【アルバムレビュー】人間椅子 – まほろば(2025)テーマはまさかのラブ&ピースの日本的解釈

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アルバムレビュー
画像出典:人間椅子公式サイト

バンド生活36年目に突入したハードロックバンド人間椅子が、2025年11月19日に24枚目となるフルアルバム『まほろば』をリリースした。

35年以上のキャリアにおいて、アルバム発売が3年以上空いたことのない多作のバンドである。一貫した音楽性が特徴の人間椅子だが、本作では新しい側面も見せてくれた。

それはタイトルの『まほろば』がイメージさせる優しい雰囲気、それが見事に楽曲で表現されており、言ってしまえば”ラブ&ピース”の日本的解釈なのではないか、と筆者は感じた。

そして2021年の『苦楽』以降、私たちの生きる社会を起点に描かれた作風の、1つの到達点のような力作に思えたのだった。

今回の記事では人間椅子の24枚目のアルバム『まほろば』のレビューを行う。全曲ミニレビューに加え、本作から感じ取れるメッセージ性についても考察した。

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作品概要

  • 発売日:2025年11月19日
  • レーベル:徳間ジャパンコミュニケーションズ

<収録楽曲>

no. タイトル作詞作曲時間
1まほろば和嶋慎治和嶋慎治7:53
2地獄裁判和嶋慎治鈴木研一4:38
3阿修羅大王和嶋慎治和嶋慎治7:23
4宇宙誘拐和嶋慎治鈴木研一6:42
5野性上等和嶋慎治和嶋慎治6:29
6山神和嶋慎治鈴木研一4:13
7恋愛一代男和嶋慎治和嶋慎治5:18
8ばかっちょ渡世和嶋慎治鈴木研一3:47
9永遠の鐘和嶋慎治和嶋慎治6:16
10樹液酒場で乾杯鈴木研一鈴木研一3:56
11感動の坩堝和嶋慎治和嶋慎治6:41
12悪魔の楽園和嶋慎治鈴木研一3:27
13光の子供和嶋慎治和嶋慎治7:57
合計時間74:44

『まほろば』は人間椅子の通算24枚目となるフルアルバムである。アルバムタイトルが平仮名のみの表記となるのは本作が初のことである。

全13曲収録で、作曲ではギター・ボーカルの和嶋慎治氏が7曲、ベース・ボーカルの鈴木研一氏が6曲と言う配分で、作詞は和嶋氏が12曲で鈴木氏が1曲となっていた。

収録時間は74:44(筆者調べ)であり、2009年の15thアルバム『未来浪漫派』の74:50に次ぐ長さである。

なおアルバムジャケットは、長年人間椅子のデザインに携わっているKASSAI氏によるものである。

タイトルの『まほろば』の意味は、「素晴らしい場所」「住みやすい場所」という意味の日本の古語である。

和嶋氏によるコンセプト解説によれば、世界の転換期にある今、不安を喚起させる音楽よりも、夢や希望を感じさせる作品を目指した、と書かれている。

帯惹句は「悲しみと苦しみを乗り越えた愛の果て、喜びと幸せを嚙み締めた夢の先にある、まほろば」(「まほろば」の歌詞)である。

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全体の印象~全曲ミニレビュー

まずはアルバムを聴いた時の最初の印象から、もう少し聴き込んでからの全曲ミニレビューを書いて行こうと思う。

1曲目の「まほろば」から、長尺の曲も多いはずなのだが、時間数を見ないで聴いていると、それほど長さを感じさせない、スムーズに聴けるアルバムだ、というのが最初の印象である。

あまり難解な感じを思わせない、でも作り込んであってストレスなく聴ける、という感触である。

もう少し具体的なところでの印象は、前作『色即是空』で見せた和嶋氏のポップなメロディ(「死出の旅路の物語」など)が、本作ではさらに展開されているようにも感じた。

その点も聴きやすさのポイントだったのかもしれない。

加えて非常にカラッと爽やかな感じがして、過去の作品では2001年の『見知らぬ世界』や2009年の『未来浪漫派』などと近い雰囲気を感じた。

まほろば

1曲目はアルバムタイトル曲であり、1曲目にアルバムタイトル曲が配置されたのは、2000年の9thアルバム『怪人二十面相』以来の事であった。

世界の転換期である、という主題はここ数作で一貫して描かれる歌詞であり、前作の「さらば世界」にも当然通じた楽曲となっている。

よりスピーディーな曲調だった「さらば世界」に比べると、よりどっしりと構えた、心の余裕を感じさせる曲調になっているように感じられる。

そしてマイナーキーの曲ではあるのだが、どちらかと言えば明るさを感じさせるもので、ギターソロもメジャーキーのフレーズを用いるなど、意識的に明るさを出しているようだ。

メタリックな勢いを出すより、ハードロックの展開を重視したこの曲では、Aメロからサビに向かう中でも転調があるなど、なかなか凝った作りで面白い。

なお中間部のリフ・リズムが、ベスト盤『人間椅子傑作選 二十周年記念ベスト盤』に収録された「狂ひ咲き」の中間部とほとんど同じであるのは意図的か、忘れていただけか。

地獄裁判

どっしりとした「まほろば」と対になりそうな、一転して不気味なリフと性急なリズムで駆け抜ける、鈴木氏の楽曲が2曲目に配置された。

ライブで披露されると、一気に会場に火をつけるような勢いを感じさせる曲で、これぞ鈴木氏らしい曲の1つである。

曲のテーマとしては”地獄シリーズ”であり、閻魔大王が裁きを下すという設定である。ここで早くも、「まほろば」とは優しいだけでなく、悪は裁かれる世界でもあることが分かる。

和嶋氏の描く地獄の世界観と、鈴木氏らしい不気味なヘヴィメタルが見事に融合した曲に仕上がっている。

個人的に好きなポイントはBメロ部分のコード進行が、1番と2番では不穏な展開になっており、ソロ明けでは高揚感のあるコード進行に変わっているところだ。

またギターソロ終わりの、「ダーン」とキメの部分で不気味なギターの和音が鳴っているところは、とてもカッコいい。

そして3番はAメロを入れずに、Bメロを繰り返すところもなかなか練られた展開である。

阿修羅大王

3曲目は和嶋氏らしい仏教用語をたくさん散りばめた、非常にヘヴィかつややアニソン風の楽曲である。

メインリフやサウンドは、本人談でMetallica風とのことで、70年代と言うよりはもう少し新しいヘヴィメタルサウンドを目指し作られたようである。

個人的には本作の中でパッと聴いた中で最もカッコいいと感じたリフであった。

楽曲で歌われているのは、仏法を守る阿修羅をヒーローに見立てたもので、仏教用語が多数散りばめられている。

サビになっている「青色青光…」の部分は、仏説阿弥陀経の中に登場するもので、それぞれの役割があり世界が成り立っている様を表している。

また「貪瞋痴」は、懺悔文などにも登場する言葉で、人間の三毒である貪欲(過剰な欲)・瞋恚(怒り)・愚痴(真理の無知)のことだ。

一方でヒーローもののアニソン風であり、ギターソロの部分では「えいっ」「往生」というセリフがあり、筆者は仏法により往生させる様子かと思ったが、悪を倒す様子のようである。

さらに渡辺宙明氏へのリスペクトから、「戦え!イナズマン」の「ゴーリキショーライ!チョーリキショーライ!」が「青色青光…」になっていると言う。

宇宙誘拐

鈴木氏による”宇宙シリーズ”の楽曲であり、和嶋氏自身が体験したUFOによるアブダクションを題材にした楽曲でもある。意外にもアブダクションそのものを題材にしたのは初である。

曲は鈴木氏の好きな要素をこれでもかと詰め込んだ作品で、ご自身は誰がなんと言おうとライブで演奏する、とかなり自信作のようである。

冒頭からメインリフの流れは、まさにBlack Sabbathを正当に受け継いだもので、楽曲で言うと「Lord Of This World」にかなり近いように思えた。

中間部にはトリッキーなリフが差し込まれており、スペースロックやプログレッシブロックの要素も感じさせる。

ギターソロも2回登場しており、中間部はスペースロック風、アウトロはハードなソロと分かれている。アウトロのソロは同じソロを2回弾いて、後半は別のフレーズでハモっている。

短めの曲が多い近年の鈴木氏の曲の中では6分半を超える”大作”である。

最近の作風で4曲目まで全てダウンチューニングでヘヴィな曲を固める方向を踏襲している。次回作があるとすれば、そろそろこの展開も変わりそうに思えたりする。

野性上等

前作と同じ流れで5曲目からノーマルチューニング曲が続いて行く。タイトル的にキャンプソングがついに来るか?と思ったら、”野生”ではなく”野性”なので違った。

テーマとしては人間性の回帰であり、現代社会との接点を感じさせるここ数作の作風である。曲調は前作『色即是空』収録の「狂気人間」に通じるものがある。

ただやはり本作は「まほろば」然り、前作に比べるとサウンドに余裕があると言うか、メタル的なある意味で忙しい演奏ではなく、ハードロック的な印象である。

中間部ではブルースっぽいリズムになり、和嶋氏のブルース色のあるギターソロが映える展開になっていた。このソロは手癖で押し切る形ではなく、味わい深いソロになっている。

2019年『新青年』の「あなたの知らない世界」辺りから、この路線の曲調がいくつかあったが、完成度的にはこの曲が1番ではないか、と思ったりした。

なお「アオー」という狼らしき叫び声は、2016年の19th『怪談 そして死とエロス』収録の「狼の黄昏」のセルフオマージュである。

山神

鈴木氏お得意の転がって行くようなリズムのヘヴィメタル曲である。鈴木氏が言うところの、B級メタル臭がする楽曲だ。

歌詞としては山の神について歌われており、宮沢賢治を意識したそうである。『風の又三郎』などにおけるオノマトペ(擬音語/擬態語)を多用した歌詞となっている。

曲調としては、2014年の『無頼豊饒』収録の「地獄の料理人」にリズムやリフの雰囲気が全体的に似ている感じがある。

ただコンパクトな曲の中に、Aメロ、Bメロ、サビがあり、さらに中間部のリフではややトリッキーなフレーズが登場したり、細かく作り込まれていると言う印象もある。

そしてこの曲のギターソロに三味線奏法を持ってきた和嶋氏のセンスはさすがである。この曲を含めて、この後3曲が実は和風の曲が並んでいるところが曲順的に面白い。

恋愛一代男

タイトルは井原西鶴の処女作『好色一代男』をもじったものと思われる。ほぼ文芸シリーズのない本作の中では、数少ない文学作品のタイトルを思わせるもの。

タイトルを見た時点でおそらく和嶋氏が作詞・作曲なのだろうと予想はしていたが、ナカジマ氏ボーカル曲だとは予想が出来なかった。

ややB級ハードロック臭のするメインリフに、歌謡曲風味のメロディ、そして「恋をせよ」とストレートな歌詞は、ナカジマ氏ボーカルがとても似合う。

”青春真っただ中”と紹介されていたナカジマ氏ではあるが、この曲のスタイルはもう少し粋な男性を思わせるもので、新境地と言っても良いのかもしれない。

何となく2009年の15th『未来浪漫派』収録の「赤と黒」の主人公が成長したような感覚だ。

サビで掛け合いのようになるのは、2019年の21st『新青年』収録の「地獄小僧」を思い出させ、ライブで大いに盛り上がる様子が浮かぶ。

ばかっちょ渡世

「山神」から続く和風三部作(と勝手に思っている)の最後は、鈴木氏による画期的な1曲である。

ややスラッシュメタル風の速いビートの曲だが、何と言っても肝はBメロ部分で「ばかっちょ」「よこっちょ」などと掛け合いをしながら進む部分である。

このパートはやはり相撲の「のこった」のリズムから来ているようで、この部分が最初に出来上がって、他のパートを広げていったと言うのは納得である。

スラッシュメタル風のビートに相撲の「のこった」を混ぜるなどと言う発想は人間椅子にしかできないものだろう。そして35年を過ぎて、こうした斬新なアイデアが出てくることにも脱帽である。

そして和嶋氏が「○○っちょ」という言葉が、このビートに合うと捉え、その言葉を探したと言う言葉選びのセンスや努力もまた、この曲の斬新さを際立たせるのに貢献している。

地味なところでは、ギターソロがEmとAm、そしてBmの3つのキーで演奏されているところ(元のキーであるEmの循環の中にあるのだが)もなかなか凝った作りである。

メインリフは2016年の19th『怪談 そして死とエロス』収録の「地獄の球宴」に似ているが、リズムの切り方が違うので、違った響きに聞こえるはずである。

永遠の鐘

和嶋氏によるバラード曲であり、前作『色即是空』でも「星空の導き」というストレートなバラード曲が入っていた。

この曲のテーマはずばり「結婚」であり、永遠の愛や幸せがストレートに歌われる、人間椅子らしからぬ内容となっている。

かつて2001年の10th『見知らぬ世界』で「さよならの向こう側」が収録されて、当時はかなり賛否両論だった。ただ後から和嶋氏が別れた元奥さんへの感謝を歌ったものだと明らかになった。

当時はまだ非常に不健全さを押し出していた時代だったからこそ違和感もあったが、今の人間椅子にとっては全く違和感を持たない曲だと筆者は思った。

むしろ本作『まほろば』の重要な核となる曲と言っても良いだろう。なお今回は和嶋氏自身の結婚の話ではなく、音楽仲間の後輩の結婚に思いを寄せたものだと言うことだ。

曲調はフォークと言う感じだが、スライドギターが入ることでサザンロック的な雰囲気も少しある。

樹液酒場で乾杯

「樹液酒場」とは何ぞや?とアルバム発売前に調べたところ、昆虫に関するものだと分かると、鈴木氏の作詞・作曲による昆虫シリーズの曲だと予想できた。

和嶋氏が苦手な虫がたくさん出てくる気持ち悪い歌詞なのかと思ったら、全く予想を裏切られた。何と亡くなった偉大なハードロック界の先達を偲ぶ内容だったのである。

どうやら『まほろば』というタイトルのコンセプトを聴いてから作詞を始めたそうで、気持ち悪い内容は避けようと言うところから、苦心して生まれたものだそうだ。

亡くなったミュージシャンが昆虫になって木に集まって来る、という幻想的かつ夢のような設定で、実に『まほろば』にぴったりである。

曲調はストレートなヘヴィメタルで、Motörhead風とも言える。なおギターソロのThe Venturesのテケテケ風のフレーズは、虫が動くイメージとのこと。

そして亡き先達について、正式な名前は以下の通りと思われる。今年亡くなったオジー・オズボーンが、盟友ランディ・ローズと並んでいるところは涙なしには聴けないだろう。

  • ジミヘン:ジミ・ヘンドリックス(The Jimi Hendrix Experience)
  • レミー:レミー・キルミスター(Hawkwind、Motörhead)
  • コージー:コージー・パウエル(Rainbow、Michael Schenker Groupなど)
  • ボンゾ:ジョン・ボーナム(Led Zeppelin)
  • フレディー:フレディ・マーキュリー(Queen)
  • フィル:フィル・ライノット(Thin Lizzy)
  • オジー:オジー・オズボーン(Black Sabbath)
  • ランディー:ランディ・ローズ(Quiet Riot、Ozzy Osbourne)

感動の坩堝

アルバムも終盤、和嶋氏による味わい深い歌詞・メロディの楽曲が11曲目に配置された。

テーマ的には人間のとても良い部分を歌ったものであり、人が良い方向に行動するためには、どのように心が動いて行くのか、まるで解説しているような歌詞の構成になっている。

それはコーラス部分の「衝動・情動・行動」と言う3つのステップである。これらについて恋愛・旅・人助けという3つの具体例を示しながら歌っていく、という心理学的な感じもする歌詞だ。

曲調はと言うと、70年代の”いなたい”雰囲気のハードロックと言う感じで、筆者はブレイクの部分で挟まれるリフにDeep Purpleの「Bloodsucker」を感じた。

ただ本人が語るところでは、Bメロ部分がCactusの「Evil」に似てしまったとのこと。しかしアメリカンな泥臭さのあるCactusとは、随分と違った雰囲気にも感じられる。

個人的には明るいテーマなので、もっとポップな曲調でも良かったのでは?と思わないでもない。2001年『見知らぬ世界』での「エデンの少女」のような位置づけに感じたからだ。

悪魔の楽園

本作で唯一と言って良い、分かりやすいダークサイドの歌である。鈴木氏の作るヘヴィかつダークな曲調と歌詞が見事にマッチしている。

シャッフルのリズムで疾走していくヘヴィメタルであり、本作の中でも随一の極悪サウンドに仕上がっている。「永遠の鐘」と同じバンドが出しているとは思えない振れ幅が人間椅子らしい。

非常にメタル的な要素の強い曲ながら、あえて和嶋氏のギターソロはスライドバーを用いて、ブルースギターの定番フレーズを多用したところが面白い。

どうやら悪魔と契約を交わす=ブルース、という図式で思いついたものらしい。そしてうっすらとフランジャーがかかっているように聞こえるところも、悪魔的で工夫が細かいところだ。

アルバム終盤にダークサイドが顔を出すのもまた、人間椅子らしくて曲順の妙である。

光の子供

アルバムラストは和嶋氏のヘヴィな楽曲が配置されることが多いが、本作では2016年『怪談 そして死とエロス』収録の「マダム・エドワルダ」を思わせる楽曲のパターンだった。

テーマとなっているのは、身近に家族を亡くす人がそれなりに増えてきたことから、哀悼の意を込めた、ということらしい。

そして人の魂は光であり、光へと帰っていく、という和嶋氏の考え方が色濃く反映されたものとなっている。

曲調は60~70年代のブリティッシュハードロックを思わせるもので、Wishbone AshやUriah Heepなど抒情的なハードロックを感じさせる曲となっている。

なお中間部やギターソロを除くと、久しぶりにフロントピックアップが用いられたバッキングとなっている。アルペジオ部分もあるからか、どっしりとしつつも、円やかなサウンドになっている。

なお終わり方はUriah Heepの「July Morning」の後半のコード進行にそっくりであり、それは本人も認めるところであるようだ。

「光の子供」と「まほろば」が世界観としてかなり繋がっており、アルバムが終わるとまた最初にも戻る、という構造になっている。

全体評価 – テーマはまさかのラブ&ピースの日本的解釈

最後にアルバム『まほろば』の全体的な評価を行って締めくくることにする。主にはアルバムのテーマ、そしてここ数作の中での位置づけに関する点を述べておきたい。

これまで地獄や人間の心の闇など、ダークな世界観を前面に押し出してきた人間椅子だが、本作から感じられるテーマは、それらとは真逆の”ラブ&ピース”とも言えるものだった。

しかし人間椅子の歌う”ラブ&ピース”は優しいだけでなく、厳しさや清らかさなど、日本的あるいは仏教的な世界観に裏打ちされたものであると感じる。

またそれが唐突に出てきたものではなく、2021年の『苦楽』以降の人間椅子の作風を振り返ってみれば、ごく自然な流れであることも明らかである。

『まほろば』を聴き進めていく中で感じたことから、順に述べていきたい。

愛をストレートに歌った楽曲が多い

まず感じたのは、人間椅子にしてはかなり異色ながら、愛をストレートに歌った楽曲が多いと言う点が本作の特徴であろう。

実際のところ、歌詞の中にも”愛”が登場する曲は多く、「まほろば」「永遠の鐘」「光の子供」ではダイレクトに”愛”という言葉が登場している。

また恋愛をテーマにした「恋愛一代男」、人間が感動する事例として恋を扱った「感動の坩堝」など、和嶋氏の楽曲では愛や恋を題材にしたものが多くなっているのが分かる。

これまでの人間椅子を振り返れば、なかなかここまでストレートに愛を表現する作品はなかった、という印象である。少しこれまでの作風の変化を追ってみよう。

1990年に『人間失格』でデビューした人間椅子だが、多くは人間の歪んだ部分や闇を切り取って描いてきたバンドだった。

裏を返せば、闇を抱えるのが人間だからこそ、人間や人生の肯定が背後にはテーマとしてあった、という具合である。

ただ愛については屈折したものが多く、初期から「天国に結ぶ恋」「甲状腺状のマリア」「九相図のスキャット」など猟奇的なテーマと結び付いていた。

しかし和嶋氏の結婚・離婚を経た『見知らぬ世界』では自身のストレートな愛や感謝の気持ちが歌詞や曲調に表れ、この作品が和嶋氏の作風の転機になった。

その後はまた模索の時期を経て、2009年の『未来浪漫派』前後からもっと迷いなく、自らの中にある思いやメッセージを前面に出すようになった。

愛と言うテーマに関して言えば、『見知らぬ世界』『未来浪漫派』の頃は、和嶋氏自身のとてもパーソナルなものと結び付いていたように筆者には感じられる。

一方で本作『まほろば』は、もっと俯瞰した視点から愛が描かれている。つまり和嶋氏個人に関することだけでなく、あらゆるものへの愛がここでは描かれている。

それを一言で表すならば、”ラブ&ピース”なのではないか、と筆者は思ったのだった。

リフが聞こえやすい人間椅子らしさの回帰

話題を変えて、次はサウンドや曲作りに関することである。本作のサウンドや曲調に関しては、ここ数作の流れを大きく変えるものではないように感じた。

それは2013年の17th『萬燈籠』辺りから続く、新たなヘヴィネス路線とでも言うべきサウンドである。

それまでの人間椅子はやや模索の時期もあり、分かりやすいハードロックサウンドとは異なる楽曲もアルバムに含まれていることがあった。

しかし2013年のOzzfest Japan 2013で注目を集めて以降、人間椅子が持っているダークでヘヴィなサウンドを分かりやすく伝えるような楽曲のみアルバムに収録される傾向にあったのである。

ただ本作で少し感じた変化と言えば、ギターリフがここ数作の中ではより目立って聞こえる、つまりリフの輪郭がはっきりした楽曲が多くなっていた、ということである。

この点について考えてみると、前作『色即是空』までは、激しいヘヴィメタルサウンドに近かった、という印象が筆者にはある。

具体的には和嶋氏のギターの刻みの変化である。前作までは、結構忙しくギターが音を敷き詰めていたような印象がある。

それに合わせて、リズムも前に転がって行くような印象があったが、本作は『まほろば』という明るい作風を意識したためか、あまり忙しく動き回るギターではなくなっているように感じる。

特にそれを感じたのは「まほろば」や「阿修羅大王」のギタープレイである。

少し前の作品であれば、もっとメタリックなギターになりそうなところであったが、本作はハードロックらしいリフがはっきりと聞こえてくる。

結果的にそれは『萬燈籠』以前の人間椅子のサウンドへの回帰となった。

「苦楽」から続く3部作・ラブ&ピースの日本的解釈

最後に本作『まほろば』の持つテーマ性について、2021年の『苦楽』と2023年の『色即是空』と並べて考察してみようと思う。

先ほど述べたように、『まほろば』のテーマを言うならば、”ラブ&ピース”ではないか、と感じている。ただそれはラブ&ピースの日本的解釈とも言えるものである。

ラブ&ピースの用語は、主にアメリカにおける1960年代頃のムーブメントに由来するものであり、ベトナム戦争への反対を表明する際に用いられたと言われている。

しかし享楽的な生き方と結び付いた反社会的行動であるとも言われ、ネガティブなニュアンスもついて回る言葉である。

人間椅子が『まほろば』で描いた”ラブ&ピース”はそうしたアメリカ的なものと言うよりは、日本人的な感覚に沿った考え方である。

それは『苦楽』『色即是空』の2作を見れば分かる通り、仏教的な世界観が根底にはある、ということである。

仏教的な世界観とは、いわば超平等な仕組みであり、それが因果応報と呼ばれる、種をまけば結果が出ると言うもの。悪いことをすれば、当然悪い結果が出る、ということだ。

この辺りの思想が、たとえば本作の「地獄裁判」で描かれており、楽しいだけの理想郷ではなく、善い行いをするからこそ、素晴らしい世界に行ける、という仏教的な思想なのである。

また理想郷を歌ったとしても、その起点は私たちが今まさに生きている社会である、ということも単なる理想主義とは異なるものだと思う。

本作で言えば、「野性上等」や「ばかっちょ渡世」「感動の坩堝」など、今私たちがどのように生きていくのか、という現実的なテーマが重要なのだ。

このような現代社会を起点とした描き方は、まさに『苦楽』から色濃くなっていた。

『苦楽』のアルバムレビューの時に書いた通り、当時は現実世界に即して描くことが最も地獄的・悪魔的になってしまう世界になっている、ということだった。

『苦楽』にはそうした息苦しさがダイレクトに描かれた感もあったが、『色即是空』ではより希望を持てる方向にシフトし、本作ではそれがさらに明確になった。

つまり仏教的な意味での愛や平和の理想=浄土や、精神世界における愛や充足感、逆に心の闇=地獄や悪魔の存在、この世にある地獄的な現実などを作品に取り込むことである。

光があれば闇があり、表と裏をしっかりと描き込むことが、筆者が思うところのラブ&ピースの日本的解釈ということである。

これだけテーマが明確にあるからか、本作では文学作品からタイトルを借りると言う人間椅子のお家芸がほとんど見られない。

その傾向は『苦楽』から続いていることを見ると、『苦楽』『色即是空』『まほろば』は結果的に三部作になっているように思える。

インタビュー記事では、和嶋氏は「またダークな世界に戻るかもしれない」と書いていることから、やはり一旦はここまでの流れは完結した、ということのようだ。

その意味では三部作の完結編として、これ以上ない完成度で作られたアルバムであると筆者には思えた。

そして気が早いが、次の作品ではまた違った人間椅子の世界が広がることも楽しみに思わせてくれる作品である。

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