半年突破!

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半年書き続けています。毎日欠かす事なく書いてきた訳ですが、浪人生としては日々淡々と自分のリズムを作りながら生活してこられて良かったのではないか、と思っています。

またふと思った事を一つ。

現代社会において問題になっている事態は数多くありますが、どれも複雑化しています。一つの問題に対しても実に様々な要因が絡んでいる訳です。昨日書きましたが、力士急死の問題。「酷い」だけでは片付かない問題でしょう。昔から若い力士を痛い目に遭わせて、そこから根性で強くさせるという方法は慣行であったようで、今回の件もそれの行き過ぎといった印象で親方は見ているのかもしれません。しかしそれが愛情として行われていた時代は良かったのでしょうが、今や金目的です(若い弟子が入ると20万円支給されるとか)それに今は根性で耐えなくても生きていける道がある社会です。そういった社会の在り方と相撲部屋のやり方に大きなズレがあっては、いくらなんでも現代人には合わないのではないか。

例が長くなりましたが、要因は様々で新たに提起される問題も多様です。

この多様な要因に対して意見を述べる事は本当に慎重に行わなければなりません。あまりに偏った立場では非難の対象になることは間違いありません。

私はこのような多様化した社会において、本来は人間全体がもっと賢くならねばならないと思っています。問題も多様化、要因も多様化しており、一つの問題について考えるのでも、現代ではうんと頭を使わなければ問題を捉えきれないはずです。

しかし現状は学力低下が叫ばれ、日本では教育方針について錯綜しています。私は現代こそ頭の良い人が強い時代だと感じます。勉強しなければ社会問題について認識すらできなくなってしまいます。非常に嫌な言い方に聞こえそうですが、しかし今の日本ではそういった問題を認識できない人は国に騙される立場になるという事です。逆にもし国民全体が問題認識に優れていたら、政治家にとっては脅威になるはずです。

何とかこの複雑化した社会について認識しようと、食らいついて行くのが大事だと思います。脱落したら訳が分からなくなって不利な状況になっていたという事になるかもしれません。政治家は何をしようとしているのか、大学の教授はどんな世界を作りだそうとしているのか…。例えばそのような事を認識し、批判的に捉える力は持つべきだと思います。「お偉い様が何かやっている」と外方を向くのではなく。

今こそ世界を認識する学力が必須なのではないか、と思います。


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