2026年にはメンバー全員が還暦を迎えるベテランバンド人間椅子、各メンバーの個性が光る3ピースバンドである。
人間椅子はギターの和嶋慎治、ベースの鈴木研一の2人が作曲を行うことがほとんどで、作曲者がボーカルをとるスタイルが長年続いている。
人間椅子初期にはボーカリストを入れる案もあったそうだが、自分の作った曲は自分で歌うスタイルを貫いてきた。2人それぞれのボーカルの持ち味があるので、その方針も頷ける。
今回は当ブログであまり取り上げてこなかった、和嶋慎治・鈴木研一両氏それぞれのボーカルの魅力について書いてみようと思う。
そして2人のボーカルがとりわけ光るアルバムをいくつか選んで紹介することにした。
和嶋慎治・鈴木研一のボーカルが冴え渡るアルバム
人間椅子と言うと、唯一無二のヘヴィなサウンドと世界観などに注目が集まりがちである。彼らのボーカルについて取り上げられることも、決して多くはない。
ただ人間椅子の世界観を構成する上で、両者のボーカルが持つ魅力を抜きに語ることもできないだろう。
和嶋慎治・鈴木研一それぞれのボーカルスタイルについてまとめつつ、その魅力が伝わりやすいアルバムを3枚ずつ紹介することにした。
和嶋慎治のボーカルの魅力とおすすめアルバム
人間椅子のコンセプトや世界観、そして作詞のほとんどを担当しているのが、ギター・ボーカルの和嶋慎治である。
彼のボーカルは鈴木氏に比べるとストレートで、どちらかと言うと、溌溂としたボーカルスタイルである。
そのため初期には、和嶋氏が中心になって作った楽曲でも、怪しげなボーカルの鈴木氏が当てられることも多かった。
ボーカル(パフォーマンスも含めて)においては、人間椅子では一歩引いている印象もある。
1995年の5th『踊る一寸法師』以降は、作曲者がボーカルをとるスタイルになり、和嶋氏の単独ボーカル曲が増えることになった。
その頃は、ヘヴィな曲を鈴木氏に託し、軽快な楽曲やポップなメロディを歌う頃が多かった。ボーカルスタイルに合った楽曲を、という意識も少しあったのかもしれない。
近年はヘヴィな楽曲でボーカルをとることも増えたが、不気味な楽曲と言うより、ヘヴィながらも凛とした雰囲気のある楽曲が多くなっている。
まさにYouTubeで大いにバズった「無情のスキャット」などはそのタイプの楽曲だろう。
さて筆者の中で和嶋氏のボーカルでおすすめのアルバムと言えば、まず2009年の15th『未来浪漫派』である。
和嶋氏が思い悩んでいた時期を脱し、表現の軸を掴み始めていた頃の作品。それゆえ、喜びに満ち溢れた、実に溌溂としたボーカルを聴けるので、とてもおすすめである。
ご自身も、最も声がよく出ていたのではないか、と語っていたように記憶している。腹の底から発声できているというのか、血の通ったボーカルと言う感じである。
特におすすめは、その時の心境をダイレクトに歌っている「深淵」が素晴らしい。
かつては若干ピッチが不安定なところもあったのだが、本作はかなり安定感のあるボーカルだ。
一方で悲しみや哀愁を感じさせるボーカルが聴けるアルバムとして、1999年の8th『二十世紀葬送曲』の和嶋氏のボーカルもとても良い。
作品としてはメジャー復帰作と言うおめでたいアルバムのはずであるが、和嶋氏の心境としては、彼の父の死の悲しみが漂っていたようである。
1曲目の「幽霊列車」にそれが表れており、サビ部分の高いキーの美しさと悲しさが、何とも言えない味わい深いものとなっている。
ラストの「黒い太陽」は心の闇を歌ったもので、不気味さの中に、どこか哀愁や悲しみを感じさせるボーカルで、これも素晴らしい。
もう1枚は、1995年の5th『踊る一寸法師』をおすすめしたい。これは若かりし頃の和嶋氏の、非常に元気なボーカルが聴ける点でおすすめである。
メジャー在籍時の初期は、やや高過ぎるキーで歌っていたのが、本作は割と低めに歌っているところもある。
「ギリギリ・ハイウェイ」の溌溂としたボーカル、「時間を止めた男」の哀愁もたまらない。そして何と言っても「暗い日曜日」は非常に説得力のあるボーカルである。
鈴木研一のボーカルの魅力とおすすめアルバム
非常にストレートな和嶋氏のボーカルに対し、まるで声自体が楽器のような、特徴的なボーカルスタイルなのが、ベース・ボーカルの鈴木研一氏である。
ドスの効いた声、というのが陳腐な言い方ではあるが、人間椅子の不気味さや怪しさを担う上では重要な要素となっている。
高い音を出しても、歪んだ声ゆえに野太く聞こえるのがカッコいいところだ。それに加えて演歌や民謡のようなこぶし回しをするのも、和嶋氏とは異なる特徴である。
鈴木氏のボーカルは、昔からピッチが正確であるのも特徴で、一般には”歌が上手い”ということになり、初期はそれを買われたのもあってボーカルの割合が高かったのだろう。
作曲者がボーカルをとる方針になってからも、初期と変わらず、人間椅子のダークな部分やおどろおどろしい部分を担うボーカルスタイルを今日まで貫いている。
土着的なリズムの楽曲での、民謡的な歌い回しは真骨頂の1つであり、「どだればち」などは鈴木氏の本領発揮と言う感じである。
ボーカルにも安定感のある鈴木氏であるが、あえてベスト作を挙げれば2000年の9th『怪人二十面相』を推したい。
まさに怪人二十面相のごとく、変幻自在にボーカルスタイルを微妙に変えながら、歌の世界観を表現しているのが本作である。
たとえば「怪人二十面相」ではダークなAメロや中間部と、伸びやかなサビの対比が素晴らしい。怪しさでは「屋根裏のねぷた祭り」など歴代でも随一の歌声ではないか。
その一方で「芋虫」の悲し気な響きは、鈴木氏のボーカルがあってこそ成立するものだろう。
もう1枚、鈴木劇場とも言えるのが、1992年の3rd『黄金の夜明け』である。初期は和嶋氏がメイン作曲者でも、鈴木氏がメインボーカルとなっている曲が多いのが特徴だ。
本作の鈴木氏の声は、いつも以上に歪んでおり、不気味さが増しているのが素晴らしい。たとえば「黄金の夜明け」の終盤のボーカルなどは、禍々しくも勇壮である。
一方で「マンドラゴラの花」「狂気山脈」など、抑えながらも不気味さを秘めたボーカルも怪しさ満点である。
不気味さとパワフルさで押している鈴木氏のボーカルが聴けるアルバムだろう。
もう1枚挙げるならば、1996年の6th『無限の住人』も素晴らしいボーカルが詰まっている作品だ。
漫画のイメージアルバムということで、和風の楽曲が揃っており、鈴木氏のボーカルとの相性が抜群のアルバムである。
「蛮カラ一代記」「刀と鞘」などの演歌・軍歌調のボーカルから、「晒し首」では哀愁を感じさせ、「宇宙遊泳」では柔らかく包み込むような広大さを感じさせる。
実はかなり変幻自在に歌いこなしているのが鈴木氏なのである。
まとめ
今回の記事は、あまり焦点を当てて来なかった人間椅子のフロントマンのボーカルスタイルに関する内容だった。
初期から変わらず、人間椅子の不気味な部分を声で担ってきたのが、ベース・ボーカルの鈴木研一氏であった。そのスタイルは、いまだ何も変わっていないように思える。
一方で、どちらかと言うとストレートなボーカルの和嶋慎治氏は、初期~中期は軽めの楽曲を歌うことで、鈴木氏の楽曲とのバランスを取っていたように思える。
近年は和嶋氏の前向きな考え方と、人間椅子のヘヴィさが融合したことで、和嶋氏もヘヴィな楽曲でボーカルをとることに違和感もなくなってきている、という変化があるのだった。
音源でもライブでも、やはりボーカルが入れ替わることで、良い具合に変化が生まれる。今回は曲数も少ないので取り上げていないが、ドラムのナカジマノブ氏もボーカルをとっている。
ナカジマ氏は、他の2人にはない、陽気で野性味のあるボーカルスタイルで、ロックンロールナンバーを歌うことで定着している。
ボーカルだけ聴いても、3人の個性が際立っている今の人間椅子である。
※人間椅子にボーカルが加入していたらどうなっていたか? – 3ピースバンドを貫いた先に見えたもの



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