1991年~1993年にリリースされた全アルバム・ミニアルバムレビュー
この時期にリリースされているアルバム作品をレビューしている。オリジナル作品を中心にレビューし、リメイクについても概要を紹介する。
彼の精神性に関することは、前章でたくさん書いたため、音楽的な観点を中心にレビューを行った。
ALL IS VANITY
- 発売日:1991年7月3日
- レーベル:OM ⁄ BMG VICTOR
<収録曲>
- 夜離(よが)れ 〜YOU’RE LEAVING MY HEART
- 夏回帰 〜SUMMER DAYS
- 海 〜THE SEA
- この駅から… 〜STATION
- ただ一度だけ 〜IF ONLY ONCE
- ALL IS VANITY
- UP TOWN GIRL
- DISTANCE
- 彷徨 〜STRAY AT NIGHT
- WHAT IS WOMAN
腕を交差させ、何かから身を守っているような角松氏のジャケットが印象的な作品である。
アルバムより前に『I must change my life & love for me』『GALAXY GIRL』『この駅から…』の3枚のシングルがリリースされたが、本作に収録されたのは「この駅から…」のみである。
これまでほぼ英語のタイトルが楽曲につけられていたが、本作では日本語タイトルに副題として英語タイトルがつけられるスタイルの楽曲が6曲ある。
サウンド的には、打ち込みを多用した前作『REASONS FOR THOUSAND LOVERS』から一転、バンドサウンドへと回帰しているのが特徴だ。
レコーディングメンバーには、海外からJoe SampleやLarry Carlton、国内では鈴木茂や後藤次利など、ジャズ・フュージョンなどで活躍したベテランミュージシャンを起用している。
一聴して分かるのは、重心の低いどっしりとしたサウンドである。1曲目の「夜離(よが)れ 〜YOU’RE LEAVING MY HEART」から、ミドルテンポで「愛は残酷な勘違いさ」と歌う。
そしてタイトル曲である「ALL IS VANITY」はスリリングなビートに、哲学的な歌詞が新鮮である。これまで描いてきた”夜の街”とはやや風合いの異なる、抽象的なイメージの街である。
また本作で最もヘビーな「WHAT IS WOMAN」は、角松流フォークソングのようであり、ゴスペルの影響も感じさせる。
これらの楽曲からは、まさに角松氏の2人の女性との離別が色濃く影響したものと言えるだろう。
これらのような壮大な楽曲の一方で、「夏回帰 〜SUMMER DAYS」「海 〜THE SEA」これまでの角松氏が描いてきた夏・海と言ったイメージの曲も登場する。
しかしこれらの楽曲も、どこかダークな雰囲気が漂っているような印象がある。
筆者が思うに、「ALL IS VANITY」「WHAT IS WOMAN」などのヘビーなメッセージの楽曲が、この当時の角松氏のリアルな感覚に近かったのではないか。
しかし音楽作品としてアウトプットする際に、あまりにヘビーでこれまでのイメージと異なるものだった。そのためバランスを取るために、これまでの角松氏らしいテーマの曲も作られたように見える。
そう感じるのも、やや楽曲の方向性が拡散しているようにも思えるからだ。
そして角松氏の苦悩がダイレクトに伝わるアルバムだと思う。苦しくて堪らない”自分”に向けて歌われた楽曲が多いために、非常に重く苦しい作品として伝わってくる。
ただ楽曲単体のクオリティは非常に高く、ソングライターとしては熟成しつつあるように感じられる。
中でもシングルカットされた「この駅から… 〜STATION」は、ヘビーな雰囲気の中にあって、爽やかに列車が走り抜けていくような快感がある。
デビューから10年、ミュージシャンとしての確かな成長を感じさせつつ、苦悩が見えるアルバムだと思った。
TEARS BALLAD
- 発売日:1991年12月4日
- レーベル:OM ⁄ BMG VICTOR
<収録曲>
- THE LOST LOVE
- AUGUST RAIN
- 花瓶
- YOU’RE MY ONLY SHININ’ STAR
- JUNE BRIDE
- サンタが泣いた日
- STILL I’M IN LOVE WITH YOU
- DISTANCE
- DESIRE
- DESIRE (Instrumental)
1985年のバラードベスト『T’s BALLAD』に続く作品。これまでの楽曲の新録音源に、「THE LOST LOVE」「サンタが泣いた日」「DESIRE」が新曲として収録された。
コンセプトアルバム的な『T’s BALLAD』に比べると、中山美穂に提供した楽曲のセルフカバーや、シングルのみに収録された楽曲など、レア曲アルバムの趣がある。
そしてこのバラード集でも、どこか重い雰囲気が漂っているようにも聞こえる。いわゆるロックバラード的な曲は少なく、切々と歌い上げる曲が中心を占めているからだろう。
なお「AUGUST RAIN」「STILL I’M IN LOVE WITH YOU」と初期の楽曲が、より良い演奏・歌で聴けるのはポイントが高い。
全体を通してみると、ややマニアックなアルバムと言えるが、角松氏の歌を存分に聴きたい人におすすめしたい作品である。
あるがままに
- 発売日:1992年7月1日
- レーベル:OM ⁄ BMG VICTOR
<収録曲>
- さよならなんて絶対言わない
- 夜をこえて
- モノレール
- 香港街燈
- せめて無事な夜を
- 君がやりたかったSCUBA DIVING
- 君を二度とはなさない
- あるがままに
角松氏の作品の中で、初めて日本語によるアルバムタイトルがつけられた。そして全曲日本語によるタイトルである点も、他の角松作品と比べると異質な印象を受ける。
しかしファンの間では評価が高く、人気の高い作品である。筆者も角松氏の全作品の中で、最もよく聴くアルバムであり、最も愛すべき作品だと思っている。
当時の角松氏は、2人の女性と別れた傷を抱えながら、音楽活動を続けていた。そして別れた1人の女性に対して尽きせぬ思いを込めて、ただ1人の女性のために作られたのが本作である。
しかし前作『ALL IS VANITY』のような自身の苦悩を吐露するのではなく、ただひたすら純粋に「君」への思いを歌っていることで、楽曲の方向性が一貫している。
その結果、アルバムのトータル感は抜群であり、一種のコンセプトアルバムとも言える完成度に仕上がっている。
そして1つのテーマに沿って、様々な角度から描かれる個々の楽曲も非常にクオリティが高い。
「さよならなんて絶対言わない」「君を二度とはなさない」と言った角松流ファンクを聴かせつつ、エッジの効いた「夜をこえて」もダークなかっこ良さがある。
しかし『ALL IS VANITY』のような重苦しさはなく、音楽としてポップなアウトプットに成功した作品になっている。
またアンビエントな雰囲気の「香港街燈」「君がやりたかったSCUBA DIVING」が、アルバムに新鮮な風を吹き込んでいる。
中でも夏・海と言う初期からのイメージを描いた「君がやりたかったSCUBA DIVING」も、非常に美しいサウンドの中、”君と来たかった”という悲しい物語に仕立てているところが、見事である。
そしてアルバム最後の「あるがままに」では、”君”に向けて歌い続けた”僕”が登場し、あるがままに愛し続けたい、と作品を締めている。
ここでも悲痛な叫びと言う形ではなく、もっと広い愛で包み込むような雰囲気を感じる。
角松氏は決して悲しみから立ち直ってはいなかったであろうが、音楽家としての角松氏が、これまで感じた痛みや”君”への思いを、本気で作品に仕上げた気迫を感じる作品だ。
そして何よりポップで、アルバムトータル感も抜群に良いアルバムに仕上がっている。そして”角松バンド”とも言える青木智仁・浅野祥之・小林信吾・本田雅人などが盤石の演奏で支えている。
角松サウンド、メロディも成熟し、このバランスが保たれたらどんなに良かっただろうと思う。しかし角松氏の心のバランスはギリギリに保たれた時期のようで、その意味では奇跡的な1枚である。
君をこえる日
- 発売日:1992年12月16日
- レーベル:OM ⁄ BMG VICTOR
<収録曲>
- 君をこえる日
- PORT OF YOUR HEART, SAIL OF MY LIFE
- 時の挽歌
- 泣かないでだっくん
- 君たちへ… 〜BONとYUKARIのBALLAD〜
活動凍結前、最後のアルバムとしてリリースされた。先行シングルとして「君たちへ… 〜BONとYUKARIのBALLAD〜」がリリースされていた。
5曲入りのミニアルバムであるが、収録された楽曲はバラエティに富んでいる。
まずはタイトル曲の「君をこえる日」は、角松氏の当時の現在地と未来に向けての宣言のようなパワフルなバラードである。
『あるがままに』で伝えたかった女性への思いも、”望みも予感も消えて”しまいそうな不安の中にある胸中が歌われている。しかし”君をこえてゆける”と宣言するのである。
この曲の段階では、一度距離を置けたと思った悲しみが、実は本当に背後からやって来た頃なのかもしれない。だからこそ、『あるがままに』のような爽快感は、本作ではなくなっている。
特に「泣かないでだっくん」は彼女と飼っていた犬のことを歌ったものである。やはりとても吹っ切れたとは言えない、悲しみに暮れる男の歌が切々と歌われている。
また「PORT OF YOUR HEART, SAIL OF MY LIFE」「君たちへ… 〜BONとYUKARIのBALLAD〜」など、『あるがままに』からの流れとは少し異なる観点の楽曲も見られている。
楽曲の雰囲気は前作を引き継ぎつつも、どこか再び迷いも見られる作品であり、やはりこのまま続けていくことは不可能だったのだろう、と推測される。
角松敏生1981-1987
- 発売日:1993年10月21日
- レーベル:OM ⁄ BMG VICTOR
<収録曲>
DISC-1
- YOKOHAMA TWILIGHT TIME
- SUMMER MOMENTS
- I’LL CALL YOU
- I’LL NEVER LET YOU GO
- TAKE YOU TO THE SKY HIGH
- LONELY GOOFEY
- TAKE ME FAR AWAY
- AIRPORT LADY
- YOU’RE NOT MY GIRL
- I NEED YOU
DISC-2
- GIRL IN THE BOX
- GET DOWN
- MERMAID PRINCESS
- NO END SUMMER
- ドアの向こう
- WE CAN DANCE
- THIS IS MY TRUTH
- SHE’S MY LADY
- RAMP IN
- STILL I’M IN LOVE WITH YOU
凍結後にリリースされた角松氏としては初のベストアルバムである。しかし凍結の事情も絡んだ、やや複雑なベスト盤になっている。
まず選曲の範囲は、凍結した理由に直接かかわらない時期の楽曲に絞られている。そのためにデビューの1981年から1987年までとなっているのだ。
それはつまり、凍結したのに角松敏生名義の仕事を行うにあたって、凍結とは切り離して行えるため、という理由づけのためのことでもあった。
そしてベスト盤と言いつつ、当時の音源ではなく大幅にリテイク・リミックスが施された。それは技術不足だった80年代の楽曲を、ようやく思い描くサウンドで作れる技術が身についたためであった。
さらにこれまでアルバムに収録されなかったシングル曲が多数収録されている。レアトラックス集の色合いもある作品であり、ベスト盤としてはやや渋い選曲になっている。
80年代の角松敏生の代表曲も収録されてはいるが、入門編としてはあまりおすすめできない1枚ではある。アルバムを何枚か聴いた後に、触れても良い作品ではないだろうか。
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