ハードロックバンド人間椅子の”ヘヴィ”さはどこから来るのか? – 海外ヘヴィメタルとは異なる重さの魅力

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日本のハードロックバンド人間椅子は、”ヘヴィ”なサウンドで知られる。しかしその”ヘヴィ”さは、海外のいわゆるヘヴィメタルのバンドのヘヴィさとはどこか異なる風合いがある。

そして、海外のヘヴィメタルバンドについては全く知らない人も、人間椅子のファンになるという例が結構多いという事実が、その違いを物語っている。

ハードロックを聴かない人がなぜ人間椅子を好きになるのかについて書いた記事

改めて人間椅子について考える時、人間椅子の”ヘヴィ”さとはどこから来るのだろうか?今回は人間椅子が海外のヘヴィメタルとは異なる、固有のヘヴィさを持つ点を掘り下げてみたい。

まずは海外におけるヘヴィな楽曲と、人間椅子のヘヴィな楽曲を並べてみるところから始め、人間椅子のヘヴィさについて、サウンドや世界観、歌詞まで幅広く考察してみた。

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海外ヘヴィメタル・人間椅子の楽曲を聴き比べる

人間椅子のヘヴィさについて掘り下げる前に、まずは海外のヘヴィメタルと言われるバンドのサウンドと聴き比べてみようと思う。

取り上げるのは、人間椅子の活動時期と重なるヘヴィメタルバンドで、かつ特にサウンドが”ヘヴィ”と称される2つのバンドだ。

1つ目は1981年結成、1990年(人間椅子と同じ年)にメジャーデビューしたPanteraである。初期の4枚はオーソドックスなメタルだったが、5th『Cowboys From Hell』より個性を発揮し始める。

そして取り上げたい楽曲は、1992年の6th『Vulgar Display of Power』収録の「Walk」である。

重低音のリフ、そして這いずるような、それでいて硬質なビートが特徴的である。当時は攻撃的で重いサウンドとして、シーンを席巻したバンドである。

人間椅子のサウンドに比べると、よりソリッドで攻撃的な印象のリフやビートに感じられるだろう。

もう1つは、Panteraと同じく1981年結成、世界的に現在も人気のあるMetallicaである。初期はスラッシュメタルのバンドだったが、1991年の5th『Metallica』でヘヴィな方向性を打ち出した。

中でもアルバム1曲目「Enter Sandman」は、ハードロック的なヘヴィなリフに、一定に保たれた機械的なビートが迫りくるかのような感覚に襲われる楽曲だ。

リフと言う点だけ取り出せば、人間椅子とよく似ているようにも聞こえるが、やはり何かが根本的に人間椅子の音楽とは違うような気もする。

Pantera、Metallicaの中から1990年代前半にリリースされた”ヘヴィ”とされる2曲を取り上げた。人間椅子はこの当時はデビューして、初期の何作かリリースしていた頃である。

人間椅子がこの当時やっていた音楽と言えば、1989年にテレビ番組『三宅裕司のいかすバンド天国』で披露された「陰獣」が代表的な1曲であろう。

しかし聴いて分かる通り、PanteraやMetallicaのヘヴィさとは全く違うことが分かる。

PanteraもMetallicaも、リズムが硬質でギター・ベース・ドラムが1つの塊となったようなサウンドである。しかし人間椅子は3者のリズムが絡み合い、グルーヴが生まれている

当時の海外のヘヴィメタルが硬質で正確なビートにヘヴィさを見出したのに対し、人間椅子はグルーヴで見せるヘヴィさがある点が、まず決定的に違いそうである。

人間椅子のグルーヴ感がさらに感じられるのは、1990年の1st『人間失格』収録の「りんごの泪」である。民謡のようなメロディ・祭囃子のようなリズムとハードロックを掛け合わせた楽曲だ。

若干比較に無理はあるが、Panteraの「Walk」は「りんごの泪」とリズムパターンと言う点では、シャッフル調でやや似ている。

しかしPanteraが縦に打ち付けるようなビートなら、人間椅子は横にウネウネと揺れるようなビートである。

また人間椅子が海外でも高い評価を受けるきっかきになった、2019年の21st『新青年』収録の「無情のスキャット」も人間椅子らしいヘヴィさを感じる楽曲だ。

前に迫りくるような迫力は、Metallicaの「Enter Sandman」にも負けず劣らずだが、やはりその佇まいは全く違うように思える。

Metallicaは戦車が轟音を上げて迫ってくるような感触なら、人間椅子は怪物が足音を上げてやってくるような感覚である。

つまり前者は一定のリズムで迫ってくる印象で、後者は蠢くような揺れを感じさせながら迫ってくるものである。

1990年代初頭に”ヘヴィ”と言われていた海外のバンドは、硬質で無機質な重低音がヘヴィとされていたのに対し、人間椅子はもっと人間味のある、揺れを感じさせるヘヴィさであることが分かる。

そして言ってしまえば、そうしたヘヴィさは1970年代のハードロックが持っていたグルーヴ感であり、後のヘヴィメタルの硬質さとは決定的に違う、もっと泥臭いヘヴィさなのだ。

しかし70年代のサウンドからはアップデートされ、現代的な要素も持ち込みつつ、昔ながらの泥臭さにヘヴィさをブレンドしたのが、人間椅子のサウンドと言えるだろう。

【人間椅子】バズった「無情のスキャット」の魅力を徹底的に掘り下げてみた

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人間椅子のヘヴィさを支えるものとは?

海外のヘヴィメタルバンドと比較しながら、人間椅子のヘヴィさについて簡単に紹介してきた。ここからは、さらに人間椅子のヘヴィさとは何か、考察してみようと思う。

ここでは人間椅子のヘヴィさを支えていると思われるものを、いくつかの側面に分けて紹介しよう。

大きく分けて、以下の3つの観点から書くことにした。

  1. 人間椅子のヘヴィサウンドを作るもの
  2. 人間椅子特有のヘヴィなグルーヴ
  3. 人間椅子のヘヴィな世界観

人間椅子のヘヴィサウンドを作るもの

最初に取り上げるのは、人間椅子のサウンド面から独特のヘヴィさのポイントを探ろうと言うものである。注目したいのは、リズム隊のパワーとまろやかな弦楽器サウンド、の2点である。

リズム隊の”叩く”強さ・パワー

ヘヴィさと言うと、ギターの歪んだ音に目を向けるかもしれないが、実はリズム隊(ベース・ドラム)のヘヴィさあっての人間椅子サウンドである。

鈴木研一ナカジマノブという2人のリズム隊が、強力にヘヴィなサウンドを作り上げているのだ。それはまず、物理的に弾く・叩く時のパワーの強さである。

まずが鈴木氏のベースであるが、彼のベースは弾くと言うよりも”叩きつける”ような演奏の仕方である。和嶋氏のリフの裏で、ルート音を弾き続けるシンプルなフレーズこそ、鈴木氏の真骨頂だ。

たとえば2014年の18th『無頼豊饒』収録の「なまはげ」について、下記の奏法解説の動画では、立って手に力を込めながら弾かないと、あの感じは出ない、と語っている。(54:00頃~)

鈴木氏のベースはエフェクターなどで歪ませている訳ではない。それなのに、あそこまで極悪に歪んだようなサウンドになるのは、まさに叩きつける力で歪ませているのである。

文字通り、物理的なパワーはヘヴィさにとって重要であることが分かる。

そしてナカジマノブ氏のドラムも、非常にヘヴィな音である。と言うよりも、人間椅子に加入してナカジマ氏のドラムはヘヴィになったのだ。

加入当初、2004年の12th『三悪道中膝栗毛』の「洗礼」のドラムを聴いてほしい。音を文字にするなら「スタスタ」となるようなスネア・ハイハットの音である。

ナカジマ氏はもともとロックンロールなどを演奏していたため、キレのある8ビートではあったが、重いサウンドのドラムではなかった。

それが人間椅子で叩くようになり、人間椅子のサウンドに順応していった結果、今ではすっかりヘヴィな音を出すドラマーに変貌した。

「洗礼」とテンポ・ビートの近い、2021年の22nd『苦楽』収録の「杜子春」では、文字にするなら「ドッドッ」と、重たくのしかかるようなスネア、バスドラの音になっている。

ナカジマ氏も明らかに、物理的にドラムを叩く力や振り下ろす勢いなど、加入時に比べてヘヴィな方向に変化しているのが分かる。

また、かつて在籍した後藤マスヒロ氏も、人間椅子に加入して在籍するうちにどんどんヘヴィになった。彼が最初に叩いた1993年の4th『羅生門』の頃と、2000年代のアルバムを比べてほしい。

『羅生門』の頃は、どちらかと言うとタムを転がすのが上手く、テクニカルな側面が前面に出たドラマーと言う印象だった。

それがたとえば2001年の10th『見知らぬ世界』の頃になると、テクニカルな上手さはそのままに、非常にパワフルなドラミングに変化している。

見知らぬ世界」では、どっしり重いドラムを聴かせながら、圧倒的な手数も叩いてくれる。

こうしたリズム隊のヘヴィさは、バンド全体の重要な部分を占めていることが分かる。ただリズム隊がヘヴィであることは人間椅子だけでなく、ハードロックバンドに必須の要素である。

だからこの点は人間椅子特有のもの、とまではいかないかもしれない。

ソリッドよりも円やかな弦楽器の音作り

続いて人間椅子の弦楽器、すなわちギター・ベースの音作りに関してである。和嶋慎治鈴木研一の二人の音作りについて言えば、円やかなヘヴィさが特徴であると考える。

この点は人間椅子独特のサウンドではないか、と筆者は捉えている。

まず和嶋氏のギターサウンドであるが、ギブソン社のSGというタイプのギターをデビュー時から愛用している。それにマーシャルのアンプを組み合わせて使用している。

SGと言うギターは、形の尖ったイメージからすると、意外にもそれほど攻撃的なサウンドにはならない。”攻撃的”というのは、高音が突き抜けるようなソリッドな音にならない、と言う意味でもある。

中音~低音が強く出るギターで、円やかな味わいの歪みが出るギターなのだ。以下の動画で和嶋氏が試奏を行っているが、筆者には温かみすら感じるサウンドに聞こえる。

こうした音作りは、90年代のPanteraやMetallicaのようなソリッドでジャキジャキした歪みとは異なるものであることが分かる。

また人間椅子のように3ピースの場合、ベースの音作りもバンドサウンド全体に大きく貢献する。

鈴木氏のベースも、ゴリゴリというよりは、丸みのある音になっている。B.C.Richのイーグルにアンペグのアンプを使うのが鈴木氏のスタイルである。

ベースは常にフロントピックアップを使用するとのことで、やはりゴリゴリと言うよりは、下の方で蠢くような音でありながら、パワフルなベースサウンドになっている。

この2人の弦楽器が混ざり合うことで、より厚みのある歪みでありつつ、さらに人間味とも言えるような円やかな歪みが作られるのである。

その音の膨らみ方が、ヘヴィメタルのサウンドとは一線を画すものだと思う。

人間椅子特有のヘヴィなグルーヴ

人間椅子のヘヴィさを支える、筆者が最も重要なポイントと考えているのが、そのグルーヴである。グルーヴとはバンドのアンサンブルが作り出すノリのようなものだ。

既に前半で述べた通り、海外のヘヴィメタルバンドと比べてみれば、その違いははっきりしているのである。

改めてその違いを述べるとすれば、先述のPanteraやMetallicaを始めとする90年代のヘヴィなバンドは、縦の刻みがしっかりと揃ったグルーヴである。

ギター・ベース・ドラムが、ギターリフの刻むビートに合わせて、ぴったりと機械的に合わせられている。だからこそ音が塊のようになり、鋭利なリズムに聞こえてくる。

一方で人間椅子の場合は、縦の刻みが微妙に3人の間で揺れているのが感じられる。それぞれのリズム感で(もちろんリズムは合っている範疇で)演奏されることで、グルーヴが生まれるのだ。

たとえば1995年の5th『踊る一寸法師』収録の「どだればち」などは、3人の生み出すグルーヴで、身体全体がウネウネと動き出すようなノリが作り出されている。

その響きは土着的な雰囲気すら感じさせ、人間味溢れるものとなっている。先ほども述べた通り、こうしたグルーヴは70年代ハードロックに通じる、プリミティブなロックのあり方である。

しかし人間椅子の出すグルーヴは、海外の70年代ハードロックのそれともまた異なる。ブルースを下敷きにした海外のバンドに比べると、人間椅子は祭囃子や民謡などに通じるものがある。

非常に日本的な合いの手のリズムとでも言うようなリズムなのだ。そしてブルースにしても祭囃子にしても、オンタイムのリズムより”もたる”感じによって、ノリが生まれる。

つまりちょっと遅れていることがグルーヴを生み出すとともに、「遅れ」はすなわちヘヴィさに直結するのである。

まとめると、海外ヘヴィメタルバンドは、音の粒を揃えて塊のようにしたヘヴィさであるが、人間椅子は”もたり”から来るグルーヴの重みによるヘヴィさと言う違いがあるのだ。

人間椅子のヘヴィな世界観

人間椅子の楽曲のヘヴィさは、サウンド面だけにはとどまらない。やはり楽曲の世界観や歌詞なども、人間椅子らしい特有の重さとなっている。

その重さとは、日本の怪談や狂気の世界観、そして東北地方そして青森県出身の彼らが感じ取っている日本独特の湿り気から来るものである。

もちろん日本語の分かる人が聴けば、その魅力はダイレクトに伝わってくる。しかし海外の人にとっても、きっとその雰囲気は言葉が通じずとも伝わっているのではないか、と思われる。

ここでは日本独特の湿り気から来るヘヴィさ、そして日本語詞の持つ重さなどについて2点に分けて述べた。

独特の日本的な湿り気ある不気味な世界観

人間椅子の楽曲は、日本独特の湿り気を感じさせる肌触りが特徴の1つとなっている。

人間椅子が影響を受けているのがブリティッシュハードロックであるが、イギリスのハードロックもどこか湿り気のあるものである。

それはよく対比的に語られるアメリカンハードロック(たとえばAerosmithやVan Halen)の、乾いた土の臭いがしそうなサウンドとは異なる。

そしてブリティッシュハードロックの中でも、クラシックを土台にしたバンドよりは、ケルト音楽など土着の音楽性、あるいはブルースが根底にあるバンドに、強く影響を受けている。

中でも特に影響を受けているのが、70年代を中心に活躍したBlack Sabbathであった。根底にブルースがありつつも、悪魔的な世界観をサウンドで表現し、後のヘヴィメタルに多大な影響を与えた。

こうしたイギリスの湿り気と土着性、そして悪魔的な世界観などを、日本のバンドとして正統に受け継いだのが人間椅子である。

当然イギリスとは気候も文化も違う訳で、人間椅子は日本の中でも東北地方の寒く、そして湿り気のある気候をどこか感じさせる。

さらには海外の言うところの”Hell”を、人間椅子は仏教的世界観での”地獄”として表現した。この2点が、人間椅子独特の湿り気ある、不気味な世界観を構成していると言えるだろう。

たとえば、東北地方の湿り気を感じさせるのは、2016年の19th『怪談 そして死とエロス』収録の「雪女」である。

怪談「雪女」に着想を得たこの曲は、まさに吹雪を表現したようなリフが印象的である。しかしこの曲の雰囲気からは、やはり東北の湿った雪の風景が思い浮かぶ。

こうした湿り気からくるヘヴィさは人間椅子独特のものだろう。

また地獄やあの世を描いた楽曲は多数あるが、コミカルに描いたものからシリアスな曲まで様々である。中でも物悲しくも恐ろしく描いたのが、1990年の1st『人間失格』収録の「賽の河原」だ。

不気味なイントロのリフから、鈴木氏の歌う不気味なあの世の風景から、和嶋氏の歌うBメロの哀愁が素晴らしい。そして賽の河原で石を積む様子を歌ったサビには、日本的情緒を感じずにはいられない。

そして後半のアッパーな展開では、鬼に追いかけられる恐怖をややコミカルかつ不気味な曲調で表現しつつ、最後は再び不気味なテイストで終わっていく。

海外のバンドが歌う反キリストなどの世界観は、絶望やグロテスクさが描かれるが、人間椅子の描く地獄やあの世は、どこか儚く悲しいような世界観である。

それが海外ヘヴィメタルのアグレッシブさに対して、人間椅子は常に心の中の闇、精神的な暗さにフォーカスしたヘヴィさになっている点が特徴であろう。

日本語の響きの持つヘヴィさ

人間椅子はずっと日本語詞で歌い続けてきたバンドである。単純に英語が使えなかったということもあろうが、人間椅子の世界観を表すのに英語は似つかわしくない。

ただ歌詞の世界観を表す、という意味だけでなく、日本語と言う言語の持つ語感、響きが持つヘヴィさ、と言う点にも注目しておきたい。

よく英語がロックに馴染むと言われるが、それは日本語のように母音をはっきりと歌うのではなく、流れるように歌うことができる言葉であるからだ、と思う。

日本語ではあのように滑らかに流れていく語感は作れない。逆に日本語は、1音ずつはっきりと発音する言語だから、その分1語ずつが重みをもって聞こえてくる、と言う側面がある。

それがロックのリズムに乗せにくいと言うことで、海外のヘヴィメタルバンドを意識した日本のロックバンドは、英語で楽曲を歌うことも多かった。

しかしそんな日本語の特徴を捉え、リズムに乗せたのはハードロック・ヘヴィメタルのジャンルではなく、日本語ラップの開拓を行ったキングギドラであった。

彼らは日本語の熟語や体言止めをフレーズの最後に持ってくることで、その母音で韻を踏む、という方法論を確立した。

つまり日常会話のような歌詞よりも、文語調のやや難しい言葉を駆使して韻を踏む方がカッコいい、と言うことを発見したのである。

翻って人間椅子はそう言った「韻を踏む」と言う意識で歌詞を作ってはいないかもしれないが、彼らもまた文語調で難解な歌詞が特徴のバンドである。

人間椅子は難しい言葉や熟語を羅列することで、日本語の持つヘヴィさを音楽性に加えることに成功したように思える。

例えば2003年の11th『修羅囃子』収録の「相剋の家」は、聴き馴染みのない難解な熟語が多用され、狂気すら感じさせるような歌詞となっている。

ただよく見ると熟語や語尾の表現を揃えることで韻を踏んでいる節がある。たとえば「貴方の声」「数多の恋」辺りは韻を踏んでいると言って良いだろう。

前半部分などはお経のような歌詞とメロディだが、一方でヒップホップ的と言えなくもない。

実は人間椅子もキングギドラの用いた、日本語の持つヘヴィな語感をリズムに乗せる方法論を無意識に用いていたように思える。

だからこそ、しっかりロックのリズムを取りながら、日本語のしっかり刻み込むような重みのある言葉とサウンドがマッチして、さらにヘヴィさを増幅させているのではなかろうか。

まとめ

今回は人間椅子のヘヴィさがどこから来るのか、様々な角度から考察を試みた。

前半では海外における同時代に活動したヘヴィメタルバンドと比較しつつ、人間椅子特有のヘヴィさについて考えた。

当時はヘヴィさが攻撃性と結びつく音楽が主流であった中、人間椅子は70年代ハードロックの持つグルーヴ感を大切にしたハードロックを展開していた。

さらに後半で掘り下げてみるとその違いは明らかであり、3人のリズム感が絶妙に組み合わさったグルーヴは土着的な響きがあり、円やかな音作りも加わって、独特の厚み・重みを作り上げている。

さらにはブリティッシュハードロックの持つ湿り気や不気味さを、日本的に解釈した世界観、歌詞なども人間椅子特有の重さを作り出していることが分かった。

総じて見れば、人間椅子のヘヴィさとは攻撃性や絶望感、ホラー的な怖さとは違い、もっと土着的で怪談を聴いているような人間味のあるヘヴィさである、と言えるだろう。

だからこそ海外ハードロック・ヘヴィメタルファンでなくとも好きになれるし、むしろ全然別のジャンルと言っても良いくらいに違うのだ。

こうした音楽性から、人間椅子は独自の進化を遂げ、30年の時を経て海外からも厚い支持を得ているのかもしれない。

人間椅子のヘヴィさを体感できるおすすめアルバム

・3rdアルバム『黄金の夜明け』(1992)

大作揃いという点でヘヴィさを確立した人気の名盤

・8thアルバム『二十世紀葬送曲』(1999)

ドゥームと称されるほどのダークなサウンドに仕上がったアルバム

・17thアルバム『萬燈籠』(2013)

ヘヴィメタルサウンドに近づきつつも人間椅子らしいヘヴィさも光るアルバム

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