これまで12回の記事を書いており、国内外のベテランミュージシャンを多く取り上げてきた。
第13回目の今回は、80年代を中心に活動したイギリス出身のバンド、Prefab Sproutである。パディ・マクアルーンの高いソングライティング力が評価されているバンドである。
今の時代になって新たに聴き始める人が決して多くはないかもしれないバンドだ。しかし筆者のように、2020年代に入って何かの拍子にPrefab Sproutに出くわすこともあるかもしれない。
どれも名盤揃いのバンドであるが、特に重要な3枚のアルバムを取り上げつつ、初めて聴く人に向けて、そして初めて聴く人におすすめするマニアの人に向けて、今回はPrefab Sproutを紹介したい。
※前回:【初心者向け】”はじめてのアルバム” – 第12回:エレファントカシマシ おすすめの聴き進め方+全アルバムレビュー
Prefab Sproutについて
まずはPrefab Sproutがどんなバンドなのか、簡単に紹介しておこう。
バンド名はPrefab=プレハブ、Sprout=新芽という言葉を組み合わせた不思議な名前だ。どこか尖った雰囲気のバンド名に思えたが、音楽性は非常にポップなものである。
バンドの中心人物のパディ・マクアルーン(ボーカル、ギター)が全ての楽曲の作詞・作曲を手掛けており、そのソングライティングの良さが高い評価を受けている。
映画音楽の影響を受けている、と言われており、1980年代の音楽シーンの中では、なかなか独特な音楽性を持っていたのではないか、と思う。
いわゆるニューウェイヴ的な雰囲気をまといつつも、パンクのように尖った要素はなく、かと言って大衆受けのメロディラインとも違う、少し捻った芸術性の高い、洗練された楽曲と言う印象だ。
Prefab Sproutの歴史を振り返ると、イギリスで結成され1982年にデビューした。
メンバーは、パディ・マクアルーン(ボーカル、ギター)、マーティン・マクアルーン(ベース)、ウェンディ・スミス(ギター、キーボード、コーラス)で、1984年にニール・コンティ(ドラム)が加入)。
1984年にアルバム『Swoon』でデビュー。ネオアコ、ニューウェイヴ的なサウンドの本作は、後の作風とはやや異質だが、全英22位を獲得している。
1985年にトーマス・ドルビーをプロデューサーに迎えた、2ndアルバム『Steve McQueen』がリリースされる。全英2位を獲得するヒット作となった。
緻密に作り込んだ2ndと対比的なシンプルなサウンドとして、間髪入れずにアルバム『Protest Songs』が制作されるも、プロモーションの事情から発売が延期される。
先に3rdアルバム『From Langley Park to Memphis(邦題:ラングレー・パークからの挨拶状)』が1988年にリリースされる。本作からは、シングルが5枚もリリースされている。
1989年には未発表となっていた『Protest Songs』をリリース、そして1990年に『Jordan: The Comeback』はトーマス・ドルビーによる全面プロデュースの大作である。
ドラマーのニール・コンティが『Jordan: The Comeback』の制作途中からバンドやプロデューサーと合わなくなり、1992年にバンドを脱退している。
それからアルバム制作も行われなかったが、1997年に『Andromeda Heights』をリリース。本作をもってウェンディ・スミスがバンドを脱退している。
2004年にオフィシャルサイトが閉鎖してしまうも、2009年に『Let’s Change the World with Music』をリリース。本作の楽曲は『Jordan: The Comeback』の頃に作られたものだった。
この時期以降のPrefab Sproutは、パディ・マクアルーンのソロとほぼ同義になっている。なおパディ・マクアルーンは2006年よりメニエール病を患っている。
そして彼はいくつものアルバムの構想があり、大量の未発表曲があると言う。しかしそれを1作のアルバムになかなか仕上げられないでいるようである。
近年の動きとしては、2003年にパディ・マクアルーンのソロ作としてリリースされた『I Trawl the Megahertz』が、2019年にPrefab Sprout名義で再発された。
※バンド名のイメージとはかなり音楽性が違うおすすめ洋楽バンドを集めてみた
”はじめて”のベストアルバム
Prefab Sproutはベスト盤を2枚リリースしている。長いキャリアの中で2枚しかベストアルバムがないことからも、それほどベスト盤を重視していないのではないか、と思う。
筆者としてもぜひこのバンドはオリジナルアルバムで聴いてほしいので、毎度ながらベストアルバムはおすすめしない。
ベスト盤入手は、むしろオリジナル未収録曲集めのためになりそうだ。ベスト盤の1枚目は、1992年にリリースされた『A Life Of Surprises』である。
『Jordan: The Comeback』までの楽曲と、新曲「The Sound of Crying」「If You Don’t Love Me」が収録されている。
もう1枚は1999年にリリースされた2枚組の『38 Carat Collection』である。こちらは『Andromeda Heights』までの楽曲に、いくつか未収録曲が入っている。
初収録となったのは、1982年に自主音源盤でリリースされた「Lions in My Own Garden (Exit Someone)」と、シングル曲「Where the Heart Is」である。
先述の「The Sound of Crying」「If You Don’t Love Me」も収録されている。
”はじめて”のオリジナルアルバム
ようやく本題だが、初めてPrefab Sproutを聴く人におすすめのアルバムである。このバンドもどのアルバムも名作揃いであり、どれも十分おすすめできる作品ばかりだ。
しかしやはりこれだけは外せないというアルバムがいくつか存在する。どうしても1枚に絞れないので、ここでは3枚の重要アルバムを紹介したい。
そのアルバムは、以下の3枚である。
- 2ndアルバム『Steve McQueen』(1985)
- 3rdアルバム『From Langley Park to Memphis』(1988)
- 5thアルバム『Jordan: The Comeback』(1990)
そしてこれら3枚のうち、『Steve McQueen』『From Langley Park to Memphis』が、特に初めての人におすすめしたい作品だ。
しかし、どちらから聴くかによって、結構Prefab Sproutと言うバンドのイメージが変わるのではないか、と感じるほどにタイプの違う名盤である。
その2作の違いを紹介しつつ、2作の良いところをミックスした『Jordan: The Comeback』も続けて紹介したい。
2ndアルバム『Steve McQueen』 – 最も繊細な美しいメロディのアルバム
Prefab Sproutの出世作である2ndアルバム『Steve McQueen』である。これを最高傑作に挙げる人も多く、端的に言えば”最も繊細な美しいメロディのアルバム”ではないかと思う。
本作は他のどの作品に比べても、分かりやすくポップで美しいメロディが光る作品だ。とりわけ「Bonny」~「Goodbye Lucille #1 (Johnny Johnny)」のクオリティが高過ぎる。
シングルヒットもした「When Love Breaks Down」は透明感溢れるサウンドに、パディ・マクアルーンのボーカルとウェンディ・スミスのコーラスが抜群に絡み合う。
爽やかに秋風が吹き抜けていくような、心地好さと切なさが同居する名曲である。
そして「Appetite」はタイトなビートに乗せつつも、この曲も抜群に良いメロディである。バンドらしさもありつつ、非常に洗練されたサウンドに仕上がっている。
上記2曲のためだけにでも聞きたくなるアルバムだが、一切の隙がない本作はどれをとっても名曲である。
本作が名盤たるゆえんとして、洗練された楽曲のアレンジもあるだろう。
1st『Swoon』はどこか垢ぬけないニューウェイヴバンドと言う感じだったが(それも良いのだが)、トーマス・ドルビーのプロデュースにより、非常にクオリティの高いアレンジとなっている。
1stのようなシンプルなバンドのアンサンブルは薄れたが、圧倒的な完成度の楽曲とアレンジと言う意味で、バンドの方向性を決めた作品と言えよう。
ちなみに筆者は本作から聴き始め、個人的には本作が最高傑作だと思っている。
3rdアルバム『From Langley Park to Memphis』 – ロックバンドとしてのPrefab Sprout
2nd『Steve McQueen』やシングル曲のヒットを受け、非常に期待が高まっていたことが窺える3rdアルバム『From Langley Park to Memphis』である。
ただ先述の通り、バンドは2ndから間髪入れずにアルバム『Protest Songs』を制作しており、非常に洗練された2ndに対して、もっとバンドらしい作品をと言うことで作られたようだ。
そしてその精神性は、本作においても通じているように思う。”ロックバンドとしてのPrefab Sprout”を最も感じさせるアルバムとして、本作を気に入っている人も多いようである。
本作からは5曲もシングルカットされており、中でも最もヒットしたのが「The King of Rock ‘N’ Roll」であり、エルビスプレスリーを称して使う言葉をタイトルにしている。
『Steve McQueen』の楽曲とは大きく異なり、ポップで軽快な曲調になっている。
また「Cars and Girls」も、軽快なビートではあるが、ウェンディ・スミスのコーラスや透明感のあるサウンドはPrefab Sproutらしいものであると言えよう。
ただ軽快な楽曲だけでなく、「I Remember That」「Nightingales」など穏やかで美しいメロディの楽曲も健在である。
つい『Steve McQueen』と対比的に語ってしまうが、繊細な2ndに比べると、キラキラとしてパワフルさすら感じさせるのが3rdアルバムである。
楽曲の完成度云々というよりも、ロックバンドとしての佇まい・サウンドが本作の1番の魅力ではないか、と思う。筆者としては2ndの次に聴くのがおすすめだ。
5thアルバム『Jordan: The Comeback』 – 芸術性において最も優れた大作
2nd・3rdと異なるタイプのアルバムを世に放ち、そして未発表となっていた2nd直後に制作した『Protest Songs』を4thアルバムとして1989年にリリースしたPrefab Sproutである。
パディ・マクアルーンの底知れぬ創作の泉を感じさせるが、その創作力の頂点に達したといわれるアルバムが、1990年の5thアルバム『Jordan: The Comeback』である。
本作の魅力は、まずパディ・マクアルーンの作る楽曲の完成度がさらに高まっている点だ。しかも2ndの繊細さ、3rdのキラキラ感のどちらをも兼ね備えている。
たとえば1曲目の「Looking for Atlantis」は、3rdのキラキラ感・高揚感を思わせつつ、キャッチーで聴きやすい。ウェンディ・スミスのコーラスも相変わらず効果的に用いられている。
一方で、「All the World Loves Lovers」は、2nd『Steve McQueen』の頃のような繊細で透明感のあるサウンドに仕上がっている。
他にも組曲形式の「Jesse James Symphony」「Jesse James Bolero」に、ダンスナンバー「Carnival 2000」など、実に多彩な楽曲を1つのアルバムにまとめ上げている。
そして本作のもう1つの特徴は、アルバムを1つの単位として緻密に構築された作品であるということである。収録時間は64分を超える大作で、アルバムは4つのパートに分かれているようだ。
個々の楽曲を取り出してもよいのだが、Prefab Sproutの中でも最もアルバムを通して聴くのにおすすめの作品であると感じる。
さらには本作はトーマス・ドルビーがプロデュースを行い、ますます完璧な楽曲・音作りが目指された作品だったようだ。
本作ではその緻密さが吉と出たが、次第にパディ・マクアルーンはバンドという単位での音楽から離れていくこととなり、そして1作のアルバムにまとまらない膨大な未発表曲を生むこととなる。
1997年の『Andromeda Heights』までは何とかバンドスタイルを保ったが、2000年代以降は彼のソロ作的な趣になっていく。
Prefab Sproutという形を保ちつつ、高い芸術性を兼ね備えたギリギリのバランスで作られた傑作が本作と言えよう。
本作は最初に聴いても良いし、2ndや3rdを聴いた後に手に取っても良いかもしれない。
まとめ
今回は1980年代を中心に活動したイギリスのバンド、Prefab Sproutのアルバムを紹介した。
3枚のアルバムを紹介したが、まとめると2nd『Steve McQueen』か3rd『From Langley Park to Memphis』が最初にはおすすめの作品と言える。
ただしどちらを先に聴くかによって、バンドの印象は結構変わりそうである。2ndから聴くとポップで切ないメロディのバンド、3rdから聴くとキラキラしたUKロックのイメージとなる。
どちらもPrefab Sproutには違いないのだが、あとは好みであり、筆者としてはとりわけ2ndアルバムの繊細で透明感のあるサウンドが好きであり、2ndの方を好んでいる。
そして両者の良さをミックスさせ、さらに高い芸術性を加えたのが、5th『Jordan: The Comeback』である。
アルバムとしての完成度においては最高傑作と言えるので、2ndか3rdを手に取ってから、じっくりと5thを聴くのが筆者としてはおすすめである。
代表的な3枚としてアルバムを紹介したが、むろんそれ以外のアルバムも、どれもおすすめである。いわゆる”駄作”が一切ないのがPrefab Sproutである。
そうした楽曲やアルバム制作への尋常ではないこだわりから、Prefab Sproutは2000年代以降リリースのペースが大幅に落ちている。
彼にはたくさんのアルバムの構想があり、デモ音源が作られているという。さらには彼がメニエール病を患ったこともあり、バンドで音を鳴らすことが難しくなってしまった。
往年のようなバンドスタイルでの楽曲がリリースされることはもうないかもしれない。が、彼の手元にある膨大な楽曲を、ファンとしてはやはり聴きたいところである。
純粋な新作は2013年の『Crimson/Red』が最後となっているが、次なる作品に期待したいところだ。
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