ベストアルバムに”名盤”が生まれにくいのはなぜなのか? – ベストアルバムの需要はどこにあるか

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人間椅子

音楽作品としてのアルバムには、オリジナルアルバムのほかにベストアルバムがある。アーティストの楽曲の中から時代をまたいでベストな選曲で構成されるアルバムのことだ。

初めて聴いてみよう、と思う人には手に取りやすい形態ではあるが、一方でなかなかアルバムという単位で考えた時に”名作”は生まれにくいものであると常々感じている。

「オリジナルアルバムを聴かなければ良さは分からない」という、こだわりがそう思わせる部分もあるが、別の理由からも名作が生まれにくいようにも思える。

今回はベストアルバムに名作が生まれにくい理由について考察し、ベストアルバムの需要はいったいどこにあるのか考えてみようと言う内容である。

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ベストアルバムから名作が生まれにくい3つの理由

ベストアルバムとは、アーティストのキャリアの中から評価の高い楽曲や注目度の高かった楽曲のみを選び出した作品である。

ベストな楽曲が揃えば、ベストなアルバムが出来上がるか、と言うとそう簡単ではないようである。オリジナルアルバムで言われるような”名盤”は、なかなか生まれにくいように筆者は感じている。

その理由はベストアルバムの性質に依るものだと思っている。今回は3つの理由について考えてみようと思う。

なお、当ブログでよく取り上げるバンドの作品をいくつか示すことで、具体例としたい。

選曲や曲順で流れを作るのが難しい

まず一般に”名盤”とは、アルバムの中の曲が個々に素晴らしいのはもちろん、1枚のアルバムの中にピースとして相応しいものが、美しい流れで並べられていることが名盤たるゆえんだ。

良い曲が並んだとしても、同じような曲調が続けば飽きてしまうし、並び順が悪いと違和感を持ったままアルバムが進行し、居心地の悪さが生まれる。

そのためにアルバムには短い曲・長い曲、元気な曲・バラード曲と様々な曲が、居心地好く聴ける順序を考えて収録される。

しかしベストアルバムの場合、そもそも選曲においては、1枚のアルバムのピースを構成するようには選ばれない。

そのアーティストの特徴を表す曲を入れることが第一で、シングルや代表曲など外せない曲もあるため、選曲がそれらに制約されるのだ。

こうした制約ゆえに、曲順を上手く構成することも難しいし、ヒストリーを示す意味で年代順にそのまま配置されることも多い。当然年代順にすれば、聴き心地は無視されたものとなる。

このように、ベストアルバムはそもそもオリジナルアルバムとは作り方も目的も違うので、名盤という考え方自体がそぐわない、とも言えるだろう。

たとえば人間椅子初期~中期のベスト盤は、1994年の『ペテン師と空気男〜人間椅子傑作選〜』は曲順が作られているが、2002年の『押絵と旅する男〜人間椅子傑作選 第2集〜』は年代順だ。

やはり後者はアルバム的には面白みに欠けるところがあり、1枚を通して聴くには前者の方が良い。しかし前者には「陰獣」「針の山」「羅生門」などの定番曲が漏れている。

権利的な問題やシングル曲を優先したなどの理由もありつつ、前者はややマニアックな仕上がりとなり、後者は分かりやすいが流れが面白くない、とベスト盤特有の問題が分かりやすく出ている。

新規ファン開拓と付加価値のバランスの難しさ

ベストアルバムは、当然ながら既にリリースされた楽曲から構成される。新曲は原則含まれないため、ベストアルバムを聴いてほしいターゲットは新規のファンということになるだろう。

つまり当該アーティストの入門編としてのベストアルバムの位置づけである。

もちろん新規ファンの数だけで、ベストアルバムがある程度売れる見込みが立つのであれば、純粋に入門編としてのアルバム構成をすれば良いことになる。

しかし実際は既にファンになっている人にも買ってもらわないと、なかなか全体的な売り上げは伸びない、と言う場合も多いのだろう。

そのため、既存のファンにもベストアルバムを買ってもらう仕掛けを考える必要が出てくる。そこで新曲を数曲入れるとか、アルバム未収録曲を入れる、などがよく使われる手である。

このようにベストアルバムのターゲットをどこに向けるか、によって選曲が変わってくるという側面がある。そこで目的がブレると、アルバムとして曖昧なものになってしまう恐れがあるのだ。

純粋にベスト選曲にした方が潔くて良いアルバムが出来そうであるが、やはり未収録曲や新曲など、何か付加価値を入れたい気持ちも分かるし、ファンにとってはそれは有難い側面もある。

新規ファン開拓か、付加価値か、というバランス感覚が難しいところになるだろう。

この場合、シングル主体に活動したアーティストだと、シングル集としてのベストアルバムは、新規開拓・アルバム未収録シングルを含む付加価値のいずれも満たしやすい。

たとえば安全地帯は「熱視線」「プルシアンブルーの肖像」などシングルのみでリリースされた楽曲も多く、オリジナルアルバムだけでは代表曲を網羅できない。

シングル曲(カップリング曲含む)を集めた2005年の『安全地帯 COMPLETE BEST』のようなベストアルバムは、新規ファンにも既存のファンにも有難い作品となる。

ベストアルバムをリリースするタイミングの難しさ

ベストアルバムは、そのアーティストのある期間内にリリースされた作品から選ばれるので、当然歴の長い場合は候補が多くなる。

そのアーティストのキャリアの、どのタイミングでベストアルバムをリリースするのかも悩みどころの1つと言える。

ベストアルバムはCDで1枚に収まるか、2枚組ぐらいが手に取りやすいもので、あまり枚数が多いと売れない。

アルバムから1~3曲ほど選ぶとすれば、単純計算で5枚ほどでベストが1枚、10枚ほどで2枚組のリリースになるだろう。

ただちょうど良いタイミングでリリースできるかどうかは分からず、なかなか狙えるものでもないのだろう。

全体の傾向からすれば、やはり初期から黄金期の辺りまでを収録したベストがやはり聴きたいところである。キャリアが長くなると、どうしてもベストアルバムの密度が下がってしまう問題がある。

20枚以上のアルバムがあれば、200曲から20~30曲を選んだとしても、かなりダイジェスト的で勘所の欠けた選曲になりかねない。

また低迷した時代や模索の時代がある訳で、アルバムの統一感だけで言えば、そう言った時代の曲を入れると焦点がぼやけてしまうことがある。

逆にあまり早い時期にベストアルバムをリリースすると、選曲が粗くなり、内容が薄くなる。このように、どうしてもリリースのタイミングの難しさがベストアルバムには付き物だ。

再び人間椅子を例に挙げると、活動20周年~30周年までに5年おきにベストアルバムを3枚リリースしていた。

リリースのタイミング的には20周年の『人間椅子傑作選 二十周年記念ベスト盤』がちょうど良かったように思える。14枚のオリジナルアルバムから24曲を選んでいる。

定番から準定番曲まで収録し、初期の楽曲の新録と新曲まで入って新曲ファン開拓と既存のファンのどちらも楽しめる内容だ。

一方で25周年の『現世は夢 〜25周年記念ベストアルバム〜』は「宇宙からの色」などの新曲を4曲入れたので、既存曲はややダイジェスト的になっている。

30周年の『人間椅子名作選 三十周年記念ベスト』はさらに曲が増えたので、それまで選んでいない曲・海外の人にも好んでもらいやすい曲など、コンセプトを決めることとなった。

やはりタイミングに合わせて、選曲の工夫が必要になっていることが窺える。

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まとめ – ベストアルバムの需要はどこにあるのか?

今回はベストアルバムになかなか名作が生まれにくい要因について考えてみた。

大きくまとめれば、選曲の難しさと、新規ファン開拓と付加価値を求める既存ファンのいずれにターゲットを絞るかの難しさがあるように思う。

様々なファン層に向けたベストアルバムを作ると、どうしても焦点がぼやける故に、名盤という評価を得られにくいということだろう。

もちろん、その人がどのタイミングで聴いたかによって、評価は大きく変わるだろう。ちょうど初めて聴くタイミングで、良いベストアルバムに出会えれば、その人にとっては”名盤”になり得る。

結局のところ、一般的に誰もが認める名盤と言う評価はなかなか得られにくく、その人のニーズに沿って評価が分かれるもの、というのがベストアルバムということだろう。

ではベストアルバムを聴くのは誰か?と考えると、以下の3パターンがありそうだと思っている。

  1. 新規ファン・音楽的にライト層
  2. 未収録曲・新曲目当てのコアなファン
  3. 昔聴いていたが現在音源を持っていないかつてのファン

1.と2.がこれまで述べてきた一般的に想定される2つの層である。1.がベスト盤をまずは聴く層であり、2.はいわゆるレア曲・新曲目当てで、付加価値の方に重きを置く、コアなファン層だ。

3.については、いわゆる”買い直し”や”昔を懐かしむ”層があるのではないか、という考えである。

昔にオリジナルアルバムなど一通り聴いたものの、今となっては音源を持っておらず、改めてオリジナルアルバムで聴くほどではなく、ベストで楽しめば十分と言う層だ。

ダイジェスト的に聴くのであれば、ベストアルバムの需要自体は色々とありそうである。

最後に、筆者がベストアルバムとしても楽しめる作品を2枚紹介している。

好きなベストアルバム

陰陽座 – 陰陽珠玉(2006)

妖怪ヘヴィメタルバンドを謳う陰陽座の、いわゆる初期の6枚のアルバムから選ばれたベストアルバム。6枚の中から2枚組30曲という、ボリューム感はある作品である。

ただ選ぶには十分余裕のある曲数で、定番曲からシングルのカップリング曲まで痒い所に手が届く選曲である。

また2枚組で、それぞれ陰と陽と言うコンセプトに分かれており、アルバムとしての流れも抜群だ。

南佳孝 – All My Best(2012)

大ベテランのシンガーソングライター南佳孝氏のライブアルバムにしてベストアルバムという作品である。

力の抜けた良い演奏をバックに、その当時の南氏の歌唱で名曲を表現している。ライブ当日の楽曲から、ベストアルバム的に選曲されており、非常に良い曲が選ばれている。

ライブの曲順から再構成されており、アルバムとして聴きやすい流れになっているのもおすすめポイントである。

ライブ盤は好き?嫌い?どちらの人にもおすすめしたいライブ盤(南佳孝『All My Best』)

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