This?」「Heart」などはビート感があり、ダンスポップ路線を予感させるものである。
色んな音楽性が感じられつつも、特徴的なサウンドによって1つにまとめられており、これこそ初期のPet Shop Boysらしい作品である。
筆者が最も名盤と思うアルバム:『Behaviour(ビヘイヴィアー:薔薇の旋律)』(1990)
ここまで読んでお分かりの通り、筆者がPet Shop Boysにおいて好きな要素は、深みのあるサウンドと耽美的で哀愁のある雰囲気である。
必ずしもそれがPet Shop Boysの本流かと言われると意見が分かれるところかもしれない。しかし『Behaviour』(1990)は、まさにそうした美しい世界観で統一されたアルバムなのだ。
本作ではそれまでにあったダンスポップ的なビート感が後退し、美しいメロディとゆったりと聴かせるタイプの楽曲が目立っている印象である。
1曲目の「Being Boring」は、ビート感のない曲ではないものの、深く心の奥に入り込んでいくようなニールの歌声と美しいメロディの方が目立って聞こえる。
「My October Symphony」「The End Of The World」なども同系列の楽曲であり、美しいメロディと、それに溶け込むような深みのあるサウンドが心地好い。
「How Can You Expect To Be Taken Seriously?」「So Hard」など、ダンスビートの楽曲も収録はされているのだが、どちらかと言うと本作の主役ではない感じがする。
そして本作を締めくくるのが至高の名曲「Jealousy」であり、シンプルなバッキングと深いリバーブに美しいメロディが乗っかり、夢の中にいるような感覚に陥る。
Pet Shop Boysらしさとか、ダンスポップの普遍性と言う意味では代表作とは言えないかもしれないが、音楽性の高さでは随一であり、筆者は最も愛すべきアルバムが本作である。
まとめ
今回はイギリスで人気を誇るダンスポップデュオのPet Shop Boysのおすすめアルバムを紹介した。
彼らの長いキャリアの中で、やはり時代とともにサウンドや音楽性も微妙に変化を遂げている。その1つの頂点であり、過渡期の作品が『Very』ということになろう。
その前後でどちらの作風が好きか、によって聴き方も変わって来る。
個人的には『Very』以前の作品を好む筆者としては、彼らの持つ深みのあるサウンドと哀愁、耽美的な雰囲気に惹かれる。
それゆえ『Very』から遡って昔の作品を聴き進めていくことをおすすめする。
2024年も新作をリリースするなど、現在も精力的に活動している。来日公演にも期待しつつ、ぜひPet Shop Boysの過去の作品を楽しんでほしい。
コメント