日本のハードロックバンド人間椅子は、日本語歌詞によるハードロックにこだわって活動を続けてきた。歌詞の世界観は、小説から借りたものから、オカルト、宇宙、仏教など不気味なものが多い。
その一方で、「人生」をテーマにした味わい深い歌詞も時折見られる。とりわけベース・ボーカルの鈴木研一が作曲した楽曲の中には、人生を題材にした楽曲が多いように思われる。
そこで、今回は人間椅子の楽曲の中から、鈴木研一作曲の”人生シリーズ”とも呼べる味わい深い楽曲を集めてみた。
なお、作詞は鈴木氏自身によるものもあれば、ギター・ボーカル和嶋慎治によるものもある。それぞれに良さがあるので、作詞者で分けて”人生シリーズ”の楽曲を紹介する。
※今回選曲した楽曲を集めたプレイリスト
鈴木研一作詞(共作を含む)の人生シリーズ
前半では、鈴木研一氏作詞の楽曲を紹介する。
鈴木氏の”人生シリーズ”の楽曲は多くはない。そして”パチンコシリーズ”の楽曲の中で、人生を語っている歌詞が見られるのだ。
また30歳、40歳になった時の曲を含め、4曲だけ紹介する。
羽根物人生
- 作詞・作曲:鈴木研一
- 収録アルバム:5th『踊る一寸法師』(1995)
5th『踊る一寸法師』では、「ダイナマイト」とあわせて、”パチンコシリーズ”の楽曲である。「ダイナマイト」に比べると、パチンコ色よりも人生を語るような歌詞が印象的である。
鈴木氏のパチンコシリーズの歌詞では、ギャンブルの悲喜こもごもを人生になぞらえている。「俺の人生 羽根物だ」と、4畳半フォークのような曲調が寂しさを誘う。
「果てしなく長い道のり」とは、ギャンブルで勝つまでの道のりでもあり、人生を語っているようでもある。鈴木氏はギャンブルを歌詞にすると、途端に人生の深い歌詞になってしまうのが面白い。
三十歳
- 作詞:鈴木研一・和嶋慎治・土屋巌、作曲:鈴木研一
- 収録アルバム:5th『踊る一寸法師』(1995)
メンバーが30歳になった記念に作られた楽曲で、タイトルもそのままである。作詞は当時のメンバー3人で、自身の半生や今の生活を歌詞にしたものとなっている。
三者三様の歌詞でとても面白いのだが、鈴木氏の歌詞に要注目である。30歳の鈴木氏と、今の鈴木氏は良い意味で何も変わっていないことが分かる。
生き物が好きなこと、パチンコが好きなこと、そして名言「おやすみ前にブラック・サバス」である。座右の銘にしても良いくらいのインパクト、まぎれもない名言である。
この曲のワンコーラスに、鈴木研一の人生を感じるものとなっている。
エキサイト
- 作詞・作曲:鈴木研一
- 収録アルバム:7th『頽廃芸術展』(1998)
鈴木氏によるパチンコで人生を語る楽曲の集大成が、この「エキサイト」である。
歌詞の1番はギャンブルそのもの、2番は開運に関するものであるが、突然3番で人生を語り始める。「人生こそがでっかい博打だ」という展開がしびれる。
そして何度も繰り返される「死ぬまで続く運だめし」というフレーズこそ、まさに座右の銘にしたいほどの名言である。
パチンコかつ人生シリーズを究めてしまったからか、その後にこうした作風はなくなってしまった。
不惑の路
- 作詞・作曲:鈴木研一
- 収録アルバム:13th『瘋痴狂』(2006)
30歳を記念する「三十歳」に続いて、その10年後に作られた40歳を記念したのがこの曲だ。
「三十歳」はパワフルなハードロックであったが、「不惑の路」は何ともいなたいハードロックであり、後半は雲行きの怪しいダークな展開も見られている。
40歳を過ぎて、この先の人生に暗雲が垂れ込めている様子を描いたものであるようだ。ただ歌詞は後ろ向きではなく、年齢を重ねても前向きに進もうと言う内容である。
この曲の歌詞は、後に和嶋氏が鈴木氏に提供する”人生シリーズ”の原型になったのではないかと思う。
和嶋慎治作詞の人生シリーズ
続いて和嶋慎治氏が作詞を担当し、作曲を鈴木氏が行っている楽曲を紹介する。
和嶋氏自身が作曲したものへの作詞と、鈴木氏への作詞はやはり描き方なども異なっている。和嶋氏が鈴木氏に対して、”人生シリーズ”の歌詞を作る時、青春物とも言える内容になっている。
あるいは青年~壮年にかけての、人生の機微を歌ったような渋い歌詞が特徴である。
和嶋氏が歌うと説教臭く聞こえてしまいそうだが、鈴木氏が歌うとロックとしてカラッと聞こえるから面白い。
なまけ者の人生
- 作詞・和嶋慎治、作曲:鈴木研一
- 収録アルバム:4th『羅生門』(1993)
楽曲のタイトルに「人生」と言う単語が入っているため選んだ。ただ後に紹介する楽曲とは、やや異なるタイプの楽曲とも言える。
歌詞は長くないものの、短編小説を読んだような肌触りである。「無頼と書いた蒲団で見るのは」という出だしも非常に文学的であり、美しい日本語が並ぶ歌詞である。
そして”なまけ者”と自虐的でありながら、「朝には歌 夜には恋」と自由を謳歌するような人生である。せせこましく生きる現代人へのアンチテーゼとも取れる歌詞である。
王様の耳はロバの耳
- 作詞・和嶋慎治、作曲:鈴木研一
- 収録アルバム:11th『修羅囃子』(2003)
イソップ寓話「王様の耳はロバの耳」からタイトルを借りた、文芸シリーズでもある。王様がロバの耳であることを知られても、寛容の心で秘密を知らせてしまった人を許す物語だ。
歌詞ではそうしたメッセージを含みつつ、冒頭の「本当のことを喋ってみたい」に集約されるように思う。周りに馬鹿にされようと、本当のことだけを語りたい、という和嶋氏の叫びのようでもある。
歌詞だけ見るとやや重々しくもあるが、緩いディスコソングとなっているため、この曲調とヘビーなメッセージの組み合わせが面白い楽曲となっている。
道程
- 作詞・和嶋慎治、作曲:鈴木研一
- 収録アルバム:12th『三悪道中膝栗毛』(2004)
和嶋氏が作詞、鈴木氏が作曲、そして加入したナカジマ氏が初めてボーカルを取ったレアな組み合わせの楽曲である。もともと鈴木氏が歌う予定だったが、明るい曲調でナカジマ氏が歌うこととなった。
この曲こそ、和嶋氏作詞による鈴木氏の”人生シリーズ”第1弾と言える内容である。「道の彼方を目指せよあくまで」と力強く歌われるこの曲は、後の人間椅子をも予感させる。
10th『見知らぬ世界』で明るい曲調が増えた和嶋氏は、歌詞の内容も変容し始める。まだダークさを和嶋氏は抱えつつ、この曲のように前向きな歌詞が登場するようになった。
青年は荒野を目指す
- 作詞・和嶋慎治、作曲:鈴木研一
- 収録アルバム:14th『真夏の夜の夢』(2007)
五木寛之の小説『青年は荒野をめざす』からタイトルを借りたもの。
前作『瘋痴狂』では鈴木氏作詞による「不惑の路」で、40代に突入した悲哀を歌いつつも、前向きな歌詞に触発されたのか、和嶋氏はあえて”青年”に向けての歌詞を作った。
「青年よ越えろ試練を」と語りかける歌詞は、和嶋氏が自身に歌っているようでもある。まさに和嶋氏はこの時期、大きな気づきを得ている過程であった。
40代に突入しつつも、まだまだ”青年”として前に向かっていこうとする、力強さを感じる歌詞である。
輝ける意志
- 作詞・和嶋慎治、作曲:鈴木研一
- 収録アルバム:15th『未来浪漫派』(2009)
和嶋氏の覚醒ぶりが目覚ましい15th『未来浪漫派』。その中でも特に凛として美しい言葉が並ぶのが、「輝ける意志」である。
鈴木氏のメロディアスな楽曲に、力強い言葉が並ぶ。「苦しさと悲しさ越えて」「勇気と誇りを手に入れる」と高らかに歌い、それを「鋼の輝き」と呼んでいる。
前作の「青年は荒野を目指す」の続編的な内容ともとれるが、さらにその覚悟が強固になったように思える。
つまり「つかめ」「越えろ」と言っていた段階から、もうここでは「鋼の意志」を掴んだ者の言葉なのである。
ばっちりいきたい子守唄
- 作詞・和嶋慎治、作曲:鈴木研一
- 収録アルバム:15th『未来浪漫派』(2009)
アルバム後半のいつも鈴木氏のスラッシュメタル曲が来る位置に、これまでと一風変わった楽曲が配置されている。タイトルも不思議な「ばっちりいきたい子守唄」である。
曲調としては80年代NWOBHM風であるが、和嶋氏の歌詞は今まで以上にシンプルなものである。「すっきり」「たっぷり」など副詞を並べ、どこか冴えない男子を歌った内容である。
「なまけ者の人生」の主人公をもっと若くしたようにも聞こえる。つまりは、情けない自分でも肯定しようという、前向きな内容の歌詞である。
この当時の和嶋氏の心境をダイレクトに反映したもののようにも見える。
人生万歳
- 作詞・和嶋慎治、作曲:鈴木研一
- 収録アルバム:17th『萬燈籠』(2013)
鈴木氏のスラッシュメタル風味の楽曲についているタイトルが「人生万歳」である。
歌詞に注目すると「すべては君の思うまま」で始まり「笑えば笑みに包まれる」と歌う。そして「単純明快」な「人生万歳」と締めくくるのである。
これは思うに、仏教で言うところの”因果の道理”を説いたものであり、自分の心が自分に降りかかる結果を作り出す、というものだ。
思っている以上に人生は単純で、自分の心が作り出した世界が自分の周りに広がる、というだけなのである。そんな人生を肯定しよう、という歌詞である。
生まれ出づる魂
- 作詞・和嶋慎治、作曲:鈴木研一
- 収録アルバム:18th『無頼豊饒』(2014)
Motörhead風のスピーディーな楽曲だが、歌詞は非常に味わい深いものになっている。
ここで歌われるのも、人生と言うよりも仏教の教えに近い内容である。歌詞の内容としては、心には無限の可能性があるというもの。
同じアルバム収録の「迷信」と近い内容になっている。限界や不自由さなどは本当はなく、それは自らが作り出すものだと歌っている。
中間部分で「うらやむ気持ちは捨てちまえ」と歌っている通り、”執着“こそが自分を縛り付けるものだと歌っており、まさに仏教的な世界観である。
痴人のモノローグ
- 作詞・和嶋慎治、作曲:鈴木研一
- 収録アルバム:20th『異次元からの咆哮』(2017)
仏教的な世界観が続いていた和嶋氏だが、ここでは再び人間味あふれる”人生シリーズ”とも言える楽曲である。
かなり古めかしいハードロックに、不思議なタイトルの楽曲だが、歌詞は非常に人生の大事なことを説いたもの。
歌詞は1番が若者、2番が女性、3番が中高年に向けたメッセージになっている。それぞれの年代、性別にとって、悩める人への応援歌のようでもある。
中でも光るフレーズは「この世は己の鏡」であろう。自分の周りに広がる世界は、自分を映し出したものである、というまさしく真理である。
暗夜行路
- 作詞・和嶋慎治、作曲:鈴木研一
- 収録アルバム:21st『新青年』(2019)
志賀直哉の小説『暗夜行路』からタイトルを借りた文芸シリーズの楽曲。ここでは人生の道のりについて歌われている。
「なんて険しいんだ」「なんて苦しいんだ」と一見すると後ろ向きな内容にも見えるが、だからこそ「喰いしばれ」や「歩き出せ」というメッセージが力強く聞こえる。
そして人生は「死ぬまで続く」と、生き続けることこそ人生である、というメッセージで締めくくられる。
人間椅子は30歳、40歳を記念した楽曲が作られたが、50歳の楽曲はなかった。ただこの曲がメンバーが50代半ばに差しかかり、50代を意識した楽曲になっている気がする。
まとめ
今回は、人間椅子の鈴木研一氏が作曲した”人生シリーズ”とも言える楽曲を集めて紹介した。
鈴木氏は楽曲の中にいくつかシリーズものと公言しているものもあり、以下の記事にまとめている。
※【人間椅子】ベース鈴木研一による”◯◯シリーズ”の楽曲まとめ
これらシリーズの中に”人生シリーズ”が存在するわけではない。ただ人間椅子の楽曲の中には、人生を題材にした奥深い歌詞が多いことには注目すべきだろう。
鈴木氏が作詞した楽曲では、真正面から人生を語る、ということはしないものの、パチンコシリーズなどでさらっと人生を語っているのがカッコいい。
一方の和嶋氏は、人生や生き方を題材にすることは多いが、鈴木氏に提供する際には、人間椅子流の応援歌とも言うべき歌詞が特徴的だ。
一般には暗いことを歌っているバンドと思われがちだが、そのメッセージは前向きなものである。近年は特にその傾向が顕著であり、だからこそ再ブレイクとも言える状況になっているのかもしれない。
人間椅子の歌詞に出てくるメッセージに注目して楽曲を聴くのも面白いだろう。
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