2024年はバンド生活35周年を迎える人間椅子。当ブログでは、これまで様々な理由により、ライブで演奏されなくなったレア曲を取り上げた記事を何度か書いてきた。
今回取り上げたいのは、超レア曲とまではいかないまでも、演奏頻度が落ち”気味”の曲である。その理由が、演奏に何らかの難しい箇所があり、敬遠されがちではないか、というものである。
筆者もギターを弾き、人間椅子のコピーバンドもやったことがある。とりわけギターを中心に、セッティングや歌いながら演奏することの難しさも体感した。
そこで実際に演奏してみて難しさのあった楽曲、またライブで見た時に、「これは難しそうだ」と感じたり、失敗していたのを目撃したりした楽曲を中心に集めている。
楽器を演奏しない人にはなかなか分かりにくい話が多いかもしれないが、その苦労が伝わるような書き方を心掛けた。
演奏に難しい箇所のある人間椅子の楽曲を集めてみた
さっそく本題である、演奏に難しい箇所のある人間椅子の楽曲を、13曲選んだ。
選んだポイントとしては、全体的に難しくて超レア曲入りしてしまった(しまいそうな)楽曲はあえて省いている。どちらかと言えば、難しい”箇所”が含まれる曲である。
その難しさとは、演奏自体の難しさや歌いながら演奏する難しさ、さらには楽器のセッティングの大変さなど、様々な理由を取り上げている。
基本的に人間椅子の楽曲は、歌いながら演奏できるように、作曲の段階から工夫されていると聞く。つまり、演奏に集中しなければ弾けないほどの難易度には設定していない、ということだ。
しかし曲によっては、どうしても譲れないフレーズ・奏法・セッティングがあるために、難易度が上がってしまっている部分が出てくる。
そうした難易度の高さを抱えている曲は、必然的に定番には入ることがなく、レア曲・準レア曲くらいの立ち位置になってしまうのである。
前置きはこのくらいにして、リリース年の古い順に、難しいポイントともに紹介していこう。
夜叉ヶ池
- 作詞・作曲:和嶋慎治
- 収録アルバム:2nd『桜の森の満開の下』(1991)
7分超えの大作ながら、1stシングルとしてシングルカットされた楽曲。洋楽のハードロックやプログレの展開と日本文学が見事に融合した、人気の高い楽曲である。
しかし展開が多い分、演奏も大変なもの。この曲はダブルネックギター(ネック部分が2つついたギター)で演奏される。
前半の歌の部分のみ、カポタストをネックに取り付けて演奏されるため、ダブルネックギターが必須になるのである。(演奏途中にカポタストの着脱は時間がかかってしまい、ダブルネックが必須なのだ)
曲目として入れる際にはツアーにダブルネックを持ち込むかどうかが問題になる。さらには前半のギターアルペジオを弾きながらの歌はなかなか難易度が高く、本人も時々間違えている。
さらには後半部分の歌は、本人も出ないキーで作ってしまい、チューニングを変えたり、最近ではナカジマ氏が歌ったりと、苦労が絶えない楽曲なのである。
太陽黒点
- 作詞:和嶋慎治、作曲:鈴木研一・和嶋慎治
- 収録アルバム:2nd『桜の森の満開の下』(1991)
ダウンチューニングを用いたBlack Sabbath直系のヘヴィな楽曲。初期の中でも屈指のダークな雰囲気に、根強い人気を誇る楽曲である。
全体的にはそれほど複雑な展開・フレーズはないのだが、問題はアウトロ部分である。最後のリフが繰り返された後に、ギターは音階が変化しつつ、リズムは一定に刻まれる箇所がある。
筆者もちゃんと数えて理解していないのだが、ここの回数を意識していないと、3人の演奏がズレて綺麗に終われない、という事態になってしまう。
途中の間違いならば何となく誤魔化せても、終わりが綺麗に揃わないと、明らかにミスしたと分かってしまう。その点では最後に難所がやって来る、厳しい楽曲なのだ。
黄金の夜明け
- 作詞:和嶋慎治、作曲:鈴木研一・和嶋慎治
- 収録アルバム:3rd『黄金の夜明け』(1992)
名盤3rdアルバムのタイトル曲であり、プログレッシブな作風を代表するような楽曲である。この曲も初期人間椅子の人気曲の1つである。
展開が多く、それだけでも難しい楽曲ではある。中でも大変なのは、中間部分でドラムがなく、ベースとギターだけになる部分である。
ベースが一定のリズムを刻み続けるのであるが、ギターがそのリズムとは異なる刻みのアルペジオを弾きながら、次々と動いて行く、という部分が登場する。
ここは鈴木氏・和嶋氏が二人とも身体を動かしながら、リズムを取って、お互いに合わせなければならない。そのため大げさに身体を動かして、お互いを見ながら、手元の演奏もしっかり行う必要がある。
どちらかと言えば大変なのはベースの鈴木氏の方にも思える。この様子は、19thアルバム『怪談 そして死とエロス』の初回限定盤に付属のライブDVDで確認できる。
審判の日
- 作詞:和嶋慎治、作曲:鈴木研一・和嶋慎治
- 収録アルバム:3rd『黄金の夜明け』(1992)
印象的なベースリフが中心に据えられつつ、中盤ではプログレッシブな展開も見せる、和嶋・鈴木両氏の共作の魅力が光る1曲である。
この曲の難所は何と言っても、中盤の不思議なフレーズが展開されていく部分であろう。リズム隊的には、ギターのフレーズを聴きつつ、拍を見失わないようにする点に要注意である。
しかし意外と大変なのがギターである。この曲はボトルネックを使ったギターフレーズが随所に用いられている。細かく見ていくと、中間部までとアウトロのソロで用いられていることが分かる。
ライブで再現しようとすると、中間部まではボトルネックを着けたままリフとソロを弾き、中間部はボトルネック装着では弾けないので、一度外す必要がある。(しかも放り投げるように落とすしかない)
そして3番の部分ではボトルネックを付けず、3番が終わった頃に再度ボトルネックを装着しなければいけない。そのためローディの人が1度落としたボトルネックを拾って、装着できるよう準備がいる。
こうした段取りを確認していないとできない、なかなか厄介な楽曲である。
村の外れでビッグバン
- 作詞・作曲:和嶋慎治
- 収録アルバム:7th『頽廃芸術展』(1998)
童謡のような歌詞ならが不条理な世界観、そしてブルースロック的な楽曲という、不思議な1曲。全体に軽快な曲調であるが、和嶋氏がとにかく大変な楽曲である。
この曲も「審判の日」同様に、ボトルネックを装着したまま、バッキングやソロなどを弾かなければいけない。大変なのはAメロであり、歌いながらその合間にボトルネックでフレーズを弾いていく。
歌詞を忘れないように、歌も歌いながら、ギターもおろそかにできない。ライブではどちらかと言うと、歌が後回しにされてしまい、歌詞が飛んでいることがよくあった曲である。
ボトルネックを用いたソロが上手い和嶋氏であり、楽曲にも取り入れるのだが、ライブではなかなか大変なのが窺える。
芋虫
- 作詞・作曲:鈴木研一
- 収録アルバム:9th『怪人二十面相』(2000)
江戸川乱歩の小説からタイトルを借りた楽曲で、鈴木氏による哀愁のメロディと和嶋氏のギターが光る名曲である。
全体的にバンドで合わせて演奏するのが非常に難しいタイプの曲だが、この曲についてはとにかく鈴木氏が大変過ぎる楽曲だ。
その大変さはほぼ前半に詰め込まれており、Aメロ部分ではベースリフを弾きながらボーカルを歌わなければならない。単純に簡単ではないフレーズであるとともに、リズムも歌と異なるフレーズだ。
しかも一定のリフではなく、コードの動きに合わせてリフも変化していく。ライブではボーカルの方が後回しになりがちで、よく聴くと言葉をはっきり言えていないことが多い。
この様子は映画『人間椅子 バンド生活三十年』の中で確認することができる。
見知らぬ世界
- 作詞・作曲:和嶋慎治
- 収録アルバム:10th『見知らぬ世界』(2001)
10thアルバム『見知らぬ世界』のタイトル曲。ヘヴィなサウンドながら、溌剌とした歌詞と曲調は新たな人間椅子を予感させ、現在の人間椅子にも繋がる重要な楽曲と筆者は考えている。
展開は比較的シンプルな楽曲だが、意外にも難しいのがメインのギターリフである。パワーコードをカッティングしながら弾くこのリフは、リズムがヨレると非常にカッコ悪い。
ギターだけならばそれほど難なくできるものの、これを歌いながら弾くと結構ヨレやすい。
これとは別に、ギターソロはワウペダルを中間で止めた”中止め”音を使っているが、中間部からスムーズに、ワウで中止め音を作るのに昔は難儀して、ソロの入りをミスることが多々あった。
最近は中止め音自体が出せるエフェクターを利用しているようで、ソロへの移行に手間取ることはなくなったようである。
幻色の孤島
- 作詞・作曲:和嶋慎治
- 収録アルバム:13th『瘋痴狂』(2006)
人間椅子の歴代の楽曲の中で、最もプログレッシブロックのジャンルに寄った楽曲。中間部には歌の出てこない分が続く楽曲である。
この曲はリズム隊にとっては、全体的に難しい部類に入る楽曲ではある。それとともに、ギターも難度の高いアルペジオが登場するところが難しさの1つである。
中間部に入るところで、ギターのみでアルペジオを弾く箇所があり、非常に緊張の一瞬である。が、ここでミスってしまったこともあり、その難しさがうかがえる。
また後半でも「太陽黒点」と同様、リズム隊のリズムとギターリフのリズムが別々に動き、最後にかみ合うという場所も難所の1つとなっている。
世界に花束を
- 作詞・作曲:和嶋慎治
- 収録アルバム:14th『真夏の夜の夢』(2007)
和嶋氏の実験的な作風が目立っていた時期の楽曲である。平和への思いを、手紙形式で朗読するというロックポエトリーとも言える斬新な楽曲となっている。
とは言え、演奏に注目すれば、非常にプログレッシブで展開も多くて大変な楽曲である。それだけでも演奏頻度は落ちるのだが、この曲は演奏しながら詩の朗読が大変難しいようだ。
詩の朗読のリズムと、バッキングのギターのリズムの相性を全く考えずに作ってしまったそうで、音源のような語り口はなかなかライブでは再現しにくいようである。
この反省を踏まえて、17th『萬燈籠』収録の「十三世紀の花嫁」は、弾き語りができる譜割りで作られている。しかし「十三世紀の花嫁」もレア曲入りしてしまっている。
愚者の楽園
- 作詞・作曲:和嶋慎治
- 収録アルバム:16th『此岸礼讃』(2011)
最近は少なくなった、和嶋氏によるブルースロック的な楽曲。歌詞の世界観は現在の人間椅子に通じるものがあり、和嶋氏の感覚の過渡期にあるように思える。
この曲の難しさも、「審判の日」「村の外れでビッグバン」と同様、ボトルネックをつけながらの演奏にある。リフ部分にも随所にスライドギターが登場している。
筆者も記憶が曖昧だが、ライブ披露時にはずっとボトルネックを指につけたまま、ギターリフも全て弾いていたようだった。
一時期はボトルネックを用いた楽曲が多かったが、やはりライブでは演奏の難度が上がるためか、またそうした曲調を今はそれほど欲していないのか、その両方かもしれないが、曲自体が少なくなった。
衛星になった男
- 作詞・作曲:和嶋慎治
- 収録アルバム:17th『萬燈籠』(2013)
和嶋氏による「男シリーズ」の楽曲の1つ。キャンプ地にギターを持ち込んで、かじかんだ手でも弾ける簡単なリフを、ということでメインリフが作られたらしい。
しかしイントロ部分に面倒な部分を作ってしまった。イントロは宇宙的なイメージのアルペジオであるが、これはカポタストを装着して演奏されている。
ごく一瞬のフレーズであるため、ライブでは通常のギターに冒頭だけカポタストを装着し、イントロが終わって自ら外し、メイン部分へと入るような手順になっていた。
ただ当然ながら不自然な間ができること、かと言ってダブルネックを持ち込むほどでもない、ということで、演奏されにくくなってしまったのではないか、と推察する。
マダム・エドワルダ
- 作詞・作曲:和嶋慎治
- 収録アルバム:19th『怪談 そして死とエロス』(2016)
アルバムラストを飾る大作であるが、いつものようなヘヴィな曲調ではない。70年代ハードロックらしいプログレ風味も交えつつ、美しいメロディやバッキングが印象的な隠れ名曲である。
歌のメロディが美しい曲と言うことは、当然ながらコードが次々と動いて行く訳で、フレーズも難しくなりがちである。とりわけ大変なのが、中間部の変拍子になる展開である。
開放弦を交えたギターリフは、それ単体で弾けばそれほど難しくないが、歌いながらとなると至難の業である。リリース当時は果敢に音源を再現していた。
しかし人間椅子倶楽部の集いで披露された時には、該当部分はコード弾きに変更されていた。なかなかこういう部分がある曲は演奏されにくくなる。
月のアペニン山
- 作詞・作曲:和嶋慎治
- 収録アルバム:21st『新青年』(2019)
静かな曲調でプログレ風味もありつつ、Black Sabbath「Planet Caravan」そっくりのベースライン・リズムが人間椅子らしい。
こういった静かな楽曲の方がバンドで合わせるのが大変難しい。さらにこの曲ではダブルネックの12弦ギターを用いて前半部分が演奏されている。
12弦ギターでアルペジオを弾きながら歌う、というのがかなり難しいとのこと。筆者は12弦ギターを弾いたことがないのだが、ピッキングを丁寧に行うのが難しいようだ。
静かな曲であればミスがあるとすぐに分かってしまう。ライブでは非常に緊張感があることが予想され、やはり今後もあまり演奏されることはなさそうである。
まとめ
今回は人間椅子の楽曲中から、演奏に難しい箇所があるために、演奏頻度が落ち気味の楽曲を選んで紹介した。
楽器のセッティング問題、演奏しながら歌うのが難しい問題など、3ピースバンドならではの難しさや音作りの面での難しさなど、様々な点があげられた。
こうした演奏の難しさがあまりなく、かつライブで盛り上がる楽曲が、いわゆる定番曲として残り続けていくこととなる。
一方、今回紹介したような楽曲は、人気曲も含まれるが、演奏の難しさゆえに準定番、あるいは準レア曲くらいの立ち位置になっている。
「なかなかやってくれないな」と思った時には、(おそらくだが)こうした演奏上の問題も1枚かんでいるということであろう。
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